autumn

「さぶすぎやろ」


秋の気配が色濃くなってきた金曜日、上司に仕事を押し付けられて俺の帰宅時間は終電ギリギリやった。
朝になまえさんに言われてコートを着て出勤して正解やったな。冷えた空気が頬を容赦なく撫でつける。今年の冬は寒いかもしれん、そんなことを考えながら駅からの家路を急いだ。


土日は休みやからと今日は夜通し二人で映画を観る約束やった。俺はそこまで好きやないけどなまえさんが観たいって言っとった洋画を何本か。22時には帰れると思っとったのに思わぬ残業のせいですっかり遅くなってしまった。
あの人起きとるかな?遅くなると連絡はしたし二つ返事で『待ってるね!』と送られてきたけどソファで寝とるような気しかしない。
「風邪ひくで」と何回も注意したと言うのになまえさんは俺が帰るまで絶対にベッドでは寝んから困り者や。
そんなこと考えとったから自然と早足になるのは当たり前だった。


「ほんまに寝とるし」


家に帰って見れば案の定なまえさんはブランケットにくるまれた状態でソファに横になっている。たまには不規則な行動してくれてもええのにいつだってここがなまえさんの定位置だ。着る毛布の上にブランケット重ねるとか逆に暑くないんやろか?すうすうと規則正しい寝息が聞こえているけれどその額にはじんわりと汗が滲んでいる。
部屋も暖房が効いているからかなり暖かい。このままやと汗かいて風邪引くんとちゃうかな。そう思ってとりあえず起こすことにした。


「なまえさん、帰ったからはよ起き」


反応はゼロ。まぁいつも声を掛けただけじゃ簡単には起きん。せやから頬を叩いて起こそうと腕を伸ばしたところでその手を止めた。
せっかくぬくいとこにおるのに冷たい手で起こすのは可哀想な気がしたから。


「まぁええか」


起こすことを止めて先に着替えることにする。起こさんとあかんのは分かってもあれだけ気持ち良さそうに寝とるのを冷たい手で起こすのはどうしても出来んかった。
部屋着に着替えてなまえさんの様子を見ても起きる気配はない。とりあえず暖房を一旦止めて加湿器のスイッチを入れる。
こんだけ暖房強めとって加湿器稼働させてないとかアホや。呆れつつも寝こけたなまえさんの体を少しだけずらしてその隙間に座ることにした。膝に頭が乗って少しだけ重たい気もするけどそれも大して気にはならない。


「またつまらんの借りてきとるし」


テレビ画面は洋画が流れたままになっている。途中からだから余計に話の展開が分からない。最初から再生しようか一瞬悩んだものの直ぐにそれを止めた。明日もっかい観ることになるに決まってる。それならこのままぼんやり眺めとくのが正解のような気がした。


『ん、ざいぜん?』
「寝惚けとるんすか」


ぼーっとテレビを眺めとったらもぞもぞと膝の上でなまえさんの動く気配がしてそちらへと視線を移動する。


『わ、おかえり財前』
「今はあんたも財前やろ。はよ起き」


ゆっくりと目が開かれて、それから眩しそうに目を細めなまえさんは柔らかく微笑んだ。


『なんか懐かしい夢見てたの』
「そうっすか」
『おかえり光』
「遅なってすんません」
『光の手冷たいねぇ、でも気持ちいいかも』


柔らかい表情をして俺の名前を呼ぶからそれに答えるように頬を撫でてやると冷たさになまえさんの表情が歪む。あんたは温かすぎや。冷たいのが気に入ったのか俺の手に自分のそれを重ねてきた。なまえさんの頬と手でサンドイッチされとって俺の手は直ぐ温かくなるような気がする。


『光』
「なんすか」
『光も呼んで』
「なまえ」
『もっかい』
「なまえさん」
『ふふ』
「幸せそうやな」


なまえさんが名前を呼んでと戯れに言うのは頻繁にあるから慣れっこで、そのたびにこの人は幸せそうに頬笑む。毎回毎回ほんとよう飽きもしんで同じこと繰り返す人やなぁ。
学生時代はそれが面倒で相手にせんことも多かった。最近はずっとそれに付き合っとるから俺もだいぶ丸くなったのかもしれない。


『光に名前を呼ばれるの大好き、幸せ』
「せやったら何度でも呼んであげますよ」
『うん』
「これ絶対に寝るやろなまえさん」
『手繋いでてね光』
「今日だけやで」


手繋いでてって言うけど離さへんのはいつもなまえさんやろ。そう言ってやろうかと思ったのになまえさんは既に夢の世界に行ってしまったようやった。
このままの体勢やと俺寝られへんやん。
まぁええか。俺もこのままどうにか寝ることにしよう。繋がった手からなまえさんの体温がじんわりとこっちに伝わってくる。
俺かてなまえさんに名前を呼ばれるの好きですよ。財前呼びから卒業してもらうの大変やったのあんたは知らんだろうけど。
その時のことを思い出しながら寝ることにする。明日絶対にどっか痛なってるけどまぁ今日は許してやりますよ。おやすみなまえさんまた明日。


そして真夜中に手を繋ぐ
誰そ彼様より
書き直した秋の財前くんでした。短め。うとうとするお話ほんと好き。2019/05/08
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