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「もう、しんど」
「研磨ー寝るなよー」
「孤爪酒弱すぎだろい!」
「丸井も酔っぱらってんなー」
「俺は酔っぱらってねーし」
「もう一軒!今ならどんだけでも飲めそうッス!」
「夕、お前も酔っぱらってんな。ほら帰るぞ」


丸井さん、残念ながら酔っぱらってますよ。そうは思っても上機嫌だったので伝えるのは控えた。隣で仁王さんが酔っぱらい達を眺めて何やらニヤニヤ笑っている。きっと誰に悪戯を仕掛けようか考えているんだろう。
夜久さんが酔っぱらい四人を見張っているからとりあえずは大丈夫そうだ。こうなるならマネージャーに待っててもらえば良かったかもしれない。マンションの近くの会員制のバーだからと今日は先に帰ってもらったのだ。


「なぁ赤葦」
「どうしました」
「あれは何じゃ?」


仁王さんが指差したのはうちの高級マンションへの入口だった。目を凝らすと人がうずくまってるようにも見える。あれが何にせよ面倒臭いものには変わりない気がする。コンシェルジュに連絡して裏から入れてもらおうと思った時には既に遅かった。
俺達の中で一番お節介な西谷が話しかけていたのだ。


「手後れですね」
「そうじゃのう」
「仁王さんもしかして少し前から気付いてたんじゃないですか」
「いちいちそんなことはせんよ。面倒事は苦手じゃ」


本心がどこにあるか分からないこの人の真意を見抜くのは大変だ。面倒なことになる前にさっさとマンションのエントランスに入ってしまおう。あの人影はコンシェルジュに伝えればどうにかしてくれるだろうし。そう決めて五人へと追い付くことにする。


「孤爪は?」
「眠いっつってもう帰ってったぞ」
「それならいいですけど」
「なぁ赤葦」
「何ですか丸井さん」
「そいつ家が無いんだと」
「は?」


マンションの入口に着いた時には既に孤爪の姿は無かった。うずくまった人の前に西谷がしゃがんであれこれ話しているのが見える。西谷のマフラーにぐるぐる巻きにされたのかその人物の表情はここからじゃ見えなかった。何となく服装で女の子だとは分かったけど家が無い?家出少女とかだと余計に問題が大きくなる。と言うかこのマンションはまだ記者にもファンにも知られてないはずなのに何でこんなとこに女の子がいるんだ?これはマネージャーに連絡した方がいいんだろうか?いや、いっそ社長に連絡した方が…


「赤葦赤葦」
「何ですか黒尾さん」
「とりあえず未成年じゃないらしいから中に入ろうぜ」
「は?」
「ここだと寒いぜよ」
「見知らぬ人をマンションにいれるなって言われてるじゃないですか」
「俺も赤葦の意見に賛成な」
「夜久さん!赤葦!このこ身体が冷えきってるんだって!」
「俺は別にどっちでもいいぜ。ま、一日くらいいいんじゃね?」


この人達は危機管理をどこに置いてきたのだろうか。酔っぱらってるにしろ駄目過ぎる。かと言って意見が割れたら多数決で決めることにしてあるから俺はこれ以上反対出来なかった。明日以降社長に怒られてしまえばいい。


「誰それ」
「西谷が拾った」
「さみー!俺風呂入ってくるわ!」
「ブンちゃん、まーくんも入りたいぜよ」
「んじゃ一緒に入っちまおうぜ!」
「俺何か温まるもん入れてくるから」
「拾ったって黒尾さん、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
「俺と夜久さんは反対したよ孤爪」


帰ってきた俺達プラス一人を眺めて孤爪が面倒臭そうに眉間に皺を寄せた。結局孤爪が反対した所で三対四だったから結果は変わらない。夜久さんは既に諦めたのか飲み物を取りにキッチンに向かっている。丸井さんと仁王さんはいつものごとく自由過ぎるから二人でお風呂に向かったのだろう。


「とりあえず座りましょうか」


俺の言葉に頷いたのは黒尾さんと西谷だけだった。孤爪は彼女をちらりと眺めていつもの場所に戻っていく。今日こそ夜更かしさせるのを止めさせないといけないなと思いつつリビングのソファへと四人で移動した。


「とりあえずお前らには珈琲な。っとココアで良かったか?」
『ありがとうこざいます』


一人掛けのソファに彼女を座らせて三人掛けのソファに俺と夜久さん、黒尾さんと西谷で分かれて座る。夜久さんからココアの入ったマグカップを手渡されて彼女は蚊の鳴くような小声でお礼を呟いた。


『あの、迷惑ですよね。ごめんなさい。直ぐに出ていくので』
「行く宛も無いって言ってただろ?そんなんでこの寒い中どこに行くんだよ」
『けど』
「とりあえず俺達は君のことを知らないから色々聞いてもいいかな?」
「夕の言う通り外は寒いしな」
「ま、朝までうちにいれば?えぇと名前なんだっけ?」
『…椎名凛です』


ココアで一息吐いたのかやっと彼女が顔を上げた。その表情は酷く疲弊しているようにも見える。年齢は俺達と大して変わらないのかもしれない。


「で、何であんなとこに座り込んでたんだよ」
「こんな時間に女の子一人じゃ危ないだろ」
「年齢は?後本当に家出じゃないんだな?」
「みんないっぺんに質問しすぎだと思うんですけど」
『年は二十歳です。身分証もあります。家はありません。行く場所も…ありません』


確かに免許証を確認してみれば彼女は二十歳で間違いないらしい。けれど他の質問には何一つ答えてくれなかった。じっと押し黙ってしまったのだ。これじゃ社長に説明しようが無いんだけど。


「とりあえず寝ねえ?」
「黒尾さん何言ってるんですか」
「いやもう時間も時間だろ?凛ちゃんも疲れてるっぽいしゲストルーム使ってもらえばいいだろ?」
「あっこなら鍵もかかるし中にシャワールームもあるしな!」
「確かに俺もちょっと眠いかも」
『あの、でも』
「俺以外は別に君が居ても問題無いらしいので話は明日にしましょうか」
『……すみません』
「んじゃ俺と西谷でゲストルーム案内してくるなー」
「宜しくお願いします」


俺以外の全員に危機管理の講習をさせた方がいいような気がする。確かに俺も眠いけど明日になって俺達のマンションがネットで拡散されてても知りませんからね。
三人を見送って深く溜め息が漏れた。結局社長に怒られるのは俺一人のような気がする。


「赤葦、あんま心配すんなって」
「最初が肝心ですよ夜久さん」
「多分あのこは大丈夫だって」
「多分じゃ駄目なんですよ」
「ま、明日になれば分かるだろ。ここは俺が片付けておくからお前も寝ろよ」
「分かりました」


お人好しな西谷に面倒臭がりな孤爪、自由気侭な丸井さんに何を考えてるか分からない仁王さん、それに世話焼きな夜久さんとリーダーシップがたまに欠ける黒尾さん、もう三年目の付き合いだけれど俺が毎回一番苦労しているような気がする。とりあえず明日の仕事は夜の生放送だけだから後のことは朝考えたらいいか。
社長に何て説明しようかな。それだけ考えながら眠りにつくことにした。


アイドルが女の子を拾ったお話スタートです!
2019/01/04


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