無色透明な世界が朱に染まった日

高校2年の秋の球技大会で私の世界は色を失った。
自分の部活の競技には原則出れないから私が選んだのはソフトボールだった。
ピッチャーがノーコンだったわけじゃない。
ただ当たり所が悪かっただけ。
それで私の世界から色が奪われた。
一時的なものか一生このままなのかも分からない。
将来を約束されていた私の選手生命はそこで一旦閉じられた。


「何言うてんのアンタ」
『とにかく部活は辞める』
「そんなことしたってお前はバレーから離れられへんよ」
『信さんには分からないよ』
「あ!ちょい待ちや!まだ話は終わってへんよなまえ!」


このままだったら冬のユース合宿にも呼ばれてたはずなのに。
退部届けを女バレの主将の手に押し付けて私はその場から逃げ出した。
二人はそれからバレー部に戻れと言うことはなかった。
私の気持ちを尊重してくれてたんだと思う。
少しずつ少しずつ私の気持ちは落ち着いて3年になった頃には部活に顔を出せるようにまでなった。
とは言ってもマネージャーとして戻りたくは無かったのでたまに差し入れを持って顔を出す程度だ。
私は選手としてバレーが好きだったからマネージャーとしては戻りたくなかった。


「今日は何の差し入れ?」
『バケツプリン作った』
「なまえどんどん菓子作り上手くなるなぁ」
『暇なだけだし』
「ま、それでもえぇけど。暇なら見学でもしてき」
『分かった』


暇な時間を埋めるために差し入れのお菓子作りを始めた。
体力を落とさないための走り込みや筋トレはしていたけれどそれでも時間が余ったのだ。
ギャラリーに上がって体育館を眺める。
今日は男女半々になっての練習なのか。
相変わらず男子は賑やかやなぁ。
あ、今日はまだ信さんおらんのか。それで騒いでるんやなぁ。
学校イチ有名な宮兄弟が喧嘩を始めたようだ。
他の部活からも人が集まっている。
女バレも練習そっちのけで今日はどっちが勝つかを賭け始めたらしい。


「なまえー!アンタはどっちにするー?」


下から女バレの主将が私に問い掛けた。
どっちって言われても。
あの双子っていつも大体引き分けてへん?


「はーやーくー!北が戻ってきちゃうよ!」
『じゃあ今日は治の方で』
「りょーかい!」


何となくだ。
私からしたら金髪が侑でそうじゃない方が治。
色を失った今は双子の違いはもっと分からんくなってるとは思う。
ただいつだって男バレの中心にあの双子がいた。ただそれだけの認識だった。


珍しくその日の喧嘩は治の方が勝ったみたいだ。
賭けたところで何を賭けるかなんていつも決まっていない。
ただ双子が喧嘩したらどっちかに賭けるってのが稲荷崎の日常になってるだけだった。


「なまえ!休憩やでちょお降りてき!」
『えー』
「はよ!賭けに勝ったんやで」


バレーに参加出来ないのにコートには近付きたくなかった。
そんな私の気持ちを知ってるはずなのにたまに女バレの主将はこうやって厳しいことを言う。
言い出したら聞かないので降りてくしかないけど。


『何』
「バケツプリンは無理やけど負けたこから勝ったこに今日のおやつ差し出すって話になったんよ。なまえはどれにする?」
『じゃあこれとこれ』
「贅沢やなアンタ」
『バケツプリンあるんやからプリンはもういらんやろ』


お高そうなプリンを二つ発見したのでさっさとそれを拐っていく。
バケツプリンの差し入れあるのにこんな高そうなん食べたら私のプリンが霞むと思っただけだった。


今日の見学はもういいかなと思ってそのまま帰ることにした。
そしたら前方からボロボロになった双子の片割れがこちらへと歩いてきたのだ。


『ボロボロやんな』
「お疲れっす」
『勝ったんやろ?』
「ギリギリやったけどな」
『そんな怖い顔せんと。これあげるから』
「プリン?」
『治に賭けて勝った賞品やから気にせんでえぇよ。はよ仲直りしいや』


2年の秋までは女バレに居たから面識はあったけどこうやって双子と話したのは初めてだったかもしれない。
特にプリンが好きというわけでも無いので治にプリンを押し付けて帰ることにした。
高校生にもなって家でも無い学校であんなボロボロになるまで兄弟喧嘩するとかあの二人アホとちゃう。
先程の喧嘩を思い出して久しぶりに私は一人で笑った。


***


「北さん」
「なんや治か」
「何であの人部活辞めてもうたん?」
「あの人ってみょうじのことか?」
「あ、そう。みょうじさん」
「人に興味を持たんお前が珍しいな」
「さっきプリンもろたんで」


ツムに喧嘩で勝ったのはえぇけど監督とコーチと北さんに怒られてムシャクシャしとった俺にあの先輩はプリンをくれた。
しかもお高いやつ。三個でパックになっとるやつじゃなくてちゃんとしたやつ。
別に今までだって気にしてなかったわけやない。けど誰もそのことに触れんから聞かなかっただけや。
去年の秋までは女バレで一番楽しそうにバレーをしてたみょうじさんがいつの間にか居なくなって2年の春に戻ってきたと思ったら今度は笑わなくなっとった。
そんなん気にならん方がおかしいやろ。
けどツムも何も言わんし角名に言っても「気にならん」って言うから俺も聞けなかった。
本当はずっと気になってたのにだ。


「俺の口からは何も言えんよ治」
「せやけど北さん知っとるんやろ?ほんなら」
「あかん。他人が口出してえぇことと違う」


ぴしゃりと北さんが言いきった。
こうなっては北さんの口からは何も聞き出せん。と言うか北さんに聞いた所できっと最初から無駄だったんやろな。
あの人は人の個人情報を誰かに話したりなんて絶対にせんから。


「ツム、プリン食うか」
「食う」
「今日だけやで。もう俺のプリン勝手に食うなよ」
「それは分からんけど今は食う」
「ほんま勝手なやっちゃな」
「どしたんこれ。高いやつやろ」
「みょうじさんにもろた」
「あーあのツンツンした人か」


家に帰ってしゃーなしにツムにプリンをやった。
みょうじさんが仲直りしろって言うたしくれたプリンは二つあったからだ。
俺にはこのプリンを分けて仲直りしろってことに聞こえたんだった。
一人でウイイレをやるツムの隣に座ってプリンを食べ始める。
みょうじさんがツンツンした人って何やそれ。


「ツンツンした人っておかしない?」
「は?ツンツンしとるやん。笑ったりせーへんし」
「去年は笑っとったやろ」
「去年のことは知らん。え?お前笑った顔見たことあんのかサム」
「去年の秋までは部活しながらよお笑っとったよ」
「よお見てたんやなサム」
「せやな」


ウイイレの試合が終わったツムもプリンを食べ始めた。
やっぱり三個でパックになっとるやつとは違って段違いに旨かった。


「北さんに聞いたら教えてくれんかった」
「北さんは無理やろ。鉄壁やぞ鉄壁」
「それ間違いないな」
「ほなどーするんやサム」
「女バレの主将に聞いてもえぇけどあの人も北さんに負けじ劣らず怖いしなぁ」
「本人に聞けばえぇんとちゃう?」
「やっぱツムもそう思う?」
「それが一番早いやろ」
「そうするわ」


やることは決まったから後はみょうじさんをどっかで捕まえればいいだけや。
ただまたあの楽しそうに笑いながらバレーをするみょうじさんが見たかっただけやった。


「みょうじさん何してん?」
『何してんって帰るところやけど。治はこんな所で何してん?部活やろ?』
「今日は体育館の点検で休みやねん。点検なんて夜中にせぇってツムが怒っとった」
『侑はほんとバレーばっかやね』
「俺よりもちょっとだけバレー好きすぎるからな」


バレー部が休みの放課後に校門でみょうじさんを出待ちした。
周りからあれこれ声掛けられて鬱陶しくてしゃーなかったけどここならスレ違うこともないからグッと我慢した。
案の定みょうじさんが来てくれたから良かったわ。


「俺なみょうじさんに話したいことあんねん」
『私に?』
「せやからちょお時間貰えん?」
『別にえぇけど話って何』
「歩きながらでえぇから聞いてくれへん?」
『えぇよ』


第一関門これで突破やな。
みょうじさんに合わせてその隣を歩く。
何から話せばえぇんやろ?
単刀直入に行くしかないんやろなやっぱり。


「何で部活辞めてしもたん?」
『え』
「俺な、みょうじさんが楽しそうにバレーすんの見るの好きだったん。せやから急に部活に来んくなってえらい驚いた」
『…』
「3年になって顔は出すようになったけどそれだけやろ?何かあったん?」
『言いたくない』
「そうやって言われんの覚悟しとったけど嫌やねん。気になるし」
『治には関係無い』


みょうじさんは俺の質問に頑なに答えようとはしない。これも想定内やけどな。
せやけど今更そんな簡単には諦められへん。


「関係あるんやて」
『無いでしょ。治には何も関係』
「みょうじさんのこと好きやねん俺」
『は?』


表情の変化が乏しいみょうじさんも今のは少し驚いたみたいや。
声がちょっと上擦っとったもんな。
それが少しだけ嬉しくなる。
なぁ、俺のためにそのポーカーフェイス少しずつでえぇから崩してってや。


「せやから好きやの」
『誰が』
「俺が」
『誰を』
「みょうじさんを」
『はぁ?せやって治アンタモテるやん』
「ツムのがモテる。俺は別にツムみたいにモテんでもえぇねん。煩いし」
『侑だって煩いのは苦手やろ』
「ツムの話はえぇんやって。せやから俺にも教えて」
『嫌や』
「バレー出来んくなったん?」


俺の言葉にみょうじさんはこっちを睨みつけた。なんやそんな顔も出来るんやな。
睨まれてるって言うのに俺はみょうじさんが感情を露にしつつあるのが嬉しくてしょうがなかった。


4月に戻ってきたみょうじさんは俺の知っとる彼女とはまるで別人やった。
笑わないし怒らないしバレーはしない。
ただ無表情にバレーを眺めるだけ。
俺の好きになったみょうじさんとは全然違った。
「無」そのものになってしまった彼女を何とか取り戻したかったんや。


「怒ってる顔久々に見たわ」
『は?何で笑うん』
「せやって怒っとるやん。あんなに感情を出さんかったみょうじさんが怒っとるやろ?北さんに報告したろかな」
『ちょ!治あかん!信さんには言うたらあかん!』
「ほなちゃんと俺にも教えて。北さんはどうせ知っとるんやろ」


報告する気はさらさら無かったけどそのフリをしたらみょうじさんは途端に慌てとる。
どんどん隠してたんが崩れとるなぁ。
俺の言葉に苦々しく唇を噛んでるけどもう話すしかないやろな。
みょうじさんは漸く観念したようにふうと一息吐いた。


『去年の秋の球技大会でソフトボールのボールが頭に当たった』
「それで」
『脳に以上は無かった。何回も検査はした。けれど私の世界は色を失った』
「は?」
『モノクロなんよ。今私が見てる世界』
「ほんまなん?」
『嘘つく意味無いやろ。直るか直らんか分からん。原因も分からん。それでバレーから離れた』
「せやったん」
『信さんと女バレの主将しか知らんのに何で治に話さないかんねん』


あぁ、だからこの人バレーから離れたんか。
けどそんなんアホや。
アホのすることやと思う。
ツムと同じくらいバレー愛しとるみょうじさんがバレーから離れたって生きていけんやろ。


「アホやな」
『は』
「バレーから離れたって意味無いやろ」
『コートでプレー出来ないと意味ない。息してないのと一緒だよ』
「今だって一緒やん。無表情にバレー眺めて今息してるって言えるん?」


ヒュッとみょうじさんが息を小さく吸い込んだ。
俺多分逆鱗に触れた気がする。
せやけどみょうじさんにはちゃんと笑っててほしい。せめて俺だけの前でもいいから。


『何で治にそんなこと』
「好きやって言うたで」
『そんなん本気に』
「出来へんとは言わせんよ」
『もう!何でなん!構わんとってよ』
「そんなん嫌やし。なぁ、バレー部に戻れとは言わんから俺の前では怒ったり泣いたり笑ったりしてくれん?」
『ほんましつこい男やな』
「俺な、欲しいもんは絶対に手に入れたいんよ」


さっきの無表情は何処へやら。
みょうじさんはすっかり感情を露にしている。
無表情に無関心を装われるくらいなら怒られる方がましや。


『しゃーないな』
「ほな俺と付き合ってくれるんやな?」
『諦めんのやろ?』
「そりゃ勿論。当たり前やろ」
『せやったらしゃーないやん』
「俺は無表情ななまえさんより怒っとる今の顔のが好きや」
『な!何で名前で呼ぶん!?』
「彼女は名前で呼ぶもんやろ。何言うてんの」
『喧しい!うっさいわ!』
「照れとるなまえさんもえぇね」


俺の前だけかもしれんけど俺の知っとるなまえさんが帰ってきた。
ま、俺だけの前でもえぇか。特別感あるし。
なまえさんの手を握って歩くことにしよう。
隣からまた怒っとる声が聞こえたけど振り払われたりはしんかった。


「なぁ」
『何』
「モノクロの世界でよく俺とツムの違い分かったな?」
『アンタ達全然ちゃうやろ。何言うてんの』
「それならえぇんや」
『どっか頭ぶつけたん?』


髪の色と分け目くらいしか俺とツムの違い無いんやけどな。
てことはなまえさんもちゃんと俺らのこと見とったってことや。
それが嬉しくてなまえさんの手を強く握りしめた。


松本翠様リクエスト。
傍観より鑑賞よりな感じで、宮を見ている女の子。
2年ズでワイワイしているのも侑とも喧嘩しているのも楽しそうに見てるだけで、宮に対して恋愛感情はないのに、いきなり告白されて落とされる。とのリクエストでした。
無駄に長くなっちゃって治のキャラぶれぶれだし大変だった(゚Д゚≡゚Д゚)
リクエストありがとうございました!
2018/08/28

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