だから手を繋いでくれるだけでいいよ

『おいかーくん、ねぇねぇおいかーとーるくん』
「何々?どしたのみょうじちゃん」
『テスト死にそうに疲れた』


一学期の期末試験がやっと終わった。
なんとか赤点は回避出来たと思う。
我ながらほんっと頑張ったよね。
赤点取ったら夏休み中に補習とか絶対に嫌だったのだ。
ぐったりと机に俯せになりながら前の席の及川の背中をぽんぽんと叩いた。
容姿端麗で品行方正はちょっと違うかもだけど成績優秀な及川は赤点の心配は無いんだろなぁ。


「あーみょうじちゃん赤点組だもんね」
『酷っ!さすがに今回は頑張ったよ?』
「へぇ、あの赤点常習犯のみょうじちゃんがねぇ」
『やーーーっと試験終わったよ。疲れたー。いたわってーねぎらってーいやしてー』
「俺も頑張ったんだけどな」
『及川に赤点組の気持ちは分かんないか。でもほんっとに今回は頑張ったんだよ!夏休み楽しみたかったし!』
「いつもそれくらい頑張ったら赤点減るんじゃないのみょうじちゃん」
『それは無理!ねぇ及川ー。おいかーさんやーい』
「はいはい聞いてるよ」


及川が私の頭を幼子をあやすかのようにポンポンと優しく撫でた。
コイツ本当に学校イチモテるだけのことはある。ナチュラルにこんなこと出来る人ってきっと少ないから。


『おいかーくんのお顔はとてもイケメンなので見てると癒されるんだよ。だから駅前のカフェの新作一緒に食べに行きたいなー。頑張ったご褒美で勿論おいかーくんの奢りで』
「みょうじちゃんって遠慮って言葉知らないよねほんと」


呆れつつも小さな笑い声が頭上から聞こえた。
うん、知ってる。
でも及川相手に遠慮してたらそれこそ私はそからへんのモブキャラその1とかになっちゃうからさ。
怒られたり嫌われたりしない限り及川には遠慮しないって決めてるんだ私。
その努力のおかげでそこそこ仲の良い友達にはなれてると思うし。


『遠慮なんて今更しなーい』
「もーみょうじちゃんくらいなんだからね。及川さんに彼女でもないのに奢ってって言えちゃうのはさ」
『だって今彼女居ないじゃん。その分私にたまには奢ってー』
「傷口を抉るようなことを言うのもみょうじちゃんだけね。しょうがないなぁ。今日は部活も無いしいいよ。俺もあっこの新作スイーツ食べてみたかったしね」
『下見か』
「そりゃ女の子を連れてく時の下見は大事だよ?けどみょうじちゃんも女の子だからね。まっきーがあっこのスイーツ美味しかったって言ってたから純粋に食べたかっただけだよ」


及川徹は友達ポジの女の子にもただただ優しい。ちゃんと女の子扱いをしてくれる。
こういうとこもモテる要因なんだろうな。


「んじゃ行きますかみょうじちゃん」
『やったー!及川ありがとう!』


HRも既に終わったので及川が立ち上がる気配がして私も顔を上げた。
さらりと私の荷物まで持ってくれちゃうからこういうとこもきっとモテるんだろうな。
けれど及川に荷物まで持たせるのはさすがに抵抗があるので丁重にお断りして自分のは自分で持つことにした。


「及川君どこ行くのー?」
「テスト終わったら遊んでって言ったのにー」
「今日はみょうじちゃんと約束してたからまた今度ね!」
「またねー」
「約束だよー!」


廊下を歩いていると及川へとあちらこちらから声が飛んでくる。
羨望の視線がちょっとだけ痛い。
やっぱり同じクラスってのはいいよねぇ。
最初に約束出来ちゃうし。
その一つ一つに返事をしてるからまたもや及川のモテるポイントを見付けてしまった。


「みょうじちゃんもいい加減に彼氏とか作ればいいのに」
『うーん、どーだろ?』
「気になる男子とか居ないの?及川さんが紹介しようか?」
『えぇ、嫌だ』
「岩ちゃんとかオススメだし!」
『岩泉は女心わかんなさそう』
「ま、まぁそういうとこあるけどさ!岩ちゃんは頼りになる男だよ!」
『あ、私のこと誰かに押し付けるつもりだ!』
「そんなことないよ。ただみょうじちゃんって話してて楽しいしさ、なーんで彼氏出来ないのかなって心配してるの俺」
『そのうち出来るから大丈夫』


及川は原因なんだけどね。
そんなこと言ったらこの関係が終わってしまいそうだから止めといた。
岩泉が男前なのは知っている。
及川見てたら大体隣に岩泉がいるしね。
けれど私が好きなのは岩泉じゃなくて及川なんだよ。知らないだろうけどさ。


「みょうじちゃんどれにするー?」
『新作スイーツ食べるよ?』
「新作にも色々あるみたいだよ?」


カフェについて席に通されるとカップルシートみたいなとこだった。
二人掛けのソファに及川と並んで座らされる。
えぇと普通のテーブル席も空いてたよね?
けれど及川も何も言わなかったから大人しく隣に座ることにした。
メニューを二人で眺める。肘と肘が触れてなんだかとっても恥ずかしい。
こんな私はきっとらしく無いんだけどいつもより近い距離になんだかドキドキした。


「…ちゃん?みょうじちゃんってば」
『う、あ!ごめん何?』
「だーかーらーこの桃のクレープシュゼットと巨峰のパフェとどっちが美味しそうか聞いたの!」
『どっちも美味しそう』


くっついた肘に気を取られてたせいで話を全然聞いてなかった。
とんとんとメニューを及川が指差すので確認してみるとどちらもかなり美味しそうだ。


「まっきーもねどっちも美味しかったって言うから半分ずつにしよっか」
『じゃあそうする』
「あ、飲み物は?何にする?」
『アイスのミルクティーがいい』
「オッケー。んじゃ頼んじゃうからね」
『ん、ありがと』


慣れたように店員さんを呼んで及川が注文していく。やっぱり手際がいいと言うか慣れてるよなぁ。
女の子のエスコートは完璧だと思う。
岩泉じゃこんなにさくさくいかないだろう。
や、多分それが岩泉の良い所なんだろうけど。


『クレープシュゼットってフォークとナイフで食べるんだね』
「あ、みょうじちゃん初めて食べるの?」
『うん、初めて』
「じゃあ及川さんが食べさせてあげるね」
『えっ』
「癒してって言ったのみょうじちゃんなんだから遠慮しないでほら」


初めてみるクレープシュゼットに戸惑ったら及川が私の手からフォークとナイフを拐っていった。
遠慮とかじゃなくて食べさせてもらうとか恥ずかしくないですか?
そりゃ癒してとは言ったけど及川の顔をこの距離で見れてるからそれで充分癒しになってるわけで。
私のこんな気持ちを知らずに及川はクレープシュゼットを綺麗にひと口サイズに切り分けている。


「はい、どうぞ」
『いただきます』


フォークの上に綺麗に乗せられたクレープシュゼットを及川がこちらに差し出すので気恥ずかしいながらもいただくことにした。
だって何だか断るのも気が引けたのだ。
と言うか周りからの視線が痛い。
あんなイケメン彼氏に食べさせて貰えるとか羨ましい!だなんて言葉まで背中に突き刺さる。
及川の何が凄いって私が口を開いたらそこにゆっくりとフォークを持ってきてくれた。
桃のクレープシュゼットはスイーツ好きで有名な花巻君がオススメするだけのことはあって本当に美味しかった。


『美味しい!すんごい美味しい!幸せだぁー』
「みょうじちゃんって食事してる時良い顔するよねぇ」
『及川!早く及川も食べてみてよ!』
「はいはい。焦らなくても食べるから大丈夫だよ」


私が思ってたクレープとは全然違う!
感動して恥ずかしさとか吹き飛んだ気がする。
早くこの美味しさを及川にも知ってほしくて及川が食べるのをワクワクしながら見守った。


「ほんとだ。思ってたより美味しいねこれ」
『でしょ?わーここ来れて良かったー!』
「そんだけ喜んでくれたら俺も連れてきて良かったよみょうじちゃん」
『ふふ、幸せ幸せー』
「じゃあはいもうひと口どうぞ」
『いただきます!』


一瞬及川の二回目のあーんに怯んだけれどもうどうにでもなれと二口目も食べさせてもらった。
遠慮はしないって決めてあったし恥ずかしさより美味しさのが勝ったのだ。
そうやって二人で順番に食べていたらあっという間に桃のクレープシュゼットは無くなってそれと同時に巨峰のパフェが届いたのだった。
なんてタイミングだろう!あ、でも注文の時に及川が最後に小声で店員さんに何かを頼んでいたからきっと持ってくるタイミングをずらしてもらったんだろう。こういうとこも気が利くのだ。


「ねぇみょうじちゃん」
『なぁに?』
「ゴキゲンなとこ悪いんだけど今度はみょうじちゃんが俺に食べさせてよ」
『え?』
「俺ばっか食べさせてばっかじゃ狡いよね」
『本気?』
「だってパフェスプーン一個しか無いし」
『でももう一つ頼めば』
「だーめ。今日は俺がみょうじちゃんのお願い聞いたんだから一つくらい俺のお願い聞いてくれてもいいんじゃないの?」


何そのいきなりの提案!?
死ぬほど恥ずかしい気がする。
けれどまたもや背中にあちこちからの視線が刺さるのでNOとは言えなかった。


『私、及川みたいに上手に出来ないよ』
「いいから早く早く。せっかくのパフェが溶けちゃうよ?」
『そ、それは困る』


パフェスプーンを握りしめる私を及川は頬杖をついて楽しそうに眺めている。
きっとからかってるんだろうけど私のワガママを聞いてここに連れてきてくれたのは及川だからここはちゃんと聞くしかないよね。
と言うかNOと言ったら周りからの視線に殺される気がする。
パフェスプーンに丁寧にソフトクリームと巨峰を乗せて及川の口元へと運んでいく。
なんだろう、食べさせるのはそれはそれで物凄いドキドキした。


「ん、やっぱりこっちも美味しい」
『ほんと?』
「早くみょうじちゃんも食べたらいいよ」
『そうする』


同じように自分の口へとパフェを運ぶ。
うん、これはこれでとっても美味しい!
自然と頬が緩むのが分かった。
その後も及川は自分で食べようとしなかったので開き直って私が食べさせてあげた。
周りからみたらリア充カップルにしか見えなかっただろう。
気恥ずかしいけれどこのカフェの中だけでもそうやって見られるなら嬉しい。


『及川、ご馳走さまでした』
「ほんと美味しかったよねー」
『かなり!ほんとありがと!今度は私が奢るからね!』
「じゃあ秋の新作スイーツが出る頃にまた来ようか」
『是非!』
「テストの疲れは取れた?」
『うーん』
「え?まだ俺に何か強請る気なのみょうじちゃん」
『や、強請らないよ!違うよ!でも後一個だけお願いがあるんだけど』
「何々?」
『変なこと言うかも』
「強請らないのなら言ってみなよ」
『イケメンおいかーくんと手を繋いで帰りたいです』
「なんだそんなことでいいの?」
『うん』
「そんなのいいに決まってるじゃん!じゃ帰ろ帰ろ!」


カフェを出たところで及川へとお礼を告げる。
なんだかさっきのホワホワとしたカップル気分をまだ手放したくなくてつい変なお願いをしてしまった。
凄い恥ずかしいお願いだった気がするのに及川は笑顔でそれを了承してくれた。
何なら私の手を自ら繋いで歩き始めてくれちゃったし。
好きだなんて絶対に言えない。
けれど今はこの繋がれた手がとっても嬉しかった。
また秋もこうやって手を繋いで帰れたらいいな。


誰そ彼様より
ひかり様リクエスト。
テストが終わって及川に癒されたいクラスメイト。
かなり及川さんが格好よくなってしまった。いや、及川さんは格好いいんだよ!付き合ってない設定なのでこんな感じになりました。
リクエストありがとうございました!
2018/08/26

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