二人きりのハッピーニューイヤー

『徹君、そっちは終わったー?』
「お風呂は完璧だよ!なまえは?」
『キッチンは終わったー』
「え、換気扇も?」
『うん、終わったよ』
「俺がやろうと思ってたのに!」
『え、換気扇くらい出来るよ。あ、次はエアコンお願いしても大丈夫?』
「もー汚い仕事は俺がするって言ったでしょ!エアコンね、なまえは手を出さないように!」
『じゃあエアコンは徹君にお願いします』


お互いに仕事が忙しくて大掃除を始めたのは30日に入ってからだった。朝から徹君とバタバタと手分けをして掃除を始める。出来れば今日中に終わらせたいなぁ。


『これで良し、と』


キッチンの後にベランダの片付けをして戻ると既にリビングのエアコンの掃除は終わったらしい、徹君の姿が無い。きっと寝室のエアコンを掃除してるんだろうと予測してリビングの窓を拭くことにした。キッチンとリビングはこれで掃除が終わる。そしたらトイレの掃除をして後は寝室の窓を掃除するだけだよね。この調子なら終わってから買い物に行けるはずだ。


『…徹君?何をしてるのかな?』
「ねぇ、これ見てよ!凄い懐かしい写真出てきたよ!」


さくさくとトイレの掃除を終えて、寝室の窓を拭いて、残りは倉庫になりつつある空き部屋へと足を踏み入れて驚いた。床にあれこれ物が散乱しているのだ。真ん中に胡座をかいて座っている徹君は此方を見上げて無邪気に微笑んだ。相変わらず眩しいくらいの笑顔だ、危うくその誘いに乗りそうになったし。どうにか踏みとどまってエアコンを確認すると掃除は終わってるみたいだった。


『徹君』
「何?あ、ほらこれ高校の文化祭の写真だよーなまえは今とあんまり変わらないね。俺はこの時より今のが格好良いと思うけどさ」
『私、昨日ここはなんとなく片付けておいたんだけど』
「あ」


二人の間に気まずい沈黙が流れる。私の雰囲気が変わったことに気付いたのか徹君は視線を左右に彷徨わせた。これじゃ買い物は一人で行くしかないなぁ。はぁと小さく溜息が漏れる。


『買い物は一人で行くから徹君はここ片付けておいてね』
「えっ!俺も行くって!」
『ここはどうするの?今日中に大掃除終わらせたかったんだよ』
「ここくらいなら明日でもいいでしょ?」
『明日は明日でやることあるの』


結婚して初めての年越しだ。明日は徹君にはゆっくりして欲しかった。そして二人でのんびりしたかったのだ。実家に帰らずに二人で年越ししようって決めたのも徹君でそれならおせちもちゃんと作りたかったし。徹君はそんな私の気持ち全然分かってない。一人で買い物に行くって決めたからさっさと置いて出掛けちゃおう。踵を返して出掛ける準備をしようと部屋から出たところで徹君に捕まった。


「一人で行かせたくないから駄目」
『今日中に大掃除終わらせたいの。おせちだって作りたいし年越蕎麦も食べたいし雑煮のおもちも買ってこないと』
「なまえはお馬鹿さんだなぁ」
『…え?』
「俺はね、二人で過ごせたらいいんだって。こたつでまったりのんびり出来たらそれでいいからさ。だからおせちなんて作らなくていいんだよ」
『お正月はおせち食べないと』
「二日に実家に帰ったら嫌って言うくらい食べれるでしょ」


私はせっかく徹君のためを思って頑張ろうと思ってたのに何を言ってるの?イライラが表情に出てたのか私の顔を見て徹君は困ったように頬笑んだ。


『初めての年越しだからこそちゃんとしたかったのに』
「なまえだって昨日まで仕事だったよね。そんなこと頑張らなくていいんだよ」
『徹君のバーカバーカ。せっかく色々考えてたのに』
「バカなんて酷いなぁ。色々なんてしなくていいの。ほら落ち着いてー」


腕を引かれて徹君に抱きしめられる。ひねくれて酷いことを言ってるのは私なのに諭すように柔らかな声色が降ってきた。徹君はこういう人だ、いつだって優しくて私に誰よりも甘い。


『じゃあおせちは止める』
「買い物から帰ってきたら二人で片付けよう」
『アルバムは別にして、私も見たい』
「うん、それでいいよ。俺のこと考えてくれたのは嬉しいけどさ俺もなまえにはゆっくりして欲しいから」


結局徹君の一言でおせちは止めになった。せっかく買った【一日で簡単おせち】が無駄になるけどまた来年再来年でいいかな。二日には宮城に帰るから徹君と二人で何が食べたいか相談しながら元日までの献立を決める。「適当でいいよ」って言うから本当に適当になっちゃいそうだ。年越蕎麦とお雑煮だけは譲れないからその材料はきっちり買わせてもらった。徹君は「牛乳は飲みたい」とか斜め上のこと言うから笑っちゃったじゃないか。徹君のためにいつだって牛乳は常備してあるんだよ。


「今年も後ちょっとだねぇ」
『そうだね』


昨日のうちに大掃除を終われたから大晦日はまったり過ごすことが出来た。朝寝坊をして二人でご飯を作ってのんびりと一日を過ごす。夕飯は楽してピザを頼むことになったしこれもきっと徹君なりの気遣いなんだろう。こたつに潜ってのんびりとテレビを見ながらゆったりとした時間を過ごす。机にはみかんに電気ポットに急須とお茶の葉と一通り揃っている。これじゃ新婚じゃなくてまるで老夫婦みたいじゃないか。甘ったるい雰囲気どこにも無い気がする。それに今更気付いて思わず苦笑してしまった。


「どうしたの?」
『新婚なのにどこも甘くないなぁと思って』
「なんだ、そんなこと気にしてたの?」
『だってこの机の上のラインナップ見てたらさ。私、楽しすぎじゃないかな?』
「俺となまえが楽するための完璧な布陣だと思うんだけどなぁ」
『奥さんって普通旦那さんのために甲斐甲斐しくお世話するものじゃないの?』
「うーん、岩ちゃんとこの奥さんとかそんな感じだけどさ俺はねなまえばっかりに色々してもらうのは嫌だよ。俺だって色々してあげたいからね」
『それでいいの?』
「当たり前でしょ。岩ちゃんとこの奥さんは専業主婦だけどなまえは俺と同じくらい働いてるわけだし。例えそうじゃなくてもさ、俺はなまえがしてくれるのと同じくらい色々してあげたいよ。そうじゃないのなら二人で楽しようよ」


テレビからどっと笑い声が聞こえてくる。そんなことまるで耳に入ってないかのように徹君が此方を真っ直ぐ見据えて言った。そんな風に言われたらいいのかなって思っちゃうんだもんなぁ。


「さて、初詣に行こうか」
『寒くない?』
「近くの氏神様のとこに行くだけだよ」
『それなら五分くらいかな』
「そうそう、ほら行くよ」


のんびり過ごしていたらあっという間に年越しだ。子どもの時はあんなにもわくわくした年越しが大人になると何故こんなにも普通のことになってしまうのだろう?新年の挨拶を交わすとこちらに手を差し出して徹君が立ち上がるので迷わずその手を掴むことにした。


『寒いねぇ』
「でも隣になまえがいるからね。暖かいよ」
『徹君って恥ずかしいことあるの?』
「え、何で急にそんなこと聞くのさ」
『何となく気になった』
「恥ずかしいことかぁ。あんまり考えたことないなぁ」
『だよねぇ』


出掛ける前に徹君にしつこく言われたので防寒はバッチリだ。手を繋いでいるもののお互いにちゃんと手袋はしている。なのにあんな甘い言葉を言うから気になってつい聞いてしまった。返事は予測通りの言葉だったけれどそれが徹君らしくてマフラーの下で小さく笑みが溢れる。
思えば昔から徹君はそうだ、照れたり恥ずかしがったりしたことはなかったような気がする。恋愛面においてはいつだって自信に溢れていたなぁ。


「俺はね出逢った時にこの人と結婚するって決めてたから」
『え、初めて聞いた』
「そりゃ誰にも言ってないし」
『凄い自信だね』
「んーどうだろう?決めてはいたけど少し不安もあったよ」
『そうなの?』
「なまえは最初岩ちゃんが男らしくて好きって言ってたでしょ!」
『あーあれかぁ』


あれは別に恋愛対象として岩泉のことを好きって言ったわけじゃ無かった。ただ彼氏にするなら岩泉みたいに男らしくて面倒見の良さそうな人がいいなぁと思って言っただけだ。それが気付いた時にはこんな状況だ。押すに押されて私が根負けしたような気がする。頼りないと思ってたのも最初だけで徹君は徹君で充分男らしい部分あったしね。ただ岩泉の影に隠れてそれが分かりづらいだけだった。


『そこそこに人がいるね』
「元旦くらいは小さな神社でも賑わうでしょ」


うちの一番近くの神社はそこまで大きくない。けれどそこそこ賑わっていた。近所の人達に大事にされてるのかもしれない。屋台は無いものの甘酒が振る舞われているようだ。


『何をお願いしたの?』
「なまえと今年も仲良く過ごせますようにって」
『私と同じだね』
「それくらいしかお願いすること無いからなぁ」
『徹君は欲が無いなぁ』
「そもそも神社で欲のあるお願い事したら駄目だよ」
『分かってるよ』


自分の願い事は自分で叶えるんだって徹君はよく言ってるもんね。努力家の彼にぴったりな言葉だと思う。だからこそそんな徹君に惹かれたんだった。


「ねぇなまえちゃん」
『どうしたの?』
「来年も再来年も年越しはこうやって二人で過ごそうね」
『何で?』
「何となくだけど俺だけの家族って感じがするから」
『ずっと二人は嫌だよ』
「えっ」
『そのうち子どもが増えたりするかもでしょ?』
「それってもしかして」
『いや、まだ全然そんなこと無いよ!違うよ!』
「なんだ」
『まだしばらくは二人がいいかなぁ』
「あぁ、言われてみれば確かにそうかもね」
『うん、新婚さんなの今だけだから』
「じゃあちゃんと幸せ家族計画は考えて実行しないとだなぁ」
『何それ』
「言葉そのままだよ」


神社で振る舞われた甘酒を飲んでぽかぽかしながら家に帰る。テレビ番組はまだ色々やってたけれど今日はもう寝ることにした。新年早々朝寝坊しすぎるのもよくないしね。そろそろ眠たいってのもあったし。
ダブルベッドに二人で潜り込むと徹君の体温がこちらにも伝わってきてとても温かい。来年も再来年もこうやって過ごせたら幸せだなぁ。


『徹君、今年も宜しくお願いします』
「俺こそだよ。今年も可愛い奥さんでいてね」
『うん』
「眠そうだね、おやすみなまえ」
『おやすみなさい』


私の額に優しく唇が触れるから目を閉じることにした。初夢も幸せな夢が見れますように。


ひかり様リクエスト。
及川さんと新婚のお話。
遅くなって本当にごめんなさい!年越しに合わせてこんなお話になりました。
二回目のリクエストもありがとうございました!今年も宜しくお願いします!
2019/01/01

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