紅恋歌

「蛍、神社に必勝の願掛けに行こう」
「え、いいよ。僕そういうの信じてないし」
「いいから行くぞ、俺そのために帰ってきたんだからなー」


僕まだ行くって一言も言ってないんだけど。兄貴に便乗して両親までその案に乗ったので半ば無理矢理家から出される。せっかく今日部活が午後からなのに朝から出掛けることになるとは思ってなかった。のんびりしようと思ってたのにだ。


「おー紅葉も綺麗だな」
「そうだね」
「ここの神社来るのも久しぶりだよな」
「確かに」


兄貴の言う通り神社は辺り一面紅に染まっている。こんなにちゃんと紅葉を見るのも久しぶりだ。
小学生の時は家族で祭りや初詣に来たような気がする、山口とも何回か来たことあるし。中学に入ってからはそういうこともしなくなったんだった。まぁ色々あったしね。


「俺ちゃんと春高バレーで優勝しますようにってお願いしといたからな!」
「そういうのってこういう所でお願いしていいんだっけ?」
「ここの神社は確かそう言う神様いるはずだぞ。蛍の受験の時も母さんと来たし」


何それ、僕全然知らないけど。まぁこういうとこ兄貴らしいのかもしれない。意気揚々とうちの必勝祈願をしてくれたのは感謝するけど実際に試合をするのは僕達なわけで、結局それって自分達が勝ち進んでいかないと駄目だよね。神様にお願いしたから勝てるだなんて世の中そんなに甘くないと思う。


「御守りも買ってくか」
「いいよ、そんなの」
「いいから遠慮すんなって」


僕の話全く聞いてないよね。御守りを買いに行く背中を見送って小さく溜め息を吐く。昔から性格は似てないとよく言われたけど成長するにつれてそれに拍車がかかってるような気がする。


『月島君?』


ふいに声を掛けられた。兄貴は近くに居ないからこの声は僕を呼んでいるんだろう。こんなところで知り合いに会うだなんて少し面倒だな、そう思って振り返るとそこには一人の巫女さんが佇んでいる。竹箒を持っていることから落ち葉の掃除でもしていたんだろう。僕の名前を呼んだことからきっと彼女は知り合いだ。けど巫女さんの知り合いなんて僕に居ただろうか?


『みょうじだよ、月島君』
「あぁ、みょうじさん」


僕が何も言わないことが何なのかを彼女は潔く理解してくれたらしい。名乗られてやっと正体が分かった。小中高と同じみょうじさんだ。かと言って親しい間柄でも無いので彼女がどうして巫女さんの姿でここにいるのかは分からなかった。名乗られてもいまいち目の前にいる彼女がみょうじさんだと言う実感が湧かなかったからかもしれない。


「どうしてここに」
『私の父がここの宮司なの』
「そうなんだ」


そんなの初耳だった。彼女とは小中で同じクラスだったこともあるけれどあまり関わりがなかったからだろう。高校も烏野なのは知ってるけど彼女は谷地さんと同じ四組だし。


『今日はどうしたの?あ、もしかして春高バレーの必勝祈願?』
「僕はいいって言ったんだけどね。兄貴がどうしてもって言うから」
『確かに月島君はそんな感じだね』


そう言って彼女は今日初めて表情を柔らかく崩した。この笑顔は知っている、僕が見たことのあるみょうじさんだ。さっきまでの彼女はそれとは違って凛々しくてまるで別人だった。


「さっきまで別人みたいだったよ?」
『あ、駄目だ。今の見なかったことにしておいて』
「何で?」
『巫女のイメージってものがあるんだよ月島君』
「別に普段通りでもいいと思うけど」
『大して普段の私を知らないでしょ』
「確かにね」
『月島君は相変わらずだなぁ』


結局彼女は僕の言った言葉に引き締めた表情を崩してしまうのだった。笑われるようなこと言ってないんだけどな。


「みょうじさん?」
「そう、神社で会った」
「ツッキーのうちの近所のとこだよね?」
「そうだね」
「みょうじさんのお父さんが神主なんじゃなかったっけ?」
「山口知ってたの?」
「結構有名な話だったよツッキー」


部活の合間にみょうじさんと会ったことを話すと山口はどうやら彼女の家事情を知っていたらしい。山口が知ってて僕が知らないってことに少しだけカチンときた。有名な話ってことはきっと山口だけじゃなくて知ってる人は沢山いるんだ。


「どうせならお百度参りでもしたらツッキー」
「何それ。や、一応知ってはいるけど」
「ツッキーの家から近いし朝練の前に顔出したりすればいいんじゃないかな?」
「そんなことして勝負に勝てるなら練習なんていらないでしょ」
「そうだけどあそこは叶うって有名だから」
「いいから部活行くよ」
「あ!待ってってツッキー!」


そんなこと神様に頼んだって何になるのさ。春高バレー出場が決まって次は全国大会だ。行くからには出来るだけ勝ちたい。けれど山口が言うようにお百度参りをする気にはなれなかった。何で人はお百度参りなんてするんだろうか?みょうじさんに聞いてみれば分かるのかもしれないな、そんなことをぼんやり考えながら放課後の練習へと向かった。


「僕何やってんだろ」


次の日の早朝、いつもより早く目が覚めたってのもあって朝練前に神社に来てしまった。まだ境内は薄暗くて人気も無い。お百度参りを当てに来たわけじゃない。ただ少しだけいつもより時間があっただけだ。


『月島君?』


ふいに声を掛けられて心底驚いた。まさかこの時間に人に遭遇するとは思ってなかったからだ。驚いて背中がビクッと反応するも直ぐにその声の持主が分かって安堵した。これはみょうじさんだ。


「あぁ、君朝早いんだね」
『朝のお務めがあるからね』


振り向くと先日と変わらない格好で彼女は佇んでいた。やっぱり学校にいるときと雰囲気が違う。


「ねぇ質問があるんだけど」
『私に答えられることならどうぞ』
「お百度参りって何のためにするの?」
『月島君らしい質問だなぁ』


僕の質問に彼女は口元を僅かに弛ませる。微笑んでいるようにも呆れているようにも見てとれた。


『でも月島君多分勘違いしてる』
「勘違いって?」
『お百度参りと百日詣でってあるのは知ってる?』
「百日詣での方は知らない」
『簡単に説明するとお百度参りは一日で百回お参りをすることね。百日詣ではそのままかな』
「百日間毎日お参りに来るってこと?」
『うん、普通の人はその認識でいいと思うよ』
「じゃあ山口は間違って覚えてるんだね」
『よく勘違いしてる人多いから。それで何のためにお百度参りをするのかって話だったかな?』
「そうだね」


僕の質問に彼女は少しだけ考え込むように口を噤んだ。父親が神職の彼女に聞く質問では無いのかもしれない。けれど気になったからには聞かずにいられなかった。


『お百度参りや百日詣でに限らずにどうして人が神社にお参りに来るのか月島君には分からないってことだよね?』
「そうなるね。僕には理解出来ないから」
『神社ってのは人の祈りで成り立ってるんだよ』
「うん」
『祈りの語源はね意識の"意"宣言の"宣"と書いて「意(い)宣(の)り」って言うんだよ。つまり「意思を宣言する行為である」ってことなんだ』
「そう」
『それを神様に宣言するんだよ。ほら親とか先生に目標を持ちなさいって言われてもだらだらしちゃったりするでしょ?人にやらされた感があると言うか。その点神社にお参りするのは自分の意思だからね。自分と向き合うには一番の場所なんだと思う。神職の娘がこんなこと言ったら駄目かもしれないけど』
「みょうじさんの言いたいことは何となく分かったよ」
『そうそれなら良かった』


彼女がくれた答えは僕が想像してたのとは違う答えだった。神社は神様にお願いを叶えてもらう場所だと思ってたんだ。願ったところで叶わないのにどうしてそうやって足繁く通うのか僕には不可解だった。けれど自分と向き合う場所か、そうやって聞いたら百日詣でも悪く無いのかもしれない。


『あ、百日詣でやお百度参りはまた違ってくるよ』
「みょうじさんの説明で充分だよ。ありがと。じゃあ僕朝練行くから」
『うん、頑張ってね』


それから丁寧にお参りをして朝練に向かうことにした。ついさっきまで信じて無かったと言うのに我ながら単純すぎる。けれど真面目に僕の質問に答えてくれたみょうじさんが凛々しくてとても神聖なものに見えて彼女の言うことなら信じてみてもいいかなと思ったのが本音だった。


『おはよう月島君』
「あぁ、おはよう」


それから何となく毎日朝練の前に神社に行くのが僕の日課になった。もうすぐ白鳥沢で合宿もあるし春高バレーにも行くから百日詣でが無理なのは分かってる。それでも何故か止められない。巫女姿のみょうじさんと会えるからってのが理由の一つだと気付くのにさほど時間はかからなかった。


「もうすぐ白鳥沢で合同練習」
『そうなんだ、凄いね月島君』
「別に。王様は東京だしね、僕なんてまだまだだよ」
『えぇと王様って影山君?』
「そう」
『じゃあ月島君が来れない間私が百日詣で引き継ごうかな』
「別に百日詣でしてるつもりじゃないし」
『こういうのは気持ちが大事だよ。本当は引き継ぎなんてきっと駄目なんだけどね。神様には内緒だよ』


表情を引き締めたまま彼女が真剣に言うから吹き出してしまった。内緒も何もここは境内で神様がいるのならとっくにバレているだろう。彼女は時々面白いことを言う。そういうのも神社に通い出してから分かったことだった。


「ツッキー最近機嫌が良いね」
「そう?普通だよ」
「あ、もしかしてみょうじさん?」
「は?何でそうなるわけ」
「いや、何となくだけど」


明日から白鳥沢で練習だ。行く前に神社に顔を出してから行こうかなとかぼんやりと帰りに考えてた時のことだった。山口が珍しくサーブの練習がないらしく(嶋田さんの都合と言ってた気がする)僕も今日は兄貴のとこの練習がないから一緒に帰ることになったのだ。
僕の些細な心境の変化を山口は直ぐに読み取ったのか慌てて口を噤む。別に怒ってるわけじゃないしそんな風に慌てる必要あった山口?


「山口ってみょうじさんと面識あるの?」
「急に何でそんなこと聞くのさツッキー」
「別に」
「連絡先くらいは知ってる、けど別にそういうんじゃなくて!」
「そういうってどういう意味なのそれ」
「だから俺はみょうじさんの相談を聞いてただけで」


少しだけ気掛りで突っ込んだことを聞いてみた。嫌な予感がしたもののどうやら違ったらしい、この山口のしどろもどろな反応を見れば何がどうなってるのかは一目瞭然だ。僕は結局みょうじさんと山口の手の平で踊らされてたようだ。明日彼女に何を話そうかな、あの凛と表情が崩れるのが見れるかもしれない。巫女姿の凛々しい彼女を見てるのも好きだけどそれが崩れるのならそれはそれで楽しみだった。


『おはよう月島君』
「おはようみょうじさん」
『今日から合宿だっけ?』
「そうなるね」
『少しだけ面倒臭そう?』
「少しだけね。帰ったら日向が煩そうだし」
『でも楽しみだね』
「行くからにはね」
『あ、月島君が前向きなの珍しい』
「君さ、僕のことなんだと思ってるの」


ここに通い出してからみょうじさんとだいぶ親しくなったような気がする。学校では廊下ですれ違っても話したりしないからなんだか変な感じだ。けれどお互いに砕けた関係になりつつあるとは思ってる。それと昨日の山口の反応で色々分かったし。


「明日もここには来るけどね」
『そうなの?』
「明日も学校あるから」
『あ、そっか』
「ねぇ、何で百日詣で引き継ぐなんて言ったの?」
『え?』
「それってもしかして僕のためだったり?」


のんびり話してる暇は無いので本題に入らせてもらう。彼女は僕の言葉に動揺を隠せないみたいだった。咄嗟に竹箒を手放してしまうくらいだ。


「ねぇ聞いてるんだけど」
『うーん』
「そんなに悩むようなこと聞いた?」
『月島君が嫌ならしない。考えてみたら気持ち悪いこと言ったような気がするし』
「今更そんなこと言わないでよ。君が説明してくれたから神社にお参りするのも悪くないって思えたんだし」
『じゃあ引き継いでもいいの?』
「神様にはそこら辺内緒にしておいてよ」
『そうだね』


僕がそう言うと久しぶりに彼女は巫女らしくない笑顔を僕に見せるのだった。巫女らしい彼女も今みたいな年相応の笑みを見せる彼女もどちらもいつの間にか僕にはとても大事な存在になっている。


「明日も来るけどこの合同練習終わったら話したいことあるから聞いてくれる?」
『うん、私で良ければ』
「君じゃないと駄目なこと」
『分かった。何でも聞いてね』
「じゃ僕行くからに」
『また明日ね』
「そうだね、また明日」


この反応じゃ僕が言いたいことわかってないな。また神社関係の質問だと思ってるんだろう。合同練習が終わって僕が好きだと伝えたら彼女はどんな表情をするんだろう。それがまたもや楽しみだ。最初は全く行く気が無かった白鳥沢での練習も彼女が百日詣でを引き継いでくれるおかげで少しだけ楽しみになりつつある。
紅葉も落ち葉が散って終わってしまい冬の気配が直ぐそこまできている。誰かが自分のために祈ってくれるのも悪くないんだなと知れた秋だった。


紫季様リクエスト。
「秋の巫女さんと月島」とのリクエストでした。遅くなって申し訳ありませんでした!やっと書けました!
リクエストありがとうございました!
2018/12/11

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