蝉に溶け込む白昼夢

『神奈川で合宿?』
「そうそう、珍しいだろ?」
「梟谷グループじゃ無いんだと」
『へぇ』
「監督の教え子がそこで監督してるんだって」
「何泊っスか?」
「三泊な」


夏休みに梟谷グループ以外との合宿ってほんと珍しい。リエーフは喜んでるけど三泊も合宿かぁ。しかも初めて行く学校とか、向こうの学校にもマネージャーいるといいなぁ。


『神奈川も暑い』
「すげぇ!」
「学校の規模でかすぎ」
「ほんと大きいな」
「なまえとリエーフ迷子にならないでよ」
『研磨!リエーフと一緒にしないでくれるかな!?』
「何言ってんだ方向音痴の癖に」
『夜久まで!酷い!』
「やっくん、なまえは自分が方向音痴の自覚無いんだからほんとのこと言ったら駄目ですよー」
「あー。いい加減に認めろよみょうじ」
「俺は別に方向音痴じゃないっスよ?」
「リエーフは一人ではしゃいで突っ走った結果迷子だからなぁ」
「どっちもどっちだな」


海にまで言われてしまった。けれど言い返す言葉が見付からなくて口を閉じることにした。梟谷より学校の規模が大きいかもしれない。これは迷わないように気を付けないと本当に迷子になってしまいそうだ。


『えっ、一人?』
「向こうにはマネ居ないらしいんだよ」
『マジか』
「頑張れなまえ」
「なまえさんなら大丈夫っスよ!」
「僕もお手伝いしますし!」
「俺も手伝います!」
『犬岡と芝山は良い子ー。手が空いてたらお願いするかもだけどちゃんと練習優先ね?』
「「はい!」」


リエーフに比べてなんて良い子達なの。二人をぐりぐり撫でくり回していたらリエーフもかがんでその横にちゃっかり待機してる。あぁもう笑っちゃったし、リエーフは何も言ってないけど可愛かったのでとりあえず撫で回しておいた。何で自分も撫でてもらえると思うのか。けれどこういうとこ憎めないからなぁ。結局甘やかしてしまうのだ。


「みょうじ、ちゃんと水分補給しろよ」
『夜久はほんとうちのお母さんだねぇ』
「誰かさんがそこら辺適当だからな」
『黒尾?』
「お前だよお前!」
『あ、やっぱり?』


夜久にお尻を蹴られる前にドリンクの準備に向かうことにする。と言っても素振りを見せるだけで実際に蹴られたことは無いけれど。どこまで行っても夜久はうちのお母さんポジだよねぇ。そう言えば潔子ちゃんもかおちゃんと雪ちゃんも似たようなこと言ってたなぁ。来週は来週で森然で合宿あるしなかなかハードだよね。


『あれ?ここどこだ?』


海の近くにあると言うのに立海大付属高校にはなかなか自然が多い。学校の至るところに植林されていて蝉がジージーとあちこちで鳴いている。森然もこんな感じだからそれはいい。けれど目印になるものが樹木しかないとかどうなの?ちゃんと目星は付けたはずなのに結局迷子になってしまった。


ふらふらと彷徨っていたら小気味良くボールの音が聞こえた。えぇとこれはバレーボールの音じゃなくて…テニスボールかな?
どうやら体育館と別方向に来てしまったらしい。と言っても体育館だって一つじゃなくて沢山あるからどれがバレーボールの体育館かもう分からないんだけど。


「こんなとこで何してんだお前?」


さてどちらに向かおうかなと思案していたら後ろから声をかけられた。振り向くとそこには赤髪の男の子が立っている。テニスラケットを持っているからやっぱりあの音はテニスボールの音で間違ってなかったらしい。


『迷子?』
「何で疑問系なんだよ。つーかうちの学校じゃねぇよな?ジャージが赤いとこなんてうちにはねぇし」
『あ、合宿で東京から来たの』
「ふーん、ネコマ?変わった名前の学校だな」


ハーフパンツの横に書いてあったアルファベットを読んだのだろう。赤髪の彼はたどたどしく音駒と言った。そうだ、この人に聞けばきっとバレーボールの体育館に帰れるはずだ!


「ちょっと待ってろよい」
『え?』
「バレー部じゃねぇの?今日はテニス部とバレー部だけが合宿って幸村が言ってたけど」
『あ、そうですそうです』
「こっからじゃちょっと説明すんの分かりづらいし案内してやるよ」
『いやでも』
「いいからいいから遠慮すんなって」
『あ』


私の返答も聞かずに彼はテニスコートの方へと走っていってしまった。まさか他校の他の部活の部員に迷惑をかけてしまうとは。夜久のお説教顔が容易に浮かんで小さく溜め息が漏れた。


「待たせたな」
『や、大丈夫です。わざわざごめんなさい』
「俺もちょうど良かったんだよ」
『へ』
「ほらこうやって抜けりゃサボっても怒られないだろい?」


道すがらお互いに自己紹介をする。彼の名前は丸井ブン太君と言って立海の三年生らしい。そんな堂々とサボっても怒られないとか言っちゃっていいものなんだろうか?監督とかに怒られちゃわないのかな?


「今日夜はバーベキューなんだってよ」
『へぇ、いいねぇ』
「バレー部と合同って聞いたぞ?」
『そうなの?』
「そうそ、だからまた会えるといいな!」
『そうだね』
「これも何かの縁っつーことで仲良くしようぜ!」
『うん、ありがとう丸井君』


しばらく歩いていたら聞き慣れたボールの跳ねる音が聞こえる。どうやら本当に真逆に歩いていたらしい。あぁもう絶対に夜久に怒られるよ。


「ここまで来たら大丈夫か?」
『うん、ボールの音も聞こえるし』
「もう迷うなよ?」
『多分?』
「ま、次迷ってもまた俺が案内してやるよ」
『駄目だって!もうすぐ全国大会なんでしょ?』
「このくらい練習抜けたとこで今更何も変わんねーの。んじゃまたな」
『本当にありがとねー!』
「おー!」


丸井君親切だったなぁ。立海には良い人が多いのかな?初対面なのに練習中なのにわざわざテニスコートの真反対にあるバレー部の体育館まで案内してくれちゃうとは。


「みょうじ遅い」
『あ、夜久だー』
「お前何してたんだよ」
『ちょっと迷いまして』
「熱中症になって倒れてるって山本が騒いでたから早く顔見せに行ってやれよ」
『山本、大袈裟な』


犬岡と芝山に手伝ってもらいながら初日の仕事を何とか終わらせることが出来た。二校分のあれこれほんと大変だったし。なのに休む間もなく今度はバーベキューの準備に借り出されることになった。


「おーみょうじじゃん!」
「誰々?もしかして丸井の彼女ー?」
『あ、丸井君だ』
「違えよ菊丸。バレーの合宿で神奈川まで来てんだって。普段はお前と同じ東京な?」
「ふーん、でも丸井さっき可愛い子に会ったって」
「お前いきなりここでんなこと言うなって!」
「にゃははー!図星だったのか!」
『あの』
「あ!俺もテニスの合宿で立海に来てんの!菊丸英二って言うんだ」
『菊丸君?』
「うんうん、明後日までだけど宜しくねー」


他にも何人かバレー部テニス部から部員達が呼ばれていてみんなでバーベキューの食材を切っていく。ここに集められたのは包丁を使える人間だけで他は火起こしやらの準備をしているらしい。海も来てくれたから良かった。


「んでみょうじは彼氏とかいるの?」
『彼氏?居ないなぁ。もう毎日部活部活で』
「部活に気になるやつとか出来なかったのかよ」
「うちはそんな感じじゃないもんな」
『そうそう。海の言う通り恋愛とかそういう感じじゃない』
「みょうじがそんな感じでも周りは違ったりしないの?」


野菜を包丁で切りながら四人で雑談に花が咲く。菊丸君ぐいぐい質問してくるなぁ。残念ながらそんな浮いたお話は全く無かったよ?


「周りもそんな感じではないから大丈夫だろうな」
『ちょっと!海!本当のこと言うの止めて!』
「本当のことなのか」
「菊丸いきなり色々聞きすぎだろい」
「だから押したら大丈夫だぞ」
『え?何が?』
「みょうじに言ってないよ」
『と言うか押したら危ないよ海』


包丁持ってる時にそんなことしたら危ないよね?けれど私の言葉に海はニコニコしてるだけだった。あれ?結局何の話だったんだろ?
それから直ぐに話が変わってしまったから重要なことでは無かったのかもしれない。


二日目は迷子にならずに何とか終われた。夜にはまたもやバーベキューで何故かみんなで花火もした。監督達が意気投合したついでにお酒を飲みに行きたいからって私達に花火を与えたのだ。高校生にもなって花火?って思ったけど思いのほか楽しかったような気がする。
丸井君が常に隣で楽しませてくれたからかもなぁ。


『つっかれたー』
「今日は迷子になるなよみょうじ」
『夜久に怒られたくないしねぇ』
「んでどーなってんのかな?」
『どうなってるって何が?』
「夕方で帰るんだから連絡先くらい聞いておいたら?」
『研磨まで何を言ってるの?』


え、何その人を残念そうな目で見てる感じ。海まで何か言いたげな表情をしている。


「今日くらいなら迷っても俺達何にも言わないからさ」
『海まで?だから何を』
「帰りのバスの時間までには戻ってこいな」
「じゃなきゃ置いて帰るぞ」
『はぁ?』


言ってることがちんぷんかんぷんだし。ちゃんと主語が無いと分かんないよ?結局何が言いたいのかさっぱり分からないまま午前の練習の準備を始めるはめになったし。


『困った、またもや迷子だ』


二日目も午前の準備の時も大丈夫だったはずなのに午後の準備になって再び迷子だ。ちゃんと確認したはずなのに初日同様にテニスコートの方へと来てしまったらしい。テニスボールの音が小気味良く聞こえてくる。
どうしようか、テニス部の人達とは顔見知りだけれど迷子だから案内してほしいだなんてお願いしてもいいものかな?丸井君だったらお願いしやすいけど他の人とは大して話してないし。


「あ!」
『ん?』


突っ立ってても仕方無いのでこのまま迷子で彷徨うよりは恥ずかしくてもテニス部の人に道を聞こうと決めた時だった。テニスコートから黒髪の男の子が出てきたのだ。見たことはあるけど名前が分からない。


「確かアンタってバレー部のマネージャー?」
『そうです』
「んじゃちょっと待ってろよ、直ぐに丸井先輩呼んでくるから!」
『え!いやいや!バレー部の体育館までの道教えてくれたらいいよ!』
「アンタが良くても俺は困るんだって!ちゃんと動かずに待ってろよ!」


困るとは?何で?あ、もしかして体育館への道を案内するのが面倒だからとか?そういうこと?彼は私の返答も聞かずにテニスコートへと戻ってしまった。
けれど丸井君を呼んでくれるのなら良かったかもしれない。


「おーほんとに居たな」
『ごめんね。昨日は大丈夫だったんだけど』
「俺も最初は迷ったからなー。2、3日じゃしょうがないって」
『体育館までの案内頼んでもいいかな?』
「ちょうど昼メシの時間だったし任せろい」


それからのんびりと丸井君と体育館への道のりを歩く。三日間疲れたけどあっという間だったなぁ。蝉の鳴き声と風が木の葉を揺らす音が心地好く響いている。


『立海良いとこだねー』
「だろい?海も近いしな」
『海も今度見てみたいかも』
「みょうじは大学ってもう決まってんの?」
『志望校は何校かあるけどまだかも』
「県外に出たりは?」
『悩んでるかなー』
「んじゃさ、うちもその候補に入れとけよ」
『立海大?』
「そうそ、医学部とか芸大系は無えからそっちが志望じゃ無理だけどな」
『じゃあ調べてみようかなー』
「そしたら俺も嬉しいしな」
『え、何で?』


私の志望校が立海大になることで何で丸井君が嬉しいんだろうか?不思議に思って立ち止まってしまった。私に合わせて丸井君も歩みが止まる。


「あー、もっとみょうじと仲良くなりてぇって理由じゃ駄目か?」
『あぁ、そっか。せっかく仲良くなれたもんね』
「あぁ、駄目か。そういや遠回しじゃ伝わんねえって言ってたもんな」
『何が?』
「や、こっちの話。なぁ彼氏は居ないんだろ?」
『うん』
「好きな男は?」
『恋愛で?』
「そ」
『居ない、かな。考えたこと無いけど』
「んじゃ俺そこに立候補するから」
『そっ…へ?』


あまりにさらりと言われたので一瞬聞き流しそうになった。立候補?立候補って何に?直前の会話を急いで思い出す。恋愛で好きな男の人は居ないって答えてそれからの立候補するから?…立候補!?


『え、本気?』
「すげぇ驚いた顔してんのな」
『だって告白みたいだったよ丸井君』
「みたいだったじゃなくてほぼ告白みたいなもんだろ」
『うそ』
「何で嘘で告白しなきゃなんねぇんだよ」
『じゃあドッキリとか?カメラ?』


私の反応に丸井君は笑っている。だってまさかこんなとこで告白されるって思ってなかったし。きょろきょろと周りを見回しても誰かが出てくる素振りは無い。


「立海大と俺のことみょうじの第一志望に入れとけって」
『その言い方ずるい』
「海が押したら大丈夫って言ってただろい」
『あれってそういうことだったの?』
「そういうことな」


告白とか今まであんまり経験無くてじわじわ恥ずかしくなってきてしまった。さっきまで大丈夫だったのに急に丸井君を意識してしまったみたいに心臓がバクバクしている。


『ま、丸井君!?急にどうしたの?』
「や、当分会えねえしみょうじの感触覚えときたいだろい?」
『えっ!でもえぇ!?』
「やっぱ女子って柔らかいよなー」
『汗臭いよ絶対に!?』


追撃ちをかけるように丸井君に抱きしめられてしまった。は、はず恥ずかしくて死にそうなんですけど!蝉の鳴き声と心臓のドキドキだけが聞こえてクラクラしちゃいそうだ。


「な、俺のこと考えてくれる気になった?」
『わか、分かったから離して丸井君。恥ずかしくて死んじゃう』
「連絡先ちゃんと教えてけよ?」
『うん、教える!教えるから!』
「俺のこと嫌いじゃないよな?」
『嫌だったらもっと抵抗してるよ』
「なら良かった。んじゃ絶対に惚れさせてやるから覚悟しとけよなまえ」


耳元でそんなこと言うから気絶するかと思った。それくらい突然の名前呼びは破壊力が激しかったのだ。これ夢じゃないよね?起きたら全部夢でしたざんねーんとかならないよね?


『丸井君』
「ん?」
『ほっぺつねって』
「何でだよ」
『夢かなと思って』
「あーなるほどな。ま、夢じゃねえって」
『〜〜〜〜ッ!今なっな!?』
「何って耳にキスしただけな?」


痛かったわけではないけれどこれで夢じゃないことはちゃんと理解出来たような気がする。耳にキスとか恥ずかしくてまたもや死にそうだ。それに結局離してくれる素振りが全く無いよ!?丸井君は余裕なのかクスクス笑い声が耳に響いてくる。


「昼間から何をやっとるか!たわけが!」
「そろそろうちの子返してもらえませんかね?」
「丸井、そこまでしろとは言ってないよ」
「クロ、これで安心出来るね」
「丸井先輩もやるッスねー!」
「はい、お前らさっさと離れる離れるー」
「その様子だと上手くいったようだな」
「なまえさん良かったッスね!」


大きな声で怒鳴られたと思ったらぞろぞろとみんなが周りから現れてさくさくと丸井君の腕の中から解放された。これはどういうことだろうか?


「あ、これアイツの連絡先なんで」
「じゃあ丸井に渡しておくから」
『あの』
「なまえ、立海大に志望変えるなら早い方がいいからね」
「アイツ騙されやすいから気を付けろよ」
「ま、俺もこいつらもいるから問題ねぇって」
「仁王の良いおもちゃになりそうだよなぁ」
「まーくんはそんなことせん」
「説得力ゼロな」
「何かなまえさんの嫁入りみたいですね」
「芝山それ的確過ぎてウケる!」


私を差し置いてそれぞれの部員達が和やかに交流してるように見える。未だに心臓はバクバクしたままだけど丸井君の嬉しそうな顔が見れたからこれで良かったのかもしれない。
既に絶対に惚れさせてやるからって言葉を心待ちにしている自分がいる。
志望校を立海大に変えることにしよう。全国大会も東京でやるらしいから応援に行けたらいいな。


水棲様より
かーぼん様リクエスト。ハイキューテニプリ混合夢でのリクエストでした。遅くなってしまいごめんなさい!
絡ませるの難しかったけど混合夢って書いてて楽しかったー!リクエストありがとうございました!
2018/11/21

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