藍と秋

この夏は色んなことがあった。
好きな女の子が黒尾に恋をする瞬間を目撃したり、クラスメイト達と花火をしている時に俺はみょうじを見てるのにみょうじの視線の先には黒尾が居てそれが凄い切なかったり、黒尾には長く付き合ってる彼女が居てそれを分かっててみょうじが告白しに行くのを止め切れなかったことだったり、その後にただ泣くみょうじの隣にいることしか出来なかったことだったり、一夏にこんなにしんどいこと起こるのかってくらい沢山の出来事があった。
唯一の救いはみょうじがフラれたことによってちゃんと黒尾への気持ちを吹っ切ったってことぐらいだと思う。


「夜久、そろそろ頑張っちゃいなよ」
「こないだ黒尾にフラれたばっかだろ?」
「まぁそうだけどさ。そもそもうちらは夜久推しなんだからね」
「そそ!一応黒尾のおかげで恋心ってのは理解出来ただろうからさ」
「簡単に言うなよ」
「「夜久ならだいじょーぶ!」」


みょうじの友達二人には俺の気持ちバレバレだったらしい。別にみょうじのことが好きだって相談したことは無かったんだけどな、女子ってそういうとこ結構鋭いんだな。


『夏が終わっちゃう』
「や、まだ暑いって」
『結局夏休みに花火くらいしか出来てないんだよー?』
「スイカ食べてただろ」
『夜久に取られたよ!?』
「あのスイカ旨かったよなー」
『スイカとまた一年お別れだなんて』
「まだ食べれるだろ?」
『んー八月に食べるからいいんだって』


あのただただ切なかった八月が終わって九月がやってきた。まだまだ暑い日が続いてるけどみょうじの中では八月が終わったら秋になるらしい。


『あーもう受験しか残ってないー』
「そうだよなぁ」
『夜久はまだ青春真っ只中だよね』
「何だよそれ」
『部活引退して無いからさ』
「春高で優勝するまでは引退出来ないよな」
『私の分まで青春謳歌してね!応援してるよ!』
「いや、まだ高校生活半分以上残ってるんだからみょうじも諦めるなって」
『ほぼ勉強漬けだもん』


確かに部活引退組にはもう受験戦争しか残ってないのかもなー。と言うかみょうじの中に恋愛の「レ」の字くらいは残ってんのかな?黒尾の気持ち吹っ切ったと同時に恋愛まで吹っ切ってないか少しだけ心配になった。


「みょうじはさ」
『ん?何ー?』
「もう恋愛とかしねーの?」
『うーん。どうだろ?こないだ黒尾のこと吹っ切ったばっかりだしなぁ』
「まだ黒尾に気持ち残ってたり?」
『それは無いかも。あ、ほらこれ夜久にもあげるー』
「シークワーサーのハイチュー?」
『黒尾が彼女にお願いしてくれてたみたい。律儀だよね』


気になってつい突っ込んだことを聞いてしまったけれど本当にもうみょうじは黒尾のことを吹っ切ったみたいだった。それくらい晴れ晴れした表情で俺にハイチューを渡してきたんだ。包装紙を剥がして口にハイチューを放り込む。甘すぎないこの味が結構俺は好きだった。


『わ!爽やか!』
「甘ったるくなくて美味しいんだよな」
『夜久は辛党だもんね』
「よく知ってんな」
『それくらい知ってるよー』


みょうじに辛党だって話したことあったっけ?覚えが全く無い。けれどこんな些細なことで凄く嬉しくなってしまうから我ながら単純だとは思う。なぁ、どうしたら俺の気持ち気付いてくれる?どうしたら俺のこと好きになってくれるのみょうじ?


「やっくんもみょうじを見習いなよ」
「お前にだけは言われたくねぇ」
「クロのこと好きになっちゃったから?」
「研磨も急に口を挟んでくるなよー」
「あれはタイミングが悪かったよなぁ」
「やっくんがみょうじのこと好きだなんて知らなかったんだよ俺」
「クロって鋭そうに見えて意外と鈍感だよね」
「まぁ俺も黒尾の意見に賛成だよ夜久」
「みょうじを見習えってやつ?」
「夜久君も告白してから意識してもらえばいいんじゃないの?」
「やっくんとみょうじ仲良いし俺もそれがいいと思いますよ?」


黒尾の言葉に研磨と海が同意するように頷いた。みょうじが黒尾に告白したように俺もみょうじに告白しろって?や、無理があるだろ。


「冬は春高バレーあるから秋が勝負だね夜久君」
「ちょ、俺まだ何にも言って」
「お、研磨良いこと言ったな!」
「秋が終わるまでに告白してきなよ夜久」
「秋って直ぐに終わるだろ!」
「やっくんなら大丈夫」
「夜久君頑張って」
「俺も応援してるよ夜久」


なんだよこの空気。三人とももう俺が何を言っても聞いてはくれなかった。や、告白するかしないかは俺が決めることだ。研磨の提案に乗る必要は無い、けれど秋を逃したらもう告白するチャンスなんて無さそうだった。年が明けたら春高バレーがあるしみょうじは受験だ。そんな時期に告白なんてしても困らせるだけだろう。それに受験が終わったらあっという間に卒業だ。と言うことはやっぱりこの秋が勝負所なんだろう。


「泊まり込みで準備?」
『そうなんだよ。じゃないと文化祭に間に合いそうにも無いの』
「うちのクラスみんなのんびりしてるからなー」
「引退組が少ないってのもあるよな」
『お化け屋敷が完成しそうにもないんだよー』
「んじゃ俺とやっくんも泊まり込みの日は手伝うことにするか」
「まぁ普段手伝えてないもんな」
『分かった!実行委員に伝えとくね!』


だから早めに準備しとけって言ったのにマイペースが多すぎて進まなかったんだろな。まぁ泊まり込みでやれば何とかなるだろ。授業を潰して準備してんのに間に合わないとか放課後コイツら何やってんだろ?
みょうじが他のやつらにも泊まり込みのことを伝えている。黒尾が隣で何か言いたげだ。


「なんだよ」
「チャンスだろ」
「文化祭の準備だぞ?」
「まぁまぁ。俺に任せてよやっくん」
「何でみょうじが好きだった男に任せなきゃいけないんだよ。蹴るぞ」
「ちょ、やっくん蹴るのは止めて!」


黒尾が俺のことを心配して言ってくれてんのは分かるけどお前にだけは頼りたくない気持ちも少しは察しろよ。俺が不機嫌になったのが伝わったのか黒尾はそれ以上何も言わなかった。


「夜久ーオリオン座流星群が流れるんだって!」
「オリオン座流星群?」
『流れ星が見れるみたいなの』
「準備が一段落したら見に行こうって話してたんだよねー」
「どこで見るんだよ」
『屋上だって』
「あそこ立入り禁止だろ?鍵かかってんじゃん」
「確かに鍵がかかってるよ。でもねじゃーん」


みょうじの友達の一人がポケットから鍵を取り出した。お前そんなのどうやって手にいれたんだよ。屋上に入れるなんて噂でも聞いたこと無いぞ。


「どうしたんだよそれ」
「うちの部活にだけ代々伝わってんの」
『でも美術部に何で?』
「むかーしの先輩が空の絵を描きたいってごねた時に当時の顧問に作ってもらったらしい。そして当時の顧問は既にうちの学校には居ない」
「だから生徒にだけ伝わってるってことな」
「そそ、だからさこっそり見に行こうよ」
「他には誰が行くんだよ」
『花火のメンバーに声かけたの』
「そういうことな」


ぞろぞろクラス全員で移動したら目立つだろうしな。それなら花火をした八人くらいで行くのが妥当なとこだよな。意味ありげにみょうじの友達が俺に目配せをしている。お前らも今日俺に押せって言うのかよ。や、前から言ってたけどさ。タイミングってものがあるだろ。


『晴れてて良かったねー!』
「確かになー」


23時過ぎてやっと準備が一段落ついたとこで今日の作業が終わった。後は各自自由行動だ。部活棟にある風呂に入りに行ったり学校前にあるコンビニに行ったりそれぞれがバラバラになったとこで俺達八人はこっそりと屋上へと上がってきた。
他のクラスの奴らも準備で泊まり込んでたりするからまだまだ学校は騒がしい。
何故か俺とみょうじ、他六人で距離が出来てるけどきっとアイツらが結託してるんだろう。それを隣のみょうじは気にする風でも無いからまぁいいんだけど。


『夜久、オリオン座流星群見れるかな?』
「調べたけど見れたらラッキーって書いてあったからなー」
『見れたらいいなぁ。願い事しなくちゃ』
「みょうじは何お願いすんの?」
『流れ星の願い事は人に話したら駄目なんだよ夜久』
「そういうもん?」
『そういうものなの!』


そんなこと初めて聞いた気がする。と言うか流れ星を見るのが初めてだ。みょうじは屋上の手すりに掴まってワクワク顔で空を見上げている。っと横顔に見とれてる場合じゃないよな。俺もちゃんと流れ星を探そう。それで柄にもなく隣のみょうじみたいに願い事をしてみよう。


『クシュン!』
「寒い?」
『んーやっぱり寒くなってきたねぇ』
「女子は制服男子より寒そうだもんな」
『男子が羨ましい』
「とりあえずこれ着とけって」
『え、でも夜久寒くない?』
「くしゃみ出るほど寒くないから平気」
『じゃあお借りします』


夏もこうやってスムーズにやれたら良かったのかもな。そんな余裕全く無かった。そりゃ健全な男子高生ならしょうがないだろ、好きな女子の下着透けてたら内心慌てるだろうし。その点黒尾はさらっと行動してたもんな。それは彼女がいる男子だからってのもあるんだろうしみょうじのことを何とも思ってなかったことの現れでもあるんだろうけどあの時はすげぇ悔しくて仕方無かった気がする。
ちゃんとやり直せて良かったのかもなー。俺の渡したブレザーを着てみょうじは『憧れのブレザーだ』と照れたようにはにかんだ。
空には藍色と無数の星屑が散らばっている。相変わらず学校中から喧騒が聞こえてくるけれどここには俺とみょうじしか居ないみたいに感じる。や、直ぐ向こうに黒尾達はいるんだけどさ。
そのまましばらく黙ってみょうじとただ空を見上げるだけだった。


『なかなか流れ星見れないね』
「だなー」
「なまえと夜久ーうちらコンビニ行ってくるけどどうするー?」
『私まだここで星見てるー』
「んじゃ俺もここにいる」
「じゃあ俺ら行ってくるな」
「黒尾、何か温かい飲み物買ってこい」
「へーへー。分かりました」
「じゃあ行ってくるねー」
『みんな気を付けてね』
「「はーい」」


仕組まれた気がしなくも無いけどまぁいいか。みょうじもコンビニ行くって言ったらどうするつもりだったんだろな?六人がそれぞれ目配せしながら屋上から出ていった。あぁもう分かったよ!言えばいいんだろ。んでそっから意識してもらえばいいんだろ!半ばヤケ糞な気もするけどこういう機会が無かったら言えてなかったかもしれないからアイツらには感謝しないといけないかもしれない。


『やっぱり見れないのかな』
「どうだろな。あのなみょうじ俺さ」
『どうしたの?』


邪魔者が居ないうちにさっさと言ってしまおうと思ってみょうじを呼んだ時だった。ギィと扉の軋む音が聞こえたんだ。俺達の場所からは入口が見えない。けど黒尾達はさっき出てったばっかりだから絶対にアイツらじゃない。二人で口を閉じて耳を澄ますことにした。


「何で屋上の鍵が開いてんだ?誰かいるのか?」
「『!』」


アイツら鍵かけて出て行けよ!聞こえたのはうちの学年主任の先生の声だった。見付かったら確実にヤバいやつな。幸いまだ俺達は見付かって無いからみょうじの手を引いて隠れる場所を探す。と言っても屋上だし隠れる場所なんてそう沢山は無いからとりあえず物陰に隠れることにした。みょうじの顔にも緊張が走ってるのが見て分かる。こっちまで見に来ませんように。


「誰かいるのか?いるなら出て来い。今なら説教で許してやるぞ」


説教で済むわけが無い。人一倍自分にも他人にも厳しいって有名な学年主任のことだ立入り禁止場所なんかに入ったらどうなるか分かったもんじゃない。悪くて停学も有り得る。数回そうやって問い掛けがあったけれど俺達はじっとしているだけだった。頼むから黒尾達が戻ってきませんように、鉢合わせたらそれこそ大変なことになる。


「ま、いるわけ無いか。過去に誰も入ったこと無いんだからな。業者の閉め忘れだろ」


五分たってやっと学年主任の先生は屋上から出ていった。二人で安堵の息を吐いてから黒尾達へとしばらくは戻ってくるなと連絡する。勿論誤解されては困るから理由も付けて。


『びっくりしたー』
「だよな。俺もすげぇ焦った」


黒尾達に連絡した所で身体の力が抜けてトンと壁へともたれかかる。それで漸く空へと意識が戻ったんだった。みょうじと座り込んだまま空を見上げて言葉を失った。そこにはいつの間にか無数の流れ星が見えたから。


『わぁ』
「すげぇな」


見れたらラッキーだって書かれていたのにいくつもいくつも流れ星が落ちている。流星群ってこんなにすげぇの?俺全然知らなかった。


『凄かったね』
「かなりな」


流星群と隣のみょうじを交互に見てるうちにいつの間にか流れ星は見えなくなってしまった。こんな短時間しか見れないのか。そりゃ見れたらラッキーだった書かれるわけだよな。多分時間にして数分間しか無かった気がする。黒尾達もちゃんと見れてるといいけど。


『あ!』
「どうしたんだよみょうじ」


これ以上は見れそうにも無かったからそろそろ教室に戻ろうかと立ち上がった時だった。みょうじが声を上げるからちょっと驚いたけど何かあったのか?


『あまりに凄くてお願い事忘れてた』
「あー俺もすっかり忘れてた」
『大事なお願い事だったのに』
「何お願いするつもりだったんだよ」


確かに俺も流れ星にお願いしようだなんてことすっかり頭から抜け落ちてた。あまりにみょうじががっかりしてたからそのお願い事が何だったのか気になった。志望校に受かりますようにとかそんなのかな?そんな軽い気持ちで聞いただけだった。


『夜久達がね春高バレー出場出来ますようにって』
「なんだよそれ」
『だって今年が最後でしょ?夏もベスト8って聞いたし』
「自分のお願い事しとけよみょうじー」
『自分のことをお願いするのは図々しいかなって思ったんだもん』


何だよそのお願い事、ズルいだろ。俺なんか普通に自分のことお願いしようと思ってたんだぞ。前からこういうとこあるのは知ってたけどほんとズルいそれ。


『あ、夜久は?何をお願いしようと思ってたの?』
「みょうじが俺の気持ちに気付いてくれますようにって」
『夜久の気持ち?』


まぁ不思議そうな顔すんのも仕方無いよな。俺今まで大したことしてきてないしアピールなんてしてこなかったしな。


「俺、みょうじのこと好きなんだよ」
『え?えぇ!?』
「みょうじ声が大きいって」
『ご、ごめん』


俺の突然の告白にみょうじはかなり驚いたみたいだった。今の大声誰にも聞かれてないといいけど。暗がりだけどみょうじの頬が赤くなってるのが何となく分かる。


「ま、お願いしなくても今気付いたからいいか」
『夜久、あの…その』
「直ぐに答え出すなよ。とりあえず気付いてくれたらそれでいいし」
『えぇ』
「予選の応援来てよみょうじ。俺がバレーしてるとこ見て。それから答え出しても遅く無いから」
『わ、分かった』


今すぐ答え出されたら考えられないって言われるに決まってる。そう言われる前に先回りして阻止しといた。
後は、流れ星にお願い出来なかったみょうじの願い事叶えてやんねぇとな。
それで俺のこと好きになってくれたら一石二鳥だろ。


『夜久!足!足大丈夫!?』
「ちょっとなまえ落ち着きなって」
「みょうじは何でこんな大泣きしてんの」
「軽い捻挫だから大丈夫だってそんなに泣くなよみょうじ」
「なまえは夜久が酷い怪我だったらどうしようってそっから大泣きだよ」
「春高バレーまでには治るよみょうじ」
『流れ星にお願い出来なかったせいだと思って』
「応援に来いって言ったのにカッコ悪いとこしか見せれなくてごめんな」
『そんなこと無いよ!夜久カッコ良かったよ!』
「なまえ、いっそ夜久のことどう思ってるか言えば?」
『え?』
「まぁ夜久なら言わなくても分かるか。好きでも無い男のこと泣くくらい心配しないよね」
『何で言っちゃうの!?』
「だってやっくん良かったですね」


結局最後まで俺達は周りのサポートのお世話になりっぱなしだった。きっと俺の知らないとこでみょうじの友達二人もあれこれ動いてくれたんだろう。そして多分黒尾も。
けれどあの夏のようにそれが分かってももう俺はイライラしなかった。みんなありがとな。


『夜久あのね』
「何?」
『私を好きになってくれてありがとう』
「急になんだよ」
『黒尾にフラれた時もだからずっと隣に居てくれたのかなって』
「あーまぁそれはあるかも」
『私あの時夜久が居なかったらあんなに早く立ち直れなかったから』
「下心あったけどな」
『それでもあの時隣に居てくれたのが夜久で良かったよ』
「遠回りだったけどみょうじこそ俺のこと好きになってくれてありがとな」
『それ言われるの凄い恥ずかしいね』
「先に言ったのみょうじな」


俺達の恋はまだ始まったばっかりだ。
チリンと季節外れの風鈴の音が聞こえた気がした。


モナ様リクエスト。相互記念に捧げた「青と夏」の続きとのリクエストでした。「青と夏」はモナ様のサイトにありますので読みたい方はそちらでどうぞ。遅くなってごめんなさい。
2018/10/30

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