夏模様(成宮)

高校を卒業してドラフト一位指名でプロ入りして早くも五年が経過した。
この五年間ただひたすら野球とだけ向き合ってた気がする。
まぁ俺だからねそんなに苦労することも無かったけど。
けれど最初が肝心だと高校時代の監督も先にプロ入りしていた先輩達も言うから大人しく言うことを聞いて五年間頑張った。
おかげで今じゃ名実ともに人気と実力両方備えた選手になれてるとは思う。
今年のオールスターも一位は無理だったけど入れたしね。


六年目に突入した今年、少し余裕も出来てきてその余裕のおかげで椎名のことを思い出した。
俺が高校三年間好きで好きでどうしようもなかった女の子。
椎名とは仲は良かったけれど仲が良すぎたせいなのかついに友達以上の関係になることは無かった。
雅さんやカルロは俺がガキ過ぎたせいだって言うけど(カルロに到っては未だに坊やだからなって言うからムカつく)そんなこと無かったはず、多分。
別に喧嘩とかしなかったし椎名をからかったりもしなかったし。
こないだ稲実OBの飲み会があってその時に椎名の話を聞いて彼女のことを思い出したんだった。


「そういや椎名って居ただろ?」
「椎名?」
「ブラスバンドの椎名」
「鳴が好きだった椎名だろ」
「ちょっとカルロ!何個人情報さらっと暴露してくれちゃってんのさ!」
「バーカ。お前あんだけ分かりやすかったらみんな知ってんぞ」
「はぁ?」
「まぁまぁ鳴。んでその椎名がどうしたんだよ」
「稲実で先生やってんだと」
「んじゃブラスバンド部の顧問でもやってんのかもな」
「おーそうらしいぜ」


そこで話は高校の甲子園の話に変わって椎名の話は終わった気がする。
高校卒業して疎遠になってから一回も会ってない。
椎名が居た高校三年間は本当に楽しかった。今でも昨日のことみたいに思い出せるんだ。
や、今でも毎日楽しいけど。
けど椎名が居ると居ないとじゃその楽しさが段違いに違う気がした。


三年間腐れ縁で同じクラスだった椎名には俺はかなりお世話になった。
主に勉強だったけど野球関連で学校行事を疎かにしつつある俺とクラスメイトを繋げてくれたのはいつだって椎名だったんだ。
ブラスバンドも夏の大会があったり大変だっただろうに甲子園にはいつも応援にきてくれたし。
まぁこれは椎名ってより学校の方針なんだろうけど。
1年の夏の甲子園でやらかしたあの大失投も2年の秋大で負けた時も3年の夏に青道に負けた時も椎名のおかげで何とか立ち直れた気がする。
それは椎名だけのおかげでは無いけれど彼女の存在が大きかったのは事実だった。


忘れていたわけでは無いけれどプロ入りしてそれまで以上にモテるようになったしそれなりに遊んでみたりもした。
けれど何故かその間に椎名に会ってみようって気にはなれなかった。
俺から会いに行くのが気恥ずかしかったとかではない。断じて違う。


『成宮』
「何」
『こんなとこに居たの』
「一也のヤツあっこまでアイツら育てるとかね!もう完敗だよ完敗!」


3年の夏、地区予選の決勝で俺達稲実は青道に負けた。
悔しくて悔しすぎて涙すら出てこなかった。
1年も2年も夏の甲子園に行けたのに自分の代でまさか行けないとは少しも思ってなくて。
俺達は強かったはずだ。何処よりも誰よりも。
なのに青道に負けた。
そのことがすんなりと受け入れられなかったのかもしれない。
部員に合わす顔がなくて誰も居ないスタンド席に一人で座ってたら椎名が探しに来たんだった。


『成宮が居ないから野球部帰れないって福ちゃん困ってたよ』
「先帰ってって伝えといて。てかお前もバス 待たせてんじゃないの」
『自分で帰りますって伝えといた』
「は?お前部長でしょ?そんな無責任なこと言っていいわけ?」
『引退はまだ先だけどうちの部活は代替りするの四月だから』
「そう」


何でこんなとこ椎名に見られなくちゃいけないのか。
正直この時はさっさと帰って欲しかった。
「甲子園に今年も連れてってやるよ」って豪語してたし誰とも話したくなかったんだ。


「ほんと笑っちゃうよね。3年になって去年より一昨年より強いチームになったと思ってたのにさ。負けちゃうなんてさ」
『成宮』
「何?俺達負けたしブラスバンドは大会に専念出来るから問題無いでしょ。笑いたきゃ笑えば」
『泣きそうな顔して笑わないでよ』
「は?別に泣かないし。ただ俺の夏もう終わっちゃったなって思っただけだし」
『泣きたい時は泣いていいんだよ』
「別にそんなんじゃ」
『カルロス達のこととかピッチャーの責任とか色々考えずにさ、まずはちゃんと泣こうよ。ね?』


そうやって言うと椎名は俺の頭にタオルをかけた。
それからはもう何も言わず俺の隣に座ったんだった。
じわじわと負けたってことが今年はあの場所に行けないってことが頭をいっぱいにしていく。
あぁ、俺本当に負けたんだな。
そう思った瞬間にみるみる涙が溢れてきたんだった。


「椎名、ごめん」
『うん』
「帰ろ。まだバスいるかな?」
『ちゃんと待ってるって』
「アイツらにも謝らないと」
『大丈夫だよ』


どれだけ泣いてたのか今はもう覚えてない。
でも俺が泣き止むまで椎名は隣に居てくれた。
その後にバスに戻ったら監督にかなり怒られたけどみんなが待ってて居てくれたことが嬉しかった。
帰る場所は一緒だからと監督がバスに乗っていけって言ったのにアイツはそれを丁重に断って自分で帰ってったんだったなぁ。
それから俺は部活を引退して同じクラスの椎名とは仲良くしつつも一線は越えれずに高校を卒業してしまったんだった。


次はホームでの試合でその移動日に俺は久しぶりに母校を訪れた。
ただの思いつきだ。ブラスバンドが部活休みだったら椎名とは会えない。
それでもあの沢山の思い出が詰まった母校へと行ってみたくなったのだ。


蝉時雨に混じって野球部が練習する声が聞こえる。
ボールがバットに当たる音や部員達の掛け声。
今も似たようなことはしているけど高校野球とプロ野球では全く別物のような気がした。
先に監督に挨拶するべきなんだろうけどそれを後回しにして俺は椎名を探した。
野球部の練習の音の隙間にブラスバンドの懐かしい応援歌を練習する音が聴こえた気がしたのだ。
あぁそう言えば今年は夏の切符を手にしたって飲み会で誰かが言っていた気がする。
今年は悔しい思いをしてないんだなと思ってそれがとても羨ましく思えた。


いきなりブラスバンドの部室を訪ねてもいいものかと考えながらとりあえず職員室にでも向かおうと事務局で受付を済ませて(騒ぎになると面倒だから受付のお姉さんにはキツく口止めをお願いしといた。サイン一枚でどうにかなったから安いものだ)廊下を歩いてる時だった。
向こう側から見覚えのある女性が歩いてくるのが見えたんだ。
五年立っても直ぐに分かった。
それは紛れもなく椎名だったから。


『な、るみや?』
「久しぶり椎名」


俺の姿が視界に入ったのだろう。
椎名が目を丸くして立ち止まる。
そして抱えていた楽譜の束をばさりと廊下へと落とした。


『なに、してるの?』
「忘れ物を取りにきたのかな」
『え?』


突然の俺の母校訪問に椎名はかなり驚いたみたいだ。なんだか凄い動揺している。
楽譜を拾う素振りも見せないので代わりに俺が集めてやった。


「はい、これで全部」
『忘れ物って何?今までもここに来てたの?』
「野球部のグラウンドまでは行ったことあるけど校内は卒業してから初めてきたかも」
『え?じゃあ忘れ物は?』


俺の手から楽譜を受け取ろうともせずにポカンとしたまま椎名は呟いた。
俺は高校時代にここに忘れてしまったものを今日取り返しにきたんだよ椎名。
さすがに結婚とかしてたら止めようとは思っていたけれど椎名の指には指輪ははめられて居なかった。


「お前」
『え?』
「俺は高校卒業する時にお前を忘れたまま卒業しちゃったわけ。だから取りにきたの」
『そ、それってどういう』
「何でそんなに鈍いのさ。ここまで言ったら分かるでしょ?」
『え、でも』
「こないだの週刊誌本気にしてるとか言ったら怒るよ椎名」
『アイドルと密会って書いてあったし』
「へぇ。ちゃんと俺の記事読んでるんだね」


俺の言葉に椎名は顔を赤くする。
あの週刊誌には肝心なことが書いてなかった。
そこには他にも大勢の人間が居たんだ。
週刊誌ってほんと悪意しかないよね。


「で、返事は?」
『え』
「だーかーら、俺はお前を貰いに来たの!何?嫌なの?それとも他に相手でもいるわけ?」
『それは居ないけど…成宮本気なの?』
「あのさ、俺だって忙しいの。その忙しい合間を縫ってわざわざ来てやったんだけど」
『そっか、そうだよね』
「返事は?」
『成宮ほんとに冗談とかじゃないよね?』
「くどい。後三秒以内に返事してよ。はい、さーんにーい」
『待っ!待って!分かった、分かったから!』
「ギリギリセーフだね。部活何時まで?」
『野球部よりは早く終わるよ』
「んじゃ俺部活に顔出してくるから。終わったらここに連絡して!」
『え?』
「新しい連絡先!」
『わ、分かった!』


あらかじめ書いておいた電話番号を楽譜の束と一緒に椎名に押し付けてその場を後にした。
野球部ならまだしも関係無い人達に囲まれるのはまっぴらごめんだったから。


正直椎名から連絡が来るまでドキドキだった。連絡無かったら結局脈無しってことだろうし。
けれど練習を見てる最中にちゃーんと椎名から連絡はあってやっと俺はホッと出来たんだった。


『でも成宮なんでいきなり』
「はぁ?そんなのお前のことがずっと好きだったからに決まってるでしょ」
『だって他にも周りに沢山女の子いるでしょ?アナウンサーとか芸能人とか』
「そりゃ俺は今プロ野球界イチモテるけどね。俺が好きじゃなきゃ意味無いんだって」
『私も成宮のこと好きだったよ』
「この部屋見れば分かるって」


椎名の部屋に行きたいとお願いしたら渋ったのだ。ワガママ行って部屋に来てみれば理由が直ぐに分かった。
部屋中俺だらけだった。ユニフォームだったりポスターだったり今年から出した俺単品のカレンダーだったり。
椎名も俺と同じ気持ちだったのならこんなに嬉しいことはない。


『こんなの気持ち悪いよねごめん』
「あのさ、俺が迎えに来たんだからいいんじゃないの?今更無理とか言わないでよ」
『言わない!大丈夫!』
「ならそんな顔してないでさ、笑ってよ」
『そんな、いきなりは無理だよ』
「じゃあ俺のこと名前で呼んでよ」
『…鳴?』
「俺も凛って呼ぶからさ」
『分かった』


辿々しくも凛が俺の名前を呼ぶ。
ちょっと時間かかったけどこうやって凛のことを迎えに来れて良かったかもしれない。
あの夏の日を思い出すと胸が少し痛むけれど会いに来て良かった。


鳴やっぱり好きだけどちょっとまだ曖昧。まだ読みこみが足らないんだろなぁ。
2018/08/24




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