Loving Your Pure Innocence(成宮)

(君透の未来IF いい夫婦の日にちなんで)

――君の純真な無垢さを愛してる

 今日の鳴君、凄かったなぁ。ホームの試合に呼ばれて、チケットを用意してくれたから久しぶりに試合を観戦した。
 関係者席のチケットとは思わず驚いたけど、鳴君のおかげでゆったりと観戦することが出来た。ガラス越しだし、通常の席より遠目だったにも関わらず、関係者用の席(と言うかもう部屋に近い)にはいくつもモニターが用意されていて、距離を気にすることもなかった。
 そこでまさか、原田先輩の奥さんと遭遇するとは思ってなくてまたもや驚いてしまったのだけど。どうやらこれも鳴君なりの気遣いだったらしい。関係者席には沢山の人が集まる。そこで孤立しないようにと鳴君が原田先輩に頼んでくれたのだと教えてもらった。
 原田先輩の奥さんは男の子を連れていて、雅人君はキラキラと瞳を輝かせ終始モニターに釘付けだった。一緒に観戦していると、お父さんと同じくプロ野球選手になりたいんだとこっそり耳打ちして教えてくれた。どうやらまだ両親には打ち明けていないらしい。とても素直で可愛らしい男の子だ。

「凛!」
「あ、鳴君」
「待たせてごめん。終わったから帰ろ」

 試合は鳴君が完投し、原田先輩の活躍もあって勝つことが出来た。ミーティングが終わるまで待っていてとのことで、おとなしく原田先輩の奥さんと雅人君と待っていたら鳴君が迎えにやってきた。他の選手の人も居て、鳴君の後ろに原田先輩の姿も見える。

「鳴ちゃん! サイン! サインちょうだい!」
「雅人、おっきくなったなぁ! お、色紙まで用意してんの偉いじゃん! 凛、ちょっと待ってて」
「うん」
「ねぇ、鳴ちゃん」
「なに?」
「僕ね、弟か妹が生まれるんだって!」
「は!? ちょっと雅さん! 聞いてないんだけど!」
「そりゃまだ話してねえからな」
「なんでさ! 教えてよ!」
「今、知ったろ」
「そういうことじゃなくて! あぁもうまた勝手にお祝い送りつけるからね!」

 原田先輩の息子の雅人君が一目散に鳴君に駆け寄る。久しぶりに会ったらしく、鳴君は目を丸くしながら雅人君の頭を撫でた。その後すぐに色紙にサインを書いている。
 雅人君の発言に鳴君はさらに驚いたらしく、原田先輩にぶつぶつと文句を言っている。まだ原田先輩の奥さんのお腹は目立つほどじゃない。二人目が生まれるなら今度は私も鳴君と一緒にお祝いを考えさせてもらおう。雅人君が生まれた時はなにも出来なかったから。

「ねぇ、凛ちゃんは?」
「え?」
「凛ちゃんのとこには赤ちゃん来ないの?」
「……えっと」

 穏やかな空気が一瞬で凍り付いた。子供の無邪気な質問だ。誰が悪いわけでもない。鳴君すら固まってしまい、原田先輩は厳しい顔付きで小さく息を吐いた。原田先輩の奥さんが口を開こうとするのを手で制して、戸惑う雅人君へと向き直る。

「あのね、私は元々体が弱くてね。赤ちゃんを育てられるかわからないの」
「そうなの?」
「うん、だから雅人君がまた遊んでくれたら嬉しいな」
「うん! 僕、凛ちゃんと遊ぶ! 弟か妹が生まれたら3人で遊ぼう!」
「わ、ありがとう」
「じゃあ約束!」
「うん、約束だね」

 今はもう心臓に問題はない。両親や鳴君のおかげで私はこの先も生きていける。ただ、赤ちゃんは難しいと病院の先生から言われていた。鳴君のことを考えると挑戦してみたいのだけど、反対されている。それで鳴君は咄嗟に言葉が出てこなかったんだろう。原田先輩だってあの表情を見るときっと事情を知っている。
 雅人君に穏やかに事情を説明するとすぐに理解してくれたらしく、そこでやっと空気が元に戻った。

「凛、帰るよ」
「うん」
「鳴、悪かった」
「別に。気にしてない。あ、その代わり性別わかったら連絡してよ! 一番に!」
「一番は無理だろ」
「あぁもう! 雅さんサイテー! ほら、行くよ」
「あ、鳴君引っ張らないでって」
「鳴ちゃん凛ちゃん、バイバイ!」
「またね雅人君」
「バイバイ! ちゃんと野球練習しなよ!」
「はーい!」

 雅人君との会話が終わったのを見計らって鳴君が立ち上がる。同時に腕が掴まれて立たされた。ぱっと腕が開放され、今度は手を強く引かれる。鳴君に引っ張られる形で関係者席を後にすることになった。

「鳴君?」
「俺は、お前が居てくれるだけでいいんだから」
「うん、知ってるよ」

 二人きりになった途端、鳴君の表情が真剣な表情に変わった。言いたいことは理解してる。……何度も、何度も二人で話し合ったことだ。

「知ってるってわりに全然納得してなさそうな顔してんのはなんで?」
「え?」
「……あーあ。やっぱ雅さんにお願いするの止めとけば良かったかも」
「でも、おかげで楽しく試合観れたから」
「それでも、あんな顔させたくなかった」
「……そんな酷い顔してた?」
「んーん、むしろ逆。雅人のこと可愛くて仕方無いって顔してた」
「っ……鳴君?」

 鳴君の表情が今度は険しいものへと変わる。怒らせるようなことはまだ言ってない。鳴君のことだから察しているのかもしれないけど、例え察したとしても先回りして怒るようなことはしないはずだ。
 黙々と歩き続ける鳴君の名前をそっと呼んでみる。

「……凛じゃないや。俺が見たくなかったのかも」
「なにを?」
「お前と雅人を。ちょっといいなと思った自分がムカついた」
「それなら」
「それはイヤ」
「……でも」
「俺だって色々調べたよ。でもほんの少しでもお前が居なくなる可能性があるなら絶対にイヤだ。子供は諦めるって決めたの。散々話し合ったでしょ?」
「……」

 鳴君はリスクのことを言ってるんだろう。難しかろうと心臓移植をした女性が子供を産んだ前例はある。だから挑戦だって出来ると先生は言ってくれた。ただ、それに伴うリスクだってある。最悪、私かお腹の赤ちゃんどちらかを選択しなくちゃならなくなることもあるかもしれないと教えてもらった。
 そんな選択を鳴君にさせたくはない。だから私も鳴君と一緒に諦めたんだ。

「お前が居なくなるかもしれないって思ったこと今までに何回かあった。俺はもう二度とあんな思いしたくないの」
「……鳴君」
「置いてかないでよ。俺の側にちゃんと居て。それが一番なんだから」
「…………うん、わかった。約束する」
「良かった」

 久しぶりに鳴君の本音を聞いたような気がする。子供の話は籍を入れた時以来してなくて、あれからずっとお互いに話題を避けていたような気がする。
 置いてかないでよって言葉が強く響く。そうだよね、鳴君には今まで散々心配をかけた。なにがあっても、両親が反対しようと私じゃなきゃダメだってずっと側に居てくれた。
 だから今度は私が鳴君の側にいる番だ。鳴君の顔を見て約束すると、やっと表情が和らいだ。
 
「それにさ、子供にお前を取られるのもイヤなんだよね。喧嘩する自信ある」
「女の子だったら私が鳴君取られちゃわない?」
「ないない。女の子だろうと喧嘩するから」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。だからずっと俺に独占されてて」
「ふふ、今の言葉鳴君のファンに聞かせてあげたいかも」
「ちょっと! そこで笑うの違くない!?」
「嬉しかったの。ごめんね、鳴君」
「いいよ。許してあげる」

 駐車場に辿り着いて、鳴君が車のロックを開ける。
 助手席に向かおうとしたところで腕を引かれて振り向けば、唇に優しい感触が降ってきた。

「鳴君!? ここ、駐車場だよ!? 常駐の警備員さんいるんじゃないの!?」
「いーんだって。ほら早く乗って。俺、お腹空いちゃった」
「もう」
「早く帰るよ」
「……もう〜」
「凛、ワガママ言ってごめん」
「私こそ、鳴君のこと考えずワガママ言ってごめんね」
「いいよ。お互い様ってことにしとこ」
「ふふ、鳴君らしい」
「でしょ?」

 球場の関係者専用の駐車場はあちこちに監視カメラがあるし、警備員さんが出入口にいるって聞いている。だからすごく驚いたし恥ずかしかったのに、鳴君は目を細めて笑うだけ。悪戯っ子みたいな表情が懐かしくて笑ってしまった。
 促されて助手席へと乗り込む。
 鳴君がここまで言ってくれたのだから、二度と迷わない。鳴君の手を離さずに側にいると誓った。




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