常夏カンパネラ【02】(雷市)

今年の夏休みはあっという間に過ぎつつある。
過去のどの夏休みより充実してるのは野球部のマネージャーをしてるからだろう。
一週間の合宿もかなりバタバタしていたけど楽しかった。
合宿のおかげで部員達との距離も近付いたし、まだまだ未熟とは言えマネージャーとしても成長出来たはずだ。
監督が手当たり次第に強豪校との練習試合を組んでくるから遠征も沢山した。


8月28日、今日の試合に勝てばこれで20連勝。
チームの士気はこれ以上無いんじゃないかってくらい良いし全員夏の雪辱を果たす気満々だ。


「カハハ!すげぇ!すっげぇ!」
「雷市!荷物置いてくなバカ!」
『雷市君テンション高いなぁ』
「グラウンド二面あるってのは良いよな。上がる気持ちわかるわ」


私立の青道高校の野球グラウンドは確かに凄い。何もかもうちの学校とは違う気がして圧倒される。二面もグラウンドがあるおかげか空すら高く見えるから不思議だ。
はしゃぐ雷市君を三島君が止めて秋葉君が荷物を渡そうとしている。


「ま、今日も俺達は勝つよ。相手が青道だろーとな」
『ふふ、頼もしいね』
「そりゃ俺達だし?椎名もこの一ヶ月でだいぶ馴染んだよな」
『これだけ一緒にいればなぁ。この一ヶ月家族より長い時間一緒にいる気がする』
「充実してるだろ?」
『確かに』
「なら誘って良かった。マネージャーのおかげで俺達も練習に集中出来てるよ」
『まだまだだって。スコアの付け方全然上手くならないし、あれほんと難しい』
「そこは、まぁ頑張れとしか」
「サナーダ先輩!椎名先輩!早く早く!」
「っと呼ばれちまったな。行くか」
『だね。あんまりはしゃいだら駄目だよー!』


マネージャーの仕事は多忙の一言に尽きる。
やってもやっても仕事は尽きない。合間にスコアの書き方も勉強したけど、本当に難しい。
監督に相談しても「そのうち慣れる」としか言ってもらえなかったし。
こればっかりは書いて書いて自分に馴染ませるしかないんだろう。
遠くから雷市君が急かすので集団を二人で追った。


「先輩、それ俺持つ」
『大丈夫だよー。これはマネージャーの荷物だから』
「持ってもらえばいいんじゃねーの?」
『と言うか雷市君自分の荷物は?』
「アッキーが持ってる。だから先輩手伝ってこいって」
「ほらな」
『三島君が怒鳴ってるけど』
「ミッシーマは大丈夫だろ。ほら、せっかく雷市が手伝う気になってんだから」
『うーん、ならこっちだけお願いするね』
「ん」
『ありがとね雷市君』
「ヘーキ。俺、昨日からずっと元気だから」
『なら今日も応援してるね』
「誰が来ても全員ぶっ飛ばーす!」


集団に追い付いたところで雷市君がやってきた。
やる気満々って感じだ。移動中もずっとテンション高かったからなぁ。
全員がそれぞれ荷物を持ってるから遠慮したと言うのに雷市君の荷物は結局秋葉君が持ってるらしい。相変わらず気遣いの塊だな秋葉君。
真田君まで雷市君の後押しをするから荷物を半分持ってもらうことになった。


「…意外と重い」
『色々入ってるからねぇ』
「ま、雷市なら余裕だろ?」
「今度から俺半分持つ」
『いや、大丈夫だよ?これくらい私でも持てるし今までも自分で持ってきたから』
「いい、俺も持つ」
『雷市君の荷物もあるんじゃないの?』
「んーどっちも持つ!」
『試合前の部員に荷物持たせるのもなぁ』
「雷市がいいって言ってんだから持ってもらえばいいだろ?な?」
『えぇ、マネージャーとしてどうなのそれ』


渡した荷物の重さに雷市君は驚いたらしい。
雷市君なら軽々持てる重さではあると思うけど軽くわけじゃ無い。
目をぱちくりさせたと思ったらとんでもない提案をしてきた。
この重たさに最初はかなり堪えたけど、最近は慣れつつある。
だから遠慮したと言うのに私の話を聞く気は一切無いらしい。


「持つったら持つ」
『じゃあ特に重たい時だけお願いするね』
「…先輩そう言ってお願いしてこない気がする」
『そ、それは』
「お、良い勘してんな雷市」
「だから全部半分持つ」
『ちょっと真田君、変なこと言わないでよ』
「持たせてやればいいだろ。こんくらい負担になんかならねぇって。金のバットに比べりゃ軽いもんだろ?」
『あー』
「俺決めたから」
『雷市君ってもっと野球以外は人の意見聞いてくれると思ってたのに』
「野球してる人間なんて全員エゴの塊だよ。我が強くてなんぼだろ?」


我が強くてなんぼってのはわからないでも無いけど、それって野球に限ることじゃないの?
何を言っても絶対手伝ってくれちゃいそうなのでもう反論するのは諦めた。
調子が悪そうな時だけは遠慮させてもらおう。かと言って雷市君が調子悪いなんて早々無さそうだけど。


「お前人に荷物持たせてんのに何で椎名先輩の荷物持ってんだよ!」
「優太、俺が手伝ってやれって言ったんだって」
「カハハ!ミッシーマのも持ってやろうか!」
「違うだろ!そこは秋葉のだろうが!と言うか秋葉に持たせてる自分の荷物を持てってんだ!」


荷物を預けた雷市君が三島君達に合流した。
三島君のツッコミ今日もキレキレだなぁ。
それを全く気にしない雷市君も通常運転だ。
さて、私も私のやれることを頑張ろう。
先ずは未だに書き方が定まらないスコアの付け方を確立させないとね。


『全員調子が良さそうですね』
「こんだけ勝ってりゃ勢いだけでも勝てそうだよな」
『そうですね。特に今日は相手が青道ですし』
「借りはきっちり返さねーとな。お前ら今日は俺のために何点取ってくれるんだぁ!取って取って取りまくれよ!」


スコアブック片手に監督の隣に座る。
先発は三島君、雰囲気も上々と言うか通常通り。他の学校と比べると緩く感じることもあるけど、このある種の雰囲気の緩さがうちの強みなんだと思ってる。
青道の先発は一年の降谷君。
あの豪速球を見ると私は怯みそうになるんだけど、部員達の目は爛々としている。
練習試合にあれほどの球を見られるだけで儲けもんって監督も言っていた。


『おお、雷市君守備の調子良さそうですね』
「毎回こうだと良いんだがなぁ。まぁ雷市には守備より打ってもらわねーと」
『五本ずつ打つって相手のピッチャーに宣言してましたよ』
「そんくらいの気概がねぇとな。全部打ってくれてもいいくらいだぜ」
『監督の自慢の息子さんですもんね。今のは格好良かったなぁ』


初回から守備で雷市君が魅せてくれた。
これまでの練習試合はエラーすることの方が多かったから初手ファインプレーってのが凄く新鮮だ。


「まぁ今のは良かったな。格好良かったろ?その勢いで雷市に惚れてもいいんだぜ?椎名なら良い嫁になりそうだからなぁ」
『いやいや監督、試合に集中してください』
「俺が集中しようがしまいが試合してんのはあいつらだから関係ねーよ。で?どーなんだ?」
『えぇ、話の持っていき方が強引過ぎますよ』


雷市君に限らず試合をしてる球児ってのは全員真剣で格好いい。
ドキドキすることもあるけどそれは恋愛云々じゃなくて、もっと純粋な気持ちで格好いいと思うんだ。
それをいきなり惚れても良いんだぜって言われても戸惑いしか出てこない。
しかも色々なものをすっ飛ばして嫁にだなんて雷市君の意見を聞く気は無いのだろうか。
…この監督ならプロ野球選手になった雷市君にある日突然「こいつがお前の嫁だ」とか言って女性を差し出しかねない。そして雷市君は雷市君でそれを受け入れかねない。
私がいる間に選ぶ権利はあるんだよって教えてあげた方が良いのかもなぁ。
そこは真田君と秋葉君に相談してみよう。
あれこれ横で監督が話を続けていたけど、スコア付けに集中させてもらう。
話しながらスコアを付けれるような余裕私にはまだ無いのでごめんなさい。
気持ちに反して鼓動が騒がしいことはもう無視だ。


『20連勝ですね!』
「おー勝った勝った。まぁ半分勝たせてもらったようなもんだがな」
『でも勝ちは勝ちですよ!』
「まぁなぁ」


青道二番手の沢村君が不調だったこともある。
それでも勝ちは勝ちだ。20連勝を喜んでる部員達をベンチに迎えいれる。
監督が不満げな気持ちもなんとなくわかるけど、私は彼らと一緒に喜んだ。


「全然打ち足らない」
『雷市君なら後何試合やれる?』
「いくらでも!」
「椎名、雷市だけだから。そんなに俺は投げらんねーぞ」
「俺はいけますよ!真田先輩と違って丈夫なんで!」
「優太、雷市に合わせてたら肩壊すよ」


学校までの帰り道、不完全燃焼気味の雷市君に声を掛ければ予測通りだ。
雷市君の答えにげんなりとした表情の真田君、逆にやる気満々の三島君、それを心配する秋葉君。
いつも通りの会話がとても楽しい。


「お前らコンビニ寄ってくぞ!アイス一つだけ奢ってやる!あ、一年だけな!」
「アイス!食う!」
「あざーす!」
「あざっす」


平畠君の呼び掛けで三人が駆け出していく。
まだまだ元気いっぱいだなぁ。
この隙に監督との会話を真田君に相談しようかとも思ったけど、よくよく考えて止めておいた。
これ自分で口にするのは恥ずかしすぎる。
監督だって冗談で言ったんだろうし気にしないでおこう。


「あ、俺椎名に頼みがあった」
『頼み?』
「もう夏休みも終わるだろ?雷市の課題がさ、終わってないらしくて」
『あぁ、そんな話を秋葉君から聞いたなぁ』
「練習休ませるわけにもいかないしさ、俺達にも課題はあるわけで」
『その言い方真田君も終わってなさそうだね』
「俺は自力でどうにかするけどあいつは多分無理だから戻ったら見てやってくんね?」
『うん、それくらいなら大丈夫』
「んじゃ頼むな」
「先輩先輩!」
「お、平畠に何買ってもらったんだ?」
「パピコ!」
「お前なぁ、もっと良いやつ買ってもらえば良かっただろ」
「先輩と食べようと思って!あ!」


雷市君の夏休みの課題は秋葉君がぼやいてるのをこないだ聞いた。
今からやって間に合うか微妙なところだけど、やれるだけやってみよう。
全部やってないのはまずいけど半分くらいならまぁ許されるとは思う。
真田君のお願いを快諾すると上機嫌の雷市君が戻ってきた。
パピコを半分ずつ食べようって提案だったんだろうけど、慌てた様子で私と真田君を交互に見つめている。
二つを三人で分けるのは無理なことに気付いたんだろう。


『ふふ、私がもう一つ買ってくるね』
「でも俺」
「俺は別にいいよ。だから雷市は椎名と半分ずつにしな」
『監督にお裾分けするから。ほら、監督も暑そうだしね。だから雷市君は真田君に分けてあげて』
「んー」
『とりあえず買ってくるから先に食べてて。せっかく平畠君が買ってくれたアイス溶けちゃうよ』
「んじゃお言葉に甘えるか。ほら椎名の言うように溶けちまうぞ」


ウンウン唸ってる雷市君を置いてコンビニにパピコを買いに走る。
せっかく雷市君が私達のためにと持ってきてくれた気持ちを無下にしたくなかった。
雷市君は年の割にとっても純粋だ。
野球をしてる時とそうじゃない時の差がかなり激しい。
真田君がアイスを断ってもなんだかんだ後から気にするだろう。
パピコを買って戻ると雷市君は何故かアイスを食べていない。


『あれ?アイスは?』
「俺と監督が先に貰った。雷市がお前を待つって聞かなかったから」
『そうなの?待たせちゃってごめんね。はいこれ雷市君のね』
「あざす」


雷市君は自分が買ってもらったアイスを先に監督と真田君に渡したらしい。
年上を敬ったってことなのかな?不思議に思いつつも自分の買ってきたパピコの封を切って半分を渡す。
久しぶりに食べたパピコは暑さのおかげかとても美味しい。
あぁ、こうやってアイスを外で食べるのも久しぶりだ。


『アイスが体に染みるー』
「今日も暑かったもんなぁ」
「アイス旨い」
『雷市君は何のアイスが一番好き?』
「何でも!」
「食えりゃ旨いよなぁ」
「椎名先輩は?」
『うーん、この時期ならかき氷食べたいなぁ』
「お、今度部室で作ろうぜ」
「食う!食いたい!」
『お祭りには行けないし良いかもね』
「昼間は練習してるしなぁ」
「お前らそろそろ行くぞ!ゴミはそこら辺に捨てんなよ!平畠!アイスありがとな!」
「監督に奢ったつもり全くなかったんですけど」
「固いこと言うなって!戻ったら今日はオフ!と言うか課題を片付けちまえ!俺はそんなもん必要ねぇと思ってたけど今はそうもいかないらしいからな。適当にこなせよ適当に!」


監督を先頭に集団が移動し始める。
始めは監督の物言いに衝撃を受けることもあったけど今はだいぶ馴染んだなぁ。
変なとこ緩いと思ってたけど監督には監督なりの持論があって、しっかりと部員のことを考えてるのがわかる。
監督の言葉に雷市君が落胆している。


「…課題」
『雷市君は私とやろうね』
「俺、ちょっとしかやってない。アッキーとミッシーマに言われたけど、わかんなかった」
『夏休み終わっちゃうからなるべく頑張ろうか』
「わかんないとこは椎名に聞けば大丈夫だからしっかりやれよ」
「ん」
『真田君もやるよね?』
「俺は適当にこなすから大丈夫だって。監督も言ってたろ?雷市はわかんないとこちゃんと説明してやって。一学期のテスト大変だったもんな」
「勉強苦手」
『赤点は取らないように頑張ろう。落とすと練習出来なくなっちゃうから』
「わかった」


私が卒業するまでにある程度の土台は作っておいてあげたいな。
まだ先の話だけど、土台さえ出来てたら秋葉君と三島君が苦労することも減るだろう。


「お前らそうやってると家族みたいだな」
「実の父親がなーに言ってるんですか」
『そうですよ』
「俺は野球しか教えらんなかったからなぁ」
『いやいや、ここまで雷市君育てたの監督ですよ。真田君に負けてどうするんですか』
「ん?ん?」
「と言うか俺達を雷市の親にすんの止めてくださいって。せめて兄弟くらいにしてくれないと」
「あ!椎名は駄目だったか!」
『まだその話するんですか?』
「何の話?」
「うちの息子に惚れてもいいぜって言った話聞きたいか真田?」
「あー何となく話が読めたんで遠慮しときます」
「???」
『その話雷市君の前でするのもどうかと思いますよ』
「まぁ本人は何の話か全くわかってないけどな」
「何が不満なんだよ。将来有望だぞ?最年少記録バンバン塗り替えるからな。そしたら年俸もガンガン上がってくだろなぁ」
『その勢いで将来雷市君の意見を聞かずにお嫁さん勝手に決めて連れてったりしないでくださいよ』
「お、そうやって言うなら先に椎名が唾付けておけば」
『却下します。本人の意思を尊重してあげてください』
「おお、言ったな椎名」


急に何を言い出すかと思えば今日の試合中の話を蒸し返してきた。
本人の前でこの話をするのもどうかと思う。
雷市君が理解してないってことが唯一救いだ。
あ、でも勢いで言いたいことは全部伝えれたから良かった。
私の言葉に監督はニヤリと口角を上げる。


『え、何か不味いこと言った?』
「どうだろ」
「言質は取ったからなぁ。よし、学校着いたら課題な課題!今日中に終わらせちまえよ!明日も練習試合入ってんだ!」
『まぁ、いいか』
「椎名もすっかり馴染んだよなぁ。お客さん根性が抜けた気がする」
『そんな感じだった?』
「まぁ最初はな。部員達とお互い遠慮もあっただろうし、監督に圧倒されてたろ」
『それはあったかも。でもいつまでもそれじゃ駄目だって気付いたからなぁ』
「先輩達何の話してたんだ?」
「そのうち雷市にもわかるから今は気にしなくて大丈夫だ」
『とりあえず課題やりに行こうか』
「俺、プリントちゃんと持ってきてある」
『お、偉い。じゃあ行こうか』


雷市君が追及するような性格じゃなくて良かった。
自分で説明するのはかなり気恥ずかしい。
監督の残した言葉は気になるものの今は雷市君の課題に集中だ。
提出することが大事だからとりあえずはざっくりと課題をこなすことにした。
理解させるのは部活の合間合間にやっていこう。


夏休みが終わったら直ぐに秋大の予選が始まる。
夏の予選は半端になってしまったからこれからはしっかりとサポート出来ますように。


20210318




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