君を繋ぐためのクッキー(亮介)

カラフルなマカロンにクッキー、それと宝石みたいなキャンディ。
ホワイトデーはバレンタインと違って色んなお菓子で溢れてる。
賑わうデパ地下のお菓子売場を突っ切って真っ直ぐ向かうはチョコレート売場。
ホワイトデー当日にフラれた心を慰めにチョコレートを買いに来たのだ。
開いたばかりの傷口はじくじくと痛み続けてる。


何もこんな日にフラなくても良かったのに。
会社的に言うならば経費節約って言うやつだろうか?
バレンタインのお返しを貰ってからフラれるってのも虚しいものがあるけれど、何の危機感もなく当日フラれるのだってなかなかキツいものがある。
どこか他人事のように自分を解説しながらチョコレートを吟味する。
こんな風にしてないとやってられなかった。


「──?」


周りの喧騒を極力シャットアウトして目の前に並ぶチョコレートに集中する。
私は不幸せなんかじゃない。
そんな仮面を張り付けて、さも今日たまたまチョコレートが食べたくなった自分を演じる。
こうやって考えてる時点で負けだ。
何にって?不幸せじゃないって思い込む自分に負けてるんだと思う。
目の前のチョコレートすら恨めしい。
自分がバレンタインに渡したチョコレートを見付けてしまい舌打ちしたくなった。


「椎名?俺の声聞こえてない?」
『は?』


痛みをぐっと堪えていたら急に肩を叩かれた。
精神面のバランスが崩れてるせいでいつもよりぐっと低い声が飛び出る。
振り向けばそこには男性が一人立っていた。
ホワイトデーにフラれた女に声を掛けるだなんて失礼な男だ。そう思ったのも一瞬で、直ぐに誰かわかった。
高校時代の野球部の先輩だ。


『は、亮さん?』
「俺今三回くらい声を掛けたんだけど」
『すみません、全く聞こえなかったです』


こんなところで亮さんに会うとは思ってもみなかった。と言うか誰と会うことも想定してなかった。
亮さんは去年の春からプロ野球選手になった。
大学野球、社会人野球を経てプロになったんだ。


「それで、椎名はこんなところで何をしてるの?」
『チョコレート食べたくなったので買いにきました』
「チョコレート食べたいって顔全然してなかったよね。むしろ恨みでもあるのかって顔してたよ」
『…亮さんこそ何をしてるんですか?』
「俺はバレンタインのお返しを買いに」
『そうですか』


亮さんは涼しい顔をして痛いところを突いてくる。チョコレートを睨んでたことには触れてほしくない。
返事が素っ気なくなるのも致し方ないことだろう。
しかも亮さんはバレンタインのお返しを買いに来たとか。何で理由を聞いたの私。


「ちょうど良かった。少し俺に付き合ってよ」
『嫌です』
「暇だろ?お返し選ぶだけだから」
『亮さんって強引ですよね』
「いいからほら行くよ」


亮さんに手首を掴まれてお菓子売場まで連行される。
こうなってしまえば私に拒否権は無い。
悲しいかな、体育会系の名残なのか断りきれない自分がいる。
今日一番会いたくなかった先輩かもしれない。
嫌いとか苦手とかじゃなくて、むしろその逆だ。
昔好きだったからこそ今日亮さんには会いたくなかった。
どうせなら純さんとかゾノに会って話を聞いてもらいたかった。
適当に選んでさっさと帰ろう。
私の無言の抗議も亮さんはさらりと受け流す。


「どっちが良いと思う?」
『どちらでも良いと思います』
「久しぶりに会ったのに冷たいなぁ。そんな子に育てた覚えないよ」
『育てられた覚えもありません』
「高校卒業してからも相談に乗ってあげてたような気がするけど?」
『ごめんなさいお母さん』
「最初からそうやって素直になれば良かったのに。それで?どっちが良いと思う?母さんに郵送するやつなんだけど」
『お母さん?』
「オープン戦始まったから帰る暇がね。今、ギリギリ一軍ってとこだし」
『あぁ、それで』


限界まで膨らんだ風船の空気が少しだけ抜けた。破裂するかしないかの瀬戸際だったのに亮さんの一言で猶予が生まれる。
他人の恋愛話なんて絶対に聞きたくなかったから必要以上に構えてた。
特に相手は亮さんだ。純さんやゾノの恋愛話を聞くのとワケが違う。
ふっと肩の力を抜くと亮さんは口元に笑みを浮かべる。


「あまり時間無いから早く決めてよ」
『あくまでも私の意見ですよ?マカロンとクッキーならクッキーかなぁ』
「何で?」
『マカロンって見てて可愛いんですけど食べるタイミングがわからなくて。なるべく長く楽しんでたいじゃないですか。そうやってずるずる食べるタイミング逃して気付いたら賞味期限切れてるってことが前にあったんで』
「へぇ。じゃあマカロンにする」
『亮さん私の話聞いてました?』
「聞いてたけど?お礼にチョコレート買ってあげるからさっきのお店戻ってて」
『高いやつ選びますからね』
「好きに選んだらいいよ」


何故か私の意見と反対のマカロンをバレンタインのお返しに選んだ亮さん。何なのか。
…あぁ、昔もよくこうやってからかわれたような気がする。
良くも悪くも亮さんが変わってなくて、やさぐれた心が少しだけ解れたようだ。
この際普段絶対に買わないようなお高いチョコレートにしてみよう。
十分も経たないうちに亮さんが戻ってきてお高いチョコレートを買ってくれた。
よし、今日はこれをやけ食いだ。


「あ、ほらこれも椎名にあげる」
『お母さんのマカロンじゃないんですか?』


戻ってきた亮さんの手には紙袋が下げられていた。てっきりお母さんへのマカロンだと思っていたのだけど、どうやら違うらしい。


「そっちは郵送するって言ったけど?」
『あぁ』
「だからこれは椎名にクッキー」
『え』
「クッキーの方が良いんだろ?だからクッキーにしたけど」
『えぇとそれは理解出来るんですけど何でですか?チョコレートまで買ってもらったのに』


手元の紙袋を強引に押し付けられる。
今だって物凄くお高いチョコレートを買ってもらったばっかりだ。お礼にしては貰い過ぎてる。
困惑して理由を尋ねれば亮さんは緩く微笑んだまま。


「来年のホワイトデーを先取りしたってとこかな」
『は?』
「これで椎名は来年俺にバレンタインを渡さなきゃならないね」
『来年のことなんて覚えてられる自信がないです』
「ふーん、俺に試合のチケット取れってあれだけ言っておいて?それでバレンタインだけ忘れるつもりなんだ。へぇ、しばらく会わないうちに薄情な子になったね。まぁ、バレンタインはオフシーズンだしキャンプ中だからこっちには居ないけど?」
『…ごめんなさい。覚えておきます。だからそれ以上は勘弁してください!』
「じゃあ約束だから」


ホワイトデーの先取りだなんて聞いたことがない。
亮さんにバレンタインも現実的じゃない。
だからすっとぼけてみたのだけど、容赦ない反撃が待っていた。
本当に容赦ない。冷たい子だの薄情な子だのボロクソだ。
フラれたこと以上にグサグサと攻撃を受けている。
おかげでフラれた方の傷口は少しずつ癒えてるような気がする。


「ちなみに来年のホワイトデーもまた再来年の先取りするからね」
『え、そしたらこのサイクルいつ終わるんですか』
「さぁ?俺が飽きたらかな」
『それっていつまでも終わらなくないですか?』
「椎名が薄情な子じゃなくなったと思ったら止めてあげる」
『私、昔から薄情でも冷たくもありませんよ!』
「確かに昔はそうだったけど、今はどうかな?あ、とりあえず夕飯付き合ってよ。暇でしょ?」
『家でチョコレート食べる予定だったんですけど!』
「ほらまたそうやって冷たいこと言う」
『あぁもう付き合いますーどこまでもお供します!』
「良かった。じゃあ行こうか」


振り回されるのは慣れている。
と言うか今のやり取りで思い出した。
昔もこうして言葉遊びみたいなことをしてよく振り回された。
スマホからどこかに電話を掛けはじめる亮さんの背中を追いかける。
フラれてデパ地下にやってきたはずが、何故か高校時代の好きな人に会って二人でご飯を食べに行く流れになった。
端からみれば私達もホワイトデーのカップルに見えるかもしれない。
それはそれで悪くない気がしてきた。
亮さんの言葉には振り回されるばかりだけど、あの頃を思い出すと懐かしい気持ちになれる。
この際美味しいものを食べさせてもらおう。
そうして傷を癒して開幕したらまた張り切って応援に行こう。


20210313




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