勝手に結ばれたリボンとか約束とか(成宮)

好きな人に制服のリボンを結んでもらうとその人と結ばれる。
そんな噂が女子達の間で広まっている。
大事なのはお願いしてやってもらうんじゃなくて、自然と男子の方から結んでくれるように仕向けること。
よくよく考えてみればそんな関係既に付き合ってないと出来ないような気がするんだけど周りの友達は至って真剣だ。
私はと言えば特に気になる人がいるでもなく、現在別のことで悩んでたりするんだった。


「あ、椎名!何してんの?」
『な、成宮先輩!?』


ぼんやりとそんなこと考えていたらいつの間にか悩みの種とも言える野球部の成宮先輩が目の前に立っている。
ついさっきまで廊下の先で私と同い年の女の子達に囲まれていたはずなのに何故か今は一人だ。
集団が廊下を塞いでいたから通れなくて、居なくなるまで待ってようと思ったのが間違いだったのかもしれない。
ニコニコと上機嫌な成宮先輩を前に一歩後退る。


「あ、もしかして俺のこと待ってた?ね?そうでしょ?ずっとここに居たもんねー」
『ち、ちが』
「えー俺と椎名の仲じゃん。何で逃げるのさ」
『人聞きの悪いこと言ったら駄目ですよ』
「何で?俺ちゃーんと椎名のお願い聞いたよ?」


にんまりと悪怯れることなく先輩は言う。
お願いも何も私は友達の代理で成宮先輩にファンレターを渡しただけだ。
実際のところそれがファンレターじゃなくて呼び出しのラブレターだったと言うだけのこと。
私はファンレターだと思ったから渡しに行っただけなのに、先輩はそれを私からのラブレターだと勘違いした。
結果的に呼び出された場所に行って別人が来たからかなり驚いたらしい。
根に持たれているのかそれから会うたびにこうして先輩は私に絡んでくる。
話し掛けられるのが嫌なわけじゃない、それでも戸惑いはある。
人気のある成宮先輩と話せることは女子にとって嬉しいことだ。
私もそういう気持ちが無いわけじゃない。
でも、それ以上に周りからの視線に居たたまれなくなってしまうのだ。
先輩がじりじりと寄ってくる分後ろへと距離を取る。


「あのさ、それが良くないんだよね」
『何がですか?』
「何か逃げられると追いかけたくなるじゃん?」
『逃げるつもりは無いですよ。ただ先輩いつも近いから』
「このくらい普通の距離だし」
『私には普通の距離じゃないです』


賑わってた廊下からいつの間にか人気の無いところまで追い込まれている。
毎回毎回どうしてこんなことになってしまうのか。
移動教室のための教材を胸にしっかりと抱え込み逃げ道を探す。
先輩の両脇はがら空きだけど、前回横をすり抜けようとしたら捕まってしまったんだった。


「俺は椎名と楽しく話したいだけなのに何でいっつも逃げるかなぁ。俺だよ?何でさ」
『話したくないわけじゃないんですけど』
「ならいいじゃん」
『先輩と話してると目立つので』
「ふーん。なら今はいいんじゃないの?」
『…そうですね』
「んじゃ俺に付き合ってね」


先輩はきょろきょろと周りを見渡して私に同意を求める。確かに今は周りに誰も居ない。
反対する理由が見付からず連れられるがまま空き教室に入るしかなかった。


「そう言えば何でお前が俺にラブレターなんて持ってきたわけ?」
『吹奏楽部なら接点があると思ったみたいです』
「俺を呼び出して告白する勇気あるなら自分で持ってくれば良かったのに。行動力あるのかないのかわかんないよね。まぁ可愛かったからいいけど。野球部の奴らにも自慢出来たし?」
『私も気になって聞いたんですけど、恥ずかしいからって言われてしまって。それでファンレター代理で渡すくらいなら良いかなって思ったんです』
「それでいきなり二年の教室に来るとか」
『あの時は部活の先輩がいるから問題無いと思ってたんですよ』


実際、先輩に成宮先輩を廊下まで呼び出してもらったわけだからそれ以上のことは特に深く考えてなかった。
先輩にも友達から成宮先輩へのファンレターだって説明したんだ。それが私が居なくなってから教室で盛り上がっただなんて知りもしなかった。
成宮先輩は適当な机に座りながらその時のことを思い出したのかニマニマと笑っている。


『結局どうなったんですか?』
「何々?興味あるの?」
『友達からお礼は言われたんですけど、それ以外何にも言ってこないので』
「あのこ可愛かったんだけど、俺が好きじゃなきゃ意味無いじゃん?だからお断りしたよ。勿論ちゃーんとお礼も言った」
『そうなんですか』
「安心した?」
『え、何で私が安心するんですか』
「俺に彼女出来るの嫌な女子多いと思って」


成宮先輩のこの自信はいったいどこから来るんだろうか。
そしてこの自信が先輩に何の問題もなく釣り合ってるように見えちゃうから凄い。
先輩はいつでも自信に満ち溢れている。
マウンドでも日常でもそれは変わらない。


『確かにそれは多そうですね』
「でしょでしょ?まぁ今はそんな暇も無いけどさ」
『野球一番ですもんね』
「そ、春逃したから残りは後一回しか無いからね」


秋の大会で負けた時のことを思い出したのか先輩の視線が鋭いものへと変わる。
普段は笑ってる時の方が多いから怖いくらいだ。私に向けられた視線では無いのにゾクゾクするのは何故だろう。
見てたことに気付いたのか視線が重なってふっと先輩の表情が緩んだ。
そのことにホッとして自分の緊張も静まっていく。


「それにもっかいくらい甲子園連れてってやりたいじゃん」
『あの熱気は凄かったです』
「だろ?次こそあの優勝旗、俺達が手に入れる」
『楽しみです』
「ならちゃーんと俺の応援しなよ」
『はい、吹奏楽のみんなと張り切って頑張ります!』
「ん、なら良し」


そこで予鈴が鳴った。
先輩が机から飛び降りて私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
いつもなら避けてたのに今日は不意打ちだったから出来なかった。
乱雑に撫でるから髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃうのに!


「すっごい顔!」
『先輩が髪の毛ぐちゃぐちゃにするからですよ』
「ふふーん、そんなこと言うのお前だけだから」
『髪の毛ぐちゃぐちゃにされるのはどんな女の子でも嫌がると思うんですけど』
「んー知んない。椎名にしかしたことないし」
『えぇ!』


髪型を両手で整えていると先輩から再び手が伸びてくる。
それを避けるも先輩は何故かニヤニヤと満足気だ。これ絶対おもちゃにされてる。
誰に話しても羨ましいとかズルいとか言われそうだから誰にも言えないけど。


「あ、リボン曲がってない?」
『そうですか?あ、ほんとだ』


抗議の声を上げても先輩の表情は変わらない。
ふと何かに気付いたように先輩の視線が下がった。
それを追いかけてリボンを確認してみれば確かに歪んでる。


「んじゃ髪の毛ぐちゃぐちゃにしたお詫びに俺が結び直してやるよ!」
『えっ!いや、大丈夫です!』
「は?椎名に拒否権無いし」


リボンを結び直そうと手を伸ばしたら何故か先輩に止められてしまった。
慌てて距離を取ろうとした時には先輩の手がリボンに伸びている。
止める間もなくリボンが解けてしまった。
私が動いたせいだけど、そうなんだけど、成宮先輩にリボンを結んでもらうのは良くない!
噂話を思い出してかなり気恥ずかしい。
かと言ってリボンを放置して授業に行くわけにもいかない。


「これ無いと授業いけないよね?」
『か、返してくれれば自分でやりますから!』
「やだ」
『そんな子供みたいなこと言わないでくださいよ先輩!』
「だって椎名が真剣に拒否すんの珍しいじゃん?こんな面白いのに返すわけ」


ニシシと人の気も知らないで先輩は楽しそうだ。あ、これ絶対に噂のこと知らない。
女子達の間でひっそり流行ってる噂だから確かに男子は知らないだろう。
抵抗したところで多分先輩は私の言うことを聞いてくれない。でもでも、このまま結ばれてしまったらきっと困る。
悩んだところで授業までの時間は迫っていて、残された選択肢は一つしかなかった。


『先輩上手に結べます?』
「お、やっとその気になった?」
『そうしないと返してくれないですよね』
「当たり当たりー。じゃあおとなしくしてて」


近付いてくる成宮先輩を抗議するように睨んでも、ちっとも動じてくれない。
しゅるしゅるとリボンを結ぶ音だけが耳に響く。
こんな時に限って黙ってるとか、意地悪ですか?普段滅多に黙ったりしないのにズルいですよ先輩。
ばくばくと心臓の音まで聞こえてきそうだ。
近くに先輩の顔があって、それがまた心臓の音を加速させる。


「よし出来た!それ放課後まで解かないでよ!」
『先輩、不器用ですね』
「俺が自ら結んでやったんだから喜ぶべきだと思うけど?」
『お願いしてないです』
「へぇ」


上出来だと言いたげな顔をしてるけど、私が自分でやるよりリボンは不恰好になっている。
後から結び直そうかと思ったのに釘まで刺されてしまった。


「俺さ知ってるから」
『は?』
「そのリボンを結ぶ意味知ってんの。今は野球一筋だけど、来年引退するまで待ってなよ!」
『はぁ?』
「呆けても拒否しても無駄だからね」
『え、本気ですか?』
「言ったじゃん。逃げられたら追いかけたくなるって!じゃ、俺行くから!」
『ちょっと先輩!』


何それ、本当に何それ。
強引にリボンを結んで勝手に約束をして先輩は教室から出てってしまった。
私まだ何にも言ってないのに。
ぽつんと一人残されて、結んでもらったリボンを弄る。
勝手だし強引だし先輩には振り回されてばっかりだけど、去り際の笑顔を思い出すと解く気にはなれなかった。


『ズルいよ先輩』


約束なんてあってないようなものだ。
引退は一年先だし、その間に先輩の気持ちも変わるかもしれない。
それでも約束が守られたらいいな、そんな風に願ってしまうのだった。


title by ユリ柩
20210129




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