君の尻尾が揺らす空色(白州)

『白州、聞いて!ついにファーストを任されたの!』
「ファースト?あぁ、吹奏楽の話か」
『そうそう!一番に白州に報告したくてさ、急いで戻ってきちゃった』


二年から同じクラスの椎名が昼休みに楽譜らしきものを抱えてやってきた。
吹奏楽部の集まりがあるとは聞いてたからさほど驚きはない。
トレードマークとも言えるポニーテールが嬉しそうな椎名に合わせてゆらゆらと揺れている。
そうか、やっと目指してたポジションを椎名も手に入れたのか。
正直、吹奏楽のファーストと言うポジションのことを詳しくは知らない。
彼女がトランペットを吹いているのは知っているがただそれだけだ。
それでも去年から彼女はずっとファーストと言うポジションを目指していた。
嬉しそうな椎名を見ていると自分のことを思い出す。
努力して努力してやっと勝ち取れたポジションだ。嬉しいに決まっている。


『それでね、ほら見て』
「楽譜だろ?」
『野球部のヒッティングマーチだよ。私がみんなのヒッティングマーチの主旋律を演奏するんだ!』
「そうなのか?」
『そうなの!これでやっと私の音が白州に届くね』


ばさりと楽譜の束が自分の机に置かれる。
椎名は一枚一枚誰の何の曲なのかを力説しているようだが俺にはそれをしっかりと聞いてやれる余裕がない。


(これでやっと私の音が白州に届くね)


ついさっき椎名が放った言葉が耳から離れないからだ。
彼女のことだ、大した意味が無いのはわかってる。そう理解していても破壊力は絶大で気恥ずかしさが込み上げる。
口に出すわけにもいかず何とか平静を装った。


『白州は必殺仕事人でしょ?春の選抜まではセカンドパートだったからハモりの部分だったんだけどさ、次からはちゃんと届くからね!』
「あぁ」
『練習もしっかりするから!音も外れないように気を付けるし安心して打席に立ってね!』
「わかった」
『楽しみだなぁ』
「俺も、椎名の演奏楽しみにしている」
『任せといて!』


元々、自分はあまり喋る方じゃない。
女子と話す機会もそんなに多くないが椎名だけは違う。
野球の応援をしたいと言う理由で吹奏楽部に入った彼女は俺が野球部だと知ると何かと理由を付けて話し掛けてくるようになった。
気の利いた会話なんて出来ないと言うのに最近は吹奏楽や野球関連以外のことでも話し掛けにくる。それを不思議に思うも椎名と話すのは嫌いじゃない。むしろくるくると表情の変わる彼女の話を聞くのは楽しかったりする。


「椎名さんって白州と話してる時凄く楽しそうだよね」
「そうか?」
「そうだよ、全然表情違うし」


椎名と入れ替りでノリがやってきた。
女子の輪に戻った彼女は俺に報告したのと同じことを伝えてるようだ。
周りはそんな椎名を口々に祝っている。
ノリに言われて自然と視線がそっちに向いた。椎名を見ても表情の違いは俺にはわからない。


「別に変わらないだろ」
「まぁそんなものだよね」
「何がだ」
「白州にはわからなくても仕方無いのかもって話。あ、次の授業の課題やった?」
「一応。ノリは?」
「俺もやったけど一問だけちょっと自信なくて」


ノリが話を変えて自然と椎名の話は打ち切られることになった。
女子達と楽しく喋ってる椎名もさっき俺と話してる椎名も別段変わりはないように見える。
どちらにしろゆらゆらと尻尾が揺れて楽しそうではあった。


「白州、凛が寮の入口んとこで待ってるよ」
「椎名?」
「そう。何か渡したいものがあるんだって」
「わかった。ありがとう」
「なんか直接渡したいって言ってたから頼んだよ」


いよいよ明日から夏の予選が始まる。
ミーティングを終えたところで梅本がやってきた。
そっと小声で教えてくれたので助かった。
ノリなら未だしも他の部員には極力知られたくない。
試合に集中して欲しい気持ちもあるし、変な噂でも立って椎名の迷惑になっても悪いだろう。
明日の試合相手のことを話し合っている部員達には申し訳ないがそっとその場から抜け出した。


『あ、白州』
「こんな時間にどうしたんだ」
『ごめんね。ミーティングだったんだよね?』
「ミーティングは終わったから問題は無いが」


過去にこうやって寮まで椎名が来たことはない。ノリのところにも去年同じクラスだった梅本のところにも来たことは俺の知る限りなかったはずだ。
何かあったのかと心配してみたものの、律儀に寮の外で待っていた椎名の表情は普段と変わったところは見えない。


『あのね、お守り貰ってきたの』
「お守り?」
『そうお守り!必勝祈願してきたから白州にもお裾分けだよ。私も自分のあるの!』
「椎名のも?」


見せつけるようにお守りを掲げているが、椎名は一体何に勝とうとしているのだろうか。
聞き返せば笑顔がムッとしたものへと変わる。
表情に合わせて尻尾も不満げそうに揺れている。


『応援してる私だって必死なのー。応援死ぬ気で頑張るんだから!』
「そういうことか」
『そういうこと!』
「それなら勝てそうだな」
『絶対大丈夫だよ!白州言ってたでしょう?努力は自分のためになるって。裏切らないって。そうやって励ましてくれたから私も今こうしてここにいるんだよ。だから野球部だって白州だって大丈夫だよ』
「そうだな」
『うん、明日頑張ろうね』
「あぁ」


まさか椎名が俺の言ったことを覚えていてくれるとは思ってなかった。
あれは去年の夏のことだっただろうか。
夏休みが明けて二学期が始まった辺り。
珍しく塞ぎこんでいる椎名が気になって理由を聞いた時のことだ。
いつも同じように俺に話しかけには来るものの覇気が全く感じられなかった。
聞いてみれば三年生が引退してもファーストになれなくて落ち込んでいた。
その時に俺が言った言葉だ。
自分の経験談からでしか言えなくて拙かったような気がする。
もっと他に気の利いた言葉だって言えたような気がして後悔すらした言葉だった。
それをまさか覚えてくれるとは思ってなくて驚くと共に気恥ずかくなる。
全身が熱くなっていることを気取られたくなくてつい返事が素っ気なくなった。


『後ね、さっちゃんと川上君にもお守り貰ってきたから渡しておいてくれるかな』
「わかった。俺から渡していいのか?」
『うん。さっちゃんがミーティング終わってもまだ色々やることあるって言ってたから。呼び出してごめんね』
「そこは気にしなくていい」
『直接渡せて良かった。白州の顔見ておきたかったんだ。じゃあまた明日!頑張ろうね!』
「あぁ。気を付けて帰れよ」
『家直ぐそこだから大丈夫!』


俺の態度を気にするでもなく梅本と川上の分のお守りを渡して椎名は帰っていく。
ゆらゆらと揺れる尻尾は今日も元気そうだった。
俺はと言えば、椎名から与えられた数々の言葉が原因で知恵熱が出そうだ。
椎名と話しているのは楽しいが、調子を狂わされてばかりな気がしなくもない。
野球に影響しないことが救いではあるが、どうするのが正しいのか自分ではいまいち思い付かなかった。


「ふーん、これ凛が?」
「梅本とノリにって置いていったぞ」
「そっか、俺達にも用意してくれたとか椎名さん良い人だね。椎名さんと何かあった?」
「…」
「あ、何その間は。怪しいなぁ」
「…無いとは言い切れない」
「それなら良かったね」
「あーそういうこと?」


ノリと梅本を呼び出して人気のないところで椎名から預かったお守りを渡す。
ただそれだけだと思っていたのにノリから思いがけない言葉が飛び出した。
梅本までその言葉に便乗する始末だ。


「俺はどうするのが正しいと思う」
「別に直ぐにどうこうしなきゃいけないとかではないと思うけど」
「今は明日のことだけ考えればいいんじゃない?凛だってそれ以外のこと考えてないよ。甲子園に連れてってやるくらいのことは言ってあげてもいいと思うけど、今はとにかく目の前の一戦一戦でしょ」
「梅本さんさすがだなぁ」
「ふふん、マネージャーですから」
「椎名が、頑張ろうって言ったんだ」
「頑張ってじゃなくて?珍しいね」


この二人ならいいかと疑問をぶつけてみると二人は茶化すことなく答えてくれた。
曖昧な質問だと言うのに必要なこと以上を言わないでくれる二人がかなり有難い。


「吹奏楽部の応援ってかなりしんどいらしいの。体力も使うし炎天下の中演奏しっぱなしだしね。だから頑張ろうねなんじゃない?」
「あーそういうことか」
「だから頑張ろうねなのか」
「そうそう、だから応援には応えないと」
「うん、頑張るよ俺」
「あぁ、俺も」
「私もベンチで頑張るからさ。初戦頑張ってこうね!さ、そろそろ戻る戻る!」


梅本が締めて三人での密談はお開きになった。
ノリもヤル気は充分だし、何があろうとも明日は勝てそうだ。
沢村のためにも、チームのためにも、椎名のためにも自分のためにも明日はやれることを全力でやり遂げよう。


初戦、打席から椎名の姿は見えない。
けれど全力の応援が俺達を後押ししてくれてるのはわかった。
過去にだって吹奏楽部やチームメイトの声援に背中を押されたことはある。
それでも過去で一番応援されている気分になるのは椎名の存在が大きいからだろう。
ヒッティングマーチが青道打線を後押しする。
椎名は今日もポニーテールで青空の下頑張っているんだろう。
これ程心強い応援もないだろうな。
次は俺の番だ。椎名に負けないように俺もしっかりと結果を残そう。
揺れる尻尾と必殺仕事人に後押しされてバッターボックスに足を踏み入れた。


誰そ彼様より
初めての白州目線。キャラ目線で書くのが一番キャラを解釈出来るよつな気がします。
20200627




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