抱きつきたくなる太陽の人(原田)

『雅さん!雅さん!』
「なんだ」
『鳴さんが激おこです、樹くんに!』
「アイツはまたか」


放課後、主将会議で遅れてくる雅さんの準備が出来るのを待てなかったらしく鳴さんは樹くんを捕まえて投げ込みを始めた。
勝手に捕まえておいて、散々樹くんをなじるものだから見てる此方がハラハラしてしまう。
いつものことだけど樹くんは鳴さんによく付いていってるよなぁ。
そんなことを思いながら雅さんを全速力で迎えにいった。
ちょうど部室から出てきた雅さんに見てきたこと余すことなくお伝えする。


「俺が引退したら正捕手になるのは樹だろーに」
『そんなこと言わないでください!引退はまだ、先です!鳴さん怒りますよ!私も三年生が引退しちゃうのは嫌です!』


確かに雅さんの言うことは正しい。
けどまだ五月の終わりだ。引退した時のことなんて聞きたくない。
特に雅さんの口からは聞きたくなかった。
ぽすんと雅さんの大きな手が頭に乗せられる。


「悪かった。じゃあ鳴を止めに行くか」
『はい!』


ふっと口元に笑みを浮かべて雅さんが歩きだす。
そのままわしゃわしゃと撫でてくれても良かったのになと思いつつ大きな背中の後を追いかけた。


「おい鳴、その辺にしとけ」
「雅さん!樹にはちゃんとダメなとこダメって言ってやらないと!全然わかってないしね!」
「椎名が慌てて呼びに来たぞ。お前は加減を考えろ」
「雅さん、俺は鳴さんに何を言われても平気です!」
「椎名?へぇ、わざわざ雅さん呼びに行ったんだ。へーえ」
『ひっ』
「鳴、あんまりマネージャーをいじめてやるな」
「別に、いじめてなんかないし。それより早く投げ込み付き合ってよね!樹じゃ全然練習にならないんだから!」
「お前のその態度が問題なんだろうが。ちゃんと構えたとこに投げろよ鳴」
「誰に言ってんのさ、俺だよ俺!」


雅さんが鳴さんを止めたと思ったら今度は矛先が此方に向いた。
どうやら鳴さんの機嫌が悪かったらしい。
大いにビビっていたらさくさくと矛先が雅さんに向けられる。
ちらっと視線が合って雅さんが顎をグラウンドに向ける。この隙に逃げろってことなんだと解釈してありがたく場から逃げ出した。
樹くんは雅さんがいたら大丈夫だろう。


鳴さんのあの言い方色んな意味が含まれてそうだなぁ。
雅さんと樹くんは気付いてなさそうだけど、鳴さんはやっぱり気付いてるのかなぁ?
あんまり態度に出さないようにしてるんだけどなぁ。
あ!こんなこと考えてる場合じゃない!
マネージャーの仕事は多忙なのだ。やることやっとかないとまた鳴さんに怒られてしまう!
切り替えて次の仕事に取りかかることにした。


「大丈夫か?」
『あ、雅さん!大丈夫ですよ!今日はまだ何も失敗してません!』
「そこじゃない。鳴のことだ。アイツお前にだけ当たりがキツいからな」
『私だけじゃなくて樹くんもだと思いますけど』


休憩時間に雅さんがやってきた。
転けてもないし、ボールも今日はぶちまけていない。何かと思えば鳴さんのことだった。
それに鳴さんは私より樹くんの方が当たりが強いと思う。


「他の女子には愛想良いんだがな」
『あぁ、そういうことですか』


雅さんの視線の先には見学の女子生徒から名前を呼ばれニコニコ顔で手を振る鳴さんがいる。
確かにあんな風に鳴さんに笑ってもらったことはない。
けど、別にそれを気にしたこともない。


『気にしてないですよ。鳴さんに嫌われてるわけではない、ですよね?』
「それはないだろ」


自分で言ってて一瞬不安になった。
万が一野球部のエースに嫌われてたとしたら、私はマネージャー失格だからだ。
恐る恐る雅さんに問い掛けてみれば即座に否定してくれる。
あぁ、やっぱり雅さんは良いなぁ。
このままずっと雅さんのいる野球部のマネージャーしてたいなぁ。
現実的じゃないけど願わずにはいられない。


「もっとお前もあんな風に鳴に接してみたらどうだ」
『うーん、鳴さん逆に怒りそうです』
「そうかもしれないな」
『あ、雅さん笑った!』
「また鳴に何か困らされたら言ってこい」


大きな手が再び頭に乗せられる。
撫でるでもないその一瞬の動作に嬉しくてときめいてしまう。
既に雅さんは行ってしまっただろうけど直ぐに顔を上げることは出来なかった。
こんなニヤニヤ顔は見せられない。
平常心を取り戻して顔を上げた時には雅さんの背中しか見えなかった。
あの大きな背中も頼もしくて良いんだよなぁ。
雅さんの良いとこならいくつでも言えちゃいそうだ。


「ねぇ、お前さ全然堪えないよね」
『えーと、今日は何かしたでしょうか?』
「つまんないんだけど俺」
『それは、すみません』


鳴さんに怒られながらもマネージャー業に精を出す。
六月の終わりが近付きつつある日、鳴さんがやってきた。
聞きたいことは沢山あったけど、とりあえず謝ることにした。今日もどうやら機嫌が悪そうだ。


「俺のファンならまだしも雅さん目当てとかさ、マネージャーとしてどうかと思ってたんだよねー」
『…』
「どんくさいしさお前。全然堪えないし、俺が何言っても泣きもしないしつまんないんだよ」
『それは…すみませんでした』


否定するべきところを突然過ぎて何も言えなかった。
そこは『そんなことないです、鳴さんの勘違いです』って言っとくべきだったのに。
雅さん目当てだと思われてたから鳴さんは私に冷たくしてたってことなんだろうか?
それでもめげずにマネージャー続けてるからつまんないってことになるんだろう。


「別にいいんだけどさ」
『え』
「お前なりに頑張ってんのは認めてやるってこと。いい加減雅さんもうるさいしさ」
「鳴」
「ほらね、お前に構うと直ぐこれだもん」
『えぇと』
「お前はまた椎名に絡んでるのか」


どうやら機嫌が悪かったとかそういうことではなかったらしい。
単に私の存在が雅さん目当てに見えて気に入らなかったと、そんなようなことを鳴さんは言ってた気がする。
そして、そんな私を鳴さんなりに認めてくれたと。
最終的にお叱りじゃなかったことにホッとしていたら今度は雅さんまでやってきてしまった。
何やら盛大に勘違いしてるみたいだ。


「絡んでないし、褒めてやっただけ」
「褒めてるって雰囲気じゃなかっただろ」


あ、鳴さんの機嫌が本当に悪くなりそうだ。
その前に雅さんを止めなくては。


『雅さん、違います。鳴さん本当に褒めてくれました』
「あ?それ本当か?」
『本当です』
「ほらね、俺の言った通りでしょう?雅さんも心配なら首輪でも付けとけばいいんだって。そしたら誰も手を出さなくなるんじゃない?」
「お前はまたそんなこと言って」
「別に俺は単なるどんくさいマネージャーだと思ってるだけだから良いけどね。そうじゃないヤツらだっているんじゃないのって話」
『め、鳴さん』


話が険悪な雰囲気から遠ざかってくれない。
雅さんの腕を掴んで止めてみたものの、今度は鳴さんの口が止まらない。


「コイツだって本当は雅さん目当て」
『鳴さん!雅さんのこと好きなのは内緒ですよ!』


やらかしてしまった時にはもう遅い。
覆水盆に返らずとはこういうことなのかと現実逃避をしてみても一度生まれた重い空気は変わったりしない。
鳴さんも雅さんもじっと口を噤む。
私ですらこの雰囲気で何を言っていいのかわからなかった。


「お前やっぱりどんくさいよね。バカらしい、俺戻るから。雅さんも早く戻ってきてよ」


重苦しい雰囲気を破ったのは鳴さんだ。
心底呆れたと言う顔をしてさっさと行ってしまう。
残されたのは私と雅さんの二人。


『あの、えぇと鳴さんの言ってたことはその…すみません』


弁明をしたかった。勘違いですって嘘吐いて元の関係を保ちたかった。
だけど、その勘違いですって一言がどうしても言えない。言いたくない。
その結果よくわからないことしか伝えられなかった。
雅さんがどんな顔をしてるのかすら怖くて確認出来ない。


「椎名、練習に戻るぞ」
『う、…はい』
「…返事は引退してからになるぞ。だからそう落ち込むな」


俯いて雅さんからの返事を待ってたらぽすんといつもの感触が後頭部に乗る。
雅さんの大きなあったかい手のひらだ。
その手が今日だけはそっと、微かに私の後頭部を撫でた。


『雅さん?』
「鳴には言うなよ。後々面倒だからな」
『わ、わかりました』
「ほら行くぞ」
『はい!』


顔を上げれば雅さんは既に歩き始めている。
表情は見れなかったけど、耳が赤くなってるように見えるのは気のせいじゃないと思いたい。
雅さんの背中は大きくて頼りになるなぁ。
いつも通り頭に手を乗せてくれたこと、いつも通りじゃなくその手が微かに動いたこと。
そのどちらも嬉しくて笑ってしまう。


『雅さんは太陽みたいですね』
「柄じゃねえな」
『私が保証しますよ!一生保証!』
「一生か」
『はい!一生です!』
「それはありがたく受け取ってやんねえと悪いな」
『是非とも是非とも!』


背中が揺れて雅さんが笑った気配がする。
あぁ、良かった。いつも通りの雅さんだ。
その背中は大きくて太陽そのものだと思った。
柄じゃないって言ったけど、雅さんはやっぱり太陽ですよ。
いつかその背中に抱きつける日が来ますように。


「何その顔、ニヤニヤ腑抜けて気持ち悪い」
『内緒です』
「ふーん、まぁいいけど。どんくさマネの恋愛事情なんて興味無いし」
『鳴さんってわかりづらいだけで仲間想いなんですよね』
「は?何知った顔してんのさ」
『だってそうですよね?雅さんのこと心配してたってことは』
「お前を褒めたの間違いだったかも」
『最後まで聞いてくださいって鳴さん!』
「ウザ、言動までウザくなった。最初は俺にビビってた癖に」
『あれは鳴さんがよくわからず怒ってきたせいですもん。意味がわかったら大丈夫です!』
「あーもう雅さん!椎名が鬱陶しいんだけど!」


誰そ彼様より
初めての雅さん。
鳴は自分のファンじゃない女子には冷たそう。だけどなんだかんだお節介しちゃう鳴ちゃんでした(笑)
20200525




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