秘密の共有(白州)

七月、西東京大会決勝で青道は稲代実業に負けた。
後ろ向きな気持ちを引きずる暇もなくあれよあれよと一、二年生での新体制がスタートする。
私はと言えば三年生の先輩達が、貴子先輩が居ない現実に最初の数日は落ち込んだもののなんとか日常を取り戻しつつある。


全体練習を終えて、マネージャーの仕事を終わらせ目当ての人をこっそりと探す。
帰る前に白州先輩に挨拶しに行くのがここ最近の日課だ。


『白州先輩みーつけた』
「…椎名か」
『はい!』
「今日も何かあったのか?」
『先輩に挨拶してから帰ろうと思っただけですよ。今日"も"って何ですか今日"も"って』


一つ年上の白州先輩とは三年生が引退して話すようになった。
話すと言うよりも先輩に私の話を聞いてもらっていると言った方が正しいかもしれない。
きっかけは夏の予選で稲実に負け学校に戻った日のことだ。


涙を流し続ける三年生と、それを見て涙を堪える貴子先輩。
私も必死にそれに習った。
辛くて悲しくて感情がぐちゃぐちゃだったけど、私なんかが泣いたら駄目だってことだけは何となくわかったから。


集まりが解散になり目立たないように外に出る。人気の無い方無い方へと向かい気付けば堤防を降りていた。
流石に今日は誰もいない。
静まりかえった空間にホッとした途端涙が溢れだした。
抑えこんだ分堰を切ったように涙が出る。
嗚咽をタオルで押さえて感情を涙と一緒に吐き出した。


「誰かいるのか?」


どれだけそうしていたのだろう?
突然声を掛けられ背中がひくりと反応する。
涙はまだ止まってなくて返事をする余裕もない。


「あぁ、椎名だったか」


足音が近付いてくるのに顔を上げられない。
せっかく抑えたのに、誰にもバレないようにと一人になったのに、泣いてるなんて知られたくなかった。
何とか泣き止もうとしたものの、そう簡単に止まるわけもなく感情に反して涙は後から後から溢れだす。
試合に負けたこと、三年生の引退、先輩達の涙、涙を堪える沢村達、貴子先輩、堪えきれず一人になって泣いた私、泣いたら駄目なのに泣いてそれを気付かれた私。
感情が爆発して軽いパニックだった。
泣いてごめんなさいって謝りたくても嗚咽がそれを許してくれない。
口を開いても何も伝えられない。


「無理しなくていい」


近付いてきた誰かの気配はそれだけ言うと私の背中をそっと撫でた。
遠慮がちに背中に添えられた手が優しくて余計に涙が溢れる。それでも気持ちは少しだけ落ち着いた。


「大丈夫か?」
『…はい。すみませんでした』


最後の一滴の涙をタオルで拭い、荒くなった呼吸を整える。
声の主は私が完全に落ち着くのを待ってくれてたらしい。心配そうな声が耳に届いた。
それと同時に声の主が白州先輩だということに気付いた。
タオルから顔を上げると同時に背中に添えられた手が離れていく。


『先輩はどうしてここに』
「部屋に戻ろうとしたら堤防に降りてくのが見えたから」
『迷惑かけてすみません』
「いや、いい。慣れっこだ」


ぱちりと視線を合わせると先輩がホッとしたように息を吐く。
寮からじゃ丸見えだったらしい。
次があるならば堤防で泣くのは止めておこうと心に誓う。


『先輩は悲しくないですか?』
「正直、悲しさより悔しさの方が大きい」
『すみません、変なこと聞きました』


失言だったと気付いたのは先輩の表情が曇ったからだ。
悲しくないわけない、悔しくないわけがないのにこんなこと聞いて馬鹿だ私。
マネージャーの私より選手の先輩の方が悲しいに、悔しいに決まっている。
後悔に再び視界がじわりと滲む。


「せっかく泣き止んだんだからもう泣くな」


謝ると同時に俯いてタオルに顔を埋めようとした瞬間のこと。
わしゃりと後頭部を撫でられる。
突然のこと過ぎて思考が停止した。
申し訳なくて出かけた涙も引っ込んだ。


「あっと、…すまん」


私が硬直してるのが伝わったのか、すっと後頭部を撫でる手が引いた。
恐る恐る顔を上げれば、視線を合わせようとしない先輩がいる。


「うちの妹も椎名と同じで小さい時よく一人で泣いてたんだ。だからつい」


あまりにも居心地悪そうに言うからふっと肩の力が抜けた。
こうして白州先輩と二人きりで話すのは初めてだ。だと言うのに私は先輩に泣き顔を見られ、先輩は先輩で普段人にしなさそうなことを私にしてしまっている。


『先輩、私が泣いてたの内緒ですよ。私も先輩があぁやって妹を慰めるの内緒にしますから』
「あぁ。泣き止むならそれでいい」


初めてちゃんと話すのにこの展開が不思議で、それでもこうして確かめに来てくれたことが嬉しくて妥協案を出してみた。
先輩は提案をすんなりと受け入れてくれる。
寡黙な人だとは思っていたけれど、話してみればそれだけじゃないのがわかる。
白州先輩と言う人物に一気に興味が湧いた。


この後、帰るまで先輩と視線が合わなかった。
嫌われたのかと心配になったものの、単に照れ臭かったんだと後日教えてくれた。
これが私が白州先輩に懐くようになったきっかけだ。


「飽きないのか?」
『何がですか?』


白州先輩の素振りを見ながら三年生が引退した日のことを思い出していたらふいに問い掛けられた。


「素振りなんて見てても楽しくないだろ」
『楽しいとか楽しくないとかじゃなくて、日課になってしまっているので。先輩が邪魔だって言うなら止めますけど』
「椎名が来るのは大抵俺が一人の時だから別に構わない」
『それなら良かったです』


他の部員と練習してる時は極力近寄らないようにしてる。あ、練習内のことは別だけど。
この秘密の関係を誰にも知られたくなかったからだ。二人だけで共有していたかった。
それに先輩の迷惑になるつもりもない。


「椎名、遅くなる前に帰れよ」
『はーい。先輩やっぱりお兄ちゃんみたいですね』
「そんなこと言うのはお前だけだ」
『ふふふ、ありがとうございます』
「褒めてないぞ」


困ったように呆れたように白州先輩が息を吐く。
なんだかんだこうして先輩が相手をしてくれるから私が懐いてしまったわけなんだけど、どこまで理解してくれてるのだろうか?
今度また聞いてみようか、そしたらまたあの日の照れ臭そうな顔を見せてくれるかもしれない。
今度こそ怒られてしまうかもしれないけど、先輩に怒られるなんてそれこそ私だけのような気がして見てみたくなった。
かと言ってわざと怒らせるつもりは毛頭ないのだけれど。


『先輩、また明日』
「朝練寝坊するなよ」
『しないです!したことないですよ!』
「知ってる」


素振りをする手は止まらない。
言い返した私にふっと白州先輩の表情が和らいだ。
こっちを見ないままなのにその表情に心臓を撃ち抜かれる。
こうしてまた一つ秘密が増えていく。
野球をしている時の寡黙な白州先輩も良いけど、こうやって私にだけ見せてくれる表情も良いんだよなぁ。
しばらくは妹特権ってことにしておこうか。
そんなこと言ったら先輩はまた呆れた顔をするんだろう。


そんなことを考えてたらなかなか眠れなくて朝練が遅刻ギリギリになって白州先輩に笑われてしまったのだった。


『先輩、朝一人で笑ってましたよね』
「朝練寝坊するなって言ってやったのに」
『遅刻してないです』
「ギリギリな」
『寝坊もしてないです』
「寝癖付いてた」
『何故それを!』
「見ればわかる」


その日の放課後に心臓を再び撃ち抜かれることになった。
私の心臓がいよいよ持たなくなってる気がする。
「知ってる」とか「見ればわかる」とか絶対にズルいですよ先輩。
狙ってやってないから余計にズルい。
また秘密が増えてしまう。
この感情が何かなんて考えなくてもわかるけど、しばらくは秘密ってことにしておこう。


初めての白州。
小さな表情の変化が嬉しいよねぇ。そしてそんな白州の「知ってる」とか「見ればわかる」は破壊力抜群だと思われる。
効果は抜群だ!ってポケモン用語出てきたよ(笑)
20200520




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