君が泣ける場所になる(枡)

『枡ー聞いてよ聞いて』
「またかよ、俺は生憎暇じゃねぇ」
『素振りしながらでいいから聞いて』
「お前こっちが嫌っつっても勝手に話すだろ」
『だって枡なんだかんだいつも聞いてくれるから』


椎名とは大学の野球部で出会った。
元稲実のマネージャー。
その事実に最初は引っ掛かったものの、稲実でマネージャーをやってただけのことはあってその仕事ぶりは完璧だった。
ある一点を除いては、の話だけどな。


大学三年の春、春季リーグがもうすぐ始まるってのに今の椎名の頭の中に俺達は居ない。
顔を見りゃ何を言うのか容易に想像が出来た。
どうせ既にプロ野球で大活躍してる成宮鳴の話だろう。
気付かれないようにぐっと歯を食いしばる。


あの夏に、稲実に負けて俺達成孔の夏は終わった。翔平を完璧に封じ無失点に抑えられたんだ。成宮があの頃から凄いのはわかってる。
それでもあの時の悔しさは消えない。
多分大学に入ってどれだけ試合に勝ったって、一生消えないんだろう。


俺が成宮のことを直接知ってるからなのか、対戦したことがあるだけって理由で(そもそもアイツと試合をしたことある連中は俺以外にだって沢山いる。先輩も後輩の中にだっているのに)椎名は俺に成宮の話をしてくる。


最初は正直勘弁してほしかった。プロで一足先に活躍してる成宮の話なんて聞きたくもなくてほぼ聞き流してた。
けどある日、酷い顔をして俺のところにやってきた椎名を突き放すことは出来なくてつい話を聞いてしまったのが間違いだった。
あの時は確か成宮がプロ野球選手になって初めて熱愛報道が出たんだっけな。
今日はどちらだろうか、凹んで泣かれるくらいなら成宮が活躍したって話を聞く方がまだマシだ。
素振りをしながら椎名の様子を窺うと残念なことに今日は後者のような気がした。
溜息を吐きたいとこをぐっと堪える。
そんなことしたら俺に遠慮して椎名は一人で泣くんだろう。
活躍した時の話は俺が何を言おうと話してくる癖に成宮のことで落ち込んだ時はこっちの様子見て遠慮すんのはなんなんだろな。
一人で泣かせて放っておけりゃ俺もこんなに悩んでねぇ。けど、もう二年の付き合いだ。
あぁ違え。付き合いの長さ云々は言い訳で、結局のところ俺は成宮を一途に想う椎名のことが好きだった。
あの日、生まれて初めて誰かのことを想って泣く女子を目の当たりにして、戸惑い困惑しながらもその涙が綺麗だと思ったせいだ。


無言で素振りを続ける。
椎名がなかなか話し始めないってことはそういうことだ。また何か成宮関連で落ち込むことがあったんだろ。
室内練習場には既に俺以外の部員は居ねえ。
この時間になるまで気丈に振る舞って仕事を続け、俺だけが残るのを待ってたんだろうな。
部活中に椎名が落ち込んだ様子を見せることは絶対になかった。
そういうとこ凄いと思うし尊敬してるけど、いい加減成宮のこと諦めねーの?
喉まで出掛かった言葉を無理矢理飲み込む。
そんなこと言ったとこで余計に泣かせるだけだ。傷付けたいわけじゃない、けどやっぱ好きな女には笑っててほしい。
椎名が幸せになるには成宮が必要だけど、椎名を泣かせるのも成宮だった。
悔しさに再びぐっと歯を食いしばる。


『枡』
「今日は何があったんだよ。昨日飲み会あったんだろ?」


確か昨日は稲実のOB会があるって言ってたよな?部活終わってそそくさと帰ってったのを覚えてる。んでもってそこに珍しく成宮が参加するって聞いて俺の機嫌はあまりよくなかった。
テンション高く帰ってったのに結果がこのザマだ。
素振りの音の合間に啜り泣く声が聞こえる。


『鳴、彼女が出来たって』
「またかよ」
『うん、今度はアナウンサーって言ってた』


確か前はモデルだったか?成宮の情報なんて知りたくもねえのに椎名がこうやって御丁寧に毎回報告してくるおかげで覚えちまった。
何回このやりとりを繰り返せばいいんだ?椎名は何回傷付いたら成宮のこと諦めるんだよ。
何回も何十回も止めようと思った。成宮なんて止めとけって、俺にしろって言ってやる勇気はなかったけど、もっといいやついるって言えるチャンスは沢山あった。
それでも俺は、泣いてる椎名の傷を抉るようなことは出来なくて、結局いつも何も言ってやれない。


「あんま泣くと明日に響くぞ」
『そうなんだけど、…ごめんね枡』
「あ?何で謝るんだよ」
『枡はいつも話を聞いてくれるから。友達とかね、カルロスとかもいい加減鳴のことは諦めろって言うし』
「そんなこと言われてもお前諦めらんねーだろ」
『そうなんだよね』


俺だって言おうと思ったことは数えきれないくらいある。
けどそんなこと言ったって無駄だ。
椎名は成宮のことが好きで、俺は椎名のことが好きで、不毛過ぎて馬鹿らしい話だけど、それでも俺は椎名の話を聞いてやることを選んだ。
これ以上傷付かずに安心して泣ける場所になることを選んだんだ。


『何で私じゃないのかなって』
「おお」
『ずっと好きなのは私なのに』


泣き声がいよいよ激しくなってきたとこで素振りを止める。
突っ立って泣きじゃくる椎名に近付いて手を伸ばした。
この細い肩を抱いてしまえば何かは変わる。
抱きしめて慰めてやることだって考えた。
けどそれをコイツは俺に望んでねぇ。
俺が出来るのはただ不器用に頭を撫でてやることくらいだ。
わしゃわしゃと頭を撫でれば余計に泣き声が強くなった。
涙と一緒に成宮への気持ちも出ちまえばいいのに。


俺なら、少なくともこんな風に椎名のことを泣かせたりはしない。
成宮みたいにプロ野球選手じゃねーし、足りないもんだらけだ。けど椎名のことを傷付けたりはしない。
こんなに近くにいるのに椎名の目に俺は映らない。遠い、あまりにも遠い。
椎名が求めてんのは成宮だけだ。
側にいるのは俺なのに、もどかしい想いだけが残る。


「泣き止んだらメシ食いに行くぞ」
『もうちょっと待って』
「お前ほんと成宮のこと好きだよな」
『…うん』


自分の傷はもう気にしねえ。
そんなことより、椎名の泣ける場所になりたかった。
せめて泣いてる時に側にいてやりたかった。


出来ることなら抱きしめてやりたい。
泣くなって、泣くくらいなら俺にしとけって。
成宮から奪ってやりたかった。
けど、椎名はそんなことしたって無理だ。
募った想いはそう簡単に消せない。
それは多分、椎名も俺も同じなんだろう。


それなら俺はお前の泣ける場所になってやるよ。泣き止んだところでそっと頭から手を離す。腕を引いて抱きしめることも出来たけど、今日も俺はそれをしなかった。


『枡、ありがとね』
「気にすんな」
『泣いたらちょっとスッキリしたかも』
「嘘吐け、全然そんなことないだろお前」
『でもね、やっぱり鳴のこと好きだなぁって思えたから。辛いけどまだ頑張る』
「そうか」
『うん、何食べに行く?私たまには奢るよ?枡にはお世話になってるし』
「バカ、女に奢ってもらうほど困ってねぇよ」
『いつも割り勘感謝です』
「いつか奢ってやるから気にすんな」
『プロ野球?応援してるね』
「おお」


このまま行けばドラフトにもかかるだろうって監督に言われてる。
まだ再来年の話だけどそうなってやっとアイツと同じ土俵に立てるんだろう。
それまでは今のままでいることを固く決意した。


枡さんの切ないお話。某有名な歌手さんの名曲が元ネタです。友達が昔カラオケで歌ってたんだよね。切ないけどとっても良い曲で頭に残ってた。
2020/05/02




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