陰る太陽照らす月(枡)

高校三年の春、ゴールデンウィークの遠征を終えた辺りから伸一郎がなんだか変だ。
何がどう変なのかはわからない、でもどこか違和感があった。
マネージャー業務をこなしながら理由を考えてみても直ぐに答えは浮かんでこない。
練習態度も普段通りで調子が悪そうにも見えないし、私との付き合いも順調だ。いったい原因は何だろう?


『ミーティング』
「は?んなもんあったか?いや『いいからミーティング行こう。話があるの』
「おお、わかった」


私と伸一郎が付き合ってるのは部員もクラスメイト達も誰も知らない。なので普段はお昼御飯を一緒に食べることもない。教室から伸一郎を連れ出すために適当な理由をでっち上げた。
主将と副主将、そしてマネージャーのミーティングは定期的にやってるから誰も疑わないだろう。伸一郎本人を除いては、の話だけれど。
当の本人は隣を歩く私に訝しげな視線を送っている。ミーティングなんて予定になかったもんね、嘘吐いてごめんよ。


「おい、ミーティングなんてなかったろ」
『うん、ない』
「じゃあ何でわざわざ昼に呼び出したんだ?話があるなら部活の時でも良かったろ?」
『部活の時じゃきっと駄目だから今呼んだの』
「はぁ?」


何で私が呼んだのか本人はさっぱりわかってないみたいだ。人気の無い空き教室に入って扉を閉める。鍵を掛けてカーテンを閉めてしまえば密室の完成だ。
よし、これで誰もここには入ってこれない。
小さく息を吐いてから未だにわかってなさそうな伸一郎の方を向いた。


『よし、これで晴れて二人きりだね』
「お前何言ってんだ?」
『まぁまぁ、とりあえず座ろうじゃないか伸一郎』
「まぁいいけどよ、何かあったのか?」


こうやって自分のことより私を先に優先するのも普段の伸一郎らしい。
適当な椅子に座って隣を指差せば伸一郎も座ってくれる。やっぱり私の気のせいだったんだろうか?


『私じゃない』
「んじゃ部員の誰かがどっか壊してたりすんのか?」
『そうじゃない』
「はぁ?他に何か二人で話さなきゃいけねー問題なんてないだろ。あったか?ツネの話だってここじゃなくたっていいはずだ」


うーん、こうやって喋ってみても至って普通の受け答えだ。何が引っ掛かるんだろ?一人でウンウン考え込んでいたら伸一郎の眉が吊り上がる。


『伸一郎の態度がおかしかった気がしたんだけど』
「…なんだ俺かよ」


怒られる前に本題に入ることにした。伸一郎は回りくどい言い方好きじゃないからさっさと話してしまった方が良い。その方が早く伝わるし時間も無駄にならない。
私の言葉に表情が戸惑ったものへと変化する。
あれ、これは意外な反応だ。てっきり即答で否定するかと思ったから。
ってことは私の違和感は間違ってないってことだ。


『やっぱり何かあった?』
「別に何もねぇ」
『でもその反応は』
「何もねーよ、普段の練習だってちゃんと出来てるだろ?支障なんて出てないだろ?」
『まぁそれはそうだけど』


かと言ってそんな怪しい反応されたら『はいそうですか』と流してあげることも出来ない。
隠し事するのは伸一郎だって苦手なんだからさっさと吐いちゃいなよ。
けど頑固な伸一郎のことだからそんな風に伝えたとこで自分を押し通そうとするからなぁ。
さて、どうするのが正しいのか。
再び私が黙ったからだろう、隣の空気がみるみる不機嫌なものに変わっていく。
考えてないで喋れってことなんだろうけど、とりあえずその不機嫌な空気を無視して思い当たることを片っ端から挙げていく。


なんだろう?そもそもこう感じたのはいつだ?いつからだ?学校にいる時は感じない、部活の最中にふと思うだけだ。教室にいる時にあぁやって感じることはない。ってことはやっぱり原因は野球だろう。
けど別に調子を崩してるわけではない、バッティングだって守備だって完璧だ。
ゴールデンウィークの遠征終わりに何があった?


「おい、さっきから俺のこと無視してんだろ」


ゴールデンウィーク最終日に遠征から戻ってきて、その日は私も一緒にみんなで夕飯を食べた。それから、どうした?


「お前、いつまでそうやって黙ってんだよ。おい凛」


監督もコーチも一緒に居て、それから


『あ』
「あ?いつまで人のこと無視しやがるんだ」
『長田が代表で呼ばれたんだ!』
「…チッ」


思い出した、アメリカ代表との試合。
成孔は長田が召集されたんだ。パッと伸一郎の方を向けば舌打ちが飛び出た。どうやら私の推測は間違ってなかったらしい。
伸一郎は少なからずこの一件を引きずっている。


『伸一郎、その反応だと図星みたいだよ』
「うっせーな」
『そんなに気にすることないじゃん』
「気にしてねーよ!いつも通りやってんだろが!」
『そうだけど違和感あったし』
「んなこと言うのお前だけだ」


そりゃね、私は伸一郎の彼女だからね。
変化には人一倍、いや二倍三倍過敏ですよ?
ムスっとしたまま伸一郎は机に頬杖をつく。
私の前だけで伸一郎はこうやって素直に感情を出す。特に拗ねるのは私の前だけだ。部員の前では絶対にしない。


『バカだなぁ』
「あ?お前俺のこと怒らせたいのかよ」
『そんなつもりは全くない。むしろ心配してたし』
「チッ、余計なお世話だバカ」
『バカなのは伸一郎だよ』
「はぁ?」
『稲実の監督さんは伸一郎の守備力と特攻力より長田の長打力が欲しかっただけでしょう?』
「…それがなんだってんだ」


あ、よしよし素直になってきた。
負の感情はさ、出せる時に出しとかないと後々爆発するんだよ。それすらも伸一郎なら抑え込みそうだけど、出せるときに吐き出させた方が良い。


『伸一郎がキャッチャーとして必要とされなかったわけじゃないと思う』
「お前なぁ、んなバッサリ言うなよ」
『だって気にしてるのは伸一郎でしょう?比べたのは伸一郎だよ』
「わかってるよ」
『それに長田が選ばれたってことはさ、熊切監督のやる成孔野球が認められたようなものじゃん。嬉しくない?』


西東京のキャッチャーは青道の御幸が選ばれたって聞いた。だからこそきっと悔しかったんだろう。
そんな気持ちを部員に見せることなく練習を続ける伸一郎は凄い。でもそれだけじゃきっとダメだ。その悔しさもバネにして頑張るだろうけど、このまま放ってはおけない。


「お前俺に何を言わせたいんだよ」
『え、弱音?』
「言うかバーカ!」
『まぁそうだよね、知ってる』
「まぁ、熊切監督の野球が認められたのは正直嬉しいけど」
『でしょでしょ?だからさ、御幸のことは一先ず置いといて私達はこのまま私達らしく頑張ろう』
「お前なぁ、わかってんなら御幸の名前なんて出すなよ。普通出さないだろ」
『え、それはごめん』


私の隣で伸一郎が盛大に溜息を落とした。
あえて御幸の名前を出したのは悪いと思ってるよ。でもさ、出しちゃったらもう隠せないし認めるしかないでしょ?その上でどう行動するか、伸一郎ならその切り替えが出来るはずだ。


「凛」
『んー?』
「心配させて悪かった」
『大丈夫、私伸一郎の彼女だから』
「面倒な女に捕まった気がしてきた」
『ちょっと!今更そんなこと言わないで!』
「長田を張り切って送り出してやらねーとな」
『その土日も練習試合組んであるから長田がいる時より点取って勝ってやろうよ』
「だな、よし戻るか」
『だねだね』


ぐっと伸びをして伸一郎が立ち上がる。
どことなく晴れやかな表情に見えたしこれならもう大丈夫だろう。成孔の大黒柱はちょっとやそっとのことじゃ折れないんだから。


「お前ってなんだかんだこういうとこケアしてくるよな」
『え、うん。マネージャーの務めだよね?』
「そこは彼女だからって言うとこだろ!」
『部員のことも一応ケアしてるつもりだからなぁ。伸一郎の変化ほど早くは気づけないけど。常君だって結局アンパンマン大先生のおかげで立ち直れたし』
「アイツはまぁいい。あれがなきゃ未だに落ち込んでたかもしんねーしな」
『そう思うとアンパンマン大先生本当に凄くない?』
「おい止めろ、あれを布教すんのはツネだけで間に合ってる」


空き教室からこっそりと出て教室へと戻る。
彼氏彼女らしいことってあんまり出来ないけどさ、その分も含めて私は伸一郎のこと人の三倍ちゃんと見てるよ。
手も繋いだことないし、それ以上のことだってしたことはない。
けど私達の間にはしっかりとした絆がある。
引退するまではそれで充分だ。


アニダイみてて唐突に書きたくなった作品。
2020/01/26




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