キミの本音(枡)

『おかえり』
「お前この寒い中何してんだ、風邪引くぞ」
『伸一郎が今日帰ってくるから待ってたんじゃん。久しぶりだし』
「あ?学校で会ってたろ」
『そうだけど、冬休み入ってから会ってなかったー』


12月30日、伸一郎が寮から帰ってきた。野球部の伸一郎がこうやって家に戻ってくるのは年末年始だけだ。
それが嬉しくて昨日もなかなか寝れなかったし朝だっていつもより早く起きた。10時には帰るって言ったから9時50分から家の前で待機してたのに結局姿が見えたのは10時30分を少し回ってからだ。


「一週間やそこらで何言ってんだ」
『冷たい』
「夏休みなんてもっと会わねーだろ」
『夏休みは練習試合見に行ったりしてたからそんなに気にならなかったんだもん』
「お前はな」


あ、そうか。私は伸一郎のこと見てたけど伸一郎はそうじゃない。この反応は少しくらいは寂しいと思ってくれたってことなんだろうか?


『ふふ』
「何一人でにやけてんだ。とりあえず寒いし中入るぞ。荷物も置きてぇし」
『はーい』


勝手知ったるお隣さんの家、伸一郎が居ない間も遊びに来てるから気後れすることなくお邪魔する。


「つーか何で誰もいねぇんだ」
『年末年始の買い出しっておばさん言ってたよ』
「マジかよ」
『帰るの夕方だから伸一郎のお昼頼まれたし』
「あーだから待ってたのか」
『別にそれだけじゃ、ないけど』
「とりあえず部屋に荷物置いてくるから待ってろ凛」
『わかった』


言葉を濁した結果、伸一郎は怪訝そうに眉をひそめたものの何も言わずに二階に上がっていった。そんなのさ、一秒でも早く会いたかったから待ってたに決まってるじゃん。


『伸一郎の馬鹿』


ぽつりと呟いた言葉は冷えきった廊下に静かに響く。
まぁ素直に言えたら苦労してないよね、気を取り直して温かい飲み物を用意するためにリビングへの扉を開けた。


「お前相変わらず弟達と遊んでんの?」
『二人の練習が無いときにね。あ、自主練には付き合ってあげるよ。ティーバッティング?のトス上げとかさ』
「ふーん」
『え、何?』
「別に。俺の練習には一切付き合わなかったよなぁと思って」


伸一郎の弟達は兄の背中を見て育ったおかげかずぶずぶ野球漬けの日々を送っている。伸一郎の時以上に練習を頑張ってるようにも見えるから兄を追い越そうと必死なのかもしれない。
伸一郎だって二人が野球を始めた時嬉しそうだったから居ない間の様子を教えてあげようとしたのに、反応は私が予測したものとは違いまったく面白くなさそうだ。
まぁ伸一郎の言いたいこともわからないわけではない。小中の時は野球好きじゃなかったからしょうがないよ。幼馴染み取られたみたいだったんだもん。


『あの頃はねぇ、伸一郎が素振りしてるの見るのも嫌だったからなぁ』
「それが何で今は違えんだよ」
『野球のルールわかるようになったら楽しくなったかなぁ』
「俺が教えるっつっても断った癖に」
『だからあの時はごめんって。今はそんなことないし、伸一郎のことも応援してるよ』


今日はやけに突っ掛かってくるなぁ。
野球は好きじゃなかったけど、高校も伸一郎と一緒が良くて成孔学園を選んだ。野球部は全寮制だったから絶対に同じ学校が良かった。
野球部のマネージャーは誘われたけど断った。だってあの頃はまだ野球憎しだったし。
それでもなんだかんだ試合の応援には行ってたんだ。そのうちちゃんと応援したくなって野球のルールを勉強した。お父さんに聞いたりしただけなんだけどね。
それから伸一郎のことを応援出来るようになって、今は野球が好きだと言えるまでになった。


「最後の春逃したし次が最後だ」
『え、伸一郎野球やめるの?』
「そんなわけねぇだろ、甲子園の話だ馬鹿」
『あぁ、甲子園か』
「春には熊切監督が戻ってくる。俺は熊切監督とあいつらと一緒に甲子園に行きたい。それに…」
『それに?』


何でそこで口ごもるのさ、伸一郎らしくない。不思議に思ってマグカップから視線を上げると何故か伸一郎の眉間に皺が寄っている。え、いきなりどうしたのさ。


『あの、何で怒ってるんでしょうか?』
「怒ってねぇよ!どこをどう見てそう思ったんだよお前は」
『眉間に皺が寄ってるから』
「チッ」
『えぇ、舌打ちとか怒ってるよねそれ』
「そんなんじゃねぇ。ただ、野球好きになったんならお前も連れてってやりてぇとは思っただけだ。マネージャーあんだけ誘っても拒否した癖にいつの間にか野球のルール完璧に把握しやがって」
『あー』


まさか伸一郎が私を甲子園に連れてきたいと思ってくれてるだなんて…凄く嬉しいはずなのにそれ以上に照れ臭くて上手いこと返事が出てこない。伸一郎も似たようなものらしくがしがしと後頭部をかいている。


『伸一郎』
「あ?」
『今日ね、伸一郎に早く会いたくて家の前で待ってたんだよ』
「いきなり何言ってんだよ」
『別に。ただ言いたくなっただけ。こんなに野球好きになるってわかってたらマネージャーやっとけば良かったかもなぁ』
「今更かよ。んじゃ大学入ったらマネージャーやれよ。プロは正直俺の実力じゃまだ届かねぇ。諦めたわけじゃねーぞ。けど大学行ってからでも遅くはねぇからな」
『伸一郎大学行ける頭あった?』
「馬鹿!野球で行くんだよ!だからお前も付いてこいよ」
『え、それ本気?遠くの大学だったらどうするのさ。そりゃまだちゃんと行きたい大学も決まってないけど、大学も一緒なの?それ周りに何て説明すればいいのさ。さすがに大学まで一緒なのは』


そわそわとした空気を変えたくて、話を変えたら何故か同じ大学に付いてこいと誘われた。誘われたんじゃないな、マネージャー強制的っぽかったな。
私にそんなにマネージャーやってほしかったの伸一郎?嬉しいのに素直に付いていくとは言えなくて咄嗟にひねた返しをしてしまう。


「ゴチャゴチャうるせーな!俺はお前が好きだから一緒にいたいんだ!何か文句あっか!」


私のひねた返しを遮って伸一郎の口から飛び出した言葉に驚き、一瞬時が止まった。あんぐりと口を開いたまままじまじと伸一郎を見るも冗談とかではなさそうだ。まぁ伸一郎がこういう冗談を言える人じゃないのはわかってるけど。


「お前、今の話聞いてたのか?」
『うーん、情報処理が追い付かなくて』
「旧型のパソコンじゃねぇんだちゃんと頭を回せ!俺より成績良いだろーが!」
『えぇ』
「チッ、んじゃ文句があるかねぇかくらいは教えろよ」


何で伸一郎はこうも落ち着いていられるんだろう?私、態度には出せてないけど心臓バクバクだよ?まさか伸一郎から告白される日が来るだなんて思ってもなかった。
告白するならきっと私からだと思ってたんだ。


『文句はないよ』
「その含みのある言い方なんなんだよお前」
『伸一郎だけ余裕あるみたいでズルいなぁと思って』
「お前な、俺が余裕あるように見えんのか?これでもいっぱいいっぱいなんだからな。つーか、言うつもりもなかったんだよ!甲子園優勝するまではな!」
『あぁ、そういうことか』
「お前のが余裕あるじゃねーか!」
『だから、情報処理が追い付いてないんだってば』


眉間に皺が寄ってたのもやけに突っ掛かってきたのも伸一郎なりの余裕の無さみたいなものだったのかもしれない。


『あれ?でも余裕がなくなることなんてあった?』
「逆だろ、余裕を持てることが一つもねぇんだよ。野球ばっかでろくに会ってもねぇし」


少し不貞腐れたように見える伸一郎がなんだか可愛らしくて、昔みたいで、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
あぁ、私伸一郎から告白されたんだった。やっと情報処理が終わったみたいだ。嬉しさに呼応するように口元が弛んでくる。


「何一人で笑ってんだ」
『だってね、あの野球一筋って学校でも有名な枡伸一郎がだよ?私の言葉に一喜一憂してるんだよ?そんなの嬉しすぎるよね』
「お前楽しんでるだろ」
『楽しんでるんじゃなくて嬉しいんだって』
「ならちゃんと付いてこいよ」
『うん、いいよ。私も伸一郎のこと好きだから』


私の突然の告白に伸一郎は口をぽかんと開けて固まった。もしかしたらさっきの私もこんな顔をしてたのかも。わなわなと口が震えほんのり顔が赤くなっている。


「クソ、さっさと昼メシ作れよ凛」
『えー照れた伸一郎もう少し見たかったのに』
「照れてねぇよ!」
『はいはい、何食べたい?』
「お前が作るならなんでもいい」
『じゃあ伸一郎の好きなの作るね』
「おお」


ニヤニヤしながら伸一郎を見てたら怒られてしまった。これも多分照れ隠しかな?あんまり意地悪するとそれこそ怒りかねないので素直に行動を開始することにした。
キッチンでお昼を作ってる最中も私のニヤニヤは止まらなかった。


ゴチャゴチャうるせーな!俺はお前が好きだから一緒にいたいんだ!何か文句あっか!
レイラの初恋様より

このお題の台詞を見た時に枡さんしか浮かばなかった。もしくは荒北さんかな?この二人にはぴったりのお言葉。
2019/10/28




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