The child with the obstacle is prettier.(枡)

「枡!ここに居たのかよ!ちょっと来てくれ!」
「あ?まだ自主練中だから後にしろ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえ!椎名が泣いてんだよ」
「…またか。熊切監督も居ないってのに今日は誰が原因なんだ」
「あー多分ツネだと思う。あいつ枡じゃないと泣きやまないだろ?だから頼むよ」
「ツネ?あいつ何を言いやがったんだ」


今日の分の目標まだ達成してねぇのに面倒なことになった。
切羽詰まった長田が呼びに来たので渋々素振りを中断して椎名の元へと向かう。
入部当初は熊切監督に厳しく言われてよく泣いてたけど今はその監督も謹慎中だ。男鹿コーチは熊切監督ほど椎名に厳しくしねぇから最近は泣くことも少なくなってきたっつーのにあの馬鹿何しやがった。くだらねぇ理由だったら後からぶん殴ってやる。
そもそも俺じゃないと泣き止まないんじゃねーぞ。単に泣いた女子の扱いがわかんなさ過ぎて接するのが怖いだけじゃねぇか。
そこら中で素振りを続ける部員達の間を抜けて案内されたのはグラウンドの片隅だ。長田が指差した方向を見ると椎名が背中を丸めて泣き続けている。


「な?頼んだぞ枡」
「素振りやってる連中にTシャツくらい着せとけ長田」
「おお、わかった」
「お前もだからな。いいか、外で半裸になるなよ」
「わかったって。じゃ、任せたからな」


お前もウェイトの後よく脱ぎたがるからあんまり信用ねぇけどな。そそくさと戻っていく長田を見送って椎名に近付いていく。


「おい」


嗚咽を漏らして泣き続ける椎名の背中に声を掛けるとビクリと反応した。けど返事はねぇ、まぁこれもいつものことだ。


熊切監督が居た時は週に一回は怒られて泣いていた。そのたびに迎えに来てたのは俺だ。
監督も監督だ、毎回泣かせてから言い過ぎたと反省する。そのまま迎えに行って一言でも謝ってくれりゃこいつだって監督が怖いだけじゃねぇっての理解しただろうに「余計に泣かせるかもしれん」って俺に丸投げすんだぞ?主将だからって俺がやる仕事じゃねぇよな?
最近は泣くことも滅多に無かったから安心してたっつーのにツネの馬鹿野郎。くだらねぇ理由じゃなかったとしてもぶん殴ってやる。


「おい、聞いてんのか?聞こえてんなら返事しろ」


暗がりにしゃがみ込んでた背中が再び反応する。まぁ返事したくても出来ねーんだろうけどな。毎回泣きすぎて何言ってんのかわかんねぇし。
ずかずかと椎名に近付き腕を掴んで無理やり引っ張り上げた。泣いてるからって遠慮して遠巻きに見てるだけだから泣きやまねーんだよ。されるがまま立ち上がった椎名は空いた方の手で涙を拭いながら泣き続けている。


「何があった」
『…ま、枡さ、ひっ、ひっく…ツネ、くんが』
「ツネがどうした?何か言われたのか?普段仲良くやってたろ」
『うう、うぇ』
「よくもまぁ毎回こんなに泣けるもんだ、泣き止まねーと何言ってんのかわかんねぇだろ」
『だって、だってだってぇ』


ほんっと、びーびーびーびー飽きもせずよく泣くなこいつは。泣きすぎてしゃっくりまで出てんじゃねーか。慣れたにしろいつまでも泣かれんのはさすがに困る。ったく、しょうがねぇなぁ。


「とりあえず早く泣き止め。そっから話聞いてやるから」
『うっうぅ、枡さぁん』


椎名の腕を離してその手を頭へと移動させる。そのままぐしゃぐしゃと撫でてやった。
泣き止めっつって直ぐに泣き止むなら苦労はしない。色々試行錯誤した結果泣いてる時はある程度好きに泣かせてやる方が良いことに気付いたんだ。かと言っていつまでもは泣かせてやんねぇけどな。俺はそこまで甘くねぇ。


「ほら、とりあえず座んぞ」
『うっ、ひっく』


再び椎名の腕を掴んでベンチまで誘導する。こんな泣き虫で日常生活今までどーしてたんだ?そこら辺考えてもさっぱり謎だ。
椎名を座らせてその隣に腰を下ろした。今度からバットも持ってくりゃいいのか。そしたらこいつが泣き止むまで素振りしてりゃいいし。
ベンチに移動して十分くらい経ったとこでようやく泣き声が静まってきた。トータルどんだけ泣いてたんだ?いつも三十分は泣き続けてるような気がする。


「落ち着いたか」
『はい、すみません』
「で、ツネに何言われたんだ。喧嘩でもしたのか?」
『ツネくんが、ネタバレしてきたんです』
「あ?」
『私は単行本派だって言ってるのにいっつも先にネタバレ話してくるんですけど』
「おい、ちょっと待て」
『今回の展開はさすがに衝撃が大きすぎて。…思い出しても悲しいです』
「お前まさかそんなことで泣いたのか?」
『だって、だってぇ…』


くだらねぇ理由過ぎるだろーよ。そのネタバレってのを思い出したのか椎名はまた涙声だ。もっと普通の喧嘩とかならまだ理解もしてやれたけど、こんな理由でいちいち泣くんじゃねぇ。


「お前今部活中なのわかってるよな?」
『…はい』
「部活中にツネと話すな、金輪際一切口聞くな」
『えっ』
「こんなくだらねぇ理由でいちいち泣かれても困るんだよ。お前は自覚が足りねぇ、部員の時間奪ってんじゃねぇ。だから泣かねーためにもツネとは話すなよ、いいな」
『枡さ、…それ本気ですか?』
「俺が冗談でこんなこと言うと思ってんのか?」
『…思わないです。でもツネくんと話せないのも寂しい』
「じゃあ泣くな。とりあえず一週間な、それで様子見て考えてやる。長田達に泣き付くのも禁止だからな」
『そんな…』


ツネとは普段仲良くしてるからこの罰は椎名には相当キツいだろう。けどな、自覚が足らねぇやつにはわからせてやんねぇといけない。一分一秒でも時間が惜しいことをこいつはまだわかってねぇんだ。


「せっかく泣き止んだんだから泣くなよ」
『…はい』


俺の提案に椎名は涙ぐんでいる。下唇を噛み締めて泣くのを我慢してるんだろう。酷なこと言ってんのはわかってる。けどいい加減こいつに成長してもらわねぇと勝てる試合も勝てなくなるからな。


「で、その好きな漫画?最終回にでもなったのかよ」
『…そうじゃないんですけど、いきなり話が飛んじゃったみたいで』
「話が飛んだ?」
『予測ではまだ続くと思ってたのにぽんって新章始まっちゃったんです』


ネタバレの話もくだらねぇと思ったが内容もしょうもない理由だった。呆れて一瞬唖然としちまった。そんな俺に気付きもしないで椎名はがっくりと項垂れている。仕方無え、もうちょい追い込んでやるか。お前ほんとまったくわかってねぇな。


「夏の予選で負けて三年が引退になった時とどっちが悲しかったか思い出せ馬鹿」
『夏の、予選』
「あの瞬間先輩達の夏は終わった。俺はあの日のことを一生忘れねぇよ。去年も今年も。それと簡単には比べて欲しくねーけど、お前の好きな漫画は続いてんだよな?新章だとしても続いてるんだよな?ツネにネタバレされてショックなのはわかるけど、まだ先があるものが原因で泣いてんじゃねぇ」


最後に一番厳しい言葉を投げ付けた。これで自覚出来なかったらもう諦めるしかねぇな。次くだらねぇ理由で泣いたら一生放っておいてやる。


『ごめ、っく…枡さ、ごめんなさい』
「思い出しただろ?あの後泣きすぎて三日間寝込んだじゃねーか。それよかましだよな?だから泣くな、くだらねぇ理由で金輪際泣くんじゃねぇ」
『ふ、…うぅ、はい』


また泣きやがって。お前の涙腺ぜってぇどっかぶっ壊れてんだろ。まぁあの日のこと思い出して泣いたんならもう今日は許してやるよ。
追い込んだ手前、ボロボロと涙を拭いもしない椎名にもう泣くなとは言えなかった。


「けどな、泣き疲れるまで泣いていいとは言ってねぇ」


マネージャーってもっと部員の世話を甲斐甲斐しく焼くようなやつがやるイメージあったのにこいつには手を焼かされてばっかだ。好きに泣かせてた俺も悪いけど、高校生にもなって泣き疲れるまで泣くやつなんていないだろ。泣き止んだと思ったら糸が切れたみたいに寝ちまいやがった。
ベンチに寝かせとくわけにも行かなくて俺が運んでいる。ツネ連れて家まで送ってくしかねぇな。そんで親御さんにはツネと謝りゃいいか。
こいつもツネも他の部員達も俺を過労死させるつもりじゃねぇよな?
さっさと成長しやがれ、俺に手を焼かすなってんだ。


「そんなこと言って枡さんが甲斐甲斐しく椎名の世話を焼いてますよね」
「あ?蹴られてぇのかてめぇ」
「俺はほんとのこと言っただけですよ」
「お前らがもっと椎名の世話焼いてくれりゃ俺も楽になるんだよ馬鹿」
「そんなの無理ですよ。現に一番枡さんに懐いてますから」
「てめぇらが俺に丸投げしたんだろーが!」
「かと言って椎名を放っておけないのが枡さんですよ」
「お前帰り覚えとけよ、痣になるくらいぶん殴ってやるからな」
「椎名を抱えたまま凄まれても全然怖くないですね」


The child with the obstacle is prettier.
(馬鹿な子程可愛い)

枡さんに叱られたくて書いたお話。涙脆い子の相手って殿方は大変だよね。
2019/10/23




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