Story of the rainbow after the shower.(枡)

熊切監督が謹慎処分になり男鹿コーチが代理で監督となって新チームが始動した。
ぎこちなくも新体制で毎日が過ぎていく。
気力をなくした常くんもどうやら尊敬する人が出来たらしく練習に復帰してくれた。
あのマイペースな常くんが尊敬する人って誰なんだろう?長田さんに聞いても難しい顔をして誤魔化されてしまった。


部員達が昼食の時間、午後練のためのドリンクをもくもくと作っていく。
このドリンクも栄養士さんの指導の元キッチリと中身が決められている。
マネージャーの仕事は毎日が戦いだ。今日も朝からバタバタと忙しない。さぁ、今日も後半分頑張ろう!


午後練の合間に時間を見つけて外野のボール拾いに励む。ボール籠に外野まで飛んできたボールを詰める単純な作業と思いきやこれがなかなかハードだ。ボール拾いついでにゴミ拾いをやってるんだけどそちらに集中しすぎるとかなり危ない。


「マネ!そっちボール飛んでったぞ!」
『はい!』


グラウンドから声が掛かり即座に飛んでるボールを探す。気を付けないとこのボールが自分に当たりかねないのだ。ボールの行方を確認して作業へと戻る。
空を見上げれば午前より雲が増えてきた。雨予報ではなかったはずだけど、夕立くらいは降るかもしれない。
適当なところでボール拾いを打ち切って籠を運んでいるとみるみるうちに空が暗くなってきた。


「椎名、それ運んでやる」
『あ、長田さん。大丈夫ですよこれも仕事のうちなので』
「枡に言われたんだよ。雨降る前に洗濯物取り込むよう伝えろって」
『あ!』


そうだ、朝に干したタオルの山を取り込むのをすっかり忘れていた。このままでは洗い直しになってしまう。


「枡が先に行ってるからさっさと行ってこい」
『ほんとですか!?わ!行ってきます!長田さんボールはお願いします!』
「おお、任せとけ」


籠を長田さんに預けて頭を下げると洗濯物を干してある寮までダッシュで走る。
よりによって枡さんが先に行ってるだなんてかなり焦る!私の焦りと比例するようにぽつりと頬に水滴が落ちてきた。これはいよいよヤバい。小さな粒はあっという間にどしゃ降りへと変わっていく。
寮の食堂前の物干し竿に着いた時には全身濡れ鼠と化していた。唯一の救いは物干し竿に干してあったタオルが綺麗さっぱりなくなっていたことくらいだ。
結果的に枡さんにやらなくていい仕事をさせてしまったわけだから救いと言うのは間違ってるのかもしれないけど。


『枡さんすみませんでした!』
「遅かったな」
『ボール拾いしてたら遅くなっちゃって』
「…お前そんなことよりびしょ濡れじゃねぇか」


食堂に飛び込めば大量のタオルが無事に取り込まれていた。空いたテーブルに座っている枡さんがスコアブックらしきものから顔を上げる。
申し訳なくてそのまま深々と頭を下げれば呆れたような声が飛んできた。


『枡さんにご迷惑をお掛けしまして』
「別にいいから気にすんな。とりあえずこっちに来い椎名」
『は、はい』


枡さんと話すのは何故か他の部員と話す時より少しだけ緊張する。それは入学してからずっとだ。
枡さんの声を聞くと背筋をピンと伸ばしたくなる。そんな不思議な魔力があった。
言われた通り枡さんの隣へと行くと乱雑に積まれたタオルの一枚を取って立ち上がる。それからそのタオルを私の頭に被せてわしゃわしゃと髪の毛を拭いてくれた。


『枡さん!?』
「ったく雨が降りはじめた時点で諦めれば良かったろ。どうせ間に合わなかったんだから」
『あの、でも…枡さんの手を煩わせてしまったので』
「ここに来る用事が元からあったからいいんだよ。放っておいてタオルが雨で全滅するくらいなら俺が取り込んだ方がいいだろ?」
『そうですけど、でも自分の仕事なので』
「お前が真面目に仕事してんのはみんなわかってんだ。気にすんな」


タオルを頭に被せられたままなので枡さんの表情は見えない。でも最後の言葉は呆れたとかじゃなくて落ち込みつつある私を励ましてくれてるんだってわかった。


「よし、こんなもんだろ」
『あ!すすすすみません!枡さんに拭いてもらうだなんて!』
「あ?そんな細かいちいち気にすんな。つーかそのままだとまずいな」
『まずい?』
「お前着替えは?」
『持ってきてないです』
「だよな、こっから歩いて五分のとこに家があるもんな」
『はい』
「かと言ってこのまま帰らせるのもまずいよなぁ」


何がまずいのか聞いたはずなのにぽんぽん話が進んでいく。枡さんからタオルを引き継ぎ自分で髪の毛を拭きながら考えてみたけど何がどうまずいのだろうか?


「ちょっとここで待ってろ。いいな、絶対にここから動くなよ」
『わ、わかりました』


真剣な表情で枡さんが念を押すので首を何回も縦に振った。私が頷いたのを確認して枡さんは食堂から出ていってしまう。結局何がどうまずいのか私にはさっぱりだ。疑問が浮かぶもおとなしく待っていたら五分もしないで枡さんが戻ってきた。


「そのままじゃ困るだろ。さっさとこれに着替えてこい」
『え、でもこれ』
「いいから余計なことを考えずにさっさと着替えろ椎名」
『う、わかりました』


険しい顔をした枡さんにTシャツとハーフパンツを押し付けられる。聞きたいことも遠慮したいことも沢山だったのにあぁ言われてしまえば何も言えなかった。素直にマネージャー部屋(細々とした備品室)で着替えて食堂へと戻ると枡さんは既に元の位置に座ってスコアブックを眺めている。


『あの』
「着替えたか?」
『はい、でもどうして』
「どうしてもこうしてもねぇ。お前は自分のことに無頓着過ぎる」
『えぇと』
「下着が透けてんだよ馬鹿!言わせんな!」
『そ、それはすみませんでした!』
「それにお前以外マネージャーいねぇんだから風邪ひかれても困るだろ」


下着が透けてるかどうかなんて考える余裕どこにもなかった。枡さんに謝らなくちゃってことしか頭になくて、その後はタオルを畳むことしか考えてなかったのだ。
自分がいかに無頓着か思い知らされて顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
再び頭を下げればまたもや枡さんの呆れ声だ。


『えぇと』
「今度から気を付けろよ。雨降ったら自分優先しろ。極力濡れるな、ついでに着替えも用意しとけ」
『わかりました』
「んじゃ後はこのタオルの山頼んだぞ」
『はい』
「俺は明日の練習試合の対戦校のビデオをツネとここで観るから」
『邪魔にならないようにします』
「お前が邪魔になったことなんて一度もねぇよ」


それから枡さんが作業してる間ひっそりとタオル畳みに勤しんだ。
まだまだ未熟で迷惑をかけてばかりだと言うのに枡さんは優しい。言われた言葉がじわじわ身に染みて嬉しくて顔がにやけてしまう。


「椎名、お前ツネ見たか?」
『えぇと見てないです』
「あの馬鹿先にウェイトに行ったんじゃねぇよな?」
『どうですかね?探してきましょうか?』
「お前は先にそこのタオルの山片付けろ」
『はい!』


一向に常くんが食堂に来る気配がない。常くんのことだから枡さんとの約束は忘れてるような気がする。だったらきっとウェイトか室内練習場で投球練習でもしてるんだろう。
タオルの山を片付けて早く常くんを探しに行かなくては。


「お前、俺のこと怖かったりすんのか?」
『へ?』


せっせとタオルを畳んでいたら枡さんから声が掛かった。的外れな質問過ぎて間抜けな声が出てしまう。作業を止めて枡さんの様子を確認するもスコアブックを眺めたままだ。


「俺と話す時いつも緊張してんだろ。長田達とか引退した三年の先輩達にはそんな緊張しねぇ癖に」
『あ、えっと…怖いとかじゃないです』
「じゃあなんだ」


じゃあなんだと言われましても、なんでだろう?怖いと思ったことは本当に一度もないのだ。そこは否定したいけど、枡さんが納得してくれるような理由が見付からない。


『枡さんの声を聞くと背筋を伸ばしたくなると言うか、何でですかね?そんな風に感じるんです。怖いとかじゃなくて枡さんの声耳触りも良くてむしろ好きなんですけど』
「…怖くねぇのならいい」
『下手くそな説明ですみません』
「や、俺が質問したからな」


言いたいことがまとまらずしどろもどろになってしまった。怖いと思ったことは一度もないんだけどそこちゃんと伝わったかな?大丈夫かな?タオルを畳む作業に戻りこっそり枡さんを見るもそれ以上は何も言われなかった。


「枡さん、そろそろいーっすか?」
「あ?てめぇ、今まで何してやがった」
『あ、常くん』


雨が小降りになりタオルの山を畳み終わった辺りで常くんが顔を覗かせた。即座に枡さんが入り口にいる常くんの方へと近付いていきお腹をドスドスと殴っている。


「雨降ってたんで眺めてたんす。雨上がりは虹が綺麗ですよ」
「お前、もしや虹が見たいがために雨眺めてたのかよ」
『虹?』
「まだパラパラ雨が降ってるけど太陽が出て虹も出てるから椎名も見るといいっす。彼が飛んできそうなくらい綺麗な空っす」
『彼?あ、でも虹はみたい』
「お前らなぁ」
「枡さんも見てみるといいっすよ、心が洗われますから」
「俺の心が汚いみたいに言うな馬鹿!」


彼が飛んでるとは?気になったものの綺麗な虹は見たくて二人の元へと近付いていく。
食堂の入り口から外へと顔を出せば太陽が雲の隙間から顔を覗かせて虹が掛かっていた。雨はまだ少しだけ降っていて太陽の光をキラキラと反射してそれがまた凄い綺麗だ。


『わぁ、本当に綺麗だね常くん』
「たまにはこうやって自然と触れあうのも大事ですよね」
「何知ったような口聞いてんだ」
「俺は約束の時間にはここにいたんすよ」
「あ?」
「けど枡さんが椎名と良い雰囲気だったんで遠慮したんす。俺の親心ってやつですね」
『え?』
「馬鹿!お前が親なんざ百年はえーよ!」
『常くん!?』
「熊切監督もマネージャーはみんなのお母さんみたいなもんだって言ってましたし。あ、それなら枡さんがお父さんでちょうどいいっすね」
「お前らみてーなガタイの良いガキ何人も欲しくねえぞ」


虹に気を取られていたら隣でとんでもない会話が進行している。
良い雰囲気って何!?私がお母さんってのは否定しないけど(この話は私も熊切監督にされた)枡さんがお父さんってそれってそれってなんだかとても気恥ずかしい。


「じゃあ椎名がお母さんなのは否定しないんすね」
「熊切監督が言ってたのならそうだろが。馬鹿言ってんじゃねぇよ!ほらさっさとビデオ見るぞ。今日こそは対戦校の打者の情報頭に入れてもらうからな」
「お父さんにそう言われたら聞くしかないっす」
「お前そのネタこれ以上引っ張ってみろ、ぶん殴るからな。椎名!お前も呆けてないで仕事に戻れ!」
『は、はい!』


枡さんの声で現実に戻る。変なこと考えてないでタオルをしまってこないと。常くんのせいで変に枡さんを意識してしまう。
枡さんは気にしてないんだから私も気にしないようにしなくちゃ。気合いを入れ直してマネージャーの仕事へと戻る。
あんな綺麗な虹を見れたのは久しぶりで、それを枡さんと常くんと見れたのはなんだか嬉しかった。


「枡さん」
「なんだ」
「俺ちゃんと黙っときますから」
「はぁ?」
「椎名はみんなのお母さんですからね。今日のこと知られたら大変す。枡さんならみんな安心して椎名のこと任せるような気はするけど、部内恋愛はやっぱりよくないと思うんすよ」
「飛躍して考えすぎだろ馬鹿ツネ」
「俺口は固いっすから安心してください」
「全く信用出来ねぇけどな」
「けど否定はしないんすね椎名のこと。あ、そうだ枡さんあれが噂の彼シャツってやつっすか?」
「さっさとビデオに集中しろ!余計なこと考えてる暇はねぇぞ!」



Story of the rainbow after the shower.
(夕立後の虹の話) 
水棲様より

初めての枡さん。好きな理由が判明した。枡さん夜久さんにとても似ている。
2019/09/30




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