ある日突然、恋をしました(御幸)

「なぁ、何で凛は青道に来たんだ?」
『え?』
「鳴のことだから稲実に来いって言っただろ?」
『確かにねぇ、と言うか今更そんなこと聞くの?』
「んーなんとなく」
『なんとなくね』


鳴は双子の兄だ。だから一也がそこを気にするのも不思議じゃない。でもさ、遅すぎだよね?もう二年の春なんですけど。
スコアブックから一ミリも目を話さずに一也が言うから本当にただなんとなく気になったのだろう。
一也の前の席に座ってスコアブックを覗き込む。反対側から見るとまるで呪文みたいだ。一応付け方は教わったけど書くことが多すぎてちゃんと出来てるかは不安だったりする。


『大丈夫そう?一応ナベくんに教わった通りにやってみたんだけど』
「二軍の試合だしとりあえずこんなもんで大丈夫だろ」
『それなら良かった』
「ま、こっからだな。凛がスコアブックの付け方知らなかったのは意外だったけど」
『え、なんでー?』
「や、鳴にやれって言われなかったのかと思ってさ」
『鳴はそんなこと言わないよ。一番に応援してろとは言ってたけど』
「相変わらずすげぇシスコンだな」


俯いたまま鼻で笑った。一也のこういう笑い方が昔から好きだ。見てるだけで幸せな気持ちになれてしまう。
私ね、一也が青道って聞いたから自分も青道にしたんだよ。
もう一度聞かれたら素直に答えようかと思ったのにスコアブックに没頭したのかそれ以上一也が喋ることはなかった。


「へぇ、凛は御幸と付き合ってるんじゃないんだ」
『違いますよ!亮さんの勘違いです!』
「でも御幸のこと嫌いじゃないでしょ?」
『それは…』
「あ、やっぱりそうなんだ」
『亮さん!』
「なんだぁ結局御幸かよ」
『純さんまでそんなこと言うんですか!?』
「俺達が勝手に気になってただけだから凛は気にしなくていいよ」
『いやいや勝手に気にされてもですね!』
「二人ともそんなにからかってやるな」
「でもクリスだって気になるでしょ?あの成宮の妹が何で青道に入学したのかって気にしてたじゃん」
「それは…」
「初めはスパイかと思ってたもんな」
『そんなことしたことないですよ!』
「んなもんわかってるって。まぁ御幸がいるならその心配はねーしな」
『だからそんな大きな声で言わないでくださいよ!』
「それで?いつから好きなの?」


亮さんが確信してるかのように聞いてきたらつい態度に出てしまったようだ。タイミング悪く純さんとクリス先輩まで参戦してきちゃったし。


『自主練は?』
「行くよ。凛が早く教えてくれたらその分長く練習出来るんだけど」


ニコニコと悪びれもせずに亮さんが言う。クリス先輩に視線で助けを求めるも首を横に振られてしまった。そうですよね、亮さんが一度言い出したら聞かないのは私も知っている。
こうなったら話してしまうしかないか。食堂出て直ぐってのが引っ掛かるけど、話さないときっと亮さんは解放してくれない。観念して一息を吐くと一也に一目惚れしたあの日のことを三人に話すことにした。


「凛!今日の試合観にくるよね!」
『今日は用事もないからいいよ』
「絶対俺が勝つけど相手チームに面白いキャッチャーがいるんだよ!こないだ話したろ?そいつ叩きのめしてやるからさ!」
『鳴ちゃん性格わるーい』
「悪くない!こんなの普通だからね!まだ一也との試合観にきたことないだろ?だから来なよ」
『うん、わかった』


あれは中学一年の時。あの頃鳴の試合は用事がない限り観に行くようにしてた。と言うか強制だった。友達と遊んだり習い事があったりで行けない時もあったけど最低でも月一回は観に行ってたと思う。
鳴は私より先に一也と知り合ってて、面白いヤツがいたって情報だけ聞いてた。


いつものように鳴の試合の応援に行く。それだけだと思ってたのに、私はそこで一也に一目惚れをした。
どこで一目惚れしたのか詳しくは覚えてない。
ただ、いつもだったらマウンドばかり観ていた私がその日だけはキャッチャーボックスに釘付けだった。
相手チームの中で一也は一番小さかった。けれどその誰よりも野球を楽しんでるように見えたのだ。そんな人鳴を抜いたら初めてで、だからこそ惹かれたのかもしれない。


『こんな感じですかね』
「へえ」
『単なる一目惚れですよ。大したエピソードもないです。鳴を通して仲良くなっただけだし』
「なるほどね。ちっちゃい御幸とかどんな感じだったか気になるよね純」
「あーまぁな」
『見た目は可愛かったですよ。試合になると全然違いましたけどね』
「二人ともそろそろ自主練に行ったらどうだ」
「クリスは?」
「俺も沢村の自主練を見に行く約束をしてる」
「じゃあ純行こうか」
『あ!先輩達今の話内緒ですよ!』


クリス先輩と純さんは頷いてくれたものの何故か亮さんはにっこり笑って片手を振って去っていった。え、そこ約束してほしかったのに。
ぽつんと食堂前に残されて自分もそろそろ帰ろうかと方向を変えればそこには一也が立っていた。


『は?』
「や、悪い。何か話してんなとは思ったけどなかなか声掛けられなくてさ」


はぁ!?いつからそこに立ってたの?え、ちょっと待って!今の話もしかして聞いてたの?あまりに驚きすぎて何にも言葉が出てこない。
そんな私を余所に一也は喉を鳴らして笑っている。


『…盗み聞きとか性格悪いよ』
「亮さん達は気付いてたから盗み聞きじゃないだろ」
『嘘でしょ?』
「お前全然気付いてないんだもんな。純さんなんて俺のことちらちら見てたからいつバレるかと思ってたのに」
『ちょ、そんなに笑うなんて酷い!』


思い出したかのように一也が吹き出した。え、爆笑してるし。それちょっと酷くないですか?仮にも私一也のこと好きだって言ったようなものだよね?あまりに普通に笑われてしまったから悲しくも何ともない。逆になんだか一也のその態度にムカムカしてきたし。


「悪い、そんな前から俺のこと好きだとは思ってなかった」
『一目惚れだったんだもん』
「そんな睨むなって」


あまりに一也が普通だったから気恥ずかしさとかそういうのすら沸いてこなくて、抗議するように睨めばこっちに近付いてきた。
そのまま私の頭をくしゃりと撫でる。


『笑った一也なんて嫌い』
「本気で言ってんの?」
『…馬鹿』
「俺もお前のこと嫌いじゃないよ」
『嫌いじゃないけど好きでもないって言うんでしょ?』
「そう言って欲しいのかよ」
『…もう!そうやってからかって!一也なんて知らない!一生独身でいてしまえ!それで禿げちゃえばいいんだ!』
「おま、それ酷くね?」
『もういい!帰る!』


そうやって自分のこと好きな女子をからかう一也なんて禿げて一生独身で過ごせばいいんだ!いっそ野球と結婚しちゃえ!
頭に置かれた手を振り払って一也の横をすり抜けようとしたら腕をぐっと掴まれた。


『もう何!』
「俺、他の告白はしっかりお断りしてるんだけど」
『…それで?』
「今の流れでお断りの要素あったか?なかったろ?」
『……はぁ?』
「送ってやれないけど気を付けて帰れよ凛」


もう一度私の頭をくしゃりと撫でると一也は行ってしまった。
〜〜っ!肝心なこと何一つ聞いてないんだけど!もうなんなの!


歩いてるうちに怒りは収まって逆にだんだん恥ずかしくなりながら帰ることになった。


「あぁ、まだ付き合ってなかったの?遅すぎ、馬鹿じゃないの」
『鳴まで何言ってるの?』
「だって俺が一也に教えてやったもん。凛が青道行くって決めた時に」
『…は?』
「悔しいから凛が青道行く責任取れってさ」
『てことは』
「一也はお前が好きなこと一年から知ってたよ」


帰ったら鳴から着信があった。
私がひた隠しにしてたことを一年も前から知ったとか。お正月に帰ってきたら口聞いてあげないんだから。


「ま、結果オーライでしょ?」
『鳴の馬鹿!一也の馬鹿!女心台無しじゃん!』
「ちょ、いきなり耳元で怒鳴らないでよ」
『もう知らない!』
「ちょ、凛!?」


それから私は一也が改めて告白してくるまで二人のことを無視し続けた。
結果的に鳴が泣く泣く一也に訴えて後日ちゃんとした言葉をくれたんだった。


「別にあれで充分だったろ?」
『全然女心わかってない。あれじゃ駄目でしょ』
「だからちゃんと言ったろ。鳴が煩かったしな」
『付き合うか、の一言だったし』
「俺だって直接聞いてねーしなぁ」
『!?』
「だからそう簡単に聞けると思うなよ」


対等なはずなのに一也の方が余裕綽々でズルくないですか?なんだかムカついたので私も当分言ってやらないことに決めた。
まぁ直ぐに折れて一也に泣き付いたんだけどね。


「お前らやっぱそっくりだわ」
『鳴ほど俺様じゃない』
「そこは似てなくて良かったよなぁ」
『鳴はワガママ過ぎるよね』
「や、でも凛も充分素質あると思うぜ」
『え?』
「あの突き抜けた怒りっぷりとかそっくりだったもんな」
『一也が怒らせなきゃいいんだよ!』
「それ昔あいつにも言われたわ」


からかうようなことを言うのが悪いんだよ!そう訴えたのに一也はまたゲラゲラと笑うだけだった。もういいよ、惚れたもん負けでいいよ。その代わりちゃんと鳴との約束守ってよね?約束だからね?


水棲様より

初めての御幸。難しかったー。
2019/08/29




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