挨拶がわりのあらい口づけ(田島)

「なぁ俺もうダメだ。我慢出来ないしすっげーヌきたい」
『は?』
「だから溜まってんだって」
『ええと…それ私に伝える意味あった?』
「だって俺ヤるなら椎名とがいいし」
『はぁ?』


どこからどう突っ込んでいいのかわからない。私と田島は付き合ってるわけでもないし、単なるマネージャーと部員の関係だ。
合宿ハードだしこの暑さで頭もやられてしまったの?
それに合宿初日に「ちゃんと昨日ヌいてきた!」って大声で話してるの聞こえたよ?


「え、ダメ?」
『いきなり女子にヤらせろって言って殴られないだけでも感謝してほしいんだけど』
「えぇ!俺椎名とは部員の中で一番仲良い自信あるのに!」
『それはそれ。ほら休憩終わるから戻った戻った』
「あ、行ってくる!んじゃとりあえず考えとけよ椎名!」


満面の笑みで田島は練習へと戻っていく。内容が普通の告白だったらまだときめいたんだけどなぁ。あれじゃ誰でもドン引きでしょ。
背中を見送って洗濯物を干す作業を続ける。
考えとけよって爽やかに言ったけど、考えれるわけないよ田島。


「へぇ、田島くんがそんなことをねぇ」
「びっくりだね」
『びっくり通り越してドン引きだったんですけど』


一日を終えて湯船に浸かりながら監督と千代ちゃんに田島のことを報告する。千代ちゃんにまで被害が広がったら大問題だ。


『千代ちゃん、だから気を付けないとだよ』
「あはは、私は多分大丈夫だよ。田島くんが懐いてるのは凛ちゃんだし」
「そうだね、私もそう思うよ」
『えぇ』
「きっと田島くんなりの告白だったんじゃないかな?」
『嘘だぁ』
「ドン引きはしたものの嫌ではなかったのよね?」
『え』
「だって嫌悪感は見えなかったもの。いいね!なんだか青春って感じ」
「え、それって凛ちゃんも」
『違うから!そんなことないから!』


監督はニコニコ顔だし千代ちゃんは目を輝かせている。別に田島のことを好きとかそういうんじゃないから勘違いしないでほしい。ただドン引いたから千代ちゃんも気を付けてって言いたかったのにどうしてこんな話になっちゃったんだろ?


「だってあれが普通の告白ならときめいたんでしょう?」
『それは…』
「凛ちゃんと田島くんかぁ」
『待って!千代ちゃん待って!あれは田島にってわけじゃなくて!告白だったらって意味だよ!?』
「本当にそうなの?ちゃんと考えてね凛ちゃん。他の子達に告白されてもときめくのかって」
『監督まだその話続けるんですか』
「うん、だって田島くんの場合は応援してくれる女の子が近くに居た方が頑張ってくれそうだし」


「だからよーく考えてね」さっきのニコニコ顔はどこへ行ったのかいつの間にか監督は真剣な表情で私に念を押した。
他の子達に告白されてもときめくのかって、そんなこと想像すら出来ないんだけど。
パッと部員達を思い浮かべたもののいまいちピンと来なかった。
そもそも野球一筋の彼らに恋愛は可能なんだろうか?田島だって恋愛ってよりもただ単にヤりたいってだけのような気がする。
今は秋大に向けて練習練習の日々だしなぁ。


『寝れないんだけど』


監督に言われたことをよーく考えてたら眠れなくなってしまった。三橋から考えたのがいけなかったのかもしれない。だってあの三橋が誰かに告白だなんて天と地がひっくり返ったとしてもなさそうだし。
そこから脱線したのが悪かったのかも。三橋が好きになる女子はどんな子なんだろうかと考えてたら告白よりも他の部員達の好きな女子の好みを想像してしまった。
水谷はわかりやすかったから良かったけど順にあれこれ想像したら田島で止まってしまったのだ。


田島は暑いと直ぐに脱ぐし下ネタもガンガン言う癖に運動神経抜群で人懐っこい性格をしてるから女子受けが良い。田島を格好いいと言う女子達は表面しか見てない。練習中の田島を見せてあげたいくらいだ。私や千代ちゃんがいてもお構い無しなのを見てみんな幻滅しちゃえばいいのに。


考えれば考えただけ悶々としてきて気分転換に合宿所を抜け出した。早く寝なきゃ明日の練習に支障をきたすって言うのに全く眠くない。
何故か田島の好みのタイプの女の子だけは上手く想像出来なかった。多分睡魔がやってこないのはそのせいだ。


「椎名だー」
『田島?あ、三橋も!』
「あ」


合宿所の開け放たれた入口にぼんやり座ってたら田島と三橋が何故か外から戻ってきた。
私が声を大きくして名前を呼んだせいか三橋がビクッと体を震わす。驚かせる気はなかったんだよごめん三橋。二人の手にはコンビニ袋がぶらさがってるから抜け出したんだろう。もう片方の手には棒アイスが握られている。夜は22時以降外出禁止ってシガポにあれだけ言われただろうに何やってるの。


『外出禁止でしょ』
「小腹が減っちまったんだもん。な?」
「うん、それにコンビニ直ぐ近くだよ」
『ダメなものはダメだよ二人とも』
「あー、んじゃ椎名にもお裾分けしてやるからさ!それならいいだろ?」
『そう言う問題じゃ、んぐ』


冷たっ!いきなり田島が私の口の中に自分が食べてたアイスを突っ込んだ。驚いて目ん玉飛び出るかと思ったんだけど。そんな私を見て田島はニシシと笑う。


「これでキョーハンだな」
「ユウ君、俺先に戻ってる」
「おお、阿部の足踏んづけて起こさねーようになレン」
「わかった」


ちょっと!まだ話終わってないよ!結局三橋は私の方を見ようともせずにさっさと階段を上がっていってしまった。あ、逃げたなこれ。


「ほらこれやるからいいだろ?」
『田島の食べかけじゃん』


怒りたくてもアイスは既に口の中で溶けつつある。これはもう黙っておくしかないかもしれないなぁ。田島の言う通り立派な共犯だ。
仕方無いなぁ、そうとなったら遠慮なくアイスをいただこう。と言うか雑に口の中に突っ込んでくれたおかげで口の周りベタベタなんですけど。


「それ旨いだろー?」
『まぁまぁかな』
「何でだよ俺の一番のお気に入りだぞ」
『田島のせいで口の周りベタベタなんだよ』


そっちが気になって冷たくて甘くて無難に美味しいってことしかわからない。これくらいなら私の好きなアイスのが美味しいし。何なら持ち手のとこまでベタベタしてるような気がする。


「んじゃ拭いてやるからそっから味わえよ」
『え?むぐ』


私の正面に立っていた田島が着ていたTシャツでごしごしと顔を拭ってきた。ちょ!犬や猫じゃないんだからね!そんな雑に顔全体を拭かないでよ!口の周りだけで良かったのに。しかも着てるTシャツで普通拭く?


「これなら大丈夫だろ!」
『もう』


文句の一つや二つ言ってやりたかったのに田島が悪びれもせず笑顔だったから何にも言えなくなってしまった。黙ってたら見てくれも良いし運動神経抜群だし性格も悪くないし良いんだけどなぁ。って私何を考えてるの!
ないない、田島は絶対にないよ!思い浮かべた想いを忘れるように頭を横に振ってアイスへと意識を戻す。だいぶ溶けかかってるからはやく食べちゃわないと。


『ん、美味し』
「だろ?一番のお気に入りなんだよそれ」


改めて一口噛ったアイスはさっきよりも美味しく感じた。
田島は私の言葉に嬉しそうだ。それから何故か隣に座った。


『どうしたの?』
「椎名こそこんな時間に何してんだ?」
『私?なんだか寝れなくなっちゃってさ』
「ふーん、椎名って毎日爆睡ってイメージあんのにな」
『うるさいなぁ。田島は?戻らないの?』
「俺はそんな椎名に付き合ってやろうと思って」


それは、なんかごめんよ田島。かと言って眠れない理由を聞かれても困るからなぁ。アイスを食べたら部屋に戻ろう。横になったら寝れるような気がする。
アイスを食べ終わるまでの間、私達はお互いに何も喋らなかった。


『結局手がベッタベタ』
「なぁ」
『ん?』


これは一度洗わないとだなぁ。そんなことを呑気に考えて呟いたら何故か隣の田島の表情が一変している。何そのバッターボックスに立ってる時みたいな真剣な表情は。それに合わせて何故か監督と千代ちゃんとの会話が頭をよぎる。


(きっと田島君くんなりの告白だったんじゃないかな?)


いやいや、やめて千代ちゃん!そんなこと今更思い出させないで!今は田島と二人きりなんだから余計に気恥ずかしくなる。


「俺結構シンケンだったんだぞ」
『えぇと、私そろそろ部屋に戻』
「まだ話終わってないからダメ」
『田島!?』


真剣な表情の田島に変にドキドキしてしまう。この空気に耐えれそうにもなくて立ち上がろうとしたら腕を掴まれて阻止された。ちょっと待って!いきなりの展開に頭が付いていかない。どうしたものかと田島を見たらやけに熱っぽい視線が注がれる。その表情はダメだよ田島。


『たじ』


心臓がバクバクしている。これはこんな表情の田島に対してなのか、この展開に対してなのか。離してほしくて名前を呼ぼうとしたらその前に口が柔らかいもので塞がれた。
かぷりと私の唇を甘噛みして直ぐに離れていく。


「椎名って唇も柔らけーんだな。まだアイスの味残ってたし」
『た』
「俺シンケンだからな。順番間違えたとは思ったけど椎名のこと好きだ。だからちゃんと考えろ。あ、後顔洗ってから寝ろよ。んじゃおやすみ椎名!」


頭が真っ白で何にも言い返せなかった。突然のあらいキスも告白も届いてはいる。だけどあまりに突然で頬をひっぱたくことも田島のことが嫌いだとも言えなかった。
そんな余裕あったとしても出来るかはわからないけど。
最初からそうやって告白してくれたら良かったんじゃないの?そしたら変に悩むこともせずにこうやって考えることが出来たんだよ。


『あぁダメだ。この時点でもう負けてる』


一人呟いて顔と手を洗いに向かうことにする。鏡を覗くと私の顔は真っ赤に染まっていた。こうなってはもう完敗だ。監督と千代ちゃんのニコニコ顔が浮かんで諦めるように息を吐いた。


水棲様より

久しぶりの田島くん。彼はどストレートなイメージ。駆け引きなにそれ?みたいな。それにしたって好きな女の子にいきなりあんなこと言ったらダメだよね(笑)
2019/08/12




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