明日も朝練あるんだからさっさと帰って寝ろ。
研磨以外を帰した所で一息吐いた。
「クロ」
「ん?なんだ研磨」
「未来寝てる」
「は?」
大人しく部誌を書き始めた所までは見ていたけど気付いたら机に突っ伏して寝ていた。
すーすーと規則正しい寝息が聞こえる。
「おい、未来!起きろ。帰るぞ」
その背中に声を掛けるも反応は無い。
これもしかして一度起きたら起きないとかないだろうな?
研磨がスッと寄ってくると未来の頬をつねった。
結構強くつねってた気がするけど、…起きる気配はない。
「クロ、これ多分起きないやつ」
「マジか。しょうがねぇな、うちは知ってるし送ってくか」
「えー」
「このままにしとくわけにもいかないしな。研磨、未来の荷物持って」
「メンドイ」
「俺はこいつを連れてかなきゃいけないんだぞ。学校からなら直ぐに着くだろ」
「……分かった」
渋々と研磨は未来の荷物を持つ。
いや、そんな重くないだろ。
相変わらず無駄なことは一切したくないんだな。
未来を背負い部室に鍵をかけて学校を後にした。
「クロ、何で未来をマネージャーにしたの?」
「ん?ちょうど良かったデショ?」
「んー」
「何だよ」
「クロが初対面の人に親切にしてるのって珍しかったから」
「俺はいつも優しいですよ」
「えー」
研磨は何やら不満気だ。
俺はいつだって優しいと思うんだけど。
未来が風邪で入学式以来一週間休んでたことは犬岡にも本人にも聞いた。
二人とも部活を一週間以内に決めなきゃいけないことはすっかり失念していたみたいだったケド。
未来は見るからに体力は無さそうだし細いしとてもじゃないけど運動部なんて行ったら三日と持たずに倒れるだろう。
だから教えてあげただけだ。
マネージャーが欲しかったのもある。
部員に練習に専念させてやりたいってのもあるしあいつとの賭けもあったし。
気付けは未来のうちが見えてきた。
またこないだのお爺さんが外で待っている。
「こんばんは」
「おお!こないだの!どうしたんじゃ?」
「一ノ瀬が部誌を書いてる時に寝ちゃって起こしたんですけど、全く起きる気配がなくて」
「それはすまんかった。なんとなくそんな気がしてたんじゃ。ほら、未来起きなさい」
お爺さんはこっちに来ると未来の頬をペチペチと叩く。
一向に未来は起きる気配がない。
こんなに熟睡出来るのもすげーな。
「送ってくれたついでにすまんがもう1つ聞いてくれんか?」
「部屋まで連れてきますか?」
「頼まれてくれるか?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとう」
未来が起きないことは分かってたようでじーさんは早々に起こすのを諦めたようだ。
ふうと溜め息をつき、言ってきた。
ここまで来たら部屋まで連れて行くのも大して変わらない。
研磨を連れてお邪魔しますと未来の玄関に招かれる。
今時珍しい純和風の家だ。
綺麗に手入れがされてる庭と縁側が目に入った。
「ばーさん!未来が寝て起きなかったらしく、学校のこが送ってきてくれたぞ!」
「あらあら、やっぱり寝ちゃいましたか。ごめんなさいねぇ。お手数かけました」
玄関でじーさんがお婆さんを呼んだ。
人の良さそうな女性が出迎えてくれる。
研磨が未来の荷物を手渡した。
こっちだと部屋に案内される。
未来の部屋はこのうちとは違い洋室だった。
ベッドにそっとおろしてやる。
「すまんかったのう」
「いえ、気になさらないでください」
玄関に戻ると研磨がお婆さんにしきりに何かを言われている。
研磨が困っているように見えた。
「あ、クロ」
「どうかしました?」
「せっかくうちまで送ってくれたんだから夕飯にお呼ばれしてくれないかしら?」
「いえ、大したことしてないので」
「そんな遠慮なさらないで。未来ちゃんの初めての部活のお祝いで料理を沢山作りすぎちゃったのよ」
にこやかにお婆さんが勧めてくる。
研磨はこちらをじっと見何かを訴えている。これは俺に断れって言ってるんだろうな。
そのうちにお爺さんが未来の部屋から姿をあらわした。
お婆さんに夕飯に誘ったことを聞いてそれはいいと賛成していた。
これは多分断れそうにない。
老人には親切にしましょうと学校で習ったデショ。
「おうちの人が困っちゃうかしら」
「いえ、連絡を入れておけば大丈夫だと思います」
「クロ」
「研磨、ここまで言ってもらったんだからご馳走になろうぜ」
「遠慮せず食べてくといい、ばーさんの飯はうまいぞ。料理学校に通ってたことだけある」
「ま、いやですよそんな」
「分かった、お邪魔します」
研磨は根負けしたようだ。
渋々と靴を脱ぎ、玄関から上がってきた。
そのまま和室へと通された。
さっき外で見た縁側がある部屋。
そこには既に沢山の料理が並んでいた。
和食メインだが高校生の俺達が好みそうなおかずも並んでいる。
本当に未来のために沢山作ったんだろうな。
研磨と二人座るように促される。
こいつ食が細いんだったな。遠慮してると思われないといいけど。
お婆さんが味噌汁とご飯を配膳してくれた。味噌の旨そうな匂いがする。
グウとお腹が鳴ったきがした。
ご馳走さまでしたと手を合わせるとお粗末様でしたとお婆さんが温かい緑茶を出してくれた。
心配してたようなことは起こらなかった。研磨がお腹いっぱいだと言うと食が細いのは未来ちゃんと一緒なのねとコロコロと笑った。
それから何故かアップルパイも一緒に出てきて驚いた。
昼間に作ったらしい。どうやら未来も食が細いが甘いものだけは食べるようで毎日何かしら作っているらしい。
研磨が隣でパッと表情を明るくしたような気がする。お前アップルパイ好きだもんな。
緑茶にアップルパイと言う何ともミスマッチなデザートだった。
「ゴールデンウィークは何か予定があったりするんですか?」
「突然どうしたんだ?」
「部活の合宿で宮城の方へ行くんですけど」
「泊まりだなぁそれは」
「泊まりでしょうねぇ」
「そうですね、確実に泊まりになりますね」
研磨が二切れ目のアップルパイを堪能し始めた時に気になってたことを聞いてみた。
二人とも困ったような顔をしている。
やっぱり箱入り娘のようだ。
泊まりは心配らしい。
「未来ちゃんは22時過ぎには必ず寝ちゃうのよ。体力も無いし」
「まぁ、22時前に寝ることも度々あるがな。今日みたいに」
「迷惑をかけちゃうかもしれないのよね」
「22時までには必ず寝かし付ければ大丈夫ですか?」
「それは勿論だし行きと帰りの電車の時間も教えてくれないか?」
「新幹線で寝て起きなかったら大変ですからねぇ」
「確か行きは朝一の電車で帰りは20時には駅に着いたと思います」
「それなら大丈夫かしらねぇ?」
「駅まで迎えに行ってもいいかね?」
「大丈夫です」
「まぁそれならいいだろう。せっかく部活に入ったんだからな、未来も色々挑戦させなくては。黒尾君と孤爪君だったっけな?うちの未来を宜しくお願いします」
そう言うと二人は深々と頭を下げた。
どうやらだいぶ大事にされているようだ。
研磨と二人おじぎを返した。
「心配をかけないようにこちらも気をつけます」
「あぁ、すまんね。過保護だとは思うんだが」
「未来ちゃんは世間知らずなところがありますでしょ?」
「あー多少ありましたね」
「あら!もうバレちゃったのね」
玄関へと見送ってもらい帰路につく。
またご飯を食べにきてねとお婆さんに言われた。三人だと食卓が寂しいのよと。
珍しく研磨がまたお邪魔しますと返事をしていた。
明日は槍でも降りそうだな。
「お前アップルパイだけはちゃんと食べるんだな」
「アップルパイだけは別腹」
「三人家族みたいだったな」
「猫」
「ん?」
「猫の姿なかった」
「散歩にでも行ったんじゃねえの」
「未来が夜間外出禁止って言ってたよ」
「んじゃ知らない人が来たから隠れてたんじゃないの」
「でも縁側開けっ放しだったよ」
「そんなに気になるのかよ」
「別に。でも夜間外出禁止なのに縁側開けっ放しとか変だと思っただけ。こないだ猫を連れてった時お爺さんかなり慌ててたし」
「まぁそうだな」
「帰ってゲームして寝る」
「朝練あるから早めに寝ましょうネ」
なんでそんなに猫のこと気にするんだこいつ。
そんなに猫好きだっけな?
まぁ合宿の許可が取れたから良かった良かった。
気を遣うことは沢山だけど、まぁどうにかなるだろ。
満月がぽっかり空に浮かんでいた。