梟谷の文化祭

十月の下旬、文化祭当日。
クラスでの役割は既に終わらせた。準備は手伝ったし何の問題もない。クラスメイトたちは有能揃いだから俺が居なくても大丈夫だ。
けれど部活はそうもいかない。だから俺は当日は部の方に専念させてもらうことになった。何なら俺がお願いする前に周りが先にそっちの方向に持っていってくれた。有能過ぎるけど一体木兎さんはどんな風に思われてるんだろうか、謎だ。


「あかあーし、未来たちまだ?」
「ねぇ赤葦ー焼きそば味見してもいい?」
「黒尾たちが来るまで準備して俺らが店番すればいいんだよな?その後は後輩だろ?」
「木兎さん、そもそもまだ一般の入場時間じゃありません。後三十分あります。白福さん、味見はさっきしたからもう少し待っていてください。小見さん、概ねそれで合ってますが売り物のジュースを飲むのは止めてください」
「…すまんな赤葦」
「いえ、想定内です」


この人たちは少しも目が離せない。全員ではなくて、主に木兎さん白福さん小見さんの三人だ。自由過ぎる三人とは逆に雀田さん木葉さん猿杙さん尾長はテキパキと準備を進めている。ソースを買って戻ってきた鷲尾さんが自由な三人を見て溜息を吐いた。


「ソースこれで足りるか」
「そうですね、大丈夫だと思います」


焼きそば用のソースが当日になって足りなくなったのは何故なのか。絶対に試作を作りすぎたせいだ。白福さんにせがまれて木兎さん小見さん辺りが作ったに決まってる。
三人に目を配りながら俺と鷲尾さんも準備に加わる。
今日一日分の材料を先に準備すると決めたのは雀田さんだ。先に切るものだけやっておけば後輩たちが楽になるだろうとの意見に反対は出なかった。それにこれだけやっておけば任せてもそう簡単に問題は起きないだろう。
問題児はここに揃ってるから大丈夫なはず。
準備をしていたらあっという間に三十分が過ぎた。


『あ!夜久さん!京治居たよ!』
「未来、ちょっと待て!焦らなくても赤葦たちは逃げないから!」


一般の入場開始時間、十時を少し過ぎた頃に音駒御一考がやってきた。
声を聞く前から気付いた。異様な集団が見えたからだ。


「何をやってるんですか?」
「見てわかんねーのかよ」
『京治!トリック・オア・トリート!』
「え!何々!未来ちゃん可愛い!」
「ほんとだ〜未来ちゃんも夜久も可愛いねぇ」
「男に可愛いって言うなよ」
「残念ながらお菓子は用意してないので焼きそばをどうぞ。鷲尾さんお願いします」


はしゃいで一目散にこっちに駈けてくる未来は恐らく魔女の仮装だろう。それを追いかけてきた夜久さんは狼男だ。狼らしき耳にもふもふの尻尾が付いている。確かにハロウィンは近いけど、まさか仮装してくるとは思わなかった。
未来のトリック・オア・トリートをさくっと交わし、お菓子の代わりとして焼きそばを渡す。まぁ未来にくらいはいいだろう。俺が代金を払えば問題ない。


『焼きそば?』
「お菓子の代わりだな。駄目だったか?」
『大丈夫、鷲尾さんありがとう!』
「赤葦、未来ちゃんたち来ちゃったのなら後輩呼ぼうか」
「そうですね」


音駒の文化祭のカオスっぷりを思い出す。今日も大して変わらない一日になりそうだ。鷲尾さんのおかげなのか未来は焼きそばに対して不満を言わなかった。多分、ハロウィンのことをあまりわかってないんだろう。
雀田さんが後輩たちを呼んでるうちに後続の黒尾さんたちもやってくる。


「赤葦、トリック・オア・トリート?」
「その格好はドラキュラですか?」
「そうそう、当たり」
「孤爪は魔法使い?」
「…そうだけど何か文句ある?」
「や、こういうの断固拒否するイメージあったから」
「研磨は未来のとこのお婆さんに買収されたんだよ。仮装するならアップルパイを焼くからって」
「海君それ言う必要あった?」
「海さんはゾンビですか?」
「そうだね」


前言を撤回させてもらう。今日は前回以上にカオスだ。ハロウィン仮装軍団と一緒に行動するのだからそうなるとしか思えない。


「芝山君も夜久とお揃いなんだ〜可愛い〜」
「あ、ありがとうございます」
「俺もいますよ!」
「えっ?灰羽君!?嘘!綺麗ー!」
「おお!すっげぇ美女じゃん!なぁ!赤葦!」


どうやら二人ずつ衣装がお揃いになってるらしい。夜久さんと同じ格好をした芝山を白福さんが撫で回している。気持ちはわかりますが他校の後輩なので止めてください。芝山が固まってますから。やんわりと白福さんの手を芝山から離すように誘導すると灰羽の声が耳に届いた。振り向くと灰羽らしき美女が未来と同じ格好をしている。灰羽に対して美女だと思ってしまったことを後悔しつつ集まってきた後輩たちに指示を出した。


「赤葦赤葦、この大人数では回れないよね?どうする?」
「そうですね、適当にわけますか」
「赤葦!俺、めっちゃ良いアプリ知ってる!」
「小見が言うと全然良いアプリじゃなさそう」
「とりあえずどんなのか聞いてもいいですか?」
「ちょい待ち、インストールするから。単に名前を打ち込んだらグループわけしてくれるだけだぞ」
「それって良いアプリなの?」
「雀田さん、言い過ぎですよ」


せっかく小見さんがインストールまでしてくれたのだから使わせてもらおう。雀田さんと話し合った結果四、五人のグループにわけることに決まった。


「なんと言うか」
「すげぇ片寄ったな」
「そうですね」
『黒尾さん!たこ焼き食べたい!』
「後でな」
「魔女っ子未来ちゃん可愛い〜」
「後から灰羽君と一緒に四人で写真撮ろうか」
『わ、撮りたいです!』


五人五人五人四人の四グループはなんと言うか凄く片寄った。
一つ目は俺と黒尾さんと未来と白福さんと雀田さん。


「小見やん、どこ回るー?山本は行きたいとこあるか?」
「俺はどこでもいいです!福永はなんかあるか?」
「お笑いやってる」
「意外と評判良いらしいぞそれ」
「お笑い?」
「へぇ!んじゃ見に行こう!」
「木兎!一人で先に行くなよ!」


二つ目は木兎さん小見さん木葉さん山本福永の五人。木葉さんが振り回されそうなグループだ。あ、それと山本。結構振り回され体質なとこあるっぽいし。福永はそういうの飄々と交わすイメージあるのに。まぁここは木葉さんが頑張ってくれるだろう。やっぱりあの人は器用貧乏と言うか苦労人だ。


「研磨は?どっか興味あるとこ」
「帰りたい」
「却下だ却下。来て直ぐに帰るやつがいるか」
「あー孤爪はゲームが好きなんだろ?これとか行ってみるか?」
「あぁそれ楽しいらしいな」
「…何?」
「リアルRPGだって」
「あぁ、今の研磨にはぴったりだな」
「絶対行かない」
「いいから行くぞ!魔法使いの勇者にしてやるよ!」
「夜久君がやればいいのに」
「今、顔がそわっとしたの俺は見たからな」


三つ目は鷲尾さん猿杙さん夜久さん海さん孤爪の五人。どっからどう見ても安定していて問題なんて一つも起きなさそうなグループだ。孤爪を優先して第三体育館でやってるリアルRPGに行くことが決まってさくさく去っていった。


「灰羽君、こんなのあったよ?」
「女装コンテスト?」
「あぁ、リエーフにぴったりだな!」
「へぇ、じゃあ参加してみる!俺なら優勝間違いないし!」
「そこ嫌がらないのか」


最後の四つ目が尾長芝山灰羽犬岡の四人。未来を除いた一年が固まったからここも問題なさそうではある。灰羽が突っ走りそうだけどそこは芝山と犬岡が何とかしてくれるはずだ。尾長も同い年だけなら大丈夫だ。


「さて、未来も焼きそばを食い終わったことだし俺たちも行きますか」
「どこに行きます?」
「未来ちゃん行きたいとこある?」
『うーん、たこ焼きは後って黒尾さんが言ったからなぁ』
「あ、じゃあ甘いもの食べに行く〜?何かねチャレンジ出来るのがあるんだよ」
「白福さんは禁止されてませんか?」
「大丈夫だよ〜確か一年がやってるはずだから」
「バレてないわけだ」
「そうだねぇ」
「即出禁になりそう。何ならバレー部が禁止になりそうな予感」
「俺もそう思います。あぁ、ここでやってますね。特大パフェ制限時間内に食べれたら半額」
『食べたい!』
「お、人数制限もちょうど五人だな」
「じゃあ行きますか。未来はお腹大丈夫?」
『うーん、多分』
「まぁ未来ちゃんの分は雪絵が食べるでしょう」
「元のキャパがちっちゃいから居ても居なくても一緒だな」
『あ、黒尾さん酷い!』
「そういう黒尾さんは甘いもの平気なんですか?」
「俺は結構好き。赤葦は?」
「俺はぼちぼちですかね」
「苦手そうな顔してんな」
「得意ではないです」


テンション高めな白福さんを先頭に雀田さんと未来が歩き始める。追いかける形で俺と黒尾さんが後に続く。女子に付き合ってたら俺たちは大丈夫そうだ。心配なのはやっぱり木兎さんたちかな。まぁ木葉さんがいるからそこまで心配はしていない。


「そっちはどんな感じ?もうすぐ予選だけど」
「そうですね。仕上がってるとは思います。木兎さんがしょぼくれることも少なくなってるので安定はしてますね」
「だよなぁ。まぁ木兎のコンディションもあるんだろうけどそれ以上に周りが安定しすぎ」
「頼りになる先輩たちですよ。そう言う黒尾さんは?」
「そりゃ俺たちだって頑張ってますよ?リエーフもやっと成長が見えてきたし。日々練習練習だ。そんで今日は休息日になったんだよ」
「予選で試合出来るの楽しみにしてます」
「お、赤葦も言うようになったな。勝てると思うなよ。うちは手強いぞ」
「知ってますよ」


はしゃぐ三人の後ろに黒尾さんと続く。未来は興味津々の様子であちこちに視線をやっては二人を質問攻めだ。そんなに気になるものでもあるんだろうか?俺からすると音駒の文化祭と大差無いように見えるのに。そんな未来が可愛いのか二人は丁寧にあれこれ教えている。


「これ俺たち必要ある?」
「一応あると思いますよ。ほら」
「あぁ、なるほどね」


楽しそうにしてる三人を見ていたら黒尾さんがそんな気持ちになるのも頷ける。俺たちのことなんて既に頭から抜けてそうだ。
実際女子だけで回る案はあった。それを雀田さん白福さん二人が拒否したんだった。
理由は明白、今目の前で起こってることが面倒だったからだろう。
雀田さんたちに話しかける他校らしき男子学生三人が見えた。確かにあれは面倒に見える。未来は雀田さんの後ろに隠れ…白福さんまで隠れる必要ある?横で抑えるような笑い声が聞こえたのはそれが原因だろう。黒尾さんが口元を押さえながら三人を助けに行ってくれたので俺は冷静にカメラアプリを起動する。
多数が別行動なので何をしたかの報告をグループラインでするためだ。


「そっちも三人ならちょうどいいっしょ?」
「そうそう、せっかくだから案内してよ」
「断ったんですけど」
「はーい、失礼しまーす。俺の連れなんでお兄さんたちスミマセンネ」
「は?いやいや他の男は?あ、助けて恩を売ってってとこか?なんだよ横取りかよ」
「だから、三人とも、俺の、連れなの」


黒尾さんが雀田さんの前に立って男たちを威圧的に見下ろしてる。そんな緊迫した空気が笑い声で一気に飛散した。雀田さん、笑ったら台無しじゃないですか?


「かおりん、そこ笑うとこじゃないよ?」
「だって、あはは!」
「かおりんって木兎みたい〜」
「せっかくだから木兎の真似してみた」
「それなら助け方も木兎みたいにしないと」
「木兎だったらこんな丁寧じゃないよな?多分、何やってんだ?早く行くぞみたいな感じじゃね?」
「ガン無視だね」
「木兎ならありそう〜」


三年三人で盛り上がってるけど、現状もガン無視だ。思っても口には出さない。鎮火しつつある火にわざわざ油を足す必要もないだろう。面白いところは撮ったからアプリを停止して、四人に近付いていく。


『京治、終わった?』
「その言い方。まぁ大丈夫だとは思う」


俺が増えたことによって他校の男子学生三人は少なからず怯んだらしい。何か言い返そうとしていた口をさっと閉じた。黒尾さんほどじゃないにしても俺も身長は低くないからまぁ圧はあるんだろう。
未来もこの展開に飽きてるみたいだし、そろそろ向かわないと。


「予定があるんですみません。黒尾さんそろそろ行かないと」
「だな。パフェ売り切れたら困るもんな」
「そうだよ!パフェ!」
『食べたい!』
「なんか色々ごめんなさい。じゃあこれで」


最後は雀田さんが上手いこと丸く収めてくれた。何か言いたげな視線が気になったものの、結局舌打ち一つで諦めてくれたらしい。
歩きだす白福さんたちの後ろで男子学生をじっと牽制すると反対方向へと去っていった。これならもう大丈夫だろう。一息吐いて黒尾さんの隣に並ぶ。


「黒尾のかおりん呼び笑っちゃった」
「その呼び方木兎だけだもんね〜」
『何で?』
「未来に説明すんのムズくね?」
「単なるおふざけだから未来は気にしなくていいよ」
「ちょ、赤葦!俺、今ちゃんとどう説明するか考えてたから!」
『冗談みたいな?』
「そう。いつもの黒尾さんならこう言ってるじゃないですか」
「いやーあんまり誤魔化すのも良くないってやっくんに言われてさ。甘やかすなって」
「未来ちゃんを一番甘やかしてるの夜久じゃないの?」
「だよね〜」
『夜久さん厳しいよ?』
「未来から見たらそうだろね」


今の会話も録音しとけば良かったかな。いや、後から夜久さんに怒られそうだからいいか。俺たちから見ると充分夜久さんは未来に甘い。と言うか音駒は大体そんな感じだ。監督とコーチも甘そうだし、黒尾さんを筆頭に全員甘い。まぁ、それは木兎さんをはじめ雀田さんも白福さんも似たようなものだし、多分俺も厳しくは出来てない。まぁ俺の場合はする必要もないけど。


「特大パフェチャレンジお願いしまーす!」
「男女五人でも大丈夫ですか?」
「大丈夫です。此方へどうぞ」
『パフェだ!』
「特大と言うかもうバケツだな」
「…凄いですね」


特大パフェチャレンジはテラス風のカフェになった中庭でやっていた。既に数組丸テーブルに座ってバケツに入ったパフェを食べている。黒尾さんが言うようにもはやバケツだ。席に通されてメニューを眺めると普通のパフェも置いてあった。


「あぁ、ここホット置いてないんですね」
「だから中庭なんだね」
「天気良くても流石に外だしあんなの食べたら冷えるわな」
「えぇ〜チャレンジするよね?」
『あんなに大きいの初めて見た』
「まぁしないって選択肢は」
「ないよ?白福任せになるけども」
「任せといて〜」
『私も頑張る』
「私も雪絵みたいには無理だけど頑張るかな」
「俺も頑張ります。赤葦は?」
「ぼちぼちですかね。あ、撮影はするんで」


特大パフェとそれぞれのドリンクを注文する。特大パフェの値段は四千円。あの大きさで四千円なら得な気もする。五人なら一人八百円だ。制限時間は40分。これだけ時間があれば白福さんがいれば俺たちは大丈夫だろう。前に白福さんの胃袋は宇宙だって雀田さんが言ってたし。


『わぁ!』
「目の前にくると圧が凄い」
「美味しそうだね〜」
「ちょっと赤葦スマホ貸して。少しはお前も映らないと」
「どうぞ。黒尾さんも映ってくださいよ、自撮りで」
「え、俺自撮りなの?棒は?」
「流石に今日はないかな〜」
『棒?』
「スマホにくっつけて撮れる棒があるんだよ」
『へぇ』


待ってる間にさっきの動画をグループラインに送り付けた。早速幾つかメッセージが飛んできてたけど、確認は後でいいか。無傷のバケツパフェと目を輝かせる女性陣を撮っていたら黒尾さんからスマホを催促されたので渡しておく。
自撮り棒の説明を終えた雀田さんからロングスプーンが回ってきた。全員に渡ったところで店員の生徒からスタートの合図がされた。


「食べよ〜」
『ブラウニー乗ってる。食べてもいい?』
「いいよいいよ。好きなのから食べたら大丈夫だよ」
「未来、遠慮してると白福に全部食べられるぞ」
『食べる』
「このアイスお高いの使ってる〜」
「あ、ほんとだ」
「そんなに違うものですか?」
「赤葦、こういうのは気分が大事なの。野暮なことは聞いたらダメ」
「わかりました。黒尾さんメロン食べます?」
「え、何々?赤葦が食わせてくれんの?」
「いいですよ。その代わりちゃんと自撮りしてくださいね」
「赤葦が黒尾に食べさせるの〜?じゃあ私はバナナあげる〜」
「はーい、私はバニラアイスで。未来ちゃんは?」
『えぇと、イチゴ?』
「え、そう言う展開?」
「餌付けなんで気にしたら駄目ですよ」


バケツパフェに一斉にスプーンが伸びる。黒尾さんが悪ノリしてきたから普通に乗っかっておいた。食べさせてくれる?なんて聞かれたら乗らないと失礼だ。まぁ雀田さんから目配せがあったから乗っただけなんだけど、俺の選択は正しかったらしい。続くかのように二人の先輩が悪ノリし、あげく未来まで参戦させた。悪ノリの意味はわかってないけど、流れを読めるようになったのは成長だ。
俺たちの悪ノリに逆に黒尾さんがたじたじしてる姿は笑える。


『イチゴ美味しい』
「キウイも美味しかったよ〜ほらあーん」
『…美味しい!』
「意外と未来ちゃん頑張ってるね」
「最初は全然食わなかったんだけどな。最近だいぶ改善されてきたわ」
「さすが音駒の父ですね」
「父ってなると海のがそれっぽくね?」
「お母さんは夜久でしょう?あれ?そしたら黒尾は?」
「俺はほら大黒柱的な?」
「「…」」
「ちょ、まだ動画撮ってんの!そこ肯定してくれないと!」
「まぁ、そういう考え方もありますよね」
「だね」


数の暴力とでも言うのか、未来と二人の黒尾さんは凄く弄り易い。話してるうちに俺、雀田さん対黒尾さんの構図が出来上がってしまった。白福さんと未来は放っておいても幸せそうだから俺たちはこのまま黒尾さんを弄らせてもらおう。既に俺たちの手は止まっているけど、バケツの中身はあっという間に減って後もう少しだから大丈夫だ。


「未来ちゃん可愛いよね」
「そりゃうちの子ですから」
「動画はもういいんですか?」
「いいんだよ。最後に空になったバケツと未来と白福撮れば大丈夫だろ?あのまま撮ってたら主将としての威厳が傷付きそうだし」
「あったんですね」
「びっくり」
「二人とも俺のこと何だと思ってるの」
「木兎のマブダチ」
「まぁそんな感じかと」
「や、否定はしないけど。木兎の扱いそれでいいわけ?」
「木兎は気にしないから」
「そうですね。木兎さんは他者からどう見られようと気にしません」
「アイツはそうだろなぁ」


動画を停止した黒尾さんからスマホが返却される。黒尾さんの反応が木兎さんと違うから俺も雀田さんも楽しいんだろう。新鮮な反応と言うか、真っ当な反応とでも言うのか。木兎さんの反応は真っ直ぐ過ぎるのだ。誠実で正直で駆け引きなんて一切しない。それはそれで木兎さんの良いところの一つではあるものの、たまにはこうして真っ当な反応を楽しむのもいいかなとは思っている。


「ねぇ赤葦。未来ちゃんと付き合ったりしないの?」
「順序間違ってませんか?先ず俺の気持ちを確認するなりしてくれないと。どうしたんですか急に」
「なんとなく。そしたら未来ちゃんうちの子になるかなって」
「未来はうちの子なのでそちらには渡せませーんー」
「夜久さんに殺されません?」
「あー夜久。そうだね夜久がいるか」
「別にやっくんが居ても大丈夫だぞ?あ、未来は渡せないけど」
「誘導尋問的なこと止めてください」
「そうか、夜久がいるか。あ、でもほら大事なのは未来ちゃんの気持ちだよね?ほら赤葦、大黒柱が大丈夫って言ってるよ!」
「大黒柱云々より俺の気持ちの確認してくださいよ」
「大黒柱呼び酷くない?」


戯れは加速する。雀田さんが思ってもないことを言い出した。や、半分くらいは未来みたいな後輩がいたらいいなぁとか思ってそうだけど、俺云々の話は絶対に冗談だ。単に未来みたいな後輩が欲しかっただけ。それに俺を巻き込んだ。黒尾さんは黒尾さんでそれを理解しつつ会話遊びが続く。と言うかいきなり悪ノリしてきて遠回しにお前も参戦しないのか?的なことを言われた気がする。夜久さんにしろ黒尾さんにしろほんとなんなんだ。未来の気持ちも大事なんだろうけど、自分たちで頑張ればいいのに。溜息吐きたい気持ちを堪えて黒尾さん弄りに戻る。大黒柱呼びナイスですよ雀田さん。


「終わった〜ご馳走さまでした」
『ご馳走さまでしたー』
「お、終わった?ちょい待ち赤葦動画動画」
「起動したんでもう一度お願いします」
「ほら雪絵、バケツ見せて見せて」
「はいこれ〜全部完食〜」
『最後まで食べたよ』
「ってことで私たちはこれでおしまい」
『黒尾さんたちもご馳走さましないと』
「そうだったな。んじゃご馳走さまでした」
「美味しかったね。ご馳走さま」
「そうですね。ご馳走さまでした」
「最後まで食べたの白福と未来ちゃん二人だけだから〜」
『黒尾さんも雀田先輩も京治も食べなかったのずるい』
「まぁまぁ。お詫びにたこ焼き奢りますよ?」
『たこ焼き!食べたい!』
「しょっぱいの食べたくなるよねぇ」
「わ、大黒柱さんゴチになります」
「太っ腹ですね大黒柱さん流石です」
「ちょ、呼び方!改めて!」


黒尾さんを弄っていたらバケツパフェが完食されたらしい。コーンフレーク結構あった気がするのに見事に空になっている。黒尾さんに促されて動画を撮影する。きょとんとする未来と爆笑する白福さんと雀田さん。それに突っ込む黒尾さんで動画は終わった。
俺たちは食に走って一日終わりそうだな。まぁ先輩たちと未来が楽しめたら今日はもういいか。俺と黒尾さんは添え物、言うなればパセリみたいなものだ。
制限時間以内に食べ終えて精算を終わらせたこ焼き屋台へと向かう。
他の組は今頃何をしてるだろうか。木葉さんの胃が痛んでなければいいなと願うのだった。


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