秋の音駒祭

ハンドベルの演奏は周りが気になってなかなか頭に入って来なかった。
お化け屋敷から出たところで未来に俺達梟谷の分のカチューシャを手渡されたのだ。どうやら全員で装着してハンドベルの演奏を聞けってことなんだろう。適当に誤魔化して受け取ったものの、合流した木兎さんが目敏くそれを発見して…後の流れは言わなくてもわかると思う。
雀田さんや白福さん小見さんがそれに乗っかって後はもう拒否する暇すらなかった。
そんな人間が九人最前列を陣取って並んでるのだ、目立っても仕方無い。
唯一の救いは舞台に上がった黒尾さん達もその餌食になってることくらいだ。
ビデオには撮ってるから後から未来の家で観させてもらえばいいか、俺は結局そう割りきりことにした。


音駒の面々は全員大した後片付けもないらしく、文化祭を終えた黒尾さん達と合流して未来の家へと向かう。総勢十八人の大所帯、本当に大丈夫なんだろうか?確かに大きな和風の家だとは覚えてるけど中まで入ったことはなく、まったくわからなかった。


『京治、難しい顔してるね』
「本当にこの人数で邪魔して大丈夫なの?」
『お爺ちゃんとお婆ちゃんが言ったことだから大丈夫だと思う』
「ならいいけど」


黒尾さんと木兎さんを先頭にして数人ずつで歩いている。最後尾を歩いていたら未来がひょこっとやってきた。よっぽど気に入ったのか猫耳カチューシャは未だに頭に着いたままになっている。ちなみに俺は外した、当たり前だ。ハンドベルの演奏終わって直ぐに外した。他にも何人かの頭には着いたままになっている。
白福さんや灰羽、芝山、木兎さんと小見さん。尾長も灰羽に押しきられたられて渋々付き合ってるようだ。


『こんなに沢山のヒトが来るの初めて』
「カプセル飲まなきゃ駄目だよ未来」
『うん、今日はもう飲んだ。さっき夜久さんに言われたから』
「それなら大丈夫だね」
『あ、京治は?文化祭何かやるの?』
「うちの部活は毎年同じだよ。焼きそば屋台」
『そうなんだ、休みだといいなぁ』
「来るならちゃんと黒尾さん達と来なよ」
『うん、迷子になったら困る』


そういう意味じゃなかったんだけど。まぁ余計なことを言っても未来には理解出来ないような気がするしそこは素直に頷いておいた。


「よく来なさった」
「突然誘ってごめんなさいね」
「今日はお誘いありがとうございました」
「俺!主将の木兎光太郎です!んでこっちから──」


未来の家に着くと玄関で二人が出迎えてくれる。黒尾さん達はさらっと挨拶をしてそのまま庭へと向かっていった。未来は着替えるために二階へと上がっていき、その後に俺が代表して挨拶すると木兎さんが全員を順番に紹介してくれた。


「私達手伝います」
「そんなお客様なのにいいのよ」
「いえ、この人数でお邪魔させていただくんですから手伝わせてください」
「あらそう?じゃあお願いしても良いかしら?ごめんなさいね」
「気にしないでください。この人数じゃ切っても切っても足りなくなりそうで」
「育ち盛りだものね、じゃあ此方へどうぞ」
「お邪魔します」
「お邪魔します〜」


雀田さんと白福さんは最初から手伝うことを決めていたらしくお婆さんとサクサク話をまとめてキッチンらしき場所へと消えていった。


「すまんが庭から上がってくれるかね?縁側から庭と居間を行き来することになると思うから」
「わかりました。俺達に手伝えることありますかね?」
「火起こしは海君がやってくれてるだろうからのう。まぁ気にせず今日は楽しんでってくだされ」
「ありがとうございます!んじゃお前ら庭に行くか!」


木兎さんを先頭にして残った全員が玄関を出て庭に向かっていく。俺はビデオカメラを返すために一先ず残った。


「これお預かりしてたものです」
「おお!ありがとうな!助かった」
「いえ、大したことはしてないです」
「いやいや、おかげさんで助かったぞ。買い出しにも行けたからの。そうじゃ一つ聞いていいかね」
「なんですか?」
「これなんだが」


カメラを返して俺も庭に向かおうとしたら呼び止められる。何かと思って振り向いたらお爺さんの手には雑誌が握られていた。それがどうしたのだろうか?ページを捲っていた手が止まりある箇所を指差している。それを覗けばそこには浴衣姿の未来と灰羽がいた。
でかでかと"祭りで見かけた仲良しカップル特集"と見出しに書かれている。


「あぁ」
「雑誌に乗ると聞いて喜んでおったんだがな、この話は聞いておらんかったんじゃ」
「聞いてないってことは単にそういうことだと思いますよ。誰と付き合うにしろ未来は絶対に報告すると思いますし」
「そうか、まぁそうじゃな」


俺の言葉にお爺さんは肩を落とす。あぁ、そうか。お爺さんは心配してたんじゃなくて、逆にこういうことを期待してたのか。当たり前だ、じゃなきゃ未来は…。


「大丈夫ですよ。今はまだ誰ともそんな感じじゃないですけど、心配するようなことは起こらないです。黒尾さん達が付いてますし」
「そうじゃな。変なことを聞いてすまんかった。今日は赤葦君も楽しんでってくれるか」
「はい、うちの部員が煩くて迷惑掛けたらすみません」
「なぁに賑やかなのは慣れたものだ」


暗い空気を払拭するように努めて明るくお爺さんへと告げる。嘘は言ってない、夜久さん黒尾さんだっているし木兎さんもいる。灰羽が実際どう考えてるのかは知らないけど、このまま行けば誰かと付き合う展開にはなるはずだ。
未来が恋心ってのを知らなくても誰かが頑張るはず。まぁ黒尾さん木兎さんも実際よくわからないけど。
俺の言葉にお爺さんは安心してくれたようで玄関で一旦分かれて俺は庭に向かった。


「三つもバーベキューコンロあるんですか」
「あかぁーし!おせーぞ!早く手伝え!」
「一つは着いたから後二つだな」
「木兎さんが火起こし手伝ってるとは思いませんでした」
「まぁ多分なんとなくだ」



庭で海さん木兎さん鷲尾さん福永がバーベキューコンロに炭を並べて火起こしをしている。
他は思い思いに動いてるようだ。孤爪はマイペースに居間でゲームしてるし。あ、小見さんも混ざっている。言ってしまえば文化祭の時より混沌としているような気がしてきた。
居間には大きなテーブルがどんと二つ並び、庭にも木のテーブルとベンチが置かれている。
これならば誰かが座れないと言うことはなさそうだ。


「夜久さん」
「おお、赤葦も麦茶飲むか?」
「じゃあいただきます」


木兎さんに手伝えと言われたのに、俺のやれることは既になさそうだったので火起こしを任せて縁側で寛いでる夜久さんの元へとやってきた。
声を掛けると慣れた様子で紙コップを取り出し、そこに俺の名前を書いてくれる。この人数じゃあっという間に自分の紙コップを見失うだろうからその対策だろう。


「すっげぇ賑やかだよな」
「ですね」
「普段の倍だもんなぁ、爺さん買い出し大変だったろうに」
「迷惑じゃないんですかね?」
「爺さんも婆さんも世話焼きと言うか賑やかなのが元から好きなんだと思う。よく俺達も学校帰りにメシ食いに来いって誘われるし」
「今時珍しいタイプの人達ですね」
「まぁ未来をここまで育てた人達だしな」


"あかあし"と平仮名で書かれた紙コップに麦茶を注いで手渡してくれたのでそれを受け取って夜久さんの隣へと座った。
誰かしらが何処かしらで話してるので本当に賑やかだ。


「夜久さんは見ました?未来と灰羽の」
「あーあれな、見た見た」
「そうですか」
「何?あ、お前心配してくれてんの?」
「いえ、そういうわけでは」
「まぁ面白くはないけど、そこまで気にしてねぇよ」


二人でのんびりと周りを眺めながら聞くと夜久さんは意外にもへらりと笑ってみせた。
夜久さんが未来のことを大事にしてるのは、あまり会うことの無い俺でもわかる。それがどういう感情なのかも。


「あんまり気にしてても仕方無いしな。俺は俺のやれることやるだけだ」
「それなら良かったです」
「お前は?どーすんの?」
「どうするのって未来のことですか?自ら敵増やしてどうするんですか」
「確率上げた方があいつのためになるだろ?」
「あぁ、そういう考え方なんですね」
「だからさ、赤葦もちゃんと考えとけよ」
「俺は別に未来のことそういう対象で見てないですよ」
「今はだろ?」


俺の顔を覗きこんで夜久さんは歯を見せてニッと笑った。多分この一つ年上の先輩は自分のこと以上に未来のことを考えている。たった一つ歳上なだけだと言うのにどうしてこうも未来のことを優先に出来るのだろう?もし俺が未来のことを好きだとしても、こうやって他者に言えるかはわからなかった。


「夜久さんみたいにはなかなかなれないですよ」
「まぁお前は未来の友達枠だしな」
「そうですね、学校も違うのであまり意味はないかもしれませんけど」
「そんなことないって。あいつの中での友達って未だ少ないから。…俺達がさ、卒業してからも仲良くしてやってな」
「それくらいなら大丈夫だと思います」
「頼んだぞ赤葦」


それから直ぐに未来がキッチンから切り分けられた肉や野菜を持ってきた。
何からやるのかと思ったら最初は三つのコンロで海さん達が焼きそばを作っている。まぁ手早く腹を満たすには最適だ。


『夜久さん!京治!焼きそば食べる?』
「おお、貰う」
「未来も食べなよ」
『うん、おにぎり握ったら食べる!』


ゲームに夢中だった組も孤爪以外は庭に降りてワイワイと焼きそばに夢中だ。俺と夜久さんに取り分けた焼きそばを手渡して未来はキッチンへと戻っていった。その背中を見送って手元の焼きそばに視線をやる。


「育ってますね」
「雀田達の影響もあるんだと思う。普段こんなにちょこまか動かねーし」
「あぁ、なるほど」
「学校じゃあんまり女子と関わることもないし、楽しいんだろうな」
「そうなんですか?うちのマネージャーとは仲良くしてますし、烏野の谷地さんとも仲良くしてましたよね?」


割箸を夜久さんと同時に割りながら未来の話に花が咲く。友達少ないとは聞いてたけど、まさかバレー関係以外で一人もいないのだろうか?俺の視線に気付いたのか夜久さんが眉を下げる。


「バレー部ってだけであいつの中でのハードルが下がるんだと思う」
「てことは」
「バレー部以外にはさっぱりダメだろな。まぁ犬岡曰くだいぶクラスには馴染んできたとは言ってたけど」
「同じクラスにバレー部居ないと困りますね」
「そうなんだよなぁ」


夜久さんの言い方だと未来の中でバレー部イコール仲良くなれる対象みたいな感じになってるのだろうか?そうなるとこの先バレー部以外の人間と仲良くなるのは難しそうだ。
夜久さんの苦労はこの先も続きそうだとぼんやり思ったんだった。


何もしないで座りっぱなしなのも悪い気がして海さんと焼き場を交代した。木兎さんは既に食べるのに夢中なので焼き場には俺と鷲尾さん猿杙さん尾長がいる。焼き場が落ち着きつつあるので鷲尾さん達にも食べる方に専念してもらった。遠慮する尾長を灰羽達の方へと押しやる。そんなことをしてたら未来が孤爪を連れてやってきた。未来は意気揚々としてるけど孤爪は嫌そうだ。まぁ、気持ちはわかる。


『京治手伝う!』
「未来が?」
「研磨もいるよ!」
「…面倒」
「よく孤爪を連れてきたね」
『黒尾さんが動くのは後輩の仕事って言うから!』
「あぁそういうこと」
「俺はリエーフに言えって言ったよ」
『研磨と京治とやりたかったの!』
「別に良いけど火傷しないでよ未来」
『えぇ、しないよぉ』


置いてあったトングを持ってご満悦だけど、火傷しないか心配でしょうがない。孤爪はと言えばそんは未来の横で盛大な溜息を吐いた。この後の展開がわかっているんだろう。


『はい、研磨の』
「今手伝ったら俺はもうしないからね」
『うん、それでいいよ』
「未来ー!肉まだかー?」
『黒尾さん今から焼く!』
「先輩達に言われたら仕方無いよ孤爪」
「虎とか福永もいたのに」
『研磨、これ全部焼いていい?』
「それいっぺんに網の上に置くと大変なことになるよ」
『えー』
「ホルモンは俺が焼くから未来はカルビ焼いて」
『わかった!』


未来に上ホルモンなんて焼かせたら火事になるに決まってる。食べたがったのは雀田さん達だろうから俺が焼かせてもらおう。そう思って未来の皿をカルビと交換してもらった。雀田さん達は居間でお婆さんと一息ついてるところだ。


「孤爪、未来が火傷しないように見ててよ」
「それくらいならいいよ」
「ついでにそこのフランクフルト焼いて」
「…いいけど」
「俺をそんな目で見てもムダなのわかってるよね」
「わかってるけど、俺まだゲーム途中だったのに」
「あぁ」


それでご機嫌ナナメなのか。言えばまた機嫌が悪くなりそうで深くは言わないでおいた。
未来は一枚一枚丁寧にカルビを焼いている。鼻歌混じりで相当楽しそうだ。
焼いては黒尾さん達のところへ肉を持っていく未来を尻目に俺と孤爪はもくもくと肉を焼いた。ホルモンも雀田さん達へと未来に運んでもらった。


「夜久君」
「ん?夜久さん?」
「赤葦が話聞いたんでしょ?」
「話を聞いたってほどのものじゃないけど」
「でも多分それで落ち着けたんだと思う」
「俺が話した時にはもう落ち着いてたよ」
「そうじゃない。だから、ありがと赤葦」
「……」
「何」
「ちょっと驚いた」
「俺がお礼言ったらおかしいわけ?」


自分のことでも無いのにまさか孤爪に夜久さんのことでお礼を言われるだなんて思ってなくて驚いて動きが止まった。それに不満だったのかじとりと孤爪がこっちを見ている。


「孤爪がお礼を言うようなことはしたつもりなかったから」
「あそ」


それにこういうのは黒尾さんが言ってくるイメージあったし。まぁタイミングが良かっただけだな。この人数じゃなかなか二人で話す機会なんてないだろうし。


「夜久さんて凄いと思う」
「夜久君は周りをよく見てるから」
「未来のこと頼むってさ、仲良くやってくれって言われたんだ」
「夜久君らしいよね」
「誰よりも面倒見良いですよね」
「本人そんなつもりまったく無いけどね」


夜久さんが灰羽達の世話を焼いてるのが視界に入る。孤爪も見てたらしく目が合って二人で声を出さずに笑った。


『何?何か楽しいことあった?』
「別に」
「何にもないよ未来」
『えぇ、今楽しそうだったよ!』
「未来これクロのとこ持ってって」
「あ、こっちは白福さんに」
『もう!後からちゃんと教えてよ!』


未来は結局バーベキューがお開きになるまであちこち動き回っていた。役割を貰えたことが嬉しかったらしい。


「なぁあかぁーし!今度は俺達も泊まりに来ようぜ!」
「無茶言わないでください木兎さん」
「あら、それは助かるわね貴方」
「そうじゃのう」
「いや、じーさん布団が足らないだろ」
「そんなものどうとでもなるわ!」
「や、寝る場所なくね?」
「私と雪絵は未来ちゃんの部屋で寝させてもらおうかな?」
「わ、いいね〜」
『お泊まり沢山楽しみ!』
「そしたら残るは16人か、まぁ何とでもなるな」
「つーことはここに雑魚寝だぞ」
「赤葦一回だけ!な!な?」
「泊まる機会があれば別にいいですけど」


帰り際に木兎さんがとんでもないことを言い出した。黒尾さん達はそのまま泊まっていくらしく羨ましくなったらしい。木兎さんだけが喜んでいて黒尾さん夜久さんの表情は険しい。や、木兎さんだけじゃなくてお爺さんお婆さんもどことなく嬉しそうだ。


「遠いでしょうけどまた遊びにいらしてね」
「賑やかなのはいつでも大歓迎じゃからな」
「今日はありがとうございました」
「後片付けまで手伝いたかったんですけど」
「すみません〜」
「電車の時間もあるでしょうし気になさらないで」
「また絶対に泊まりにきます!御馳走様でした!」


木兎さんの言葉に合わせて梟谷部員全員で二人に頭を下げる。そうして長い一日の幕は閉じた。
色々あったけど、楽しかったとは思う。
さて、次はうちの文化祭か。未来が張り切って来るって言ってたけどどうなることやら。
季節は秋に差し掛かろうとしている。そうなったら直ぐに春高バレーの予選だ。
木兎さん達とバレーが出来るのも後少し。一日一日を大事にしていかないと。予選であの人達を引退させるわけにはいかないのだから。


久しぶりの更新。書けて良かった。
2019/10/14
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