秋の音駒祭

木兎さんに誘われて音駒の文化祭にやってきたわけだけど、この状態誰がどう収拾をつけるのだろうか?なかなかカオスになってきているような気がしなくもない。
木兎さんは張り切って片手を上げて立ち上がっているし、それに釣られて灰羽も立ち上がった。小見さん他校の後輩相手に何やってるんですか。芝山は可哀想なくらいに固まっている。
雀田さんと白福さんが煽った結果木兎さんが婿候補として立ち上がったまでは良いとして(ここは回避不可能だ)小見さんの行動は想定外だった。


「ほら、お前が決めていいぞ」
『えぇと』


犬岡の声を合図に体育館の喧騒が静まる。未来の困り顔は珍しい。嫌そうな顔はたまに見るけどこんなに困った表情は初めてで頬の筋肉が自然と弛んだ。


「赤葦、他人事だと思ってるよね」
「ごめん。けど孤爪だってそうだろ?」
「未来の行動は読めないから分からないよ」


周りにバレないように顔を下げて笑いを堪えていたのだけど隣の孤爪にはバレバレだったらしい。笑いをぐっと飲み込んで再び舞台へと視線を向ける。


「読めないにしろ選ばれるのは木兎さん達三人のうちの誰かだよね?」
「俺はそうは思わないかな」
「じゃあ俺が選ばれる可能性も!」
「「それはない」」


孤爪の向こう側に座っている山本の言葉に容赦無く否定の言葉がぶつけられる。福永も山本相手にははっきり喋るんだな。音駒の三人のやりとりに気を取られている時だった。


『京治』


三人の喋りに意識が持っていかれて、自分の名を呼ばれたことに一瞬気付かなかった。名を呼ばれたことよりも先に周りが此方を向くから、それでようやく自分の名を呼ばれたことに気が付いた。


「まさかの赤葦!ぶひゃひゃ!」
「あかぁーし!何でお前が!」
「ほら俺言ったでしょ赤葦」
「斜め上過ぎだと思うんだけど」
「赤葦さん!悔しいっすけど未来に選ばれたんすから早く!」
「くそー!絶対俺が選ばれると思ったのに!」


木兎さんの大袈裟な反応に周りからどっと笑い声が上がる。黒尾さんは変わらず爆笑してるし灰羽は俺に前に出るようにと急かす。
ここで断ると余計に事態の収拾がつかないので仕方無く指示に従うことにした。


「結局自分で決めたのか」
『うん』
「立候補猫達もなかなか良い毛並だっただろ」
『そうだね、でもトクベツはやっぱり自分で決めなきゃだよご主人』
「お前が決めたならそれでいいさ」


……この騒動のせいですっかり忘れていたことがある。俺の隣に黒子がやってきて猫耳カチューシャを差し出したのだ。これの存在を完全に忘れていた。黒尾さんやさっきまで落ち込んでいた木兎さんまでこっちを指差して笑っている。まぁ木兎さんがしょぼくれてないのならそれでいいですよ。ここまで来といて断ったら劇が台無しになるだろう。小さく息を吐いて猫耳カチューシャを受け取った。


それから舞台上で俺を交えて長靴を履いた猫の結婚式が行われる。何か台詞を求められるわけでも無いからそこはホッとした。


「猫、幸せだなぁ」
『僕はご主人を世界一の靴職人にするまで頑張るよ』
「お前まだ頑張るのかよ!」
『僕はそのためにここにいるから』
「馬鹿だなぁ。お前が居れば俺はそれで幸せなんだよ。まぁ感謝はしてるけどな」


最後に犬岡と未来以外が舞台上から捌けて物語のエピローグ的な会話がされて劇は終わった。最後に出演者が並んで観客に向けて一礼する。


「未来ー!」
「未来ちゃん面白かったよー!」
「あかあーし!」
「猫耳似合ってんぞ!」
「猫耳赤葦可愛い〜!」
「これしばらく待ち受けにしよ!」


黒尾さんを筆頭に木兎さんや雀田さんがスマホのカメラを此方に向けている。わざわざ立ち上がってこっちに寄る必要ないだろうに。
まだパシャパシャと撮ってるとこ悪いですがそろそろ捌けさせてもらうので。他の人達同様未来と舞台袖に移動する。


『京治、怒ってる?』
「怒ってないけど未来はどうしてそう思ったの?」
『急に京治のこと選んだから』
「驚きはしたけどこれくらいじゃ怒らないよ」
『それなら良かった』


猫耳カチューシャを外し未来に渡したら斜め上なことを言われた。こんなことで怒るような人いるのだろうか?知り合いを思い浮かべて見たけれどそんなの烏野の月島くらいだろう。それも多分照れ隠しだ。や、月島は本気で怒るかもな。


「赤葦さんあざっす!」
『あ!走!急に台本変えて酷い!』
「未来に内緒でって決まってたんだって。ごめんな!」
「未来が対応出来たから良かったものの出来なかったらどうするつもりだったの犬岡」
「俺が婿候補決める流れだったんで」
「あぁ、それならいいか」
『たこ焼き奢ってよ走!』
「未来、午前中のスタンプラリーで屋台の金券もらったからそれで買ったら?」
『じゃあそうする』


二人は着替えに教室に戻るらしいのでそこで一旦分かれて木兎さん達の元へと戻った。


「お疲れ赤葦」
「黒尾さん、今にも吹き出しそうな顔で労うのは止めてください」
「すまん、けどちょっと無理かも」


黒尾さんてこんなに笑い上戸だったか?戻ってきた俺を見て再び笑い出した。終わったことだしもういいですけどね。


「赤葦ー!音駒がラストにハンドベルやるらしいんだけどそれまでみんなで回ろうって話になったけどどうする?」
「それで問題無いですけど人数多すぎですよね」
「適当に散って帰りに集合すればいいだろ」
「小見やん!俺これ行きたい!」
「ウォーリーを探せって目の前にもう二人いるだろ」
「あーだから黒尾と夜久そんな格好してんだな」


だからそんな派手な囚人服着てたわけですね。確かに午前中にも何人か似たような格好をしてる人を見た気がする。
木兎さんは小見さんと鷲尾さんとパンフレットを見ながら体育館を出ていった。鷲尾さんがいるのなら大丈夫だろう。雀田さんと白福さんは木葉さん猿杙さんと甘いものを食べにいくらしい。尾長を見ると灰羽と芝山と話している。


「赤葦赤葦ちょっといいか?」
「大丈夫です」
「未来のじーさんとばーさんに赤葦のことちゃんと紹介しておきたくて」
「あぁ、分かりました」


うちの部員の行き先を把握していたら黒尾さんに呼ばれた。手招きされたのでそちらへと移動すると未来のお爺さんお婆さんがいる。音駒であった合宿以来だ。


「お久しぶりです」
「おお、元気そうじゃな」
「未来の友達になってくれたみたいでありがとうねぇ」
「いえ、特にお礼を言われるようなことはしてないので」
「肝試しの話聞いたぞ。なかなか面白かったみたいで喜んでおったわ」
「足の痣はどうなりました?」
「すっかり治ったから心配いらんいらん」
「それでね、貴方達に会える機会も少ないでしょうから今日皆さんでうちに夕飯食べにいらっしゃらない?」
「は」


相変わらず仲良さそうなご夫婦だ。朗らかに会話を続けている。けれど突然の誘いに俺はかなり驚いた。俺だけならまだしも今日は九人いる。そんな大所帯でお邪魔していいものなんだろうか?


「赤葦、ばーさんは言い出したら聞かないから食ってけよ。俺達も行くし」
「や、でもそうなると何人になります?十八人ですよ?」
「あら沢山ねぇ」
「バーベキューでもするかのう」
「拒否権無いからな赤葦」
「そちらが大丈夫ならいいんですけど」
「じゃあ決まりね、早速帰って準備しましょ」
「買い出しに行かんとなぁ」
「じーちゃん、赤葦にあれ頼んでおかないと」
「そうじゃったそうじゃった、ハンドベルの撮影を頼んでもいいかのう?」


俺が迷っている間にトントン拍子で話が進んでいく。無理に断る理由も無かったしあの先輩達も大丈夫だろう。了承すれば二人は一層嬉しそうに微笑んだ。そうやって会話を続けていると孤爪がひょっこり顔を出す。孤爪に言われてお爺さんが俺にビデオカメラを差し出した。


「見ていかれないんですか?」
「人が多くてのう」
「最後まではいられないって話になったのよ」
「なら俺が撮りますね」
「それなら良かった!お礼に美味しいもの沢山用意しとくでな」
「楽しみにしていてちょうだいね」


それだけ言って未来を待つこともなく二人は帰っていった。音駒の部員はみんなハンドベルに参加だから撮る人間がいないのか。まぁまた木兎さんが最前列で見るだろうからその隣で撮影させてもらおう。


「んじゃ俺と海は研磨達と回るから赤葦とやっくんは一年坊主と未来のこと宜しく頼むな」
「分かりました」
「遅れてくんなよ黒尾」
「やっくん大変だろうけど頑張って!」


黒尾さん達五人を見送って残されたのは俺と尾長と夜久さん芝山灰羽の五人だ。ここに未来と犬岡が加わって七人となると確かに俺達が一番人数が多いから大変かもしれない。
尾長達三人はどこから回るか相談を始めているようだ。夜久さんは俺の隣で溜息を吐いて体育館を出ていく黒尾さん達を見送っている。


「灰羽と未来に気を付けてればいいですよね」
「まぁそうだな。お前んとこの尾長は無茶はしないだろうし、芝山も犬岡も大丈夫だとは思う」
「そう言えばたこ焼き食べたいって未来が言ってました」
「猫舌なのにたこ焼き食いたがるんだよなあいつ」
「やっぱり未来は猫舌なんですね」
「かなりのな」
『あ、夜久さーん!』
「お待たせっす!」


夜久さんと話していたら制服に着替えた未来と犬岡がやってきた。何か違和感があると思ったら未来の頭にはまだ猫耳カチューシャが付いたままだ。


「リエーフどこ行くか決まった?」
『走、たこ焼きが最初だよ!』
「「「たこ焼き?」」」
「スタンプラリーの金券でたこ焼き食べるって未来が決めんだと。ほら行くぞ」
『はい!』
「「「「っす!」」」」
『あ!夜久さんちょっと待って!』
「どうしたんだよ」
「未来それ本当にやるの?」
『沢山あるからいいのー』
「はい!これ夜久さんのー京治はこれね」



夜久さんの一声で全員が移動を開始しようとしたらそれを未来に阻止された。何かと思えば手に下げた鞄から夜久さんと俺に猫耳カチューシャを手渡す。…返却したやつが戻ってきた。
そのままの勢いで遠慮する芝山にカチューシャを着けてあげている。渋る犬岡をスルーして灰羽と尾長を屈ませてその頭にも猫耳カチューシャが装着された。あ、犬岡のは結局灰羽が無理やり着けている。
隣の夜久さんはと言えばまた盛大な溜息を吐くのだった。


「未来、とりあえず説明をしろ」
『猫耳どうしようか悩んで色んなの試したの。それが余ってたからどうしようって悩んでたらクラスの子がバレー部での出し物の時に着けてみたらって言うから持ってきた。ちゃんと木兎さん達の分もあるよ!』
「大体そんな感じです」


未来の説明を聞いた後に夜久さんが犬岡を見ると即返事をしている。こんなに猫耳必要なかっただろうにあのお爺さんとお婆さんが甘やかした結果なのかもしれない。


『これから京治と回るって言ったら劇の功労者だから是非とも着けてもらえって』
「完全に遊ばれてますね」
「面白がって言ったんだろな」
「俺は後から木兎さん達と合流してから着けるよ未来」
『えぇ』
「俺も後からだな、ほら早く行かないとたこ焼き売り切れるぞ」
『それは困る!』


文化祭を通して多少はクラスに馴染んだ証拠なのかもしれない。まぁ良いことだよな。巻き込まれた一年を不憫に思いながらもさっさと体育館を出ていく夜久さんとそれを追い掛ける未来の背に続いた。


『熱いっ』
「まだ熱いって言っただろ」
「未来、火傷する前にお茶飲んでおきなよ」
『ありがとう優生』
「ほらこっちのなら食えるだろ」


「雛鳥を餌付けする親鳥みたいっすね」
「確かに」


夜久さんが冷ましたたこ焼きを未来に食べさせている。あ、結局自分で食べろって怒られてるな。わざわざ息を吹きかけて冷ましてあげたのだから食べさせてあげればいいのに。
その様子をたこ焼きを食べながら尾長と二人で見守る。灰羽と犬岡は早くも次どこに回るかの雑談中だ。


「夜久さん!お化け屋敷ありました!」
「結構怖いらしいっす!」
「え、お化け屋敷行くの?」
『優生、私がいるから大丈夫だよ!』
「決まったみたいっすね」
「お化け屋敷って文化祭の定番だよね」
「お前らはしゃぎすぎてハンドベルのこと忘れんなよ」
「それは」
「多分大丈夫です!」


結局芝山以外乗り気だったのでお化け屋敷に向かうことになった。この人数でお化け屋敷とか怖い気が全くしない。


「夜久さんの大変さ少し分かった気がします」
「だろ?甘やかすと成長しねえし、かと言ってあんまり厳しくすんのもな」
「灰羽にはかなり厳しいと思いますけど」
「あいつにはまだ足りないくらいだって」
「それだけ期待してるってことですよね」
「うちはあいつの伸び代次第なとこあるからなー」


灰羽犬岡尾長を先頭にして未来と芝山が続く。その後ろに俺達だ。猫耳カチューシャのおかげで注目の的だけど、どうやらもうそんなことはもう誰も気にならないらしい。


「未来には甘いですよね」
「俺より黒尾や研磨のが甘いぞ」
「孤爪ですか?」
「ある意味研磨は特別らしいし」
「あー一番最初の友達ってやつですかね?」
「それそれ」
「でも一番懐いてるのは夜久さんですよね」
「まぁ、多分なー」


俺の言葉に夜久さんは満更でも無さそうに笑った。前を歩く未来を見る目がどことなく優しいのは気のせいじゃない、と思う。
夜久さんが未来のことをどう思ってるのかを垣間見てしまったようでなんだかドキドキした。


『夜久さん!優生と三人で入ろ!』
「じゃあ俺は尾長達と入りますね」
「おーそっちは頼んだ」
「僕もう大丈夫だって」
『夜久さんと私の間なら怖くないよ!』
「赤葦さん、誰が一番びびるか勝負しましょう!」
「俺が多分一番びびらないと思う」
「言いましたね!俺だってお化け屋敷の楽しみ方マスターしてるんですから!」
「尾長、お化け屋敷の楽しみ方知ってる?」
「や、知らないっす」


合宿の時のことを思い出すと作り物のお化け屋敷なんて全く怖くない。
張り切って犬岡と灰羽がお化け屋敷に入っていくので尾長とそれに続いた。
俺と尾長がお化け屋敷の楽しみ方を知るのは数十秒後のこととなった。


長くなりましたのでここで切ります。わちゃわちゃって楽しいけどついつい長くなるよね!
2019/06/07
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