秋の音駒祭

文化祭に向けて校内はいつもと違ってなんだか浮わついた空気でいっぱいだ。
体育祭とはまた違った空気が流れている。
それは僕達バレー部も似たようなものだった。
練習はさすがに普段と変わらないけど、終わったらハンドベルの練習があって、それが終わるとそれぞれのクラスのことが話題に飛び出る。
みんな楽しそうで、あの未来ですらどこか楽しそうに見えてそれを聞いてるのは楽しかった。


『優生は?準備どこまで進んだの?』
「僕?」
「芝山のクラスはスタンプラリーだっけ?」
「そうだね、大体何処を回るか決めたから後は担当事に分かれて準備するだけだよ」
「そんで芝山は何すんの?」
「僕は午前の受付」
「俺もクレープ屋午前で終わるから一緒に未来と犬岡の劇観に行くぞ!」
「二人は何時からやるの?」
『何時だっけ?』
「午後の最初だよ。俺ちゃんと昨日言ったよ未来」
『えぇ、覚えてないー』


犬岡君は準主役だしセリフも沢山だから最初は大変そうだったけど何とか全部覚えたらしい。
未来のアドバイスで頑張れたらしいけどあの未来が何て励ましたんだろ?
その勢いでハンドベルも最近は余裕が出てきたみたいで海さんが喜んでた。


「お前ら着替えたのならさっさと帰りなさいよ」
「明日も朝練あるんだから遅刻すんなよー」
「今日は芝山達が未来送ってく日だよな、頼んだぞ」
「「「っす(はい)!」」」
「じゃあ芝山、リエーフと犬岡のことも頼むね」
「はい!」


灰羽君と犬岡君は気を抜くと寄り道しがちだからなぁ。研磨さんに言われた通りちゃんと見とかないとだ。
急に静かになったなと思ったら未来が寝そうだし。急いで送ってかないと。


「結局寝たね」
「馴れないことしてるから疲れるんだよな」
「あ、劇の練習とか?」
「そうそれ、主役だから俺以外との絡みも多いから結構大変そうで」
「でもやるって決めたことが偉いよね」
「未来なら駄々捏ねてやらないって言うかと思ったもんな!」
「だよなー」


結局未来は寝てしまい今は犬岡君に背負われている。まぁ未来なりに頑張ってるからこれは仕方無いよねきっと。


「劇終わったら四人で回るぞ!」
「え、灰羽君それ決定事項なの」
「俺はそれでいいよ、劇終わったらやることないし」
「や、僕もそれでいいけどさ」


灰羽君はいつもこんな感じだから僕も別にいいんだけどさ、普通は聞いたりとかしないのかな?あぁでもこれが灰羽君なんだよね。


「そう言えば編集者の人から連絡きた」
「連絡先まで交換してたの?」
「俺もそれ初耳」
「連絡来るまですっかり忘れてたんだって!花火大会の日は夜久さん激おこでそれどころじゃなかったし」
「あぁ、夜久さん怒ってたよね」
「かなり怒ってたなー」


あの日の夜久さんは珍しく静かに怒ってたから本当に怖かった。黒尾さんと海さん以外誰も話しかけれなかったし。
二人が帰ってきたとこでやっといつも通りになったんだった。


「あ、それで?電話が来たって何で?」
「雑誌が発売するからって報告だった」
「いつ発売するんだ?」
「文化祭辺りだっけ?多分」
「じゃあせっかくだし買わないとだね」
「じーちゃんばーちゃんにも報告しないとだな!」
「また夜久さん怒らないかな」
「は?」
「あー」


犬岡君が心配そうに呟いた一言に灰羽君は首を傾げている。僕は犬岡君が言った意味なんとなく理解出来た。かと言って灰羽君にそれを伝えたら夜久さんに突撃していきそうだしなぁ。
犬岡君と視線が合ってその話には触れないどこうと無言のうちに決まった。


「え、俺夜久さんに怒られる?」
「大丈夫だよ、多分」
「そうそう、大丈夫だってリエーフ」
「大丈夫なら怖いこと言うなよ犬岡ー」


細かいことは気にしない灰羽君で良かった。
この話はまた犬岡君と二人の時に話してみよう。多分僕達が考えてることは同じだ。
未来を届けていつものように夕飯を御馳走になる。四月五月は断ることも多かったけど最近は遠慮する方が失礼だとみんなで話し合って誘われたら断らないことに決まっていた。
お婆さんの料理はどれも美味しかったし家に帰るまで空腹と戦わなくて済むからかなり助かっている。
あ、灰羽君がお爺さんに雑誌のこと報告している。二人とも嬉しそうだなぁ。


校内中が浮わついた空気のままあっという間に文化祭がやってきた。
ハンドベルも灰羽君のお姉さんのおかげでなんとか人に聞かせられるレベルになったし間に合って本当に良かった。
ちなみに順番は黒尾さんがくじで一番最後を引き当てた。最後とかかなり盛り上がるんじゃないかな?人が多そうだしかなり緊張しそうだ。


『優生ー!』
「あ、犬岡君と未来」
「俺もいるぞ!」
「木兎さん!来てくれたんですか?」
「全員で来たんだけどはぐれちゃったんだよー。あいつら迷子だぞ迷子!」


午前のスタンプラリーの受付に座ってたら未来達と木兎さんがやってきた。梟谷のみんなが遊びに来るって黒尾さんが言ってた気がする。
赤葦さん達が迷子なんじゃなくて完全に木兎さんが迷子だと思うんだけどなぁ。
三人してクレープを食べてるから既に灰羽君のとこには行ってきたんだろう。


「スタンプラリーやってく?ゆっくり回っても午前中には終わるし文化祭もついでに回れると思うよ」
「どうする未来?」
『やってみたい、スタンプラリーするの初めて!』
「んじゃやるか!ついでに赤葦達探せばいいよな」
「じゃあこれが順序ね、全部回ったら戻ってきて。屋台で使える金券出るから」
『頑張る!』
「スタンプラリーってそんな頑張ることあったっけ?」
『いいの、頑張る』
「俺と二人で頑張ろうなー!」
『はい!』


木兎さん、スタンプラリーやりながら探さなくても普通に連絡すればいいと思う。それを伝える前に三人は行ってしまった。
未来と木兎さんと犬岡君の三人か、ちょっとだけ心配だけどちゃんと午前中に戻ってこれますように。


結局三人のスタンプラリーは何故か赤葦さんが持ってきた。ギリギリ僕が交代する前で良かった。
どうやらあれこれ楽しみながら回ってたせいで気付いたら未来と犬岡君はタイムリミットになってしまったらしい。
そのタイミングで木兎さんが黒尾さん達と合流して赤葦さんがスタンプラリーを押し付けられたって感じの説明をしてもらった。


「赤葦さんも大変ですね」
「慣れてるから。ついでに芝山を呼んでこいって黒尾さんにも言われたし」
「あ、もしかして灰羽君はもう合流済みですか?」
「そうだね。灰羽は張り切って木兎さんと体育館の場所取りに向かったよ」
「やっぱり」
「俺と芝山の席も確保してるはずだから大丈夫」
「それはありがたいです」


赤葦さんと二人でメインの体育館へと向かう。
梟谷のみんなだけじゃなくてうちの部活も全員勢揃いしていた。最前列に陣取っていて見付けた瞬間思わず笑ってしまった。
絶対に後ろの人達見えないと思う。


「芝山君も久しぶりだねー」
「間に合って良かった良かった〜」
「芝山、お前は俺達と前の席な」
「ありがとうございます」
「俺の横な横な!」


最前列の真ん中に灰羽君と木兎さんが座っている。その片側に未来のお爺さんお婆さんが。反対側に白福さん雀田さん夜久さんと小見さんが座っていた。小見さんが隣の席を叩いて呼んでくれたのでそこに座らせてもらう。
うん、絶対に三列目から後ろは見辛いだろうなぁ。


開演を知らせるブザーが鳴って緞帳がゆっくりと上がっていく。現代版の長靴を履いた猫がどうなってるのか楽しみだ。


劇は大真面目な猫とどこか冷めた靴屋の三男がのしあがっていくサクセスストーリーになっていた。
川原で拾った石コロをネットで高値で売って資金を得る。そんな漫画みたいな話が繰り広げられていた。
自分の人生はこんなもんだと諦めた調子の三男を猫がめげずに励まし物語が進んでいく。


『ご主人、後少しだから頑張るのだ』
「お前はさ、何でそんなに頑張るんだよ。俺はもういいよ。人並みの暮らしが出来てるんだ」
『そんなことを言っては駄目だご主人。僕を受け取ったのなら幸せにならなくちゃ』
「今でも充分幸せさ」
『まだまだ足りない。僕はまだ恩を返せていない』


猫の奮闘により三男は自分の靴屋を出してどんどんお店を大きくしていった。
いつの間にか父親のお店よりも大きな靴屋になっている。
大きな賞も取って、綺麗なお嫁さんも見付かった。それを見て猫は満足そうだ。
もうそろそろ終わりだなと思った時だった。


「なぁ猫」
『どうしたご主人』
「お前はメスだったよな?」
『…!?』


犬岡君のセリフに未来は突然固まった。目を見開いて驚いてるようにも見える。
セリフを忘れたようにも見えないしどうしたんだろ?


『何を言って』
「俺は沢山沢山お前にしてもらったからさ。お前にも幸せになってほしいんだよ。さぁ、ここに婿候補を沢山用意したから好きな猫を迎えに行くといい!」


あ、これきっと未来に内緒にしてあったんだ。僕達観客を指差して三男が猫に語りかけている。その横には黒子が猫耳を持って待機していた。


「どうした?これだけ居れば少しは気に入るやつもいるだろ?」
『…本当に沢山だねご主人』


未来がどうにかこうにか猫として返事しているのが分かった。犬岡君も先に教えてあげれば良かったのに。あーでもそしたらサプライズじゃなくなっちゃうしなぁ。クラスで決めたことなんだろうけど少しだけ未来が可哀想だ。


「よし、じゃあこうしよう。立候補者が居たらそれでいいだろ?」


体育館には観客が沢山だ。ここで立候補するとかかなり恥ずかしいような気がする。
犬岡君は意気揚々と観客を見回して未来に告げた。未来はただぽかんとしているだけだ。
なんだか僕が緊張してきた。大丈夫かな?かなり心配になってきたんだけど。


「木兎、あんたいってきなさいよ」
「俺?」
「そうそう〜他校だけど大丈夫だよ木兎〜」
「木兎さんならいいっすね!」


どうするんだろうと不安になってたらひそひそと隣から話し声が聞こえた。
確かに木兎さんなら他校だし文化祭の後に噂になったりしなそうだから大丈夫そうだ。


「んじゃ俺立候補す」
「ちょっと待った!」


木兎さんが周りに乗せられて右手を上げてがたりと立ち上がった瞬間に僕の隣から待ったがかかった。
体育館中がざわついてるし、正直僕達も驚きだ。小見さんが木兎さんに待ったをかけたのだ。


「小見やん!俺の邪魔すんのかよ!」
「俺じゃなくて芝山が立候補するってよ!」
「芝山君も〜?」
「芝山が立候補するなら俺も俺も!」


えぇ、まさかの僕?それに便乗して灰羽君まで立ち上がる始末だ。
周りからは「バレー部いいぞー!」「あいつもバレー部なのか?他校?俺はじゃああいつを応援するぞー!」「もっとやれ!」などと僕達を囃し立てる言葉が飛びかっている。
僕かなりとばっちりじゃない?舞台上に視線を戻すと満足気な犬岡君とこの騒ぎに困惑しているような未来がいた。
後ろの席では黒尾さんが爆笑しているし、猛虎さんが「俺もここは便乗するべきか」と斜め上な発言をしている。
そんな猛虎さんに研磨さんと福永さんが「駄目」と即答しているのが聞こえた。
これ結局どうするんだろ?


「三人の立候補者が出たから後はお前が決めればいいぞ!」


未来は誰を選ぶんだろ?
と言うかこれの落とし所とかちゃんと分かってるのかな?それはもう僕ですら正解は分からなかった。


久しぶりの更新。そして芝山目線。彼は可愛いですね本当に。後輩らしい後輩じゃないかなぁと。
とりあえずここでぶったぎります。後編へ続く。
2019/04/22
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