烏野のお月様

『あ、ツッキー!』
「未来?何してるの?」
『散歩に行くか悩んでるの』
「お風呂に入ったのに?」
『散歩は日課なんだよツッキー』


夕食を終えてお風呂上がりに遭遇したのは音駒のマネージャーだった。
僕を初対面の時から『ツッキー』と呼び捨てにした非常識な彼女。
変わってるよねほんとに。


「じゃ僕行くから」
『ツッキーも行こうよ散歩』
「どうして」
『一人で散歩に行くの許可されてないから』
「僕じゃなくてもいいでしょ」
『そうだけどツッキーでもいいでしょ?』
「お風呂上がりに汗かきたくないんだけど」
『ここ涼しいから大丈夫だよ!』


何でそんなにしつこく僕のことを誘うのか分からない。
多少は興味があるけれどまだそこまで親しくはないはずだ。


『方向音痴には頼めないんだよツッキー』
「僕もここ初めてなんだけど」
『あ、そうか』
「君さ、僕のことなんだと思ってるの」
『烏野の誰かと散歩に行こうと思ってて翔陽も飛雄も仁花ちゃんも忠も方向音痴っぽいなってなんとなく考えてたらツッキーが来たから』


そんな理由?
と言うか僕以外はそういう呼び方なんだ。
なんだか分からないけど少しそれにムカついた。


「まぁ学校の近くなら大丈夫でしょ」
『いいの?』
「別に。僕も暇だったしいいよ」
『ツッキーありがとう!』


未来と一緒に靴を履き替えて森然高校の階段を下っていく。
山なだけあって確かに昼間よりは涼しい。
宮城よりは暑いけどね。


『烏野は進化中なんだってね?』
「は?」
『監督が言ってたよ。烏なだけあって雑食だって』
「あぁ」
『ツッキーは?』
「僕は別に」
『そうなの?』
「どうしてあんなに真剣になれるんだろね」
『バレーが好きだから?』
「何で疑問系なの」
『私には分かんないから。木兎さんに聞いてみたら?』
「何で木兎さんなのさ」
『この合宿来てるヒトの中できっと一番バレー好きだから?』


迷わない様に道を確認しながら未来のペースに合わせて歩く。
ほんとのんびり歩くよね。
僕と歩幅が違いすぎるせいもあるんだろうけど。
そしたら今一番触れてほしくない所を突っ込まれた気がする。
さっき黒尾さんに言われたことを思い出したのだ。


「そうだね。機会があったら聞いてみるよ」
『それがいいよ。あ、ツッキー!コンビニある!アイス買って帰ろ!』
「僕、お金持ってきてないけど」
『私が持ってるから大丈夫!散歩に付き合ってくれたお礼だよ!』


そうやって言いながらも未来は結局音駒の部員のためにもアイスを箱買いしていた。


『あれ?ツッキーどっちだった?』
「こっちだよ」
『あ、そっか』


コンビニから出た時点で未来はどっちから来たのか分からなくなってるみたいだった。
あぁ彼女が方向音痴だから方向音痴は散歩に誘えないってことね。
確かに日向も影山も谷地さんも少し心配だ。
山口ならスマホがあれば大丈夫だろう。
それに2、3年も西谷さんと田中さん以外ならきっと大丈夫だ。
そうやって未来へと伝えてみた。


『え?烏野の先輩達にはお願いしないよ。忠には今度お願いしてみる』
「仲良くなりたいんじゃないの?」
『ツッキーは友達でしょ?』
「あぁ。君ってよく変わってるって人から言われたりしない?」
『それって褒め言葉だってお爺ちゃんが言ってたよ』
「僕は褒めてないけどね」
『ヒトと同じで安心するよりヒトとの違いを見付けてそれを楽しみなさいって』
「お爺さんも相当変わってるんだね」
『それきっとお爺ちゃん喜ぶよ』


未来に奢ってもらったアイスを食べながら学校へと戻る。
隣で美味しそうにガリガリ君を食べてるけど僕はバニラとかイチゴとかそっち系のが好きだ。
ガリガリ君は西谷さんを思い出すし。


「ガリガリ君好きなの?」
『一番好き!』
「西谷さんもガリガリ君大好きだよ」
『そうなの?』
「うん」
『じゃあ仲良くしてくれるかなぁ?』
「大丈夫なんじゃない?」
『あ!ガリガリ君おすそ分けする!』


そう言えば箱買いしたアイスがガリガリ君だったね。
音駒の部員は何かあるたびにガリガリ君食べさせられてるんだろうなぁ。
階段を上っている途中で何やら学校の雰囲気が慌ただしい気がする。
何かあったのだろうか?
学校中に煌々と灯りが点いている。


『眩しいね』
「出てくる時はこんな明るくなかったね」


遠くで「居たかー?」「こっちには居ません!」「こっちも居ないぞー!」そんな声がするのが聞こえる。
あーこれってもしかして。


「ねえ誰かに散歩に行くこと伝えた?」
『あっ!』
「スマホは?」
『…教室』


未来は僕の言葉に漸く意味が分かったのだろう。
不味そうな顔をしている。
僕もお風呂上がりだったからスマホは持ってないし。
これまさか僕は怒られたりしないよね?
二人で恐る恐る戻ると最初に菅原さんに遭遇した。


「おーおかえりお前ら!」
『菅原さんただいまです!』
「どんな感じですか?」
「そこまで真剣に心配はしてないぞ。未来ちゃんが風呂出てからまだ一時間くらいだろ?」
『夜久さん怒ってます?』
「大丈夫だよ」


未来の頭をぽんぽんと撫でると菅原さんが誰かに電話をかけた。
何人かに連続で電話をすると「行こうか」と促すので二人で着いていくことにする。
連れてかれた先は食堂だった。


「未来ちゃーん」
『スマホ持たずに誰にも言わずに散歩に行ってごめんなさい』
「はい、良く出来ました。ツッキーを誘って散歩に行ったってのはまぁ間違ってないけどな」
「月島ー未来がごめんな!」
「直ぐそこまでだったんで大丈夫です」
「月島もスマホ持ってないとは思わなかったからなぁ」
「スガ君は早いうちに月島と散歩にでも行ったんじゃないかって予測してたもんな」
「鋭いよな菅原は」


そこには音駒の3年が揃っていた。
未来の顔を見て三人ともホッとしてるみたいだ。
過保護過ぎじゃないのそれ?


「未来、アイス冷凍庫に入れないと」
『あ!』
「アイス買ってきたのか?」
『音駒の皆にガリガリ君!』
「たまには違うアイスでもいいんだけどな」
「ガリガリ君が一番好きだもんな」
『はい!』
「今日は遅いからまた明日の昼にでも皆で食うか」


四人で和気藹々とキッチンの冷蔵庫に向かってくので菅原さんと食堂を出ることにした。


「過保護ですよね絶対に」
「笑っちゃうくらいになー」
「あぁでも谷地さんが行方不明になったら菅原さん達も一緒ですよね」
「やっちゃんが消えたら必死に探すだろうなぁ。清水も一緒にな」
「そしたら別に普通のことですかね」
「そーだべ。可愛いマネージャーだからな」


谷地さんのこと考えてみたらうちの先輩達も良い勝負をしそうだな。
そうやって考えてみたら割と普通のことなのかもしれない。


「月島、明後日のオリエンテーション楽しみだな」
「うちの出し物ですね」
「よく許可されましたね」
「こないだのかくれんぼの時に下見もバッチリしたからな!」
「うちは谷地さんですっけ?」
「清水はかくれんぼ参加したからなー」


かくれんぼと似たゲームになりそうだけど許可は降りたらしい。
先生が一番張り切ってあれこれ準備してくれてるから僕達がやることもあまり無いしなぁ。
と言うか「うちもちゃんと参加出来るからね!」と澤村さんが言われてた気がする。
全力で部活して全力でレクも楽しむって日向とか西谷さんが言ってたけど明後日は僕は遠慮したいかもなぁ。


2018/04/02
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