寒くて震えて凍えそうな夜

『お爺ちゃん!見てみて!似合う?』
「おお!どこの別嬪さんかと思ったぞ!似合う似合う!」
『良かったー!』


今日から私、一ノ瀬未来は音駒高校の一年生だ。
やっとここまでこれた。
はやくお爺ちゃんとお婆ちゃんに楽をさせてあげなくちゃ。
真新しい制服に着替えて縁側にいるお爺ちゃんに制服を見せるとお婆ちゃんが慌てたように寄ってきた。


「未来ちゃーん!そろそろ行かないと遅れちゃうわよ」
『お婆ちゃん!焦らなくても大丈夫よ。まだ時間あるから』
「未来ちゃんが高校生だなんてあっという間ねぇ」
「今日は町内会の会合で行けなくてすまんのう」
『大丈夫だよ、お爺ちゃん。気を付けて行ってきてね』
「ちゃーんと未来ちゃんの写真撮ってきますから貴方は安心してくださいな」
「ばーさん、カメラの使い方は大丈夫か?」
「嫌ですよ、このために町内のカメラサークルに参加したんですよ。忘れたんですか?」
「おお!そうだったのう」
『お婆ちゃんそろそろ行こうか?』
「そうね、行きましょうか」
『お爺ちゃん行ってきます!』
「おお、気を付けてな」


お婆ちゃんと高校への道をゆっくり歩く。
音駒はうちから一番近い高校だ。
歩いて5分。近くに高校があって良かった。
二人に心配をかけなくて済む。
お婆ちゃんとクラスを確認して昇降口で別れた。
保護者は真っ直ぐ体育館だ。
さて、1年1組はどこだろうか?


「俺、犬岡走って言うんだ!宜しくな!」
『一ノ瀬未来です。どうも』


教室に着いて出席番号順の席に座ると隣の席の男子に話しかけられた。
苦手なものの名前を聞いて一瞬体がビクッと震える。
あぁ、これは名前なのだ。私の苦手な生き物ではない。


「驚かせてごめんな」
『いえ、突然だったので。こちらこそごめんなさい』
「これから宜しくな!」
『どうも』


どうやら名はそのものを体現すると言うのは本当らしい。
彼はどこからどう見ても犬属性っぽい。
名前も走ると書いて「そう」だと教えてくれた。
彼が悪いわけではないけど、犬属性のヒトは少し苦手だった。


無事に入学式を終えてうちに帰るとニコニコ顔のお爺ちゃんが待っていた。
町内会の会合の後、将棋をしてきたらしい。
今日は勝ったのだろうなと、ぼんやり予測した。
夕飯はお婆ちゃんが奮発したらしくとても豪華だった。
二人がとても嬉しそうで私も自然と笑みが溢れた。


22時過ぎ。
縁側で月見酒を嗜むお爺ちゃんの横に座る。


「まだ寝んのか?」
『月が綺麗だからちょっと散歩に行ってくる』
「あまり遠くへ行ってはいかんぞ」
『うん』
「車には気を付けてるんだぞ」
『分かってる』
「4時までには帰ってくるんだぞ」
『明日も学校だから大丈夫、行ってきます』


白い身体をしならせスッと月明かりの中に溶け込んだ。


やられた!
いつもとは違う所へ行こうとしたのが間違いだった。
月があまりにも綺麗だったのだ。
気付いたら自分のテリトリーから出てしまっていた。
直ぐに帰れば良かったのにもう少しもう少しとつい足を伸ばしてしまった。
気付いた時には目の前に発情期のオスネコが居た。
ヤバい。身体もかなりデカい。
身体を擦り寄せてこようとしたので威嚇したら逆効果だったらしい。
組伏せてこようとしたので噛み付いたら逆にやり返された。
貞操は守ったものの身体中が痛い。
傷だらけだ。満身創痍とはこのことを言うのだろう。自慢の毛並みがボロボロだ。
いけない、帰らなくちゃ。また二人に心配をかけてしまう。
ぐぐっと四肢に力をいれる。ズキズキと痛む身体をなんとか引摺りながら帰路を急ぐ。
気を付けてとお爺ちゃんに言われたのに。
悔しくて涙が出そうだった。


「クロ、猫がいる」
「お、ほんとだな。あーボロボロじゃねーか」


ヤバい。ヒトに見付かるのはもっとヤバい。
帰れないよりヤバい。
そのヒト達はこちらに近付いてくる。
シャーと威嚇をするもそのクロと呼ばれたヒトは自分のジャージを脱ぎ私を飄々と捕まえた。
どうしよう。どうしよう、このままだと帰れなくなっちゃう。
二人が悲しむ顔が浮かんだ。


「お、大人しくなったなコイツ」
「クロ、猫なんて拾ったらおばさんに怒られるよ」
「こんなボロボロで放っておけねーだろ」
「まぁ、そうだけど」


どうやらこの二人は猫を虐待するつもりはないらしい。少しホッとする。
あんなヒトに捕まったらそれこそ即殺されてしまう。
うちに帰らなくちゃ。どうにかこのヒト達に連れて帰ってもらおう。
伝わるといいけど。


『ニャーン、ニャーン』
「お、鳴く元気はまだあるんだな」
「血だらけなのにね」


ジャージから顔をと前足を出す。
帰り道は分かってるのだ。
後はこちらの意図を理解してもらうだけ。
行きたい方向を前足で示し鳴く。
気付いて、私のうちはこっちなの。お願い気付いて。


「この猫なんだか必死に鳴いてるな」
「あっちに行きたいんじゃない?」
「研磨、本当にそう思ってるのか?」
「なんとなく、必死な気がするし」
「あぁ、もしかしたら飼い猫なのかもな」
「行ってみたら」
「そうだな、行ってみるか」


良かった!気付いてくれた!
何て良いヒト達なのだろう。
そこからは比較的簡単だった。
違う道を行こうとすれば鳴かずに腕の中で暴れ、正しい道は一回だけ鳴く。
彼らもそれを理解してからは速かった。
うちが見えた。お爺ちゃんが玄関の外にたっている。
限界も近付いてきているが最後にニャーンとお爺ちゃんを呼んだ。


「お、鳴き声が変わったな」
「あの人が飼い主さんかもね」
「おお!そこの若いの、猫を知らんか?白猫なんだが」
「この猫っすかね?」
「おお!未来!どうしたんじゃボロボロで!」
「良かった、ここの猫だったんだね」
「道端に血だらけでうずくまってたんです」
「そうか、ありがとう。本当ありがとう」
「いえ、たまたま見付けたんで」


お爺ちゃん、ごめんね。ごめんなさい。
連れてきてくれたヒトは私をジャージ事お爺ちゃんにそっと手渡した。


「名前を聞いてもいいかい?このこは本当に大事なこなんだ」
「いえ、そんな大したことをしてないので大丈夫デス」
「クロ、そろそろ帰らないと」
「あーだいぶ遅くなっちまったな」
「こんな夜中に引き止めてしまってすまない。本当にありがとう」
「じゃ、俺達そろそろ失礼します」
「気を付けて帰るんだぞ」


お爺ちゃんに頭を下げて二人は去っていった。
ぼんやりとその背中にNEKOMAの文字が見えたら気がする。
でも限界だ。私は意識を手放した。


「クロ、ジャージ良かったの?」
「あ、忘れてたわ。まぁ予備あるし高校も近いから届けてくれるだろ」
「寒い」
「面倒なことに付き合わせて悪かったな」
「別に。クロの面倒なことは慣れてるから」
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