猫とアカアシモリフクロウ

どうしてこんなことになったのだろうか。
俺の腕の中には一匹の白猫。
えぇと、もう一度よく考えてみよう。


午後の練習が終わり、そのまま夕食の時間だった。
その後で木兎さんの個人練習かと思いきやみんなでトランプで遊ぶと言い出した。
まぁたまにはこんなこともある、しかし肝心のトランプを珍しく誰も持ってなかったのである。
これは非常に面倒臭い流れだ。
勘は当たりしょぼくれモードが発動する。
先輩達からのお前が何とかしろよと言いたげな視線が刺さる。


「分かりました、今から買ってきます」
「あかぁーし!さすがだぜ」
「その間、木葉さんにでも練習付き合ってもらってください」
「俺!?」
「お、ナイスだな。帰ってきたらちゃんと呼びにこいよ」
「分かりました」


万が一コンビニにトランプが売ってなかった時のための保険をかけておく。
木葉さんは木兎さんに連れられて渋々体育館へと向かっていった。
まぁ木葉さんのトスなら大丈夫だろう。


そのまま黒尾さんの所へ向かった。
コンビニの場所があやふやだったのだ。


「トランプねぇ。まぁ珍しくはねぇか。お前も相変わらず大変だな」
「まぁ慣れてるので」
「コンビニなー。あ、ちょうど未来が帰るとこだから案内させるわ」
「一ノ瀬さんは泊まらないんですか?」
「あいつうちがすげー近けえの。お、ちょうどいいとこに!おい未来!ちょっとこっち来い」


木兎さん達とは別の体育館にいる黒尾さんに事情を話すと音駒のマネージャーを呼び止めた。
どうやらタイミングよく帰る所だったらしい。


『何ですか?』
「赤葦にコンビニの場所案内してやって」
「すみません」
『分かりました。明日は9時でいい?』
「おう。9時な」
『ちゃんと練習が始められる準備をして9時』
「お、ちゃんと分かってんな」
『はい』
「んじゃ赤葦頼むな」
「分かりました」


二人でコンビニへと向かうことになった。
一ノ瀬さんは昼間よりも口数少なめだ。
表情にも疲れが見える。足取りもどこかふらふらしているように見えた。
木兎さんに午後も結構絡まれてたからなぁ。


「一ノ瀬さん、木兎さんには慣れました?」
『まだです。あ、少しは大丈夫、かも』
「悪い人ではないんですけど」
『分かってます。木兎さんのスパイクほんと凄かったです。赤葦さんのおかげで気持ちよく打ててるんだなって、思いました』
「そう言ってもらえると嬉しいです」


会った時から人見知りなんだなとは思ってたけど二人のときはそれが顕著に現れるみたいだ。
会話がどこかぎこちない。


『あっ』
「危ない」


と、隣の一ノ瀬さんが急に躓いた。
転けないようにと咄嗟に手をだして支える。
触った箇所が熱を帯びてるような気がする。


『すみません、ありがとうございます』
「もしかして熱がありません?」


なんとか一人で立つもやはりふらついている。
体調が悪かったのか。


『多分、知恵熱みたいな、ものなんで大丈夫です』
「コンビニはいいんで送ってきますよ」
『いえ、コンビニ後ちょっとですから。黒尾さんに頼まれたし』
「木兎さんはきっともうスパイク練に夢中でトランプのことなんて忘れてますよ」
『でも』
「送ります」


そう告げた瞬間だった。
再び彼女はふらついた。慌てて抱き止めたと思ったら胸の中にいたのは一匹の白猫だった。


狐に化かされるとはこういうことを言うのだろうか?
さっきまで隣に居たはずの一ノ瀬さんは一瞬で姿を消した。
そして残されたのは俺と白猫。
最初から居なかったのだろうか?
いやでも服と鞄はここに残っている。
一体俺と一ノ瀬さんに何があったのだろうか?


腕の中の白猫はぐったりとしている。
死んでるのかと心配だったけどお腹が動いているのでどうやら生きてるみたいだ。
兎に角、どうすればいいんだろうか。


A、木兎さんに連絡する。
これは駄目だ。どんな流れだろうと面倒臭いことしか起きない気がする。
B、木兎さん以外の先輩達に連絡する。
まだましだけど解決するような気はしない。
C、黒尾さんに連絡する。
一ノ瀬さんに俺をコンビニに案内しろと言ったのは黒尾さんだ。
これが正しい気がした。


ここで問題が1つ発覚した。
俺は黒尾さんの連絡先を知らないのだ。
仕方ないからこのまま学校に戻ろうと思った時に一ノ瀬さんの鞄が目に入った。
一ノ瀬さんだったらきっと知ってるはずだ。
女の子の鞄の中を勝手にみるなんて普段だったら絶対にしない。
しかし今は緊急事態なのだ。
ごめんと呟いて鞄の中を探ると直ぐにスマホが出てきた。
ロックがかかってたら困るけどどうやらそういうことはしていないみたいだ。
黒尾さんの連絡先を探して電話をかけた。


なかなか出ない。
考えてみたら黒尾さん達も個人練習の時間だ。
手元にスマホを置いてる確率は低い。
諦めて電話を切る。
どうすればいいかと思案して居たらふと孤爪の姿が浮かんだ。
あいつはきっと個人練習をしていないだろう。
今までの合宿でもそういうのは見たことがなかった。
まぁ体力もなさそうだしな。
直ぐに孤爪の連絡先を探して電話をかけた。


1コール


2コール


3コール
出てくれよ孤爪。
俺は多分今、珍しく焦っている。


「未来?どうしたの」


良かった!孤爪が電話に出てくれた。


「もしもし、赤葦です」
「赤葦?何で未来の電話から赤葦が?」
「俺もちょっとよく分からないんだけど」


さっきの流れを細かく説明した。
向こうで息を飲む気配がした気がする。


「赤葦今どこ?」


初めて孤爪の焦った声を聞いた気がした。
場所を説明すると直ぐに行くと告げて電話は切れた。
一ノ瀬さんはどこへ行ってしまったのだろうか?


未だにぐったりとしてる白猫を抱え、一ノ瀬さんが着ていた服を適当にまとめておく。


「赤葦!」


声がした方を見るとそこに居たのは孤爪ではなく黒尾さんの姿だった。
まぁ孤爪が黒尾さんに説明したんだろうな。


「未来は?」
「それが急に居なくなって」
「あぁ、すまん。猫は?」
「ここに居ます」
「それなら良かった」


俺の元へと辿り着くと一ノ瀬さんのことを心配して居ないと伝えたら猫の確認をされた。
そして猫が居たことに安堵している黒尾さんが凄い不思議だった。
猫より一ノ瀬さんの心配をするべきじゃないのだろうか?
俺から猫を受け取りよしよしとその体を優しく撫でている。


「赤葦、このこと研磨以外に言った?」
「いえ、先に音駒の人達に伝えようと思ったので」
「今から言うこと人に言わないって約束出来る?」
「黒尾さん、そんなことより一ノ瀬さんを探さないと」
「赤葦、約束出来る?」


何を言ってるのだろうか?
一ノ瀬さんを探す方が優先だろうに黒尾さんは酷く逼迫した様子で俺に詰め寄る。


「分かりました、約束します」


その余裕の無い表情に驚くも約束することにした。
と言うか約束しないと許されない空気がそこにはあったと思う。


「ちょっと歩きながらでいいか?」
「分かりました」
「未来の荷物それで全部?」
「だと思います」
「全部持ってきてくんない?」
「はい」


黒尾さんは歩き始める。
それに大人しく着いていくことにする。
一ノ瀬さんは行方不明だけど黒尾さんにはどこにいるかわかってるみたいだったから。


「赤葦、この話絶対に他のやつにするなよ」
「口は固い方だと思います」
「こいつが未来なの」
「は?」
「まぁそういう反応だよな普通は」


俺に釘を刺してから黒尾さんは腕の中の猫を指差した。
からかっているのだろうか?
音駒に学校ぐるみでドッキリでも仕掛けられているのだろうか?


「未来、ちょっと起きろ。熱が出たのは分かるけどこのままだと俺が赤葦を騙してるみたいになってる」
「黒尾さん本気ですか?」


黒尾さんは腕の中の猫に話しかけている。
俺、本当に騙されてるんじゃないのかな?


「赤葦を騙すなんてことしねーから。そんな顔すんなよ。こいつが起きてくれたら一発なんだけど」
「本当にその猫が一ノ瀬さんなんですか?」
「信じられねーだろうけどな」


黒尾さんは普段の飄々とした感じもなく真面目に話している。
そして腕の中の猫が何故一ノ瀬さんなのかを説明してくれた。
出逢った時から宮城の遠征合宿でそれがバレた時のことも。
音駒だと黒尾さんと海さんと夜久さんと孤爪がこのことを知ってるんだと。
そしてこのままだと二十歳で寿命が来ることも。


「なんだか少し重たい話ですね」
「お前がそんな顔すんなよ。こいつの体調が悪いの分かってたら迷惑かけずに済んだんだけどな。わりーな」
「いえ、まだちょっと半信半疑ですけど」
「信じてくれんの?」
「嘘をつくメリットがなさそうなので」
「まぁエイプリルフールでもねぇしな」
「大変ですよね」
「まぁ、結構慣れたものですよ」
「俺に出来ることあったら言ってください」


自分でも何を言ってるんだろうって思った。
四人で抱えるのもキツいと思ったのだ。
知ったからには何かしてあげたいと漠然と思った。
そう告げた俺に黒尾さんはにやりと笑った。


「俺らが卒業しちゃうとさ研磨だけになっちゃうから。赤葦がそう言ってくれるのはすげー助かる」
『くろお、さん?』
「お、起きたか」


突然、黒尾さんの腕の中から声がしたからびっくりした。
それは紛れもなく猫から聞こえて紛れもなく一ノ瀬さんの声だったからだ。


「本当に一ノ瀬さんなんですね」
「やっと信じた?」
「はい」
『あ、私もしかして猫になってる?』
「熱が出たんだと」
『赤葦さんに迷惑かけた?』
「少しな」
「体調悪いときはちゃんと悪いって周りに伝えないと駄目ですよ」
『赤葦さんそこにいるんですか?』
「いますよ」


黒尾さんの腕の中でこっちを白猫が向いた。視線が交錯する。
そして直ぐに項垂れた。


『コンビニ案内出来なくてごめんなさい』
「未来ちゃん最初にそこ謝っちゃうの?ぶひゃひゃ!」
「大丈夫です。木兎さんにはトランプ諦めてもらいますから」
「研磨に少しは付き合ってやれって伝えといたから大丈夫だろ。木葉がぐったりしてたからな」
『研磨にも謝らないと』
「海と夜久にもだぞ」
『分かった』
「あの、心配とかしないんですか?」


木兎さんはトランプのことなんて忘れてスパイク練習に夢中になってるみたいだからほっとした。
けど、俺が秘密を知ったと言うのに一ノ瀬さんは焦ることなく普通に会話を続けている。
気にしているのは周りに迷惑をかけたことだけだ。


『心配?何の?』
「あー、多分赤葦がお前の秘密を知ったからそれの心配とかをしねーのかって意味だぞ」
『何で?』
「俺、今日初めて会ったんですけど」
『黒尾さんが全部説明してくれたんでしょ?』
「全部説明しときましたよ」
『赤葦さんは周りに言ったりしないと思うし、黒尾さんが全部説明したってことは大丈夫ってことだと思うから。心配はしない』
「そうですか」
「うちの未来ちゃん人見知りだけど素直でいいこなの」


普通は焦ったりしないのだろうか?
あぁ、分かった。
俺がって言うより黒尾さんを全面的に信頼してるんだな。
だから心配したりとかなかったんだろうな。


「黒尾さんが信頼されてるんですね」
『赤葦さんもだよ』
「未来ちゃんはね、ほんっとに素直なの。人見知りな分ね振り幅がでかいんだよね。一度信頼しちゃったら一緒なの。俺も赤葦も」
『難しい』
「赤葦に話してるんだから。お前は気にすんな」
「面白いですね」
「お、興味持った?友達少ないから仲良くしてやってよ」
「分かりました。一ノ瀬さんこれから宜しくお願いします」
『こちらこそ。他校の友達初めてです』
「赤葦ならびびらないんだなお前は」
『木兎さんは勢いが凄い』
「何かすみません」
「お、そろそろ着くぞ」


黒尾さんが一軒の家を指差す。
そうか、一ノ瀬さんのうちに向かってたんだな。
玄関のチャイムを鳴らすとお爺さんとお婆さんが現れた。


「あらまぁ、ほんとに猫になっちゃったのね」
「22時前に猫になるのは久々だな」
「俺が無理させたみたいです。すみません」
「あらいいのよ。自己管理出来なかった未来ちゃんの責任ですから」
「朝御飯食べていかんかったからのう」
「それであの」
「あ、そちらが新しい子?」
「倒れた時に一緒に居てくれたそうじゃ」
「驚いたでしょ?ごめんなさいねぇ」


孤爪から予め連絡が言ってたらしい。
二人はとても冷静だった。
黒尾さんが一ノ瀬さんをお婆さんへと渡す。俺も荷物をお爺さんへと渡した。
俺達を責めることもなく俺に知られたことを心配するでもなく二人はからからと笑っている。
あぁ、きっと一ノ瀬さんのあの感じは親譲りなんだなぁと思った。


「赤葦京治です」
「赤葦くんか。いやほんとありがとう」
「貴方が居て助かりました」
「明日、部活は休みでもいいんで」
『え、やだ』
「嫌だじゃありませんよ。また倒れたらどうするんですか」
「熱が下がらなかったらやすみじゃな」
『はやく寝る』
「未来、無理はしないように」
『合宿明日で終わっちゃうからちゃんとしたい』
「最近は責任感が出てきたのよねぇ」
「音駒にやってほんと良いことだらけじゃ」
「赤葦くん、学校は違うのだろうがたまには遊びに来てやってな」
「また合宿もあると思うので」
「未来ちゃんを宜しくお願いしますね」
「分かりました」
「んじゃそろそろ学校戻ります」
「失礼します」


二人に見送られて学校へと戻る。


「赤葦で良かったわほんと」
「何でですか?」
「うちの他のメンバーもちょっと話せねーからな。ぎり福永くらいだと思う」
「あー」
「あんまり知ってる人間増やしたくねぇし」
「どこで漏れるか分からないですしね」
「んーまぁ確かにな」


黒尾さんは何処か歯切れが悪そうに言った。何だろう?
頭をがしがしとかいている。


「何か違いました?」
「ライバルは少ない方がいいだろ?」
「ライバル?あぁ、でもそれって猫のこと関係あります?」
「知ってるのと知らないのとじゃ全然違うだろ」
「そうですかね?」
「この話を聞くと多少意識するぞ。お前は違うの?」
「俺は今日初めて会ったので」
「その差か。まぁ仲良くしてやってな」
「分かりました」
「さて、木兎の練習に付き合いますか」
「俺を見てトランプのこと思い出さないか少し心配ですけど」
「まぁ大丈夫だろ。研磨がぐったりしてんなきっと」
「木兎さんきりがないですからね」


学校の明かりが見えてきた。
最初は凄く驚いたけど今はもう落ち着いた。
黒尾さんの説明のおかげだろうか?
そういえば孤爪と黒尾さんの焦った所初めてみたなぁ。それも最初だけで一ノ瀬さんの話をしてる時はもういつも通りの黒尾さんだったけど。
改めて音駒の大黒柱を凄いなと思ったのだった。


「赤葦、明日未来がお前のこと何て呼ぶか賭けしようぜ」
「何でですか?」
「俺、研磨みたいにお前のことは名前で呼ぶ気がするんだよね」
「は?」
「友達にはそうするって思ってるとこあるからあいつ」
「木兎さんが面倒臭くなりそうですねそれ」
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