春の音駒祭

「やっくんー」
「なんだよ、その目やめろ」


運動場で皆と別れて青組へと戻る途中で黒尾に話しかけられた。
ニヤニヤとした何かもの言いたげな目。
こいつの言いたいことはなんとなく分かってた。


「いや、別に」
「全然、別にって顔してねーぞ」
「何で断っちゃったのかなーと」
「俺にもわかんねーよ」
「やっくんの好みど真ん中だったでしょ。仲良かったし」
「うっせーな」


やっぱりこの話か。
まぁ黒尾の言いたいことも分かんないでもない。
俺だって少しはいいなと思ってたし、実際に仲も良かった。それも春までの話。


春からマネージャーが初めて出来た。
これでやっと部員が部活に集中出来る。
新しい1年にも迷惑をかけずに部活をさせてやれることが出来る。
けど入ってきたのは世間知らずな世話のかかる1年だった。


最初は正直面倒臭かった。
ろくに目を合わせることもなかったし。
仕事はちゃんとするけどふざけてんのかなって思うことも沢山あった。
でも教えたら教えた分だけちゃんと覚えてくし駄目な所も言ったら直す。
話してくうちに懐かれてくのも分かった。
研磨が言った猫みたいなものでしょってのは間違いなかったみたいだ。


GWの合宿で未来の秘密を知ることになって最初はほんっとに驚いた。
黒尾と研磨に騙されてんのかなとか思ったし、でもそれは間違いなく現実で。
世間知らずなのもちょっとずれた所があったのも理解できた。
目が離せないなって思ったんだ。
お母さんと言われるのは嫌だけど、実際は似たようなものなんだなと思う。
こないだの食事会の時だってじいちゃんから話を聞いて俺があいつのことちゃんと見てやらなきゃなって。
海も黒尾も似たような感情だったと思う。学校での保護者みたいな感じ。
研磨は分かんないけど。


昼前に呼び出された時、なんとなく告白されるんだろなーって分かった。
一番仲良かったし黒尾の言った通り俺好みのこだったし。
だから実際に告白されて、断りの言葉を告げてる自分に心底驚いた。
しかもそれっぽい答えを用意して。


少しの罪悪感と共に未来を見つけた時になんとなく自分の気持ちが分かった気がした。
あぁこいつが居るから俺は断ったんだなって。
その後に恋愛について聞かれたことを説明してる時も自分に言い聞かせてるような気がした。


どうやら俺はあのとてつもなく手のかかる後輩のことが好きらしい。
好みのタイプから全くかけ離れているあの後輩を。
きっかけなんて忘れた。と言うか考えてみても分からない。
ただ気付いたら目は離せないし嫉妬みたいな感情が出てたのも事実。
合宿の時のあの無防備な感じも借り物競争の時の黒尾との写メもなんだかイライラした。
だから子供みたいに俺も一緒に写真を撮りたいって言ってみたりした。
困った様に笑って分かりましたって言ってくれたことが嬉しかった。
結局全員で写真を撮る流れになったけど。


で、隣のこのニヤニヤ顔のこいつはきっとそういうのを全部見抜いて素知らぬふりをして俺に聞いてきていると思う。
いっつもそうだ。確信犯なくせに肝心なとこは自分からぜってーに言わない。


「なんだよ」
「やっくんもメンドウな道選んだよね」
「仕方ないだろ」
「まぁまぁイライラしないで」
「お前はどう思ってるんだよ」
「俺はお父さんですから」


飄飄として自分の席に戻って行った。
黒尾、それ全然答えになってねーよ。
分かってんのかな?


午後は各チームの応援合戦から始まる。
赤組からだ。それを黒尾の隣に座って見てると…あいつ何やってんの?


チアの衣装を着て未来が居た。
え、ほんとに何やってんの?
うちの高校のカラー赤色主体のチアの衣装は似合っていたけど本人は物凄い不機嫌だ。


「黒尾、あいつが応援合戦参加って知ってた?」
「いや」
「すげー嫌そうな顔してるな」
「チア部の主将は確か赤組だから、無理矢理着せられたんじゃね?」


黒尾が喉を鳴らして笑う。
まぁ、確かに自ら着るタイプには見えない。
何が一番驚いたかって昼メシ終わってこっち帰ってきてから30分くらいしかなかったのに未来がそれなりにチア部の音駒祭様にアレンジしたであろう応援をそれなりにこなしてたことだ。
顔は終始不機嫌だったけど。


「やっくん行こうぜ」
「は?今から白組の応援じゃねーの?」
「未来ちゃんのチアとかレアだと思いませんか?」
「まぁそうだけど」


赤組の応援が終わって一旦校舎に捌ける所を黒尾と待ち伏せする。
からかう気満々だなこいつ。
白組の応援は海が長ラン着るって言ってたのになー。
まぁでも俺も近くで見てみたい気はしたから強く反対はしなかった。
チアの集団が帰ってきた。
俺らを見てチア部の主将が未来を引っ張ってきた。


「ごめん、おたくのマネちゃん借りちゃった!一人捻挫して数が足りなかったのよ!」
「お前よくこいつにやるって言わせたな」
「土下座して頼みこんだもん。ねー?」
『土下座なんてさせてごめんなさい』
「いいのいいの、おかげですんごい盛り上がったから。先に部室戻ってるから後から来てね」
『はい』


じゃあねーとチア部の主将は他の子を連れて去っていった。
未来は…珍しく顔が赤い気がする。


「お前何でそんなに顔赤いの?」
『スカート』
「スカート短すぎてすーすーすんだろ」
『黒尾さん笑わないでくださいよう』
「あー。お前制服のスカートもそんな短くないもんな」
『落ち着かない』
「まぁまぁせっかくだからおとーさんとおかーさんと記念撮影してよ」
『えぇ。嫌だ』
「未来、俺のお願いでもダメー?」


やっぱり速答で断られた。
だから悪いけどお母さん特権でお願いしてみる。
ポンポンを両手で握ったまま困った顔をしている。
顔は赤いままだからそれがまた可愛いと思う。
チア部の衣装に合わせて髪の毛は頭の高いとこでポニーテールにされてる。
それも今まで見たことなくて新鮮だったし似合ってた。


「おー!一ノ瀬か!今日は大活躍だったな!お、黒尾と夜久もいるならまた撮影するか」
『先生!さっきも撮った!』
「あれはチア全員とだろ」
『しっ白組の撮影は』
「もう一人カメラマンやってる先生いるから大丈夫大丈夫!はやく並べ!ほら二人も」
「あざーす」
「へーい」


ナイスタイミングでカメラマン役の先生が通りがかった。
促されるまま未来を真ん中にして並ぶ。
俺らのスマホも渡しておいた。


「一ノ瀬、せっかくお前んとこの先輩が隣にいるんだからもっと笑え!」
『えぇ』
「未来、ポニーテール初めてみたけど似合ってるね」
『夜久さん!』
「チアの衣装とか着ることあんまりないんだからいいでしょ。可愛いし」
『黒尾さんまでそんなことを!』


俺らが並んでそんな話をしてるうちに未来が笑ったらしくカメラのシャッターオンが聞こえた。
一ノ瀬は俺らにからかわれて気付いて居ない。
黒尾にのせられてついにチアの決めポーズまでやりだした。
まぁ借り物の時の借りを返せって言われたらやるしかねーか。


「ぶひゃひゃひゃひゃ!」
『くっ黒尾さん!笑うとか酷い!』
「いいじゃん、可愛い可愛い」
『夜久さんもそんな笑いながら言って!』
「孫にも衣装だな」
「な」
「お前ら俺の存在忘れてるんだろ」
『あ』
「俺らは忘れてませんよー」
「先生、いい写真撮れたでしょ?」
「おー。ちゃんとお前らの分まで焼き増ししとくな。ほい、スマホ」
「「あざーす」」


未来は写真を撮られてたことを忘れてたらしい。
口をあんぐり開いている。
間抜けな顔してんなー。


「未来、そろそろチア部の部室戻りな」
「あー結構時間くったな」
『あ!じゃあ行ってきます』
「また部活でなー」
「後でなー」


間抜け顔からはっとして未来は部室のある方へかけていった。
まぁ、自分の気持ちには気付いたけど別に何かをどうするとかは考えてない。
恋愛のれの字すら分かってないし、焦る必要もないと思うから。
黒尾のことは気になるけど。まぁでもこいつだって無茶はしないだろう。
のんびり進んでけばいいと思った。


「な?ちゃんと見といて良かったろ?」
「まーな」
「ほら、けっこー良い笑顔で写ってるぞあいつ」
「先生なかなか良い写真撮ってんだな」


黒尾と写メを確認しながら青組の場所へと戻る。
さっきのことはもう触れて来ない。
まぁ俺ももうこれ以上話す気はないけど。
昔からあまり意見が合うことはない。
でも肝心なとこだけやっぱ合うんだろなー。


俺も黒尾も午後の競技は出番がない。
応援席で応援するだけだ。
今は男子の騎馬戦だ。
これ1、2年のときかなりキツかったから今年は遠慮しといた。
バスケ部のあいつが先頭で張り切っている。


「やあやあ」
「おー」
「あ、チア部の主将?」


体操服に着替えたチア部の主将が俺らの所にやってきた。
当たり前かのようにバスケ部が座ってた席に座る。
お前赤組だろ、女子の視線痛くねーのかな?


「おたくのマネちゃん、かーなーり可愛かったね」
「だいぶ不機嫌だったろ?」
「愛想はないからなぁ」
「いや、でもそれが可愛かったよ。不機嫌なのにダンスはちゃんと頑張ってくれたからね」
「んで、俺らに何の用事なの?」
「察しの良い黒尾君なら分かってるんじゃないのー?」
「え、黒尾分かってんの?」
「未来はチア部にはアゲマセンよ」
「やっぱり?」
「え、お前分かってたのすげーな!」
「と言うか未来に断られたからこっちにきたんでしょ」
「えへへ」
「うちの大事なマネージャーだから駄目だよ」
「分かってるよー。単に聞いてみたかっただけ。それよりあのこはどっちと付き合ってるのかな?」
「はぁ?」
「どっちもちげーよ」
「そうなの?どっちかだと思ったのに。勘が外れたか」
「恋愛初心者だからね未来ちゃん」
「恋愛のれの字も知らねーぞ」
「そ。じゃ、ちゃんと見張ってないとね。今日あのこ大活躍だったでしょ」
「お前何を言いにきたの?」
「明日からきっとあのこモテるよ。だから気をつけてあげてってだけ。なんか気に入っちゃったんだよね」
「言われなくても」
「大丈夫です」
「そんだけ、じゃあね」


話したいことを話すだけ話したらチア部の主将はさっさと赤組の方へ去っていった。
まぁなーあいつの言いたいことはなんとなく分かる。


「やっくん、頑張ってね」
「お前も頑張れよ」


ぽつりと小さく黒尾が言った。
それに対して言葉を返すと少し驚いたように目を見開く。


「なんだよ」
「いや、想定外だった」
「お前だけじゃなくて海にも研磨にも頑張らせるけどな。ついでに犬岡達にも」
「あーそういうことか」
「他に何かあるのかよ」
「夜久らしいよね」
「なんだよそれ!」


黒尾が喉を鳴らして笑う。
なんだよ!俺、そんな面白いこと言ってねーぞ!


いよいよ最後の競技だ。
組別男女混合リレー。
白組の負けは既に決まっている。
この組別リレーで赤組か青組の優勝が決まるのだ。
選手達が入場してきた。
芝山と福永と未来の姿も見える。


「青組勝てるといいなー」
「白組に何をお願いしようか?」
「とりあえずリエーフにはレシーブの練習を倍させるわ俺」
「それいいね」


スタートの合図と共に走り出す。
けっこーいい勝負してんな。
芝山走るのも結構得意なんだな。
四人を終えて一位は青組二位は赤組だ。
白組は四人目が転けたのだ。
青組は優勝してほしいけど福永と未来にも頑張ってほしい。
福永にバトンが渡る。一位の青組との差がみるみる縮んでいく。
あいつ未来に言われたことちゃんと守ってんな。
あんな必死な顔試合でもあんまり見たことない。


あと少しで青組が抜けるって所で未来にバトンが渡った。
大歓声の嵐だ。
未来は速かった。相手も速い。
陸上部のクラスメイトが青組の1年は後輩なんだと興奮しながら言っている。
クラスメイトもそのこの応援をしている。
俺は心の中で未来を応援した。
今日多分部活終わって疲れて寝るだろうけどそれでもいい。


未来、あと少しだから頑張れ。


ゴールテープを切るギリギリの所で未来は青組の1年を抜いた。
そのままゴールする。よしっと小さく呟くと黒尾と目が合った。
クラスメイト達が落胆する中そのまま二人で片手をパァンと合わせた。


優勝は赤組。
負けたのは悔しかったけど未来の意外な一面が見れたので良しとしよう。
あいつら白組への罰ゲーム何にするのかな?


校長の挨拶を聞いて閉会式が終わる。
椅子を片付けてHRを終えて部活へ向かった。


さぁ、今日の部活も楽しみだ。
帰りは黒尾達と未来を送っていこう。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -