『うん、優勝したいから頑張る』
同じクラスの女の子が同じ組で走るらしい。借り物競争は人数が多いのだ。
各学年6人ずつ走る。
知ってる顔が居てホッとした。
バレー部で借り物競争に出るのは私と黒尾さんだけみたいだ。
1年男子から始まりそれを後ろから見守る。
違和感は直ぐだった。
スタートのピストルの合図で6人が走り出す。
地面に置いてある紙の封筒を開けると皆動かないのだ。
何が書いてあるのだろうか?
一人が意を決した様に走り出した。
それを見て他の五人も走り出す。
これは、何が書かれているんだろうか?
皆が皆応援席へと向かっていった。
借り物なのに皆応援席なの?
直ぐに走り出すヒトとそうじゃないヒトで分かれる。
どっちにしろ応援席から走り出した時には皆隣にヒトが居た。
何なら手を繋いで走ってるようにも見える。
応援席は何やらとても楽しそうな歓声が上がっている。
「何て書いてあるんだろうね?」
『とりあえず違うチームの応援席に行かなきゃダメっぽい』
「えっほんとに?」
『うん、みんなハチマキと違う色の応援席だった』
「一ノ瀬さんよく見てたね」
『1年は大変だよってさっき先輩に言われたから』
「しかもみんな女子だったよね」
『うん』
「うちら男子かな」
『多分』
「それなら良かった。私、野球部のマネージャーなんだ」
『それならどの組にも野球部いるから安心だね』
「うん、良かったー。一ノ瀬さんもバレー部のマネージャーでしょ?」
『うん、だから多分大丈夫だと思う』
そんな話をしてると1年女子の番になった。二組目で良かったと心底思う。
1年男子の二組目も似たようなものだった。
同じようにスタートして封筒からお題の紙を取り出す。
6人は動かない。と言うか戸惑ってるようにも見える。
なんだろう?さっきの男子達とは違った空気のように感じた。
と、一人の女の子が走り出した。
向かうのはハチマキと同じ色の応援席。
まさか男子とはお題が違うのか。
そして一人の男の子と手を繋いでゴールへと走る。
さっきの歓声とは違う。冷やかしたような声援が上がった。
これきっと毎年同じお題なんだ!
先輩達側から上がる声援は明らかな冷やかしだ。
他の女の子達もその頃には自分達の応援席へと向かい誰かしらと手を繋いで走っていた。
いったい何て書いてあったのだろうか。
「男子のお題とは違うっぽいね」
『そうだね』
「なんかヒューヒュー言われてるよね」
『確実に言われてるね』
でも手を繋いでゴールまで走るくらいならそこまで大変じゃないと思う。
しかも男子と違って女子は同じチームでもいいみたいだし。
黒尾さんの大変だぞってのがまだ分からない。
分からないまま自分の番がきた。
クラスメイトとお互い頑張ろうねと言葉を交わす。
今日二度目のピストルの音とともに走った。
お題の封筒を開けて中を確認する。
えぇ。まじか。
200mの時とは違った意味で時が止まる。
これか、黒尾さんの言ってたのはこれなのか。他の五人も明らかに戸惑っている。
1年女子の二組目だけが大変なやつだったのだ。
地面に足を付けずにゴールしろ。
(おんぶ、お姫様抱っこその他問わず。人の手を借りましょう)
むしろ借り物競争でも何でもないよこれ!
あぁでも仕方ない。負けたくはないのだ。
一目散に来た道を戻る。
2年男子の方々が少し驚いたようにこっちを凝視している。
『黒尾さん!知ってたのに酷い!』
「未来ちゃんわざわざこっちに戻ってきたの?」
『みんな戸惑いますよこれ!』
「今年は何て?」
『足を地面に付けずにゴールしろって』
「で?」
私が黒尾さんの名前を呼ぶと人波が割れる。
ニヤニヤ顔の黒尾さんがいる。
このヒトは分かってたな。てか混合リレーより大事なことじゃないかこれ。
何故に教えてくれなかったのか!
『ゴールまで連れてってください。お願いします!出来れば速く!』
「ちゃんとお願い出来たの偉いね。ちゃんと捕まってなさいよ」
『はい』
焦って早口でまくしたてると黒尾さんがすっとお姫様抱っこをしてくれた。
落ちないように首にしがみつく。
周りから冷やかしの声と悲鳴も上がった。何故に悲鳴なのか。
他の女の子達はやっと腹をくくったように散らばった所だ。
「未来ちゃん」
『なんですか?』
「何で俺にしたの?」
『一番近かったから』
「海のが近くない?」
『海さんを目立たせてしまうのは申し訳なかったのです』
「ククッ、それ俺なら目立っても良かったってこと?」
『去年とかやってそうだし』
「去年も一昨年もやってませーん」
『そうなんですか?でも安定感ありますよ?』
「未来くらいの体重なら余裕です」
「黒尾ー!未来ー!」
「黒尾さんかっけー!」
『海さーん!リエーフ!』
ゴールまで半分ってとこで白組の海さんとリエーフの声が聞こえてそちらを向くとスマホをこちらに向けていた。
写真!苦手なのに!海さんの声に釣られて凄い笑顔だった気がする恥ずかしい。
「記念撮影だな」
『黒尾さん何でそんなニヤニヤしてるんですか!』
「すげー良い笑顔だったよなお前」
『海さんの声がしたから!』
「後から海にもらっとこー」
『やめてやめてやめてくださいよう』
「はい、却下ー。あ、研磨にお願いすれば良かったのに」
『絶対に断られるじゃないですか』
「うん、俺もそう思う」
余裕で一着でゴールした。
他の子はようやく相手が見つかったくらいだ。
その一歩先にクラスメイトが部活の先輩だろうか?がたいの良さそうなヒトにお姫様抱っこされて走っていた。
ゴールして記録係りの先生に写真を撮ってもらう。
断ったけど決まりだからの声に渋々と撮ってもらった。
それからやっとおろしてもらう。
『借り物競争出場者なのにすみません』
「ま、気にすんな。ちゃんと一位取れただろ」
『ありがとうございました』
「んじゃ俺スタート戻るわ」
頭を下げてお礼を言うと黒尾さんはひらひらと手を振ってスタートへと戻っていった。
借り物競争は自分の番が終わり次第退場する。
スタートが退場門からだから一緒に戻れば良かったかもしれない。
無事に二着でゴールしたクラスメイトと戻ることにした。
彼女は悩みに悩んだ末に野球部で一番がたいの良い先輩にお願いしにいったらしい。
同じ赤組だったのですんなりとOKを貰ったらしくホッとしていた。
とても恥ずかしかったと言っていた。
そう言えば恥ずかしいとかなかったな。
と言うか何で恥ずかしいんだろ?
目立つからかな?
赤組のクラスメイトの元へと戻る。
一着二着だったことをかなり褒められた。
どうやら借り物競争の中でも1年女子の二組目は配点が高いらしい。
そりゃね、そうだろうね。
目立つし難易度高いと思うのあれ。
『お腹空いた』
「未来かなり目立ってたねー」
『借り物競争難易度高すぎ』
「黒尾さん楽々だったね」
『うん、勝てて良かったー』
「おかげで赤組今、一位だよ!」
応援席へと戻る。
走が労いの言葉をかけてくれた。
お腹空いたなぁ。夜久さんまだ部室にいるのかな?
別に普通に戻ればいいのになー。
「、未来!」
『ん?何?』
「黒尾さん、多分こっちに走ってきてるよ」
『何で?』
「分かんない。でも確実にこっち向かってると思う」
ぼーっと借り物競争の続きを見ながらそんなことを考えてたら走に現実へと戻された。
本当に黒尾さんがこっちに向かって走ってきている。
何でだ?さっきから普通の借り物競争してたじゃないか。
「1年女子のジャージだと。未来脱げ」
『えぇ』
「んじゃいいわ。このまま連れてく」
『ちょ!黒尾さん!』
「未来、頑張ってー」
私達の前に来ると黒尾さんは言った。
ジャージは正直脱ぎたくないなぁと少しだけ渋ったら(さっきのことがあるから脱ぐつもりだったんだよ!)今度はひょいと肩に担がれた。
クラスの女子達からキャーと黄色い悲鳴が上がる。
自分で走るからおろして欲しい。
走がとってもいい笑顔で見送ってくれた。
目立つ。二回目とかかなり目立つ。
黒尾さんおーろーしーてー!
私の願いも叶わず、二度目のゴールテープを切った黒尾さん。
二回も私を担いで運んだとか正直凄いと思う。そしてまたもや先生に写真を撮られる私達。
やっとおろして貰うも二度目ともなると少し顔に疲れが見えた。
『直ぐに脱がなくてすみません』
「あーまぁな。想定内です。チーム違うしな、だから担ぐのは最初から決めてた」
『えぇ、走っても良かったのに』
「押し問答がメンドウだった」
『酷い。絶対に目立ったし』
「一回目で目立ってるんで二回も三回も変わりません」
黒尾さんと並んで退場門へと向かう。
確かに普通の借り物競争だから、二着との差は僅差だった。
それでも走った方が目立たなかったと思う。
赤組の前で後でなと言われて別れる。
教室に戻ってお弁当を回収してから部室へと向かうのだ。
クラスの女子達から黒尾さんとの関係を聞かれた。
彼氏なの?って声が多かった気がする。
単なる部活の先輩だと告げるとみんな驚いた表情をしていた。
何で驚くんだろうか?
何時ものように教室に優生とリエーフが迎えに来て走と四人で部室へと向かった。
「未来ー!俺二回目もちゃーんと写メ撮ったからなー!」
『リエーフも撮ってたとか!』
「後から見せてー」
「俺にも俺にもー」
『二回目とかゾンビみたいになってない?』
「ゾンビって」
「ウケる」
部室に着くともう皆が揃っていた。
海さんの回りに集まっている。
挨拶をして三人もその輪に加わった。
写メのやつだから私はもういい。
お婆ちゃんが作ってくれたお弁当を並べて行く。
夜久さんがすげーな!と手伝ってくれた。
「俺も見とけば良かったー!」
『二回目とかかなり恥ずかしかったですよ。普通の借り物競争だったのに』
「お前海の撮ったやつみた?」
『見てません、写真苦手なんです』
「すげーいい顔してんのに」
『なんか自分の写真を見るの恥ずかしいんですよ』
「撮るのより見る方が嫌なの?」
『どっちかと言うと』
「ふーん。んじゃ俺とも撮って」
『えぇ』
「いいじゃん。思い出だって思い出!」
夜久さんが何とも言えない爆弾をぶっこんできた。
一緒に写真を撮れとな。
苦手なのに。苦手なのに。
でもいつもお世話になってる夜久さんの頼み事だ。無下には出来ない。
自撮りでパシャリと撮っていく。
その流れで何故かみんなとも撮ったりした。否、させられたの間違いだ。
「はーい、そこまで。そろそろ食べないと時間なくなるぞ」
黒尾さんの言葉に撮影会が終わる。
良かった、正直疲れたよ。
200m走るより疲れたよ。
「お前のばーさんの弁当だけで良かったかもな」
『お婆ちゃん朝からかなり張り切ってたので』
「相変わらず旨そうな弁当作るよなー」
『お婆ちゃんのご飯は世界一美味しいですよ』
「ばーさんにお礼言っとけよ」
『はい』
「んじゃ食うか」
『いただきます』
いただきまーす!と皆の声が続く。
おにぎりにから揚げと玉子焼き。ハンバーグにエビフライ。
子供が好きそうなおかずが大量に並んでいた。
それを皆で食べる。
自分のお弁当もあるのによく食べれるな。
『研磨、これ。お婆ちゃんが研磨にって』
「え、いいの?」
『研磨はお弁当自分のしか食べれないだろうからって』
「ありがとう」
デザートにと研磨のために作ったアップルパイを渡す。嬉しそうにはにかんでくれたので良かった。
お婆ちゃんどんだけみんなのこと好きなのだろうか。
今度は四人以外のみんなも連れていこう。
福永さんをお爺ちゃんに会わせてみたいし。きっと落語の話で盛り上がるだろう。
余るかなと思ってたくらい大量のお弁当もみるみるうちになくなっていった。
男子高校生の胃袋恐るべし。
みんなで御馳走様をして運動場へと戻る。
お弁当箱は部室に置いてきた。
こんな時でも部活はあるのだ。
「赤組優勝出来そうだねー」
『ねー』
「まだ午後の競技あるだろ」
「こっからだよこっから!」
「午後の競技から得点上がりますからねー」
『えぇ』
「んじゃ、それぞれ午後も頑張りましょー!」
「おー」
運動場でみんなと別れて赤組の場所へと戻る。
「未来、お前組別リレー死ぬ気で頑張れよ」
『猛虎さん、死ぬ気でって』
「俺も頑張るから」
「青組にはぜってー負けたくないんだよ俺は!」
「黒尾さんと夜久さんからの罰ゲームキツそうですもんねー」
「大丈夫、このままだと白組負けるから」
「でも出来れば優勝したいですね」
『うん』
「あったり前よ!」
さぁ、午後も頑張ろう。
歩いてるだけなのに周りからの視線が少し痛い。
何かあるなら話しかけてくれたらいいのに。
クラスの所まで行ってその視線も落ち着いた。
でもその後にとんでもないことが起きるとは思ってなかった。