春の音駒祭

「…さん、一ノ瀬さん!」
『あ、はい』
「決まってないの一ノ瀬さんだけなんだけど、残りのやつで大丈夫かな?」
『大丈夫です』


只今四限。担任の授業を潰して体育祭(通称春の音駒祭)の競技決めの時間。
席替えで窓際の席になってからはこの時間は睡魔との戦いだ。
ついぼーっとして体育祭の競技決めにすっかり参加しそこねたのだ。
黒板を確認して心底驚いた。
200m走。借り物競争。そして色別男女混合リレーの三ヶ所に自分の名前があったから。


運動は出来る方だとは思う。
が、しかし苦手なのだ。気分ののらない時に動きたくない。汗をかきたくない。
なのに何度確認しても三つともそれとは真逆の競技に思えた。
席替えで窓際の席は良かったけど走と離れたのは良くなかったかもしれない。
きっと隣に居たら彼は世話を焼いてくれたであろう。


春の音駒祭は1、2組を赤組。3、4組を白組。5、6組を青組として3チーム対抗で戦う。
三学年合わせての総力戦だ。
優勝チーム全員に食堂の千円分のチケットが配付される。
この千円分、たかが千円だと思うのだけど高校生のやる気を出させるには充分らしい。
どうやら食堂のご飯はとても美味しいらしいのだ。
クラスも目指すは優勝!と盛り上がっている。あぁ、眠い。
とりあえず授業にはならなさそうなので残りの時間仮眠することにした。


「お前、色別リレー出るの?」
『はい、出ますよ』


授業が終わり走に起こされていつものように部室へと向かう。
どうやら今日の四限はどのクラスも音駒祭の競技決めに費やされたらしい。
部室でもその話題で持ち切りだ。
走が私の競技も周りに教えてたのは知ってるけど猛虎さんが目を丸くして言う。


「色別お前大丈夫なの?」
『200mくらい走れますよー』
「色別って一年女子がアンカーだよ?」
『は?』
「赤組のために頑張れよ」
「一番点数配点高いとこだよね」
「毎年一番盛り上がるもんな」
「アンカーとか目立つだろうな」


猛虎さんに続いて研磨が教えてくれる。
それに先輩方の言葉が続く。
まさかのアンカー?え、アンカー?
普通1年生から走るものなんじゃないの?
ちなみに各組女子が奇数クラス男子が偶数クラスらしい。
1年男子→2年女子→3年男子→3年女子→2年男子→1年女子
の順番で走ると海さんが教えてくれた。
男女逆じゃダメだったのだろうか?


『アンカーやだ』
「未来がぼーっとしてたからじゃん」
『走かわってよ』
「いや、無理でしょ」
「未来、俺も色別出るから」
『福永さんも?』
「そう」
「福永は赤組だし未来の前だね」
『一位でバトン回してください!』
「えぇ」
「未来ちゃん結構なムチャ言うね」
『アンカーやだけどやるからには勝ちたいもん』
「おお」
「未来がやる気を出してるとこ初めてみたかも」
「ちょっと俺感動したかも」
「あ、俺も色別!」
『優生は白組だから敵ー』
「少しは頑張ろうねとかないのかよ!」
『ないよ、勝ちたいもん』
「お前負けず嫌いなんだな」
「運動は苦手なんじゃなかったの?」
『運動は嫌いだけど負けるのもっと嫌い』
「意外な一面だね」
「驚いたわ俺」


周りからごちゃごちゃ言われたけど無視してお弁当に集中することにした。
意外だ意外だって言うけど負けず嫌いなのは昔からだと思う。
お爺ちゃんに将棋を教わって負けたときもかなり勉強した。
勝てないと分かってからはやめたけど。
200m走は多分勝てる。借り物競争はちょっとメンドイ。
リレーは福永さん次第ってことにしておこう。


赤組は私と走と猛虎さんと福永さん。
白組はリエーフと優生と研磨と海さん。
青組が夜久さんと黒尾さんだ。
どうやらバレー部でも何か勝負をするらしい。
私はお弁当の鮭に夢中で内容は聞いてなかったけど。


体育祭当日。お婆ちゃんが張り切ってお弁当を作ってくれた。
毎日部室でお昼を食べてるのは知ってるから何やら沢山だ。
今日もお昼は部室集合なって昨日黒尾さんが言ってた。


暑い。とっても暑い。
5月中旬にもなると日差しがきつくなってくる。
日焼けはしたくないから丁寧に日焼け止めを塗ってから登校した。


『暑い、溶けちゃう』
「未来、それ10回くらい聞いた」
『暑いものは暑い』
「ジャージ脱ぎなよ」
『日焼けするからやだー』


開会式を終えて各組クラス事に別れた席へと戻る。
何故か一番前の席、隣には走がいる。
日傘さしたいくらいなのに一番前とか酷い。


「未来、負けると大変なことになるよー」
『何で?負けたくはないけどさ』
「勝った組の言うことを負けた組が聞くって話聞いてなかったの?」
『えっなんでそんなことに』
「俺、青組には負けたくない。何か嫌な予感するんだよね」
『夜久さんと黒尾さんかぁ』
「だから頑張ろーぜ!」
『負けたくないけど暑いものは暑いんだよー』


現在、目の前では二人三脚が行われている。
バスケ部のエース?(周りの女子が言ってた)って人と黒尾さんが目の前を駆けて行った。
こっちに手まで振ってくる余裕っぷりだ。とりあえず手を振り返しておいた。
周りの女子達から黄色い悲鳴?あ、声援が上がる。
さすがバスケ部のエースだ。


「未来、200m走の参加者呼ばれたよ」
『行きたくないー』
「俺も出るから行くよ」
『暑いー』


走に引きずられるように入場門へと向かう。
赤組は入場門から一番遠いのだ。
白組の前で同じようにダルそうに座っている研磨を見つけて親近感が沸いた。


『研磨ー』
「あ、未来」
『今から200m』
「頑張ってね」
『頑張る!』
「ほら道草しないで行くよー」
『やだー』


白組の前で研磨に声をかけた。
頑張ってねって言われたからには頑張らなくちゃ!
ぐっと小さく拳を握る。


「未来って俺達1年と先輩達に対しての態度違いすぎない?」
『え?』
「気のせい?」
『うーん、先輩達は保護者みたいな感じ?走達はー何かそういうんじゃなくて楽チンかな』
「まぁ先輩達面倒見いいもんな」
『でしょ?走達はねー兄弟みたいな感じかな?』
「あー」


お互い頑張ろーなと入場門で男女別に別れる。
あ、猛虎さんとリエーフもいる。
二人にも手を振っておいた。リエーフはこっちに気付いて手を振り返してくれる。あ、凄い目立ってる。
猛虎さんには知らないふりされた。酷い。


前の競技が終わって入場が始まる。
みんな張り切って半袖ハーフパンツだ。
全身ジャージは私だけ。
目立つなこれ。案の定青組の前で黒尾さんと夜久さんから盛大な応援を貰った。
ジャージ娘頑張れよなんて酷いと思う。
私しか居ないの分かってて言ったよね絶対。周りの目が痛い。
青組には絶対勝とう。
しかしほんとに暑いな今日。じりじりと肌を焦がす太陽を恨めしく思う。


男子から順に200m走が始まっていく。
1年男子から3人ずつ。
私は1年女子の二組目だ。ちらりと横を伺う。
うん、完全に運動部なお二人様だ。
私のことは眼中にないらしく二人で火花を散らしている。
陸上部だと少しキツいかもしれない。


あっという間に自分の順番がくる。
位置についての言葉にすっとゴールを見据えた。
周りの音が静かになった気がする。
集中してる証拠だ。深呼吸をするとパァンと音が鳴った。


走る


真っ直ぐにゴールへと走る。


白いゴールテープまで真っ直ぐに。


後10m


後5m


ゴールだ!


瞬間にわぁと歓声が聞こえた。
音声が戻ってきたのだ。
一位での場所へと誘導されるとリエーフと走と猛虎さんが居た。
走とリエーフ別の組だったのか。


「未来!すげーな!お前ぜってー運動出来ないと思ってた!」
「まさか一位になるとは思わなかった」
「頑張ったね俺達!」


ぜぇぜぇと息が苦しい。
3人が次々に話しかけてくるけどちょっとしんどい。
その場にぐったりとしゃがみこむ。


「お前意外とやれば出来るんだな」
『ありがとう、ございます』


ぽんぽんと頭を叩かれ猛虎さんからの言葉が降ってきた。
珍しい、でも反応出来る程余裕がないので息も絶え絶え返事だけしておいた。


全ての出場者が走り終えて、退場門へと向かう。
疲れたままだったけど走に再び引きずられるようにして退場した。
退場門からは赤組近いから良かった。
クラスメイトのいる場所へと戻ると皆にこれでもかってぐらいお褒めの言葉を貰った。
こんなに沢山のクラスメイトに話しかけられたの初めてなんじゃないかってくらいに。
少し気恥ずかしくて飲み物を買いに行くのを口実に抜け出した。
いや、喉は乾いてたんだよほんとに!


ふらふらと自販機へと向かい、ペットボトルのお茶を買う。
次の競技までは時間があるから少し涼もうかと日陰を探して彷徨うことにした。


「好きなの。私と付き合ってくれないかな」


そんな言葉が聞こえたのは体育館裏へと続く曲がり角。
えぇと、これは…?告白ってやつだろうか?
テレビドラマとか小説の中でしか見たことないやつだ。
どうやら先客が居たようだ。
自然と足が止まった。何故か邪魔をしてはいけないと言う意識だけは働いたようだ。
しかしここはまだ日向。
どうしようか?考えながらお茶を飲んでひと息つく。


「ごめん。気持ちは嬉しいけど今はそういうの考えてないんだ。部活に集中したいし、お前すげーいいやつなの分かるんだけどさ。ほんとごめん」


沈黙の後に続いた声を聞いて驚いた。
これは夜久さんの声だ。
知らないヒトだと思ってたからのんびりとお茶を飲んでいたのに。
知り合いなのはあまりよくない気がした。隠れる?でもどこに?
こんな時に猫の姿だったら簡単に隠れられるのに。


「そうだよね。今年は絶対に全国行くって言ってたもんね。こんなこと言ってごめんね。私、先に戻ってるから」


突然声の主は私の前に姿を表した。
お互いに驚いたんだと思う。
一瞬、目を見開くも直ぐに顔を反らし走り去って行った。
少し目が潤んでたようにも見える。
その理由が分からなくてなんだかもやもやした。


「未来?何してんのこんなとこで」
『あっ、えぇと涼しい場所探してうろうろしてて。その…』
「あー、今の聞いちゃった感じ?」
『す、すみません』


考えこんでたせいで夜久さんにも発見される痛恨のミス。
咄嗟に誤魔化すなんて出来なくて自分でも分かるくらい挙動不審だ。
こういうときうまく言える言葉が欲しい。


「悪気があったわけじゃないんだし気にすんな。大丈夫だから」


合わす顔がなくて俯くと夜久さんがわしゃわしゃと撫でて優しく言ってくれた。
おかーさんは相変わらず優しい。


「ま、せっかくだし俺も涼んでくわ。今戻るとあいつも気まずいだろーしな。付き合えよ」
『はーい』


そう言うと夜久さんは体育館裏とは別の部室の方へと歩き始めた。
ん?どこに行くのだろうか?


『夜久さん部室は鍵閉まってるんじゃないの?』
「黒尾が午前最後の借り物出るから俺が預かっておいたー」


不思議に思って訊ねるとポケットから鍵を取り出して人指し指で鍵をくるくると回す。
ちらっとこっちを向くと内緒だぞと笑った。


部室の鍵を開けて中に入る。
この季節日陰はまだ涼しい。コンクリートのひんやりとした空気が冷たくて心地よい。
いつもの定位置にお互い座ると少しの沈黙。
聞いてみようか、そう思って口を開く。


『夜久さん』
「おーなんだ」
『さっきの女の人とかは何で泣いたの?』
「あーやっぱ泣いてた?」
『泣きそうな顔はしてました』
「お前それ俺に聞いちゃうのー?」
『気になったので』


あまり本人に聞いてはいけなかったようだ。夜久さんは少し答えにくそうだ。


「黒尾とかに後からこっそり聞いてくれれば良かったんだけどなー。あ、いいや。黒尾だと俺がメンドイ」
『じゃあ海さんに後から聞きます』
「あーもう俺に聞いちゃったなら俺が答えるよ」
『なんか、すみません』
「悲しくて泣いたんだろーよ」
『悲しい?』
「何で悲しくなるのか分かんないみたいな顔するのやめなさい」
『でも何で悲しい?』
「好きなやつに好きだって付き合ってくれって告白して断られたら悲しいだろ?」
『何で?』
「逆に何で悲しくないんだよ」
『だって喧嘩したわけじゃないし、仲良しじゃないの?』
「あぁ、そういうこと?どうだろうなーいいやつだけどもしかしたら今まで通り仲良くってのは難しいかもなー」
『えっ!何でですか?』
「俺は別に今まで通り仲良く出来ると思うけど向こうはわかんねー」
『好きなら仲良くしてたらいいのに』
「そう簡単にはいかないのが恋愛なんじゃねーの?」
『レンアイ』
「そ。恋愛。まーた小難しい顔してるぞ」
『レンアイってピンと来ない』
「お前、好きなやつとか居ないの?」
『沢山居ますよ。お爺ちゃんもお婆ちゃんもバレー部のみんなも好きです』
「それ恋愛の好きじゃないからなー」


夜久さんが盛大な溜め息を吐く。
レンアイの好きとレンアイじゃない好きの違いってなんだ?
夜久さんの話は難しい。小難しいじゃなくて完全に難しいだ。
このままだと眉間の皺が取れなくなっちゃうかもしれない。


「んー。俺もそんな経験あるわけじゃないから上手く言えないけどさ、恋愛の好きは多分特別だ」
『トクベツ』
「そう特別。例えば俺が未来を撫でるのも黒尾が撫でるのもお前からしたら一緒だろ?同じくらい嬉しいだろ?」
『はい』
「恋愛の好きはそれが特別嬉しくなるんだと思うぞ。で、変にドキドキしたり緊張したり照れたりするんだと思う」
『他のヒトとは違う感情が出るってこと?』
「ま、そんな感じじゃね?だから相手からも特別だと思ってほしくて好きだって付き合って欲しいってなるんだと思う」
『なるほど』


恋愛とは普段とは違う特別な感情が出ることを言うのか。
なんとなく理解出来たような気がする。
結局小難しい話に変わりはなかったけど。


「お前そろそろ戻った方がいいんじゃねーの?借り物出るんだろ?」
『あ、そうです。じゃあそろそろ戻ります。夜久さんは?』
「俺、昼食までここにいるー。黒尾に弁当持って来てって伝えておいてー」
『えぇ』
「未来の質問に答えたでしょ」
『う』
「じゃあ宜しくー」


無理矢理約束をさせられて部室から追い出された。
夜久さん体育祭とか張り切って楽しむタイプにみえたのにな。
なんだか不思議。


空になったペットボトルをゴミ箱へと捨て(夜久さんに殆ど飲まれた)運動場へと向かう。
まだ借り物競争の出場選手は呼ばれてないらしい。
黒尾さんのいる青組の場所へと向かう。
ツンツン頭は目立つから便利だと思う。


『黒尾さん』
「おー、お前さっき速かったな!偉いぞ偉い!」
『ありがとうございます』


一番後ろに座っててくれて良かった。
友達らしきヒトと話してたけど声をかけたら振り向いてくれた。
褒めながら頭を撫でてくれる。
右前から視線を感じたからそちらに視線だけやるとさっきの女のヒトだった。
数人でひそひそ話している。
あ、同じクラスだったのか。仲良しならそれもそうだよね。少しだけ気まずい。


「んで、わざわざここまでどーしたの?」
『夜久さん、お昼にお弁当持って来てって』
「あいつがサボるの珍しいな」


用件を伝えると神妙そうな顔をして一瞬だけ視線をさっきの女のヒト達へと向けた。
向こうもこちらを見ているけど黒尾さんの視線には多分気付いてない。
見られてるのは多分私だからだ。
そうしてクッと喉を鳴らして笑った。


「黒尾黒尾、噂の天然マネちゃんってこのこ?」
「あ?あぁそうコイツ」
「俺ねーバスケ部のエースなの」
『知ってます』
「未来がそういうの知ってるの珍しいね」
『さっき二人三脚で黒尾さんと走ってた時にクラスの女の子が言ってました』
「未来ちゃんって言うの?可愛い名前だね」
「おい、コイツはダメだぞ」
「誰かと付き合ってんの?」
「お前軽すぎるからダメ。つーか彼女いるだろ」
「バレたか」
「いや、バスケ部のマネージャーじゃねーか」
「冗談だよ。怖い顔すんなよ」


何だろうか、このどこに本音があるか全く分からない飄々としたヒトは。
不思議なヒトだ。でもちょっと怖い。
烏野のヒト達みたいな見た目な怖さじゃなくて得体が知れなくてこのヒトは怖いなって漠然と思った。
二人の話についていけない。どうしようかなと思っていたら借り物競争の出場者への呼び出しがかかった。


『あ、呼ばれた』
「未来も借り物だったな。んじゃ行きますか」
「未来ちゃん頑張ってねー。あ、黒尾も」
「何で同じチームの俺がついでなんですかね」
『ありがとうございます。頑張ります』


バスケ部の先輩に頭を下げて黒尾さんと入場門へと向かう。


『あのヒト少しだけ怖いですね』
「あー何考えてんのかわかんねーんだろ?」
『はい』
「あいつはほんとに何にも考えてないんだよ。裏がありそうに見えるんだけどな」
『そうなんですか?』
「でもあいつはおすすめしないので好きになったらダメですよ。お父さん許しませんからねー」
『何でそんな話になるんですか』
「やっくんとどこで会ったのかなー?」
『う』
「まぁ、予測は出来るからいいよ。帰って来ないのも気を遣ってだろうしな」
『夜久さん優しいです』
「俺達のおかーさんですからね」
『はい』
「んじゃ借り物頑張りますかー。一年は大変だろうけど頑張れよ!」


そう言って黒尾さんは3年が並ぶ所へと行ってしまった。
…借り物競争が大変って何?……何?
不安がじわりと広がる。
黒尾さんが言うから余計に不安だ。


準備が出来たらしい。
不安を残したまま運動場へと入場する波に加わった。
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