「未来っ!聞いてるの?」
『はい、聞いてます』
始まりはこうだった。
朝の6時。ケータイのアラームが鳴る。
昨日、寝る前に海さんに設定してもらったのだ。猫の手じゃ上手く出来なかったから。
なんとかそのアラームで目を覚ますも布団からは出れない。
宮城は思ってた以上にまだ寒いのだ。
そろそろ布団から出ないとなーと思ってた時に扉をノックする音が聞こえた。
起きないと!さっと上半身を起こす。
「未来?起きてる?開けるよ」
『起きてます。開けても大丈夫です』
夜久さんの声がする。
がちゃっとドアが開いた。
おはようございますと朝の挨拶をするも夜久さんはドアノブを握ったままフリーズしている。
顔がさっと赤くなったような気がした。
瞬間にドアを閉められる。
あれ?返事して貰えなかったな。
「お前さっさと服を着ろー!」
合宿所に響き渡るような怒鳴り声が聞こえた。
あ、そうだ。猫のまま寝て4時過ぎに寒くて起きて布団の中に入ったんだった。
本当は服を着てから二度寝するべきだったんだけど睡魔に勝てなかった。
夜久さんがドアを開けた時に上半身は布団から出ていて……つまりそういうことだ。
『ごめんなさい、今服を着ました』
下着とTシャツ、ジャージを身に付けてドアの外にいるであろう夜久さんに声をかける。
再びドアが開いた。
夜久さんの顔はまだ少し赤いような気がしたけど表情は険しい。
「未来、正座」
『え』
「とりあえずそこに正座。はやく!」
『はい』
そして今に至るわけだ。
大人しく言われたまま正座をする。
夜久さんの顔は珍しくむすっとしている。
そんなに怒るようなことをしたのだろうか?
「全裸で彼氏でもない男を部屋に招き入れる女子なんて普通居ないからね」
『はい』
「危機管理が足りなすぎる。大体こないだもそうだったでしょ」
くどくどと夜久さんのお説教は続く。
その間になんだなんだと走と優生が覗きにきたけど夜久さんの凄まじい形相に何も言わずに去っていった。酷い。
お腹空いたし眠たい。
『裸見せても減るものじゃないし』
あ、つい言ってしまった。
夜久さんががっと片手で私の頭を掴んだ。指が!指が頭にめり込む!
「減るとか減らないとかそういう問題じゃないの!」
『痛い!夜久さん痛い!』
全力で掴まれてるらしくかなり痛い。
痛みで涙が出そうだ。
ふと、手を離してくれた。
許してくれたのかなとおそるおそる顔を上げる。
「反省するまで知らないから」
『えっ!』
そう呟くと夜久さんは部屋を出ていった。
どうやら私は夜久さんを想像以上に怒らせてしまったらしい。
いつも優しい夜久さんだったのに。
どうしよう。お腹空いたとか眠たいとか思ったのがいけなかったかな。
考えても答えは出ない。
とりあえず顔を洗って歯磨きをしなくちゃ。
私はゆるゆると立ち上がった。
「未来おはよー」
『おはようございます』
「未来おはよう。良く寝れたか?」
『ぐっすり寝ました』
「はい、ここ座ってー」
『はい』
食堂に行くも夜久さんの姿は既になかった。
どう謝ったらいいんだろうか。
そもそも私は夜久さんが何に怒ってるのか分からない。
全裸だったことは謝ったはずだ。
黒尾さんの隣に座る、目の前には海さんが座っていて既に半分程食べ終えている。
黒尾さんが少なめのご飯とお味噌汁を配膳してくれた。
「朝ごはんしっかり食べましょうねー」
『いただきます』
「未来ちゃん、さっき夜久に何したの?かなり怒られてたよね」
『寝起きに夜久さん起こしに来たんですけど、裸のままだったこと忘れて返事しました』
「まじか」
今日の朝ごはんは鮭。
魚は比較的好きだから嬉しい。
ちびちびと手を付けながら黒尾さんの質問に答えた。
海さんは驚いた様で箸をカランと落とす。
どうしたんだろうか?
「未来、夜久にちゃんと謝った?」
『はい、ちゃんとごめんなさいしました』
「でもあいつまだ不機嫌だったよな?」
『反省するまで知らないって言われました』
「相当ご立腹みたいだな」
「確かに」
「うーん、まぁたまには自分で考えなさい」
『え』
「そうだね、未来もたまにはちゃんと自分で考えて反省するといいよ」
『でも、よく分かんないです』
「今回は駄目。ちゃんと自分で考えなさい」
「どうしても分からなかったらまた聞きにおいで」
『はい』
最後に優しく言って海さんは食器を下げに行った。
黒尾さんはそれ以上何も言わず食事にだけ口を出してくる。
許してもらえるにはどうしたらいいか到底分からなかった。
謝ると反省は違うのだろうか?
午前の練習試合が終わって昼休み。
黒尾さんから逃げて体育館裏の階段に避難していた。
夜久さんはまだ冷たい。
目すら合わせてもらえない。タオルとかスポーツドリンクですら直接受け取ってもらえない。
いつも優しかったから悲しい。
かと言って考えても考えてもよく分からない。
「未来、お昼ご飯食べた?クロが探してたよ」
『あ、研磨。お昼ご飯いらない。お腹空いてない』
「クロに怒られるよ。はいこれ」
『あ、ありがとう』
「もう昼ごはん食べる時間ないからね」
ぼーっと考えこんでると研磨がきた。
十秒チャージと書いてあるエナジードリンク?ゼリー?みたいやつをくれた。
そして隣に座ってゲームをやりはじめた。
ちゅーとゼリーを吸う。あ、これが毎日ご飯代りだったら楽だなとか思う。
「未来、夜久くんと何かあったの?」
『反省するまで知らないって言われた』
「夜久くんがそこまで言うの珍しいね」
『黒尾さんも海さんも自分で考えろって』
「んー。謝ればいいと思って謝ったんじゃないの?」
『それじゃダメなの?』
「駄目だから許してくれなかったんでしょ。何が悪かったかを理解して今度からどうするかを考えてみたりしたの?」
『今度から?』
「じゃないとまた同じ失敗するよ」
『そうか』
「分かった?」
『なんとなく、分かったと思う。研磨ありがとう』
「じゃ、そろそろ戻るよ。クロに怒られる」
研磨になんとなくのアドバイスを貰う。
なんとなーく分かったような気がする。
ちょっぴりだけど。
午後の練習が終わったら夜久さんに話を聞いてもらおう。
おかーさんと話せないのは少し寂しい。
午後の練習が終わって食事までの時間。
夜久さんを捕まえる。無視されては困るのでちゃんと腕を捕まえた。
「何?」
『あの、その』
練習試合が終わって直ぐだったので周りから注目を浴びた様な気がするけど気にしない。未来ちゃん大胆だねとか黒尾さんの声が聞こえるけど気にしない。
そしたら夜久さんの方が周りからの視線に耐えれなかったらしくこっちと呟き歩き始めた。
辿り着いたのは昼休みにサボった体育館裏。
「はい、ここなら大丈夫」
『夜久さん、朝はごめんなさい』
「それは朝に聞いたよ」
『えぇと、もうしません』
「何を?」
『服を着てるか確認してからどうぞって言います』
「まぁ60点かな。次からはしないように」
『許してくれますか?』
「反省してるみたいだし分かったのなら大丈夫だよ。俺も無視してごめんな」
まだ怒ってるか不安だったけど研磨に言われたことを思い返してちゃんと謝った。100点には全然足りなかったけど夜久さんは笑って私の頭を撫でてくれた。
良かった、どうやら許されたらしい。
「よし、メシ食うぞ!メシ!」
『はい』
「昼メシサボったからお前黒尾にスパルタされるからなきっと」
『えぇ、夜久さん助けてください』
「無理。ご飯に関しては俺は黒尾と同意見だからー」
夜久さんと二人で食堂へと向かう。
今日一日話せなくて寂しかったからいつも通りに戻れて本当に良かった。
「くくくく黒尾さん!あれ何ですか?」
「ん?何が?」
「未来って夜久さんのこと好きなの?」
「あー今日一日二人とも変だったもんなぁ」
「未来が夜久のことをねぇ。さぁねぇ」
「えぇ!」
「黒尾、後輩で遊ばない」
「大丈夫だよ犬岡、あの二人ちょっと喧嘩してただけだから」
「やっぱり付き合ってるんですか!」
「いや、それは違うぞ芝山」
「ぶひゃひゃひゃ!」
「クロの言い方が完全に悪いよね」