遭遇

『研磨、ここどこ?』
「わかんない」


宮城に着いて早々に私と研磨は迷子になった。
離れないようにと再三言われていたのに。
研磨のプリン頭に着いてった結果がこれだ。泣きそう。


「未来、泣かないの。クロが見付けてくれるから」
『ほんと?』
「ほんと、ほら座りなよ」
『分かった』


道端に腰をかけている研磨の隣に座る。
私は普段はこんなに涙もろくはない。
家族と離れて過ごすことが不安で仕方ないのだ。
研磨は手元のゲームに夢中だ。
暇だな。


と、道の向こうから物凄い勢いで走ってくるオレンジ頭が見えた。
元気だなーと思ってるとパチリと目が合った。
そして近付いてくる。その気配に研磨も顔を上げた。


「どうしたの?」
「迷子」


彼の問いかけに研磨が短く答える。
彼以上に人見知りな私のために話してくれてるんだなと分かった。
オレンジ頭の彼の目は研磨の鞄へと興味をうつす。


何やらしきりにオレンジ頭君は喋って居た。研磨もちゃんと応対してる。
ふと視界の端に見覚えのある赤いジャージが見えた。
黒尾さんだ!その姿を捉えて立ち上がる。


「研磨!未来!」


私達を呼ぶ声がする。
研磨はオレンジ頭くんにまたねと挨拶して歩き始めた。
私もぺこりと頭を下げて後を着いていく。
良かった、着いて早々に帰れなくなるとはおもわなかった。


一日目の練習試合を終えて合宿所へと帰る。
へとへとだ。
ご飯を食べる気力もない。
けど、それを見越してか私と研磨の間には黒尾さんが居てそれぞれに手を焼く。


「研磨、もう少し食べなさい」
「クロ、もう無理」
「未来、お前は研磨以上に食べてないでしょ。後ちょっと食べなさい」
『食欲ない』
「後一口」
『黒尾さんさっきもそうやって言った』
「お前のじいさんとばあさんに頼まれてんの」
『う』
「俺、ばーさんのメル友になったんだぜ」
『ほんとに後一口?』
「ん、後一口でいいから」


この一か月で黒尾さんと研磨はたまにうちにお邪魔するようになっていた。
お爺ちゃんお婆ちゃんとも仲良しだ。
なんとお爺ちゃんは研磨にすすめられてゲームまでするようになった。
お婆ちゃんは怒ると怖い。ご飯を食べなかった報告をされるのは嫌だ。
渋々と最後の一口を食べた。
自分の中での最後の一口であってテーブルにはまだ半分程料理が残っている。


『食べたよ』
「宜しい。よく頑張りました」
『残してごめんなさい』
「はい、ちゃんと言えたから宜しい。お風呂入ってさっさと寝ちゃいなさい」
『わかりました』


頭を下げるとぽんぽんと撫でてくれた。
研磨も三分の一程残っている。
黒尾さんは私達の残したおかずを食べ始めた。
一度怒られたことがある。
その日も体調があんまり良くなくてお弁当の半分くらいが残った。
その時に作ってくれる人の気持ちを考えなさいと怒られたのだ。
食べれないのはしょうがない。でも残して当たり前ではなくて食べれなくてごめんなさいでしょうと教えてくれた。


ここにいると皆に色々なことを教えて貰える。
それは勉強とはまた違って私にはとても新鮮なことだった。
友達を作りなさいって二人が言ってたのはこういうことだったのかな?
お風呂に入って髪を乾かし自分の部屋へと戻る。
約束してもらった通り完全な個室だ。
布団を敷いてそこにぽふんと横になった。
あぁ本当に今日は疲れた。
意識が遠退いて行くのが分かった。


「未来!ちょっといいか!明日のこと言うの忘れてた」
『むにゃ』
「未来!明日の起きる時間だけ伝えないといけないからとりあえず一回起きろ!」


どんどんと部屋の扉を叩く音で意識が覚醒した。眠いのに。あぁ、この声は黒尾さんだ。


『起きてますー』
「起きてますじゃなくて今、起きただろお前。入るぞ」


……眠たいんだから早く要件を言ってくれればいいのに黒尾さんは扉を開けるとギョッとした表情でこちらを向いた。
一体何をそんなに驚いているのだろうか?
裸で寝る趣味はないはずだ……今何時だろうか?
部屋にある時計を確認すると22時13分をさしている。
あぁ、しまった。時間を確認するのを忘れてたんだ。
黒尾さんを見ると固まったままだ。
黙っていようかと思ったけどここで私が居ないとなると困ったことになる。
何せ私はさっき扉越しに返事をしてしまっている。
どうしようか。私の人生もう終わったかもしれない。


「お前、未来か?」
『おはようございます』


返事をするとビクっと身体を震わせる。
そうだよね、普通のヒトはこういう反応をするよね。当たり前だ。
明日の朝イチで東京まで帰ろう。
バレたからにはもうここにはいられない。


「黒尾!未来起きてたー?」
「お前が寝込みを襲わないか心配だって夜久が言うからな」
「クロ?どうかしたの?」


今度はこっちがびっくりする番だ。
思わず飛び上がってしまった。
これは夜久さんと海さんと研磨の声。
あぁ、終わった。一人なら黙っててくれるかもしれない。
でも四人はさすがに私の人生終わりだ。
三人は黒尾さんの後ろから部屋の中を覗き込む。


「猫?」


最初に沈黙を破ったのは研磨だった。
彼は三人を部屋の中へと押し入れて部屋の鍵をかける。
どうやら黒尾さんのただならぬ気配に想うところがあったようだ。


まだ放心してる黒尾さんと訳の分かって居ない夜久さんと海さんをも座らせる。
そして彼は私の前に座った。


「未来でしょ」
「「は?」」
「これは多分未来だよ」
「いやどっからどう見ても猫だろ」
「猫にしか見えないよな」
「ただの猫だったらクロがこんな風になってないよ」
「いやでも」
「そうだ、多分この猫は未来だ」


名前を呼ばれドキリとした。
研磨は私が一ノ瀬未来であると確信しているかのように名前を呼んだ。
夜久さんと海さんは半信半疑だ。
ようやく黒尾さんがこちらの世界に戻ってきたようで研磨の言葉に賛同する。
私はまだ迷っていた。


「未来、大丈夫だよ。クロも夜久くんも海くんも酷いことはしないよ」
「本当に未来なのか?」
「未来なら返事出来るよな?」
「研磨の言う通りだから、話せ。大丈夫だから。悪い方には行かないから。な?」


研磨と黒尾さんは確信している。
夜久さんと海さんはまだびっくりしてるみたいだ。
でもお世話になった四人だ。
黙ってるわけにもいかないだろう。


『驚かせてごめんなさい』


「やっぱり未来があの時の猫だったんだね」
「研磨、お前は知ってたのか?」
「猫が喋った」
「海、このこは未来だよ」
「知らなかったよ。今、この状況だから分かった」
「どういうことだ?」
「猫を助けた日以来いつ行っても猫の気配しなかったから。それにあの助けた猫の名前も未来だったし」
「そうか、お前猫のことしきりに気にしてたもんな」
「不思議だった。猫を届けた時と未来が寝て送った時のお爺さんの慌てようは一緒だったから。でも未来がいると猫は居ないから」


研磨が淡々と私達に考えていたことを教えてくれた。
そうか、それが気になったからうちにちょこちょこ来てたんだな。


『研磨は鋭いね』
「うん、ずっともやもやしてたから。スッキリした」
『騙してるつもりはなかったけどごめんなさい』
「まぁ人に言えることじゃないよね」
『明日の朝イチに帰ります』
「は?何でだ?てか何でお前は今猫の姿なんかしてるの?」
「確かにそれを教えてもらわないと」
「帰る帰らないの問題じゃないの」


眠いんだよね正直。
バレてしまったのはしょうがないけど兎に角眠たい。
でもきっとこのままでは寝かせてもらえないだろう。
立ちあがりぐぐっと伸びをする。
眠気よ後少し待ってください。


『夜の22時から朝の4時までの六時間だけ猫の姿になっちゃうんです』
「「「はぁ?」」」
「何で?」


三人がぽかんとしている。
何も言えずにいると研磨が先を促してくれた。


『私、元々猫なんです』
「うん」
『産まれたのは今のうちの縁側。私以外の猫は母猫も子猫もダメだったそうです。最初は普通の猫でした。毎晩縁側で月見酒をするお爺ちゃんのお供をするのが私の役割。でも二人がとっても可愛がってくれるから、私は恩返しがしたくなったんです。二人の子供は一人だけ居たけど小さい時に亡くなっていたから。毎日お月様にお願いしました。そしたらある日喋れるようになってました。もっとお願いしました。そしたら、朝起きてびっくりしました。人間の姿になってたから。それが多分三歳の時です』


一回で話し終えるように一気に話した。
嘘偽りのないお話。
実際に猫が話していれば信じるしかないだろう。


「この話を知ってるのは?」
『お爺ちゃんお婆ちゃんしか居ません』
「あーだからあの二人は凄く心配してたんだけ」
『そうですね。また心配をかけちゃうことになるけど』
「んで、何で朝イチで帰るんだ?」
『えっ』
「まぁ確かに驚いた。死ぬほど驚いたよ。でもそれだけだ」
『気持ち悪いとか思わないんですか』
「だって俺ら未来のおとーさんとおかーさんとおにーさんズだぞ」
「確かにびっくりはしたよ。でも気持ち悪いとかはないよ」
「猫だろうと人だろうとお前はお前だよ」
「ほらね未来。大丈夫だったでしょ?」
『良かったです。私はやくここから居なくなろうって思ってました』


返ってきた言葉は予想外に温かい言葉で私は頭をたれる。
泣きそうだったのだ。


そっと黒尾さんに抱きかかえられた。
見上げると黒尾さんと視線が交差する。


「ま、何とかなるわ。お前は何にも気にしないでマネージャー頑張ったらいい」


黒尾さんから海さんへと私が渡される。


「俺らがちゃんと守ってやるからな」


海さんから夜久さんへと渡る


「未来の世間知らずな意味が分かった気がする。ま、これはしゃーないわ」


最後に研磨へと渡る


「未来ふわふわで気持ちいいね」


何も言葉に出来なくて研磨の腕の中で喉を鳴らした。


お爺ちゃんお婆ちゃん、二人以外に私のことを理解してくれるヒトは居ないと思ってました。
でも違いました。やっぱりこのヒト達は暖かくて優しかったです。


「お前ふかふかで温かいなー」
「抱っこしたまま寝たいよね、こっちまだ寒いし」
「夜久くん駄目だよ」
「研磨がヤキモチとか珍しいな」
「違うよ。未来は朝4時に人間に戻るんでしょ。多分裸だよ」
「あ、わりぃ」
「やっくんのすーけーべー」
「黒尾うっせー海も笑わない!」
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