初めてのマネージャー

「椎名、これを着るといい」
『ありがとう、柳君。でもサイズ大丈夫かな?』
「ちょうどいいはずだ」


何でちょうどいいとか分かるんだろう?
丸井君と学校に到着し部室まで行くと柳君からテニス部のジャージを渡された。
女子用の更衣室へと移動し着替えたけど本当にちょうど良くて少しびっくりした。
部室へと戻ると皆が勢揃いしている。


『お待たせしました』
「柳!お前、凛のどこまで知ってるんだよ!」
「見れば分かることだ」
「サイズぴったりみたいで良かった」
『あ、幸村君ありがとう』
「椎名先輩ちまっこくてなんか可愛いっすね!」
「赤也、ブン太に怒られたいのか?」
「赤也!凛は俺のだからな!」


部室に入っただけでこの騒ぎ用だ。
切原君は昨日真田君に怒られたことを覚えてないのだろうか。
じっと黙っている真田君が少し怖いオーラを出しているような気がしなくもない。


「お前達静かにせんか!」


「「「「………」」」」


ほら、真田君から激が飛んだ。
ビリビリと空気が震えるみたいに大きい声。


「弦一郎、そんな大きな声を出すと椎名さんがびっくりしちゃうよ」
「む、それはすまなかった」
『あ、いえ昨日も聞いたので大丈夫です』
「そういえば昨日切原君は買い食いで怒られてましたね」
「真田がいる目の前で買い食いするとは赤也は本当に馬鹿じゃのう」
「それは仁王先輩が今なら大丈夫って言ったから!」
「少しは黙らんか!馬鹿者!」


ゴツンと真田君が切原君の頭に拳骨を落とした。
痛そうだな。
切原君もちょっと涙目になってる。


「はい、今日からうちのマネージャーをやってくれる3年B組の椎名凛さんね。皆もう知ってるだろうけど」
『ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、精一杯頑張るので宜しくお願いします。あとこれ今日の差し入れなので休憩中にでも皆さんで食べてください』


深々と頭を下げてマドレーヌの入った紙袋を幸村君に渡した。
丸井君が俺の!と主張しようとしたところを幸村君がにっこりと微笑んでそれを制した。
幸村君はやっぱり敵に回したらいけないと思う。


「じゃ、蓮二頼んだよ。椎名さんは蓮二にマネージャーのこと聞いてね」
『はい』
「皆そろそろ練習始めるよ」
「へーい」
「今日も頑張るかのう」
「柳!凛に手出すなよ!」
「人の彼女に手を出す程飢えていないが」
「ブン太!柳はそんなことしねーだろ」
「そうですよ、丸井君。柳君は今彼女居ますから」
「は?柳先輩彼女いるんすか?」
「俺も知らねぇ」
「俺は知ってるぞ」
「ふふ、確か生徒会の副会長だったかな?」
「お前達、たるんどる!」


激しく真田君の雷が落ちて柳君以外は部室を後にした。


「椎名、マネージャーの仕事を教えよう」
「あ、分かりました」


手早くマネージャーとしての仕事を教えてくれる。
小さな手帳とボールペンを取り出してそれをメモしていく。
やるからにはしっかりやりたい。
迷惑は極力かけたくない。
丸井君と同じ常勝立海テニス部のマネージャーなのだ。うかうかしていられない。


「お前は真面目なのだな」
「何がですか?」
「先程の話の流れで彼女の話を聞かれるかと思ったのだが」
「副会長さん、とても綺麗な落ち着いた人ですよね。和服が似合いそうな。でも柳君は練習の時間をこっちにさいてくれてるので。時間勿体無いです」


そうか、と呟き柳君は何やら思案しているようだった。何だろう?
最後に備品の場所を聞いてマネージャー業の話は終わる。
よし、ちゃんとメモをとれた。
最初にするべきはドリンクとタオルの準備だ。
その後に洗濯。効率良くやらなくちゃ。


ドリンクとタオルの準備をするとものすごい声援の後にものすごい悲鳴が聞こえた。
あぁ、そうだった。すっかり忘れていた。彼らはテニス部なのだ。
前の声援は彼らに対して。後の悲鳴は多分私に対してだ。
テニス部のマネージャーはこれまでにも何人か居た様な気がする。
コロコロと代わる時期があったのも覚えている。
それもかれもこの悲鳴が原因だったに違いない。


「凛ー!大丈夫か?」
『へ?』
「いやなんつーか難しい顔してたぞ」
『ううん、大丈夫!洗濯してくるね』
「おう!あんまり初日から頑張りすぎるんじゃねーぞ!」
『はい!』


眉間に皺でも寄っていたのだろうか。
気をつけなくちゃ。私がやるべきことは彼らのサポートなのだ。
心配をさせることではない。


タオルの山を抱え、洗濯室へと向かった。
えぇと、洗濯はタオルだけ。乾燥機を使えばいいから楽チンだ。
注意点が1つ。タオルから目を離さないこと。
…変な注意点だよねこれ。でも柳君が言うことに間違いはないだろうし。
洗濯機が動いてる間に他の仕事出来そうなのにな。
それを言っても柳君はそこから離れない様にと念を押した。


トントンと洗濯室の扉を叩く音がする。誰かな?柳君が何か言い忘れたことでもあったかな?
はいと返事をすると数人の女子生徒の姿があった。
表情を見るもどうやら友好的な感じではないみたいだ。
なんか嫌な感じだな。これからもこういうことは沢山あるだろう。一人で対処出来るようにならなくては。
柳君は先にこういうこともあるだろうと教えてくれた。そういう時は遠慮なく誰かを呼んでくれたらいいとも。
でもそんなことは出来ない。皆の練習の邪魔になる。


『何か用ですか?』


声が震えそうになるのをぐっと堪える。
こういうのはびびったら負けだってちはるちゃんが教えてくれた。
バレーボールの試合の話だった気がするけど。
極力動揺を悟られないように淡々と言った。


「貴女、新しいマネージャーなの?」
『そうですけど』
「何故?」
『えっ』
「何であんたみたいな何の取り柄もなさそうなやつがマネージャーなのかって聞いてるの」
『はぁ』
「だから聞いてるのはこっちなんだけど」


洗濯機のゴウンゴウンと動く音だけが響く。
そんなこと聞かれても困る。
私は幸村君に誘われただけだ。


『幸村君に誘われたので』
「は?幸村君に誘われたの?」
「そんなこと今までなかったよ」
「嘘でしょそんなの」
『いえ、幸村君に誘われたのは本当です。幸村君に聞いてください』
「は?そんなことどうでもいいのよ」
『え?』


聞いてきたのは向こうなのになんだか理不尽だ。
あぁ、彼らの歴代のマネージャーが居なくなったのはきっとこの人達のせいなんだろう。


「ねぇ、貴女からマネージャーを辞めてくれたらいいんだけど」
『無理です』
「は?」
『私なら大丈夫だと言われたんです。だから辞めれません』
「貴女自分が何を言ってるのか分かってるの?」
『多分、分かってます。でも辞めません』
「そう、その我慢もいつまで持つかしらね」
「覚悟しときなさいよ」
「覚えときなさいよ」


そう呟くと物凄い形相をして彼女達は洗濯室を出ていった。
宣戦布告の様なものだろうか?
はぁ、怖かった。今頃手が震えてきた。
でも負けたらダメだ。
絶対に負けない。皆にも迷惑はかけたくない。
震える手をもう片方の手でぎゅっと握った。
ピィーと洗濯の終わりを告げる音がした。
手早く乾燥機へと入れ換える。
お日様で乾かした方がいいんだけど、時間をくうからそれはしなくていいとも言われた。


洗濯を終えてタオルを指定の場所に戻してコートへと向かう。
先程の女子生徒達の姿が見えた。
憎々しげにこちらを睨んでいる。
あんな顔したら可愛い顔が台無しだなぁ。


「さっき、あいつらに何か言われたじゃろ」
『仁王君?練習は?』
「まーくんは今休憩中なり。ちなみにブン太が試合しとるぜよ」
『丸井君のテニス!見たい!』


コートへと向かう途中で仁王君に声を掛けられた。
何で知ってるのだろうか。
何もなかったかのように話を変える。
心配はかけない。
そしてそんなことより丸井君のテニスは久々に見たい!


「お前さんは意外と頑固なんじゃな」
『普通ですよ』
「ククッ、面白いぜよ。誰にも言わんから早くブン太の試合見てくるといいぜよ。柳がスコア付けを教えたいと探しておったぞ」
『じゃあお言葉に甘えます』


お辞儀をしてその場を後にする。
丸井君の試合早く見たい!
真ん中のコートで丸井君がジャッカル君と試合をしていた。
珍しい!シングルスだ!
中学以来の丸井君のテニスにわくわくした。
スコアボードの横に居た柳君に手招きをされる。


「椎名、スコアの付け方を教えよう」
『はい!』
「丸井の試合の前に教えるつもりだったのだがすまない」
『いいえ、大丈夫です。これからも沢山見れますから』
「それもそうだな」


柳君にスコアの付け方を教わる。
うん、これなら大丈夫そうだ。
午前中の仕事はこれで終わった。
マネージャー業に専念したら周りの女子生徒の声は対して気にならなくなったからありがたかった。


お昼休憩の時間。
丸井君以外の面々は応援に来ていた女の子達から差し入れを貰っている。
そうか、丸井君は断ってるから渡しにくるこが居ないのだ。
ちょっとそれが嬉しかった。


「凛、顔がにやけてるぜ」
『わ、わわわ!』
「何か良いことでもあったのか?」


皆が差し入れを貰ってるのを見てたらポンと頭に手を置かれた。
何やら悲鳴が聞こえた気はするものの目の前には丸井君がいるから気にしない。


『丸井君のテニス見れたし、不謹慎だけど丸井君が女の子からの差し入れ貰わないのは嬉しかったの』
「その代わり彼女のお前がちゃんと差し入れくれねーと俺お腹減りすぎて死んじゃうからな」
『頑張ります』
「さ、飯だ飯ー!凛のお母さんの弁当かなり楽しみだぜぃ」


皆が戻ってきたので一緒に部室へと向かった。
凄い沢山貰ってるな。
マドレーヌは丸井君のだけでも良かったかもなぁ。


「椎名先輩!そのお弁当の量すげーっすね!」
「ほぉ、これまでとは。素晴らしい出来のものばかりだな」
「赤也お前にはやらねーからな!」
「えぇ!こんだけ沢山あったらいいじゃないっすかー!」
『あの、これお母さんが作ったんです。私じゃなくて』
「椎名さんのお母さんは料理上手なの?」
『そこそこには。多分、昨日私が丸井君を会わせたんで張り切っちゃったんだと思います』


みんなで輪になって座る。
お母さんから預かったお弁当はかなりの量があった。
正直、張りきりすぎな気がする。恥ずかしい。
私の右側に丸井君が居て左側には切原君が座っている。
いただきますと手を合わせてお弁当を食べ始める。


「椎名先輩!から揚げ貰ってもいーっすか?」
『沢山あるから大丈夫だよー』
「凛!これは俺の弁当!」
『でも丸井君、こんなに沢山は食べれないでしょ?』
「そうだよ、丸井。全部食べたら太るよ」
「う」
『マドレーヌもあるし、皆にも食べてもらおうよ』
「次から俺だけの弁当にしろよぃ」
「ブンちゃんがこうも独占欲が強いとは意外じゃったのう」
「うめー!椎名先輩このから揚げかなりうまいっす!」
「ふむ、玉子焼きも出汁の味がしっかりとついている」
「ちょ!俺まだ食べてねーし!」


皆で楽しく昼食を食べた。
お母さんのお弁当美味しく食べてくれて良かった。
マドレーヌも評判が良かったし。
丸井君もなんだかんだご機嫌だ。
午後も頑張ろう。


「あ、そういえば俺差し入れくれたこにマネージャーが丸井先輩の彼女って言っちゃったけど良かったっすか?」
「おぉ、別に大丈夫だぜ。むしろ広めとけ」
「隠していてもいずれ知れることでしょうしねぇ」
「その方が丸井に変な虫がくっつかなくて安心でしょ。ねぇ椎名さん」
『えっ。あ、はい』
「明後日には学校中に知れてることだろう」
「明後日ってはえーなおい」

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