一泊二日海合宿

 昨日は本当に大変だった。午前は練習のサポートだから良かったけど、午後から海に行くことになって、そこからの流れは思い出すだけで全身が沸騰しそうになる。
 それに加えて、お風呂で背中にキスマークがあるのを結華ちゃんに見付けられちゃって、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしかった。結華ちゃんが赤面しながら「水着着なきゃ見えないから大丈夫だよ」ってフォローしてくれたんだけど、なんて返事をすれば良かったんだろう?
 二度とブン太と一緒にシャワー室入らないって決めた。絶対に、何があっても断るんだから。

「本当に大丈夫そう?」
「うん、Tシャツを着てる分には大丈夫」
「良かったぁ」
「でも今日って、練習の後は全員で海じゃなかった?」
「見学かなぁ。昨日散々遊んだから今日はのんびりしたいかも」
「丸井君はそれで納得するかなぁ」
「うーん、でも見られたら困るし納得してもらわないと。結華ちゃんは?」
「私は景吾たちと海入るよ」
「そっか。結華ちゃんとも遊びたかったのに」
「あ、じゃあ私とお揃いの水着着ない?」
「え?」
「えっと、景吾がね、凛ちゃんの分も用意してくれたの。お揃いで用意しとけって。サイズがわからなかったから色々用意してくれたんだよ。見る?」
「背中は大丈夫そう?」
「うん、露出少なめだから隠れると思う。ほらこれなんだけど」

 午前の練習前、結華ちゃんに入念に後ろ姿をチェックしてもらう。背中のキスマーク、ブン太以外には絶対にバレたくない。恥ずかしいし、そんなの見せられてもみんな反応に困るだろうし。あ、仁王君は嬉々として指摘してきそうだけど、彼のおもちゃになるのだけは絶対嫌だ。
 だから海は諦めようかなと思っていたのに、跡部君が私の分まで水着を用意してくれたらしい。跡部君のことだからまた結華ちゃんのことを考えて行動したんだろうなぁ。
 結華ちゃんが二つ目のキャリーケースから水着を取り出す。パッと見たら水着には全然見えない。上下別になってて、同じ柄のTシャツとスカートのセットになってる。お腹の部分はちら見えするけどこれなら背中はカバーされてるから大丈夫そうだ。淡い色合いの水着がサイズ別に何色も用意されてるから笑ってしまった。

「跡部君、用意しすぎじゃない?」
「凛ちゃんの好きな色がわからなかったの」
「結華ちゃんは何色なの?」
「私は水色だよ」
「氷帝の色だね」
「ふふ、そうなの。凛ちゃんはどれにする?」
「結華ちゃんと同じ色にしようかな」
「うーん、丸井君が嫌がりそう」
「あぁ、そっか。えっと、じゃあこれとか?」
「そうだね、黄色がいいと思うよ」
「ありがとう」
「どういたしまして。景吾にも後で伝えとくね」

 これなら大丈夫だ。今日はシャワーだって結華ちゃんに一緒に浴びてってお願いしたから昨日みたいなことにはならないはず。
 二人で準備を整えて、部屋を出る。午前はテニスコートで練習だ。

「は? なんでだよ」
「声が大きいよブン太。だからね、背中にキスマークあったの。それで昨日の水着は着れなくて」
「あー悪い、記憶ねえわ」
「もう、結華ちゃんに指摘されて凄く恥ずかしかったんだよ!」
「そんな怒んなよ。悪かったって」
「怒ってないよ。だからね、今日は結華ちゃんが用意してくれた水着着るね」
「ふーん、別にいいけど」
「ブン太が悪いんだよ」
「へーへー、わかったって」

 テニスコートに向かうバスの車内で隣のブン太にこっそりと水着のことを報告する。
 やっぱり最初の反応は不満げ、想定内だから理由を説明すると渋々納得してくれた。自分が悪いのに渋々納得するのがブン太らしい。

「んじゃ今度は二人でプールに行こうぜ」
「いいよ」
「そん時はあの水着な」
「わかった。約束する」
「そんならいいや」
「え、そんなこと気にしてたの?」
「気にするだろい。跡部が選んだ水着着るんだろ? そんなの面白くねえし」
「ブン太はもう少し反省するべきだと思う」
「あー」
「うん?」
「反省はもう昨日すげえしたの」
「そうなの?」
「そ、だから今日はもうしねえ」
「えぇ!」

 昨日反省したから今日はしないって間違ってない? 抗議しようと思ったのにブン太は何故か得意げで、笑ってしまってそれ以上は何も言えなかった。こういうところすごく可愛い。可愛いだなんて嫌がるだろうから本人には言えないけど。
 そんなことを話してるうちにテニスコートに到着して午前の練習が始まった。

 今日の練習は昨日のような変則的なことはせずに、練習試合のような感じでやってくらしい。コートをシングルスとダブルスにわけて、ひたすら試合をする形式だ。私はシングルスコート専属、結華ちゃんはダブルスコート専属でサポートをする。
 私がシングルスコートに指名されて、ブン太はすごく不満そうだった。文句を言おうと口を開いた瞬間、幸村君に耳元で囁かれて黙ったけど、大丈夫かな?
 ダブルスコートに送り出す時に目一杯応援はしたから、ちゃんと試合頑張ってくれてるといいなぁ。ブン太とジャッカル君はダブルスコート専属だ。他のメンバーはシングルスコートと向こうを行き来している。

「凛せんぱーい! 俺、向こうで丸井先輩と試合してきます!」
「はーい! 行ってらっしゃい! 頑張ってね!」
「さくっと勝ってきまーす!」
「あ、ブン太にも頑張ってって伝えといてね!」
「へーい!」

 シングルスの試合を終えた赤也君が元気にダブルスコートへと向かっていった。
 ついさっきまで試合をしてたのに元気だなぁ。練習試合形式なので3セットマッチにはなってるけど、それでもこの暑さだ、みんなタフ過ぎる。ブン太は大丈夫かな? 頑張ってくれてるといいなぁ。
 赤也君を見送って、タオルとドリンクの補充に戻る。

「椎名さん、ちょっといいかな」
「幸村君? 今はちょうど手が空いてるから大丈夫。スコア?」
「違うよ。話があるんだ」
「話?」
「俺が跡部にお願いしたんだ。椎名さんをシングルスコート専属にしてって」
「そうなの?」
「椎名さんなら理由わかるよね?」

 仕事の合間、幸村君に声を掛けられた。
 てっきり跡部君が決めたんだと思ってたから幸村君がお願いしたってのは意外だった。結華ちゃんとの兼ね合いでそうなったのかと思ったら、まさかの幸村君?
 ……嫌な予感がする。ブン太が昨日散々反省したって言ってたのはもしかして……嫌な汗が背中を伝う。理由って多分アレしかないよね。

「ええと、多分」
「それなら良かった。昨日、丸井には釘を刺しておいたから。これも罰みたいなものかな。一応椎名さんには伝えておこうと思って」
「わ、わかりました」
「じゃあ残りの練習も頼んだよ。あ、水分補給はしっかりするように」
「うん」

 冷や汗をかく私とは逆に、幸村君は終始にこやかだった。直球であれこれ言われなかったのは幸村君の配慮だと思うけど、にこやかに言われるのも結構くるものがある。
 次はないようにしよう。絶対に。どうにか頑張ってブン太の誘いを断ると決めた。
 顔から炎が出そうなくらい恥ずかしい。

「凛せんぱーい! 戻りました!」
「おかえり赤也君。はい、ドリンク。ブン太とのダブルスどうだった?」
「あざっす。さくっと勝ってきましたよ!」
「わ、凄い! ブン太は大丈夫だった?」
「丸井先輩ですか? あーイライラはしてましたけど、ちゃんとテニスで発散してたから大丈夫じゃないっすかね?」
「イライラはしてたんだ」
「あの丸井先輩がこの状況でイライラしないと思います? 逆に心配しますよ」
「ふふ、確かに」
「んじゃ俺は今度あっちで海堂と試合なんで!」
「はーい。頑張ってね」
「あ! 丸井先輩から伝言! 水分補給ちゃんとしろって! ちゃんと飲んどいてくださいよ!」
「うん、わかったよ!」

 幸村君に続いてブン太からも水分補給をするように言われてしまった。ちゃんと合間合間に水分は摂ってるのになぁ。相変わらずみんな過保護だ。慣れたもので、前みたいに気にはならない。あぁ、すっかり私もテニス部の一員だ。
 言われた通り水分を摂って、練習のサポートへと戻った。

 練習を終えて、ホテルで昼食を取ったら午後から海だ。昨日と同じところかと思いきや貸し切りのプライベートビーチ。
 跡部君は相変わらずやることなすことスケールが大きすぎる。

「お、結構似合ってんな」
「ほんと? 良かったぁ」
「けど、露出少なくねえ?」
「私だって本当はこれくらいの水着が良かったんだよ」
「昨日ヤツのが似合ってたっつーの。跡部が用意したっつーことは、跡部の趣味ってことか」
「用意してくれたのは聞いたけど、跡部君が選んだとは聞いてないよ」
「どうだかな」

 プライベートビーチにはパラソルやビーチチェア、それに海の家みたいなものが用意されている。海の家と言うより、これはもうお洒落なカフェなんじゃないかと思ってしまうくらいの外装だ。専属のシェフと店員さんまでいた。

「凛ちゃーん! 遊ぼう!」
「はーい!」
「噂をすればお誘いが来たな。お、跡部もいるぜ」
「さっきの話、跡部君にするの?」
「そりゃ、聞いてみたいだろい?」

 ブン太と二人で海のカフェとビーチを眺めていたら結華ちゃんから呼ばれた。
 跡部君にさっきの話をする気満々だけど、ブン太はどんな反応を求めてるんだろう? 彼ののことだから否定も肯定もあっさりしそうだ。前回の焼き肉の時だって、唯一固まったのは結華ちゃんの一言だったからなぁ。

「ほら行くぞ」
「うん」

 ブン太に手を引かれ、結華ちゃんたちと合流する。周りに芥川君と忍足君もいる。今日は昨日と違って落ち着いて遊べそうだ。
 昨日のビーチバレーはそれはもうハードだったから。ハンデは貰ったよ? 貰ったけど、そもそもの体力が私とブン太たちとでは違いすぎる。しかもビーチバレーって二人しかいないからね、本当に大変だった。

「丸井くーん! 今からイルカ見に行くんだって!」
「「……え(はあ?)」」
「桟橋にクルーザーが停めてあるのが見えるだろ。行くぞ」
「野生のイルカが見られるってホテルで聞いたの。それで急遽、景吾にお願いして。楽しみだね、凛ちゃん」
「う、うん」
「びっくりしとるとこ悪いんやけど、付き合うてやってくれへん?」
「マジかよ」

 合流して早々に芥川くんがなにをするのか教えてくれた。イルカ? え、イルカを見に行くの? プライベートビーチを貸し切ったにも関わらず、そこでは遊ばずに船でイルカ? 相変わらず跡部君も結華ちゃんもスケールがものすごく大きい。想像を遥かに越えられてしまった。
 跡部君が指差す先に桟橋があって、そこに小型のクルーザーが停めてあった。既に跡部君は歩き出していて、結華ちゃんは後を追っている。芥川君も二人に付いていきながら手を振っている。

「お前んとこの大将、相変わらずだな」
「滅多に言わない結華のワガママやからなぁ。張り切ってしもたんやろ。ほな、俺たちも行こか」
「しょうがねぇ、付き合ってやるか。イルカは見てみたいだろ?」
「うん、それは見たいかも」

 忍足君に促されて、三人で桟橋へと向かう。突然の提案に驚いてしまったものの、ブン太の言うようにイルカは見たい。野生のイルカを見るなんて初めてだ。

「すげえ、ワクワクするよな!」
「うん、すごく楽しみ」
「相変わらず仲好しさんやなぁ。なんやホッとしたわ」
「心配しなくても仲良くやってるに決まってんだろい」
「跡部と結華とも仲良おしてくれて助かっとる。結華は跡部以上に友達おらへんから」
「あーそれ理由聞かなくてもわかる気ぃする。跡部が原因だろ」
「え、そうなの?」
「そやなぁ、間違ってへんな。意外と気ぃ強いとこあるしなぁ。そうや、こないだやって――」

 隣のブン太もいつも以上に楽しそうだ。それは私も同じで、忍足君の話を聞きながら先に待ってる三人と合流した。
 野生のイルカ、楽しみだな。結華ちゃんの話をあれこれ聞いてしまったことはひとまず置いておこう。合流する前に忍足君に「アカン、これオフレコな」と言われたからだった。

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -