水着を買いに行こう

「凛ーまだかよ?」
『ちょっと待って!』


本当にこれ着るの?私はワンピースの水着が良かったのに。ブン太の勢いに負けてしまった。
試着室の中で渡された水着とにらめっこの最中。裏切った梨夏とちはるちゃんを恨めしく思っても仕方無いと思う。


どうして私がブン太と水着を買いに行くことになったのか。事の発端は期末試験休みに入る前の赤也君の言葉だった。


「明日から試験休みだからね。みんな頼んだよ」
『ブン太のことは任せて』
「仁王君は私が」
「頼むぜよ」
「俺もブン太達と勉強させてもらうか」
「おージャッカルはもう強制だぜい」
「では赤也は予定通り俺達と勉強だな」
「げ」
「拒否権は無いぞ赤也」
「いやいや俺も大丈夫っすよ!」
「赤也、過去にもそう言って一人で勉強して結局赤点を回避出来たことなかったよね?」
「ぐ。けど俺だって成長してるんです!やるときはやれる男なんすよ!最後くらい信じてくれたっていいじゃないですか!」


赤也君は真剣に言ってるけど本当に大丈夫なのかなぁ?誰も何も言わないけど思ってることは似たようなものだと思う。


「じゃあ俺一人で頑張って赤点回避するんで本当に有言実行出来たらご褒美ください!」
「逆に出来なかった場合どうするんだ赤也」
「そ、それは」
「そうだね、そこを決めておかないとね」
「精市大丈夫なのか」
「ここまで赤也が言うのだから頑張ってもらおうじゃないか。ただし赤点を取ったらどうするかもちゃんと決めてもらうよ」
「私達も夏で引退ですしね、最後くらい切原君に任せてみましょうか」
「いやあの」


自信満々だった赤也君の表情が柳君の一言でみるみる不安げなものへと変わっていく。ブン太私仁王君ジャッカル君は傍観だ。こういう時の幸村君達には口を挟まない方がいいのをみんな知ってる。


「それで、赤也はご褒美何がいいんだい?」
「せっかく夏なんでみんなで海に泳ぎに行きたいっす!」
「なんだそんなことでいいんだ」
「成る程、海水浴か。良いトレーニングになるな」
「海水浴場ならば近くにあるしいいだろう」
「ではご褒美は海水浴と。赤点を取ったらどうしますか?」
「全国大会までゲーム禁止にしようか。家でもゲームセンターでも禁止ね赤也」
「げ」
「それならば釣り合いが取れるな」
「いやちょっとそれは」


さくさくと話がまとまった。赤也君が何か言いたげだけどそれを四人は華麗にスルーしている。そのまま帰る流れになって試験休みに突入した。
結論から言うと結局赤也君は私達に泣きついてきた。そうして私達の勉強会に自ら参加しにきたのだった。


「へぇ、赤点回避で海に行けるんだね」
「そうなんすよ!」
「結局俺達に頼ってんじゃねぇか!」
「俺は薄々予測してたぞ」
『まぁ一人増えるくらい別に大丈夫だよ』
「つってもコイツ二年だからテスト勉強の邪魔にしかなんねえし」
「酷いっすよ丸井先輩!」
『とりあえず英語から重点的にやろうね』
「うっす!」


赤也君を交えての勉強会は中間テストの時より賑やかなものになった。赤也君、人懐っこいから直ぐに梨夏達とも打ち解けてくれたのは良かった。


「そーいや凛先輩はどんな水着なんすか?」
『水着?あ!』
「どしたの凛」
「着れる水着がないんじゃね?」
「相変わらず凛の考えてること丸井は直ぐわかるんだね」
「八月も千葉に行くから椎名さん水着無いと困るよ?」
『確かにそうだよね青木君。水着のことすっかり忘れてた』


去年は一年ベルギーだったし泳ぐ機会なんてなかった。一昨年だって学校の授業でしか泳いでないから学校指定の水着しか持ってない。


『梨夏、ちはるちゃん』
「んじゃ俺と買いにいこーぜ水着」
『えっ』
「テストの最終日に行けばいいだろ?」
『水着でしょ!?』
「んじゃどんな水着にするか決まったら教えてくださいね」
「丸井と行っておいで凛」
「私とちはるは去年買ったのあるし」


普通は女の子同士で買いに行くものなんじゃないの!?水着売り場って女の子ばっかりだよ!?ブン太が立候補したことで梨夏とちはるちゃんが引いてしまった。赤也君は言いたいことだけ言って英語の勉強をするべくノートに視線を落としている。
そうして試験最終日にブン太と水着を買いに行くことが決まったんだった。
青木君とジャッカル君の何とも言えない表情が忘れられない。


「凛、まだかよ」
『もうちょっと!』


ブン太が選んだのは鮮やかな赤いハイビスカスが散らされたビキニだ。パレオが付いてるけど派手過ぎるよこれ。
と言うかブン太はどうしてこの状況平気なんだろ?水着売り場は大勢の女の人がいたのに全く気にしてないみたいだ。周りの視線私はものすごい気になるのに!目立ってて恥ずかしいのに!半ばヤケクソでブン太に渡された水着を試着する。露出の範囲が多すぎてクラクラしてきた。着替えたところで試着室のカーテンを小さく開けて顔だけを外に出す。


「やっと終わったのかよ」
『う、うん』
「なんだよ、早く見せろって凛」
『いやいや、恥ずかしいから全部開くのは止めて』
「あー、んじゃちょっと下がれって」
『わかった』


勢いよくカーテンを開こうとする手を止める。ブン太は未だに注目の的になってるからそんなとこでこの水着をお披露目したくはない。恥ずかしくて死んじゃう。ちらりと周りを確認して私の言いたいことが伝わったのかカーテンから手が離れた。それを確認して一歩下がる。そしたらカーテンの隙間からブン太が顔だけを覗かせた。


『なんか言ってよ』
「あーちょっと後ろ向けって」
『こう?』
「パレオあるけどこれはダメだな」
『うん、やっぱりワンピースが』
「んじゃ次これな!」
『えっ』
「逆モノキニ?ってやつ?これなら後ろから見たら普通の水着だからいいだろい?」


ブン太が珍しく直ぐに反応をくれなかったから少し驚いた。ビキニがダメだったことにはホッとしたけどワンピースに辿り着くにはまだまだ遠そうだ。逆モノキニ?いつの間に次の水着を用意してたのか。
えっとモノキニってのは前から見たらワンピースで後ろから見たらビキニっぽくなってるやつだっけ?逆モノキニはそのままそれが逆になっている。前から見たらビキニになってて後ろから見たら普通の水着っぽくなってるやつだ。
赤いチェック柄は可愛いし背中がレース網になっててそれも可愛い。ビキニの胸の部分もフリルになっててさっきよりはだいぶ着やすくはなってると思う。けども、けどもですね、結局前はビキニになっててこっちはパレオも無いんですけど。


「凛そろそろ着れたかー?」
『うん、着れたよ』
「お、後ろは?」
『こんな感じ?』
「いいんじゃね!これに決まりな!」
『!』
「何がダメなんだよ、すっげー似合ってんじゃん」
『これならさっきのパレオの方が』
「ビキニはぜってぇダメ」
『えぇ』


この逆モノキニと違いが全然わかんないよ!他のも試着しようと粘ったのに結局ブン太に押しきられてしまった。


『本当にこれ着るの?』
「おう!他の買ってきたら俺拗ねるからなー」
『買いに行く暇がもうないよ』
「ならそれ着るしかねぇよな」


上機嫌なのは良いことだけど、結局ビキニと逆モノキニへのこだわりの違いはわからなかった。と言うか自信満々に「拗ねるからな」だなんて言うから笑っちゃったし。


『海楽しみだね』
「お前泳げんの?」
『そこそこには』
「真田が遠泳とか言わねーといいけど」
『良いトレーニングになるとか言ってたよ?』
「……赤也赤点取ってねぇかな」
『いやいや、頑張って勉強してたから赤点は困るよ!』
「だよなー。仁王と遠泳連れてかれないといいけど」
『何で仁王君とブン太?』
「レギュラー陣の中じゃ俺と仁王がスタミナ不足って言われんの。つっても俺と仁王だってそこらのヤツらには負けねーけど。真田達が化け物過ぎんだよなぁ」
『遠泳に連れて行かれないこと祈っとくね』
「おお、まぁお前いるし誘われても断るけどな」
『うん?ありがとう?』


またもや心配性が発動している。ブン太が真田君と仁王君と遠泳行っても別に平気なんだけどな。


「その顔わかってねーな」
『そこまで心配しなくても他にも柳君や幸村君いるし大丈夫だよ?』
「ナンパとか色々あるだろ。だからビキニ止めたっつーのに」
『えぇ、ないない。大丈夫だよ!それなら逆にブン太のが心配だよ!』
「俺?いや大丈夫だろ。つーか凛もそういう心配すんだな」
『そりゃするよ!』
「初めてじゃね?」
『だって』


逆ナンパの心配なんて今までする必要なかったんだもん。今日一緒に買い物に行って改めてブン太がモテることを認識したと言うか。周りから「カッコいい」って言われてるブン太が悪い。声を掛けようとしていたお姉さんもいたんだよ。ブン太は気付かずにこっちに一直線だったけど。


「まぁ心配すんなって」
『じゃあブン太も心配しないでよ』
「俺はする」
『えぇ』
「だから楽しみつつ気を付けろよ凛ー」


逆ナンパの心配をしたことが嬉しかったらしい。更に機嫌が良くなった。ブン太の彼女だったら誰もが心配することだと思うんだけどなぁ。そんなに珍しいこと言ったつもりないのに変なの。


「後は赤也が赤点取ってないことを祈るだけだな」
『大丈夫だとは思う』
「結局俺達が教えたこと自分でばらして海水浴行きつつゲーセン通い禁止になりそうじゃねぇ?」
『それは、ありそう』


赤也君のことだから赤点回避した勢いで自分で口走る可能性あるなぁ。一応注意だけしといてあげようかな?


「お、んじゃアイツらも呼ぼうぜ」
『アイツら?』
「いいから俺に任せとけ!」
『うん、わかった』


青学かな?氷帝かな?どっちだろ?鼻歌混じりに誰かに連絡してるけど。海水浴も大人数になりそうだなぁ。海で泳ぐなんて久しぶりだから楽しみかも。家に帰った頃には水着に対しての不安もすっかりなくなっていた。


2019/07/24

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