梅雨入り

昨日関東大会があったので今日は練習が休みになった。梅雨入りが発表されて朝からしとしとと雨が降りだしたからちょうど良かったかもしれない。前に約束した通り今日はブン太がうちに遊びに来る番だ。それも昨日の帰りに強引にブン太が決めたのだけど。


『いらっしゃい』
「おお、お邪魔しますっと。ったく雨が鬱陶しいよなほんと」
『梅雨入りしたから仕方無いよブン太』
「ま、練習が休みで良かったぜ。ジメジメすんの嫌だし」
『そうだねぇ。あ、何を作るか決めた?』
「なぁ凛って和菓子作れんの?」
『うーん、抹茶味とかなら洋菓子であるけど和菓子自体はないかも』
「んじゃ水無月作ろうぜ。ちょっと時期には早いけどな。ちゃーんと材料買ってきたし」
『水無月?』
「簡単に言うとういろうな?俺一回和菓子も作ってみたかったんだよ」


ういろうって確か米粉を使った和菓子だよね?和菓子は洋菓子とはまた違った難しさがあるってお父さんが言ってた気がする。大丈夫かな?ブン太をリビングへと案内すると水無月の作り方の書いてある紙を見せてくれた。読んでみると意外と簡単そうだ。


「最初だし簡単なやつにしてみたぜ」
『和菓子もこの先作ってみたいってこと?』
「そうそう、そしたら洋菓子の幅が広がりそうじゃね?」
『確かにそうだね』


ブン太のことだからそのうち餡まで作りたいとか言い出しそうだなぁ。それも楽しいかもしれない。レシピを説明しながら買い物袋の中身を取り出している。葛粉はさすがにうちに無かったから買ってきてくれて良かったぁ。


『チョコ味の水無月って作れるかな?』
「お、面白いこと考えんな」
『美味しいかなぁ?』
「もちもちしたブラウニーだと思えばいいんじゃね?とりあえずやってみようぜ!」
『分かった』


もちもちしたブラウニーか、確かに言われてみればそんな感じする。それならとブン太の提案で抹茶味の水無月も作ることになった。一人より二人の方がぽんぽんアイディアが浮かんでくるから楽しいよね。


「凛、それ取って」
『はいこれ』
「んじゃ次は」
『砂糖だよね?和三盆あるけど使う?』
「は?いいのかよ」
『せっかく和菓子だしちょうど良かったよね』
「んじゃ使う。あ、先に味見してぇ」
『はい、こっちからならいいよ』


お母さんが取り寄せたのがこないだ届いたんだ。商品に使うには高すぎるけど家で使うためにって頼んだやつ。私はもう届いた日に味見したけどお上品な甘さがとっても美味しかった。


「お、やっぱそこらの砂糖とは違えな」
『ね!美味しいよね』
「つーことは、水無月もかなり美味しくなるよな」
『うん、絶対美味しくなると思う』


ういろうは和菓子初心者の私達でもとっても簡単に作れそうだった。丁寧に混ぜて蒸すだけだもんね。これなら失敗しそうにも無い。


「なんか初めて一緒に作る感じがしねえ」
『急にどうしたの?』


後は蒸しあがるのを待つだけだ。珈琲を用意して二人でダイニングテーブルに座ってる時にブン太がぽつりと呟いた。なんだか嬉しそうなのはどうしてだろう。


「いや、お前俺が欲しいもん説明する前に全部分かってくれただろい?」
『何となく次はこれかなー、あれかなー?って思っただけだよ。水無月作りの手順は書いてあったし』
「それでもさ、なんかこういうのいいなって思ったんだよ。ま、今までの彼女とこうやって何か作ったこと無かったけどな」
『じゃあブン太の初めてだね』
「おお、そういうことになるな!」


確かに言われてみればとてもスムーズに作れたような気がする。でもそれってブン太にも同じことが言えるんだけどな。あれが欲しいなって思ったときにはもうブン太が隣で用意してくれてたし。


『でもそれってブン太も同じだと思うよ』
「そりゃお前のこと考えて動いてたからな」
『…わ』
「ここで照れんのかよ」
『不意打ちはズルいよブン太』


好きだって言葉にはだいぶ慣れたような気がするけどこうやって普通の時にそうじゃない言葉を突然言われるとドキドキしてしまう。好きって言われてもドキドキするけど不意打ちはそれ以上の破壊力だ。ブン太はこうやってたまにズルいことを言うんだよね。私の反応にニヤニヤと満足気に笑ってるし。


「事実だろ、ズルくなんかねぇし」
『急に言うんだもん』
「お前なぁ、もっと恥ずかしいこと色々してんだろ」
『それはそれ、これはこれ!』
「一緒だっつーの」


ブン太の言葉に昨日の帰りのことを思い出して急に恥ずかしくなってきた。せっかく跡部君が送ってくれるって言ったのにそれを断るから何でだろ?って思ってたらまさかその日のうちにまたキスマークをつけられるだなんて思ってもなくて、しかも前回と違って外でだし。何ならうちは直ぐそこってとこで突然そんなことしてくるから心臓が色んな意味でドキドキした。そのまま家まで送り届けられてお母さんに玄関で会ったら「凛、丸井君と仲良しなのはいいけどその首の痣お父さんには隠してあげなさいね」と言われてしまった。
恥ずかしくて顔から火が出るかと思ったくらいだ。昨日ことを思い出してキスマークがついてる場所を触る。お父さんに会う前にちゃんと隠せたから今日は大丈夫なはず。


「お前何やってんだよ」
『何でもない』
「と言うかさっき思ったんだけど昨日の今日なのにキスマーク薄くなってねぇ?」
『そんなことないよ』
「ちょっと手どかせって凛」
『だ、大丈夫だよ』
「その大丈夫の意味がわかんねぇだろ。ほら」


自分が悪いよ、こればっかりはキスマークに触ってしまった自分が悪いけどわざわざ私の隣に移動してまで確認することなのブン太!?早くその手をどかせと言わんばかりに腕を掴まれたので大人しく力を抜くことにした。うう、こういう時のブン太は絶対に諦めないよね。


「あー薄くなってんじゃねぇのな」
『うん』
「何でわざわざコンシーラーで隠したんだよ」
『お母さんがお父さんにはバレないようにしなさいって』
「あー…それか」
『うん、だから嫌とかじゃなくてね』
「そこは別に気にしてねぇよ、お前俺の嫌がることしないの分かってるし」
『それなら良かった』
「ま、でもバレなきゃいいってことだもんな」
『そう、なるね』


これを機にもうちょっと目立たないとこにつけてくれるかなって期待したけど無理だったみたいだ。昨日跡部君に言われたことを思い出す。


「じゃあ慣れろ。女の嫌がることはしちゃいけねぇが嫌じゃないのなら好きな男の好みに合わせるのも女の務めだ」


これって結構ハードル高いと思うよ!けど何をどう言ったって結局私が本気で嫌がらない限りブン太は止めないんだから素直に従った方がいいのかもしれない。かと言って恥ずかしいことには変わりないのだけれど。


「そろそろ水無月出来ただろい」
『あ、そうだね。そんな時間だね』


ブン太の言葉に我に返り蒸し器を確認する。見た感じもう大丈夫そうだ。後は常温で冷ますだけなのでゆっくりと蒸し器から取り出して表面の水滴をふいて置いておくことにした。


「なぁ」
『んー?』
「凛の親父さん達って昼メシはこっちに戻ってくんの?」
『来ないよー。仕事中はずっとお店にいるかな』
「ふーん」
『何で?』
「や、挨拶くらいはしとけって言われたんだよ」
『誰に?』
「うちの親」
『じゃあ裏から行く?』
「裏?」
『住居と店舗の裏のスペース繋がってるから』
「んじゃ挨拶しに行くか」


「冷ましてる間暇だしな」そう言ってブン太が立ち上がるので案内することにした。正直かなり意外だった。そういうのって男の子は嫌がりそうだなって思ってたから。ブン太に限らず男の子って彼女の両親に会うのって面倒だと思い込んでた。


「なんだよ、難しい顔して」
『ちょっとびっくりしたから』
「何でだよ」
『面倒じゃないのかなって』
「あー前はそう思ってたけど今は違え」
『どうして?』
「お前さ、俺が本気なの分かってねぇな」
『え、…あ!えぇと違』
「後から覚えとけよ凛」


どうやらブン太は私の言葉に一気に不機嫌になってしまったらしい。後からって何?え、ちょっとだけ怖い。けど扉を開けたらお父さんの仕事場だからもうその話をすることは出来なかった。先に私が入ってお父さんに確認してからブン太を呼ぶ。二人とも大丈夫かな?ブン太機嫌悪いのにいいのかな?とか思ってたけど初顔合わせはスムーズに進んだ。どうやらお母さんからある程度話を聞いてたらしい。ブン太がパティシエを目指してるのが良かったらしく話に花が咲いている。ブン太ってもっと融通の利かないとこあると思ってたのにな。知らない一面が見れたような気がして嬉しくなってしまった。


「凛、何一人で笑ってんだ」
「そうだぞ、せっかく丸井君と新作のケーキの話をしてたのにお前はぼーっとして」
『二人が意気投合してくれたのが嬉しくて』
「当たり前だろい」
「当たり前じゃないか」


二人の声が重なったので吹き出してしまった。どうやらお父さんはお母さんに話を聞いていただけじゃなくてブン太のお母さんのことも知ってるらしい。暇な日に店番もするからその時に話したって言ってた。さすが気付いたらうちの常連さんになってただけのことはある。


「凛、さっきの話覚えてるよな?」
『え?』
「忘れたとは言わせねぇからな」
『ブン太?あ!さっきのは本気なの分かってなかったとかじゃなくて』
「言い訳は聞かないって俺決めてあるから」
『えぇ!?』
「ついでに俺にもキスマークつけたらいいんだって」
『嘘でしょ!?』
「俺、凛に嘘ついたことねぇし」
『いやそういう問題じゃ』


だから水無月を私の部屋で食べようって言ったの!?え、ちょっと待って!お父さんもお母さんも仕事中だからこっちに戻ってくることは無いだろうけど、本気で?後から覚えとけよってそういう意味?気付いた時には組み敷かれている。これは抵抗しても無駄な気がする。と言うか抵抗はどれだけ恥ずかしくてもしない、けど。


「んじゃお手本見せてやるよ」
『おて、お手柔らかに』
「それは約束出来ねえなー」


まだ真昼なのにするの?けどもうブン太は止まりそうにも無いから大人しく身体を委ねることにした。せめて目立つとこにはもうキスマークつけないでほしい。何だろう、昼間なのも恥ずかしいし声を聞かれることは無いだろうけどお父さんお母さんが比較的近くにいるからか悪いことをしてる気分になるのは何でだろう。


「俺がどんだけ本気なのか分かるまで止めないからな」
『え』
「覚悟しとけよ凛」


まだ水無月一口も食べてないのにブン太は本当にあれこれ止めてくれなかった。キスマークをつける練習って普通みんなするのかな?なかなか上手く出来なくて大変だったけど一ヶ所それなりに出来たからそこだけは妥協してもらった。私、ブン太に振り回されてばっかりだなぁ。けどそれもブン太だから全然苦じゃなかった。ブン太が言うことを本気にしてなかったわけじゃないけれど、本当にそれでいいのかなとは思ってたことは結局言えなかった。きっとまた不機嫌にさせてしまうし。悲観してたとかじゃなくて、ブン太を信じてないわけでもなくて、でも上手く説明出来る自信も無かった。
けれど今だけ見てたらいいような気はしてる。ブン太は私のことを好きで、私もブン太のことが好きだ。今それだけ分かってたら問題は無いよね。


結局水無月を食べれたのは二時間後だった。お昼ご飯も食べずに何をしてたのか。…思い出すだけで恥ずかしいからあのことは考えないでおく。ブン太の機嫌が直ったから良しとしようかな。


付き合って一回やっちゃうと頻繁にそういう感じになるよね。特に学生は(笑)久々のショコラティエになってしまった。久々過ぎてあちこちガタガタかもしれない。
2018/12/22

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