合同練習

午後も大忙しだ。
ひたすらスクイズボトルにスポーツドリンクの補充をしてタオルを回収して配る。
合間にスコア付けを手伝ったりブン太の様子を伺ったりとバタバタしていた。


「椎名さん、今のうちにケーキを取ってきてくれないかな」
『分かりました』


今日の最後の試合が始まると同時に幸村君に言われたのでケーキを取りに行くことにした。
柳君と乾君はもう真剣に練習試合をしてるみたいだ。
これならきっと気付かれてないよね?
ブン太もジャッカル君とダブルスの試合をしてるみたいだし周りに気付かれないようにそっとテニスコートを抜け出した。


『これで良しと』


家庭科準備室に預けていたケーキを回収して部室へと戻ろうとした時だった。
廊下に斎藤さんが佇んでいる。
びっくりしてケーキを落とす所だった。
危ない。シフォンケーキならまだしもタルトは落としたら大変なことになってしまう。


「………」
『………』


えぇとたまたまここに居たわけじゃないよね?
今日は学校だって休みだし。
確実に私に用事があるんだろうけど斎藤さんは私に視線を合わせたまま無言だ。


「今度から話があるって言われても聞かなくていいよ」


梨夏に言われた言葉が頭を過る。
話したって平行線なことは分かってるけれど進行方向に斎藤さんは立ってるわけで話さずに隣を横切ることは不可能なような気がした。


『あの』
「……」
『斎藤さん?』
「何で貴女なの」
『……』
「ねぇ、何で?何で私じゃないの?」


淡々と斎藤さんが言葉を吐き出していく。
感情的な言葉なのに何故かそれは無機質でとても静かに廊下に響いた。


『斎藤さんがブン太を手放したんだよ』


私の言葉にかっと火が着いたように斎藤さんの表情が険しくなる。
今多分言ってはいけないことを言ってしまった気がする。


「貴女のせいでしょ!何で帰ってきたの!ずっと留学してれば良かったじゃない!」
『海外留学は一年だよ』
「帰って来なきゃ良かったのに」
『例え私が帰って来なかったとしてもきっとブン太は斎藤さんを好きになって無かったと思うよ』
「私の気持ちも知らないで勝手なこと言わないでよ!」


『斎藤さんの気持ちは分からないよ』とは言えなかった。
立場は違うけど斎藤さんだってブン太のことが好きなんだから彼女をこれ以上傷付けることを言いたくなかった。


『斎藤さんはどうして今なの?』
「何が」
『だってブン太のことずっと好きだったんでしょ?どうして今なのかなって』
「立海の生徒とはもう二度と付き合わないってブン太が言ったし」


あぁ、そういうことか。
そうやって気持ちを押し込めてたのにブン太が私と付き合い始めたからこうなっちゃったのか。
私が斎藤さんだったとしてももしかしたらもう一回付き合えるかもって期待しちゃうかもしれない。
そもそも二股をしないけれど。


『斎藤さん、無理だよ。何度言われても私は別れないよ』
「そんなの分からないでしょ」
『確かに分からないけど私に話しても意味は無いと思う』


ブン太に振り向いてほしいのなら私と話すんじゃなくてブン太と話さなきゃいけないんじゃないかな?
って斎藤さんの応援をしてるみたいだけれど。
きっと斎藤さんだって分かってるんだろう。
けどそれをしたら本当に終わっちゃうから怖いんだと思う。


「じゃあブン太貸してよ」
『ブン太は私の物じゃないです』
「話す時間くらいくれたっていいでしょ!」
『ブン太に聞いてください』
「貴女から言ってくれれば」
「凛ちゃーん!迎えに来たよ!ってもしかして取り込み中だった?」
『菊丸君と柳生君?』
「幸村君に言われましてね。私と菊丸君で迎えに来ましたよ」


斎藤さんの背後の廊下から菊丸君と柳生君が現れた。
またもやきっと心配させてしまったのだろう。
幸村君はもしかしたらこうなることも分かってたのかな?


『えぇと』
「もう話は終わった?」
「終わってないから放っておいて」
「そうは言われましても椎名さんは部活中ですので」
「何の話をしてたの凛ちゃん」
『ブン太の話を…』
「斎藤さん、お話は次の機会にして貰えませんか?」
「嫌」
「あー、そゆことね。君は丸井のこと好きなんだねー」
「アンタ誰」
「斎藤さん、それが初対面の方に対する態度とは」
「俺ねー青学の菊丸って言うの!丸井の友達!そんでさ、どんだけ君が頑張ってもさ丸井と凛ちゃんは別れないよん。だから辛いだろうけど諦めた方がいいよ?せっかくの美人さんなんだから」
「貴方には関係無いでしょ」
「関係あるある!俺はね丸井がどんだけ凛ちゃんのこと大事にしてるか今日聞いたばっかだからね!アイツ凛ちゃんのこと本当に好きなんだよ」
『き、菊丸君』
「……」
「凛ちゃんはねいっつも丸井のこと優先して考えるんだって。自分のことより丸井のことをね。周りに対してだっていつもそんな感じですんごい自慢の彼女だって言ってたよ?後ねー」
「もういい!それ以上聞きたくない」
「辛いだろうけどさ、ちゃんと現実見なきゃ駄目だよ。余計にしんどくなっちゃうからね?君だけじゃなくてきっと誰も二人の間には入っていけないんだからさ」


私と柳生君はすっかり蚊帳の外だった。
菊丸君がいつもと同じように彼女のことを諭している。
堪らずに斎藤さんは声を荒らげて足早に去っていった。
その背中へと「ちゃんと前向けるといいねー!」と菊丸君が声を掛けている。
斎藤さんとは初対面なはずなのに菊丸君大人の対応だったなぁ。


「椎名さん大丈夫でした?」
『あ、はい。二人が来てくれたから助かりました』
「俺言い過ぎたかな?」
「いいえ、菊丸君の言うことは正しいですよ」
『二人ともありがとう』
「俺から丸井の話聞いたのは内緒ね。さっき黙っとけって言われたんだった」
「丸井君はあぁ見えてシャイなとこありますからね」
『分かった。内緒にしとく。後あの』
「さっきのこのこと?内緒にしとけばいいのかにゃ?」
「それで椎名さんはいいんですか?」
『うん、それでいい』
「では私達だけの秘密にしておきましょう」
「りょーかい!んじゃ戻ろっか」
『ケーキの準備しなくちゃですね』
「おーいし達が部室の飾付けしてるんだ!乾と柳喜ぶといいなー」
「きっと喜んでくれるでしょう」


ここに来たのが二人で良かった。赤也君とか真田君だったらきっと黙っておくことに反対しただろうから。
柳生君と菊丸君でケーキを持ってくれたので私だけ手ぶらで何か変な感じだ。
ケーキくらいちゃんと持てるのになぁ。
断ったら「女性に持たせるわけにはいきませんから」「俺も右に同じー」と言われてしまった。


「お待たせお待たせー!」
『遅くなってすみません』
「何かあったのかい?」
「いえ、ケーキの確認をしてきただけですよ」
「今は丸井ジャッカルが桃城海堂と試合をしていて赤也と弦一郎が越前と不二と試合をしている」
「後は柳と乾が試合をしている所だ」
「いきなり乾と柳の誕生日をお祝いするだなんてびっくりしたよ」
「タカさんもかい?俺もさっき手塚から聞いて驚いたよ」
「にゃははーこういうサプライズは知ってるのが少ない方がいいからね!」
「本当は菊丸にも知らせる予定では無かったのだがな」
「手塚と不二が話してんの聞いちゃったんだよね!」
「さぁ準備をしてしまおうか」


幸村君の言葉で部室を誕生日仕様へと飾付けていく。
ケーキを出したら青学のみんなが感嘆の声をあげてくれた。
最近こういうのあんまり無かったからちょっと気恥ずかしい。


「だいぶ豪華じゃの」
『だねぇ』
「何かあったか?」
『何で?』
「斎藤がおったからな。昼過ぎまで姿が見えとったがさっきはおらんくなってた」
『大丈夫だよ』
「そうか」
『うん。仁王君は?抹茶のシフォンケーキとフルーツタルトどっちが食べたい?』
「強いて言うならシフォンケーキかの」
『やっぱり?』
「甘すぎるのは苦手ぜよ」
『知ってる』


『仁王君は斎藤さんが居たの気付いたんだね』とは言えなかった。
きっとまたはぐらかされてしまうだろうし私が首を突っ込むのは違う気がした。
きっと彼はそういう深いところを人に簡単には話したりしないだろう。
それならば私ももう色々聞くのは止めようって決めたんだ。


「わ!なんすかこれ!?」
「どうしたんだこれは」
「英二張り切ったね」
「凄いッスねほんと」
「ケーキは凛ちゃんが担当だから俺達はその分飾付け頑張ろうって手塚と決めたんだー!」
「殆ど菊丸に任せたがな」
「手塚だって手伝ってくれただろー?謙遜しちゃってさー!」


最初に試合を終わらせたのは真田君達だった。
一気に四人戻ってきたから賑やかだなぁ。
不二君が真田君達にこれからのことを説明してるみたいだ。


「あっちー!ジメジメすんな」
「もうすぐ梅雨入りだから仕方無いぞブン太。ってなんだよこれ」
「いきなり部室内変わり過ぎじゃないッスか!?」
「ちゃんと見ろよ。乾先輩と柳さんの誕生日だって分かるだろ」
「あぁ!?今それ言おうと思った所だろうがマムシ!」
「桃も海堂もそこまでにして。ほらクラッカー持って」


直ぐにブン太達も戻ってきて場がかなり騒々しい。
考えてなかったけれどこの騒々しさで結局二人にバレるんじゃないかと少しだけヒヤヒヤした。


「みんな、サプライズの意味分かってるよね?」


幸村君の鶴の一声によって場が一気に静かになった。
さすが幸村君だ。てきぱきと手塚君と二人で周りに指示を出している。


「疲れた」
『お疲れ様』
「すげー凛不足なんだけど俺」
『後ちょっとだよ?』
「ケーキもあるしな。けど今日かなりキツかった」
『みんなとダブルスで組んでたもんね』
「幸村アイツ鬼過ぎるだろい」
『全員とダブルス組んだのブン太と柳生君くらいだもんね』
「思い出作りみたいなもんだろなぁ」
『え?』
「や、こっちの話」


誕生日に関することで騒ぐなと幸村君に言われたためかみんなあちこちで会話はしてるもののなんだかぎこちない。
言われたら言われただけ気になっちゃうもんね。


「そろそろ戻ってくるようですよ」
「じゃあ準備はいいかなみんな」
「油断せずに行こう」
「手塚、それはちょっと違うんじゃないか」
「おーいし!いいんだってば!」
「扉が開くと同時にクラッカー鳴らせばいいからね」
「んでその後にハッピーバースデーッスね?」


みんなの顔に少しの緊張が走ったように見える。
ちゃんと二人で戻ってきてくれますように。
サプライズ喜んでくれますように。


がちゃりと部室の扉が開いて二人の姿が見えた。
瞬間にクラッカーの音があちこちで鳴り響く。


「誕生日おめっとー!」
「二人ともおめでとう」
『誕生日おめでとう!』
「驚いたッスか?おめでとうございます!」


次々に二人への祝いの言葉が飛び交っている。
当の本人達は部室内を見て少しだけ動きを止めた。


「そうか、誕生日だったな蓮二」
「そうだな。今日明日で俺達の誕生日だった」
「その感じだとサプライズは成功したってことでいいのかな乾」
「菊丸がそわそわしていたから何かあるとは思っていたが青学に戻ってからだと思っていた」
「ありゃ。バレてたのか」
「俺も椎名と丸井の態度がいつもと違っていたからな。しかし明日だと予測していた」
「ゲ。柳マジか」
『今日にしといて良かったね』
「ケーキも椎名さんが用意してくれたからね」
「んじゃまたハッピーバースデー歌いますか!」
「凛がロウソクも用意してるからな」
「何故今日は数字のロウソクなのだ椎名!」
『えっ!?』
「弦一郎、どっちだって問題無いだろう?」


タルトもシフォンケーキもあんまりロウソク刺したく無かったからなだけであって他意はあんまり無いんだけど真田君も数字のロウソクの方が良かったのかな?
ロウソクに火を灯してハッピーバースデーをみんなで歌って二人に火を消してもらった。
二校分の歌声はかなり盛大なものになったからやっぱり合同でお祝いして良かったかもしれない。


「凛先輩!両方食ってもいいッスか?」
『大丈夫だよー。シフォンケーキの生クリームいる?』
「ほしいッス!」
『仁王君はいらないよね?』
「そうじゃの」
『越前君はどっちがいい?』
「じゃあタルト食いたいッス」
「椎名さん俺も両方食いたいッス!」
『桃城君はケーキ好きなんだねぇ。海堂君は?』
「俺も両方いいッスか?」
『大丈夫だよー』


さくさくとケーキを切り分けて主役の二人に配った後にみんなへとケーキを渡していく。
いつの間にかアイスコーヒーと緑茶まで用意されていた。
幸村君が用意してくれたのかな?


「椎名、今日は急な願いを聞いてくれて助かった」
『いえ、ケーキ作っただけですよ』
「硬すぎんぞ手塚。それより凛のケーキ旨いから味わって食えって」
「あぁ、そうだな」
「椎名、今日は俺達のためにケーキを作ってくれたんだな。一言礼を言いたくてね」
『サプライズになったのなら良かったです』
「ここまでは俺も予測していなかったからな。いいデータが取れたよ」


ブン太とケーキを食べてると入れ替り立ち替り人がお礼を言いに来てくれる。
ケーキくらい別にお礼なんていいのになぁ。


楽しい時間はあっという間であれだけ大きめに作ったケーキも直ぐになくなってしまった。
部室の掃除をして青学をバスまで見送る。

「では次は関東大会だな」
「今年も負けないからね手塚」
「俺達も負ける気はないぞ幸村」


部長同士が握手をして挨拶をかわしてる間他のみんなも同じように誰かしらと話をしている。


「凛ちゃん」
『あ、菊丸君』
「さっきののつけたしだよん。丸井がね凛ちゃんが俺の全部って言ってたよ」
『え?』
「愛されてんだね。んじゃ!」
『えっ!?』


一瞬の隙をついて菊丸君が私にさっと耳打ちしてバスへと乗り込んでいった。
私がブン太の全部?そんな贅沢な言葉を貰ってもいいのかな?
や、いつも似たようなことは言われてるけれど。
昼に菊丸君が言ってた言葉を思い出した。


「俺はね本人から聞くのも好きだけどどうやって自分のこと周りに話してんのかなって知れるから第三者からの話も好きだよー」


あぁ、そうか。
本人から聞けるのと第三者から聞くのじゃ意味合いがきっと違うんだろう。
菊丸君のおかげでなんだかほわほわした気持ちになれた気がする。
ブン太に内緒って言われたはずなのに菊丸君言っちゃって良かったのかな?


『ブン太』
「おー」
『今日もお疲れ様』
「や、ほんっと疲れた!凛のケーキでだいぶ回復したけどな」
『それなら良かった』
「なぁ、うちでメシ食ってかねぇ?」
『えぇ!?急だし悪いよそれは』
「また連れてこいってみんな煩いんだって」
『だとしても今日じゃなくても』
「やだ。今日がいい。つーか連れてくってもう連絡しちまったし」
『嘘でしょ!?』
「ほんと。だから拒否権無しな」
『もー!お母さんに夕飯いらないって連絡しなきゃ』
「今日はスマブラやるっつってたぞ」
『また新しいゲーム!?』
「ゲーム下手なお姉ちゃんに教えるのが楽しいんだと」
『下手くそじゃないもん!』
「いーや下手くそだろい」


強引過ぎるんじゃないのブン太ー。
でも嬉しそうだから強く断れなくて結局根負けしてしまった。
私だってきっとブン太が全てなんだと思う。
何ならきっとブン太が思うよりずっと前からだ。


『私ねブン太のこと大好きだよ』
「急にどうしたんだよ」
『たまには自分から言いたくて』
「そっか」
『あ、照れてるの?』
「んーちっとな。いつも俺からばっかだし」
『そんなことないよ』
「たまにはこうやって凛から言われんのもいいよな。もっと毎回言えって」
『それは無理だよ!?恥ずかしいでしょ!』
「俺しか聞いてないだろい」
『ブン太だから恥ずかしいんだって!』


あぁまた私の反応を見て楽しんでいる。
でも久しぶりに照れたブン太を見れたから良しとしよう。
自分からの愛情表現は素直なのに私から言うと照れるブン太が可愛いなぁと気付いたのでした。


合同練習後編終わりです。沢山でわちゃわちゃするの書くの大変だけど楽しくていいなぁ。
ちなみに中編の菊丸の彼女がここで紹介された彼女って設定だったり(笑)
2018/07/09

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