副部長の誕生日

5月21日。神奈川県大会予選トーナメントはさくさくと危なげなく勝ち進んだ。
毎年こんな感じだよと幸村君は涼しげな表情をしてたけど危なげなくさらっと勝ち進んでいくってのは努力の賜物だと思う。


「んじゃ俺と凛は先に戻ってんな!」
「二人とも宜しくね」
「あ!丸井先輩!俺も先に行くっす!」
「赤也も来るのかよ」
「何でそんな嫌そうなんすか!荷物持ちくらいしますって!」
「丸井、赤也も連れてってくれないだろうか?」
「赤也がこっちにおると真田にバレんか心配でのう」
「仁王先輩まで酷いっすよ!」
「なら仕方無いか。んじゃ行くぞ赤也」
「あざーっす!」


私があれこれ片付けていたら話がまとまったらしい。
うちにケーキを取りに行く関係でブン太と私は先に帰る予定だったのだ。
そこに+赤也君が加わった。


『公式戦初めて見たけど凄かったねぇ』
「あんなのまだまだっすよ!凛先輩!」
「県大会決勝まではいつもこんな感じだぞ」
『それ幸村君も言ってたけどでもそれって当たり前じゃないよね?』
「「は?」」
『皆の努力があって危なげなく県大会を優勝出来てるんだよね?それってやっぱり凄いなぁ』
「危なげなく勝たないと常勝立海の意味が無いじゃないっすか!」
『だからね、その常勝立海のために皆は日々努力して練習してるわけでしょ?それを実行させるのって簡単じゃないよねえ。他の学校だって打倒立海目指してるんだろうしさ』


今日一日で思ったことを素直に伝えたら二人ともぽかんとしていた。
え?何かおかしいこと言ったかな?


「丸井先輩、俺今なんかすげー感動したっす」
「俺も何か照れ臭いっつーかなんだこれ」
『え?何で?』
「俺達ですらそれが当たり前だと思ってたんだよ」
「それを今、凛先輩がそうじゃなくて凄いことなんだよって褒めてくれたのが嬉しかったんすよ俺!」
『思ったことを言っただけだよ?』
「そうなんだろうけどな、さっきの幸村達にも言ってやれよ」
「ジャッカル先輩なんて嬉し泣きしそうっす!」


勝つのが当たり前っておかしいと思うんだけどなぁ。
スポーツの勝負事って何があるか分かんないって言うし。
だからこそ勝ち続けるってのは難しいよね。
ブン太達が中3の時に常勝立海の掟を破ったことがあるってちらっと聞いたことはあるけど。
それ以降は無いらしいし。
やっぱりみんな凄いよなぁ。


『お母さん、ケーキ取りにきたよ』
「用意してあるわよ。丸井君こんにちは」
「久しぶりです」
「お母さんには会ってるからあんまり久しぶりな気がしないわね。あら新しい子?」
『後輩の切原赤也君だよ』
「凛先輩のお母さんすか?初めましてっす!」
「元気がいいのねえ」
「今日俺荷物持ちなんすよ!」
「あら!それならちょうど良かった!ちょっと待っててね」


赤也君の言葉にお母さんがパンと両手を叩いて裏へと引っ込んだ。
ちょうど良かったとは何でだろ?
ケーキくらいしか持ってくものは無いはずなんだけどな。
私同様ブン太も赤也君も頭にハテナマークが浮かんでるみたいだ。


「凛先輩、ケーキ以外にもあるんすか?」
『ううん、ケーキだけ回収して部室に戻る予定だったんだけどなぁ』
「あの感じだとケーキ以外にもありそうな感じだったよな」
『そうなんだよねえ』
「はい、お待たせ」
『お母さん!?何か多くない!?』
「副部長さんのお誕生日なんでしょ?それに県大会の予選トーナメントもあったんだからケーキだけじゃ味気無いじゃないの」
「飲み物まであるっすよ!」
「切原君が居るなら持っていけるわよね?」
『お母さんありがとう』
「何か色々すみません」
「いいのよ、好きでやってるだけですから」


お母さんはケーキの箱以外にもあれこれ持ってきてくれた。
確認してみるとオードブルの詰め合わせみたいになってるみたいだ。
赤也君が一緒に来てくれて本当に良かったかもしれない。
あんまりゆっくりしてられないのでお母さんへお礼を告げて学校へと向かうことにした。


「大量っすね!」
『重たいもの持たせてごめんね赤也君』
「元々荷物持ちっすから!」
「赤也ならこのくらい余裕だぞ凛」
「そうっすよ!」
『二人ともありがとう』
「真田こんだけあったら喜ぶよな」
『ケーキも2つあるんだよ』
「楽しみです!」
「何で真田の誕生日にケーキ2つもあるんだよ」
『ビターとミルクのチョコレートタルトにしたからだよ?ブン太とか赤也君はミルクチョコのが好きでしょ?』
「ヤキモチっすか丸井先輩ー」
「ちげーし」
『単に気になっただけだよね?』
「おう」
「ほんとすかー?」


きっとヤキモチだったんだろうけど赤也君の前でそんな風に肯定はしない。
先輩としてのプライドもあるだろうし。
赤也君は疑わしげな眼差しをブン太へと向けたせいで思いっきりお尻を蹴られていた。
何度言われても一言多いってのは直らないんだなぁ。


『さて、準備しちゃいますか』
「幸村部長達は今最寄り駅に着いたらしいっす!」
「余裕で間に合うな」
『全部並べるだけだからねえ』
「凛先輩!蝋燭無いんですか?」
『一応用意してあるけど』
「真田にはいらねえだろ赤也」
「面白そうじゃないっすか!」
『幸村君に聞いてみたら?』
「それが一番だろな」
「じゃあそうするっす!」


真田君が蝋燭の火を吹き消してる所ってなんだか想像出来ないよね。
机を出してオードブルとケーキを並べていく。
うん、なかなか豪華な感じになった気がする。
お母さんに感謝感謝だよね。


「やぁ、三人とも待たせたね」
『ちょうど良かったよ』
「準備バッチリっす!幸村部長!」
「聞いてたより豪華だな」
「凛の母さんが用意してくれたんだって」
「これは豪勢になりましたね」
「そうじゃのう。うまそうなり」
「まだ食べたら駄目だよ仁王」
「プリッ」
「これはいったいどうしたんだ椎名」
『え?』
「弦一郎、今日は何の日か言ってみろ」
「まだ県大会決勝ではないぞ」


扉が開いたと思ったら他の皆も戻ってきたみたいだ。
真田君以外は事情を知ってるからそれぞれが用意されたケーキとオードブルを見て喜んでるけど何も知らない真田君は斜め上なことを言っている。
今日がテニスの試合とかそういうの全く関係ないんだよ真田君。


「真田副部長ほんとに分かんないんすか?」
「まだ気を抜く時期ではないぞ。いくら県大会で負け知らずと言えど」
「弦一郎、試合は関係無いんだよこれ」
「そうですよ真田君」
「真田は毎年気付かんのう」
「毎年説明してやらないと弦一郎は100%気付かないからな」
「椎名が教えてやれよ」
「そうだぞ凛」
『え?私?』
「どういうことだ椎名」


えぇとこれだけ周りに言われても気付かないとか真田君は天然さんなのかな?
と言うかどうしてそんなに眉間に皺を寄せて私に詰め寄るの真田君!?


『真田君の誕生日だよ?』
「………そうか」


かなり驚いたけどさっさと白状した方がいい気がしてさくっと理由を教えてあげたら真田君は少しだけフリーズした。
やっぱり忘れてたのかな?


「俺が椎名さんに頼んでケーキを用意してもらったんだよ」
「ついでに凛先輩のお母さんがオードブルも用意してくれたんすよ!」
「飲み物もな」
「弦一郎誕生日おめでとう」
「丸井君に続いて二人目ですね」
「おまんもいい加減気付くことを覚えんと」
「真田には無理だろ」
「真田副部長誕生日おめでとうございまーす!」
「弦一郎、椎名さんが蝋燭まで用意してくれたんだって。消してくれるよね?」
「「「「「『!』」」」」」


さらりと幸村君がとんでもないことを言った気がする。
柳君と幸村君だけが涼しげな表情をしているけど他の私達は色んな意味でドキドキしている。


(真田って幸村の言った意味理解してんのかな?)
(真田君のことですから無意味だと一蹴しないといいんですけど)
(面白くなってきたのう)
(幸村部長いきなりすぎません!?)
(真田何か反応しろよ!無言とか怖すぎるだろい)
(みんなの表情くるくる変わって面白いなぁ)


「蝋燭の準備をしようか蓮二」
「そうするとしよう」


幸村君と柳君は少しだけ楽しそうにも見える。
二人で2つのケーキにそれぞれ9本ずつ蝋燭をさしている。
やっぱり数字の蝋燭にすれば良かったかもなぁ。
真田君が何も言わないのがちょっとだけ怖い。
隣のブン太達も大人しく見守ってるたけなのが また少しだけ面白い。


「精市」
「どうしたの弦一郎」
「何故俺がそのようなことを」
「誕生日だからでしょ?」
「しかしこのようなことをするような年齢ではないぞ俺は」
「弦一郎、誕生日と言うのはいくつになってもこのように祝うのが普通だぞ」
「そうっすよ!真田副部長!」
「俺もこないだの誕生日うちでこうやって祝って貰ったぞ」
「ケーキがあるんだからたまにはいいだろ真田」
「せっかく椎名さんが用意してくたさったんですから遠慮せずに」
「そうじゃそうじゃ」


さすがに蝋燭を消す意味くらいは真田君も知ってるか。
子供がすることだと思ってたみたいだけど。
遠慮する真田君をみんなで宥めている。
まぁせっかく蝋燭さしたしね主役に吹き消してほしいよね。


「いや、しかしだな」
「弦一郎、何か文句があるの?」


これだけ言ってもまだ否定する真田君に幸村君が冷たい一言を言い放った。
えぇと、周りまで凍りついちゃった?かな?
笑顔なのがまた少しだけ怖い。
幸村君はやっぱり敵に回したくないよね。


「では俺が火をつけよう」
『あ、これ使ってください』
「お前は平気なんだな」
『私に言われたわけじゃないので』
「普通はそうだとしても少しだけ凍りつくんだけどなぁ」
『少しだけ怖かったよ?』
「俺に面と向かって怖いって言うの椎名さんくらいだよきっと」
『そんなことないよきっと』
「ほら、弦一郎達もいい加減に動きなよ」
「あ、あぁ」
「やっと蝋燭を吹き消してくれる気になったのなら良かった」


全ての蝋燭に火がついた所で我に返った赤也君が「どうせならハッピーバースデー歌いましょうよ!」なんてまたハードルの高いことを言い出した。
私達にとったら普通なんだけどね。
幸村君がそれに了承して皆で真田君の誕生日を祝うハッピーバースデーを歌う。
ケーキの前に座らされた真田君は何故かじっとケーキを睨み付けている。


「さ、いいよ弦一郎」
「うむ」


歌い終わった所で幸村君が真田君を促した。
意外にもあれこれ言わずに普通に真田君は蝋燭の火を吹き消してくれた。


「さて皆食べようか」
「まーくんお腹空いたなり」
『ケーキ切りますね』
「これ取り皿っす」
「お前ら烏龍茶と緑茶どっちにする?」
「適当でいいよジャッカル」
「このから揚げうめえ!」
「丸井、箸を使わんか!」
「弦一郎、お前も早く食べるといい」
「そうっすよ!全部真田副部長のためなんすから!」
「切原君も割箸ちゃんと使いましょうね」


ケーキを切り分けて並べていく。
ブン太が既に1つ持って行った。
甘いものとおかずを一緒に食べれるってある意味才能だよね。
皆わいわいと楽しそうだなぁ。
あんまりボーッとしてるとまた誰かに気を遣われちゃいそうなのでそうなる前に私もその輪に加わることにした。
私も結構図太くなってきてる気がする。


「椎名、お前の母さんすげえな」
『張り切っちゃう人なんだよねぇ』
「真田もなんだかんだ喜んでくれたから良かったよな」
『次は誰が誕生日なの?』
「柳だぞ。6月4日」
『直ぐだね。ジャッカル君の誕生日は?』
「11月3日。部活は引退してるな」
『ちゃんとみんなで集まってお祝いしようね』
「そうだな」
「凛ー!ケーキもう一個食ってもいいか?」
『全員が二個は食べないはずだから大丈夫だよー』
「凛先輩!俺は!」
『赤也君も大丈夫だよ』
「やりい!あざっす!」


ちゃんと皆昼食は食べたはずなんだけどな。
やっぱり男の子の胃袋って凄いなぁ。
適当に取り分けたオードブルをつつきながらそれを眺めていたら隣にジャッカル君がやってきた。
こうやってジャッカル君と二人で話すのって珍しいかも。


「お前って既にブン太と赤也のお母さんみたいだよな」
『えっ!?』
「そんなにショックな顔すんなよ。褒めてるんだぞ」
『所帯染みてるって言われてるみたいだよ!』
「別にいいだろそれで」
『やだよ!まだ17歳だよ!』
「面倒見が良いってことだろ?」
『そうやって言ってくれた方がいいよ!』
「一緒だろ?」
『女子は気にするの!』
「何回も言われてんだろうけどさ俺が一番お前には感謝してるからな」
『いきなり話変えるの?』
「笑うなよ。直接言うチャンスなかなか無かったんだから」
『私は別に何もしてないから』
「ブン太のためにあれこれありがとな。俺が一番アイツとダブルス組むことが多いからさ。ほんといつも通りに戻って感謝してる」
『ほんっとみんな過保護だなぁ』
「お前もだろ」
『確かに』
「なくなる前に俺もケーキ食うわ」



最近はこうやってテニス部の誰かと話していてもブン太が心配して寄ってくることがなくなってきた。
私もだけどきっとブン太も色々と自信がついてきてるんだろう。
それプラスやっぱりテニス部の皆のことは信頼してるんだろうなぁ。
ジャッカル君がケーキを取りに行ったのを見送ると入れ違いに真田君がやってきた。
ちゃんとケーキを片手に持っている。


「椎名、今日は俺のためにありがとう。礼を言う」
『私じゃなくて幸村君だよ』
「無論全員に感謝しているが一番はケーキを作ったお前だろう」
『オードブルはお母さんだけどな』
「ではお前の母にも」
『いや!大丈夫!私から言っておくから!それは大丈夫だよ!』
「そうか」
『うん、喜んでくれたみたいで良かった』
「たまにはこう賑やかなのも悪くない」
『そうだね』


いつもは騒がしいと怒鳴る真田君も今日はなんだか穏やかだ。
ブン太と赤也君と仁王君がわいわい騒いでるのを見守っている。


見守って、いる?
私の横でケーキを食べている真田君の表情が段々険しくなってる気がする。
あ、これきっとブン太も赤也君が怒られるやつだな。
仁王君は真田君の気配を敏感に察するから大抵怒られる前に引くもんなぁ。
そうやって考えてたら案の定二人に真田君から雷が落ちた。
それを幸村君と柳君が宥めている。
仁王君は怒られた二人を笑って柳生君に窘められてるしジャッカル君は巻き込まれなかったことにホッとしてるみたいだった。


立海テニス部は今日も平常運転です。
もうすぐテスト週間だなぁ。
私も勉強頑張らなくちゃ。

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