最終日

跡部景吾と氷帝部員を避けに避けてあっという間に最終日だ。
誰かしらに付き添ってもらって極力一人にならない様にしたおかげか芥川君以外が近寄ってくることは無かった。
芥川君を最初は皆で警戒したけど(ブン太以外。ブン太は終始ジロ君は何も知らねぇよと言っていた)話すことが一から十までブン太のことばっかりだったので許されたらしい。
私もそこにはホッとした。


朝からトーナメント形式で試合をして立海はさくさくと優勝した。
氷帝と試合をすることが無かったのでそこは良かったと思う。
この五日間氷帝との試合形式の練習がある日はみんなピリピリしてたから。
最終日だけでも試合が無くて良かった。


そう思ってたのに。
優勝校には氷帝との食事会が待っていた。
常勝立海が常だけどこれを聞いて幸村君が「負ければ良かったかもね」と呟いたから皆で凄い驚いた。
直ぐに真田君に怒られて「冗談だよ」って笑ってたけどあれはきっと本音だったと思う。
真田君以外は幸村君に概ね賛成みたいな顔をしてたから。


他校のバスを氷帝部員と一緒に見送る。
空気が限りなく重たい。
食事会を断ろうと幸村君がしたのに跡部君の「せっかくうちのコックが朝から用意したディナーを無下にするつもりかお前らは」って言うからそれ以上は何も言えなかった。
丹精込めて作った物を食べて貰えないのは辛いから。
私もその気持ちはなんとなく分かる。


最後のバスを見送るとヘリコプターのド派手なエンジン音が聞こえてきた。
どうやらこっちへと向かって来てる様だ。
こんな派手な演出をするのは跡部君くらいだろうに当の本人は私達と一緒にいる。
誰が来たのだろうか?
氷帝部員の人達は察しがついてるみたいで落ち着いていた。
うちは赤也君がヘリコプターのエンジン音に負けない様に何やら大声を出している。
うん、でも全く聞き取れないよ赤也君。


「遅くなってごめーん!」
「合宿終わっちまったぞ!結華」
「いやーちょっとバタバタしててさ」
「お前おらんかって大変だったんやで」
「あ!景吾!アンタ勝手に余計なことしたでしょ?」
「あーん?俺が何しようと勝手だろ」
「馬鹿なの?それで失敗したのはアンタでしょ?」
「お前に言われる筋合はねぇよ」
「立海部員に散々迷惑かけたじゃないの!この馬鹿景吾!」
「いってぇ!」


ヘリコプターから降りて来たのは女の子だった。
ユイカと呼ばれている。そのまま氷帝部員の所まで行くと跡部君にいきなり飛び蹴りをくらわせていた。
私達はその光景に呆気に取られてしまう。
あの跡部景吾に飛び蹴りをする人なんてこの先にも過去にも彼女だけの様な気がする。


「あ、私は氷帝3年の藤堂結華です。一応マネージャーやってます。私事で今回の合宿に参加出来なくて景吾が皆さんに迷惑をかけたみたいでごめんなさい」


倒れ込む跡部君を一瞥してくるりとこちらを向くと先程の表情を和らげてこちらへと頭を下げた。


「君は跡部の何なんだい?」
「生まれた時から一緒にいる腐れ縁みたいなものですよ。立話もなんですからディナーを取りながらお話しませんか?」
「そうだね」
「しかしいつから氷帝のマネージャーなのだ?貴女を俺達は知らない」
「あぁ、そうですよね。マネージャーは中学1年の時からですよ。ただ合宿にも試合にも練習試合にも行かなかっただけで。私はそっち担当じゃなかったので。まぁ今回は景吾のせいで慌ててこっちに来たんですけどね」
「俺は呼んでねぇよ」
「樺地から細かく報告入ってんの馬鹿景吾」
「樺地!お前いつから!」
「結華さんの言うことに間違いは無いので」
「残念でしたー」
「クソッ」


藤堂さんの勢いに押されて私達は幸村君と柳君以外喋ることが出来ない。
それほど跡部君への飛び蹴りが衝撃的だったのだ。


「さぁ、行きましょうか。景吾、準備出来てるんでしょ?」
「第3食堂だ」
「りょーかい」
「樺地、ジロー寝てるから連れて来てね」
「ウス」
「侑士、景吾のこと宜しく」
「おん、任しとき」
「さ、着いてきてください」


幸村君が藤堂さんの後へと続くのでそれに習って私達も歩き始める。
私の隣には勿論ブン太がいる。
藤堂さんの登場で私達立海のピリピリムードがなくなった。
私達の考えてることは今は多分皆一緒だ。
藤堂結華さんて何者?


『良かったね』
「何がだよ」
『皆のピリピリ落ち着いたから』
「アイツ何かすげーよな。それだけは分かった」
『そうだね』


少し前を藤堂さんと三強が何やら話しながら歩いている。
三人とも興味津々なんだろうな。
私とブン太の後ろに赤也君達がいる。
その後に氷帝の面々が続いてるのだろう。


「椎名さん、丸井ちょっといいかな」
『はい』
「なんだよ幸村」


幸村君に呼ばれたので四人の元へと合流する。
何だろう?


「藤堂さんが話があるんだって」
『はい』
「貴女が椎名さんね。景吾が酷いことばっかりして本当にごめんなさい。丸井君も迷惑かけたでしょう」
『いえ、そんな』
「お前が謝ることないだろい」
「年々横暴になってくから困ったものよね。私がいればまだいいんだけど」
「気にすんな」
「俺達もそう伝えたのだがな」


謝りたくて私達を呼んだのかな?
でもそれなら今じゃなくてもいい気がする。


「お願いがあるの」
「丸井にだよね」
「どちらかと言うと」
「それ嫌な予感しかしねぇけど」
「悪いようにはしないって約束は出来るよ。景吾を抑えることが出来るのは私くらいしか居ないし」
「だろうな」
「椎名さんと景吾に話す時間を頂戴」
『え』
「無理だろそれは」
「二人きりじゃなくていいの。食事の間だけでいいから。私も隣にいるし」
「俺が凛の隣に居たら何か不味いのかよ」
「何も口出しをしないのならいいんだけど」
「丸井がつい口を挟んでしまう確率は」
「いいよ、蓮二。出さなくても分かるよそれ」
「丸井、彼女も悪いようにはしないと言っている」
「それに椎名さんの隣には俺と蓮二が座るから。それなら安心だろ?」
「本当にこれで終わるのか?」
「大丈夫よ。約束する」
「じゃあいいって言うしかねぇよな」
「それで大丈夫かな?椎名さん」


嫌だなんて言える空気じゃなかった。
ブン太だって分かったって言ってしまったわけだし。
藤堂さんが自信を持った表情で大丈夫だと言ったんだ。
さっき会ったばかりだけど何故か信用してもいいかなって思った。
飛び蹴りの影響かな?


『分かりました。ブン太がそうやって言うのなら』
「良かった。ありがとう椎名さん」
『いえ、大丈夫です』


藤堂さんは私の返事を聞いて優美に微笑んだ。
こっちが照れてしまいそうなくらい美しい笑みで思わずドキマギしてしまう。


「ここが第3食堂よ、どうぞ」


そこには白いテーブルクロスのかかった長テーブルが真ん中に1つだけ置かれてる部屋だった。
きっと正面に跡部君が座るんだろう。
一際豪華な椅子が置かれている。
てことは立海と氷帝向かい合ってディナーを食べるんだろう。皆大丈夫かな?


「立海の方々はこちらに座ってくださいませ。滝、貴方達はこちら。私の横に滝で侑士樺地の順で座って頂戴」
「分かったよ」
「俺は一番遠くに座っとけばいいんだろ?」
「ジローが起きるだろうから退屈はしないはずよ。丸井君、無理を聞いてくれてありがとう」
「ジロ君と旨いもん食っておくわ。幸村、柳任せたぞ」
「勿論」
「大丈夫だ」
「凛また後でな」
『うん』


私の頭をぽんと触りブン太は一番入口に近い席へと座った。
その横に仁王君が座る。
私の方へと視線を寄越すと「ブンちゃんは任せんしゃい」と口元が動いたみたいだった。
それに頷いて奥へと向かう。
立海側は入口からブン太、仁王君、赤也君、ジャッカル君、真田君、柳生君、柳君、幸村君、私の順に座ることとなった。
柳生君と真田君の位置は幸村君が決めた。「弦一郎も口を挟んできそうだから」って言ってた気がする。


対する氷帝は入口から芥川君、向日君、日吉君、鳳君、宍戸君、樺地君、忍足君、滝君、藤堂さんの順で座っている。
こちらは藤堂さんが全部席を決めていた。


最後に跡部君が私と藤堂さんの間へと座った。


「うちのコックが腕を奮って作ったディナーだ。存分に堪能しろ」


指を鳴らすと給仕の人達が料理を運んでくる。
テーブルの上に並んでいるナイフやフォークを見て何となく予測していたけどこれがきっとフランス料理ってやつなんだろう。
私、全然ナイフとフォークの使い方分かんないんだけどな。


「跡部、すまないが箸を貰ってもいいだろうか?」
「あぁ?フォークとナイフで食えよ。フルコースだぞ」
「景吾、ここは日本ですよ。ミカエル皆さんに箸をお配りなさい」
「お嬢様、畏まりました」
「ミカエルー!俺もお箸がE〜」
「畏まりました」
「おいジロー!こないだ俺様が直にテーブルマナー教えてやっただろ!」
「美味しく食べるにはお箸のが楽チンだC〜ねぇ丸井君!」
「まぁな」


ミカエルと呼ばれた執事さんだろうか?
パンと手を鳴らすと給仕の方がそれぞれにお箸を渡してくれた。
良かった、柳君のおかげで私にもお箸が配られたのだ。
きっと私達のことを考えて言ってくれたんだろうな。
柳君だったらフランス料理のテーブルマナーくらい知ってるだろうし。


「景吾」
「なんだ」
「椎名さんに話すこと無いの?」
「あぁ?何でお前にそんなこと」
「最後だよ」
「ねぇ、藤堂さんと跡部の関係を先に聞いてもいいかな?」
「何でだよ」
「だって単なる幼馴染みには全然見えないよ」


藤堂さんが跡部君に話を振ったからドキッとしたけど私に話が振られる前に幸村君が二人に話を振った。
私はとりあえず黙っておくのが良さそうかな?
話を振られるまでは聞くことに専念しよう。


「そんなに気になる?」
「跡部とは付き合い長いけど君とは今日初めて会ったからね」
「結華は婚約者だ」


跡部君が幸村君の質問にさらりと答えた。婚約者?
私は跡部君の答えに困惑した。
カチャーンと誰かがシルバーを落とした音が聞こえる。
え?多分シルバーを使ってるのは氷帝の人だ。
目の前に並ぶ人達を眺めると皆が皆驚いていた。
あ、樺地君は普通そうかな?


「は?跡部と結華ってそういう関係だったのか?」
「初耳やな」
「言われてみれば納得出来ますけどね」
「俺は知ってましたよ」
「長太郎は跡部んちとも結華んちとも付き合いあるもんな」
「別に隠してたわけじゃねぇけどな」
「単なる幼馴染みやと思っとったわ」
「俺も」


次々に氷帝側から言葉が飛んでくる。
でも、だったらどうして私にあんなこと言ったのだろう?


「ねぇ、それなら椎名さんのことを何であんな風に言ったのかな」
「結華は親同士が決めた許嫁みたいなものだ」
「景吾の18歳の誕生日までに心に決めた人を連れてきたら婚約は無くなるんだよね」
「そうだ」


え?何を言ってるの?
藤堂さんはそれでいいの?
私達側の空気はざわざわしてると思う。
真田君が怒鳴り出さないか少し心配だ。


「藤堂さんはそれで良かったの?」
「景吾は言い出したら聞かないからね。許否されてまでごねてるとは思わなかったけど」
「結華、少し黙れ」
「嫌だ。誰がアンタのために椎名さんを探してあげたと思ってるのよ」
「お前だったな」
『え』


藤堂さんはさらりと言葉を返している。
別にその顔にはマイナスな感情は浮かんで居ない様だ。
どうして大丈夫なんだろうか?
私が藤堂さんの立場だったら辛いと思う。
ずっと許嫁とされてきた人が他の女の子を探してるだなんて。


「椎名さん、本当にごめんなさい」
『そんな謝らないでください』
「景吾はね貴女に会いたかっただけなのよ」
「おい結華」
『そうなんですか?』
「あの年は私も景吾もあちこちの保育園幼稚園を回らされたから。色々大変だったのよ。特に景吾は性格がひねくれてたし。だからね仲良くしてくれてたの貴女だけだったの」
「結華」
「景吾、ちゃんと話しておく所でしょ。自分で話せないから私が話しているのよ」
「場所を考えろ」
「もう殆ど話しちゃったからいいじゃない。景吾の初恋の相手だったのよ貴女」
『そうですか』
「お前には感謝してる。同い年に怒られた経験もあれが初めてだったからな」
「私もまだ大人しかったもんね」
「だから俺にはお前が必要だと思って日本に帰ってきてからずっと探していた」
『はい』
「俺の所に嫁に来い」
『お断りします』


跡部君の再度のプロポーズに即断りの返事をする。
私の返事に立海側も何故か氷帝側からもホッとした空気を感じた。
氷帝側は何でだろうか?


「そうか」
『ごめんなさい』
「跡部、例えばの話をしてもいいだろうか?」
「なんだ、柳」
「丸井、例えばの話だからな」
「おお、いいぞ」
「椎名が嫁に行くと言った場合藤堂との関係はどうなったのだ?」
「何がだ?」
「跡部、丸井に椎名さんの代わりにって言ったのが藤堂さんなの?」
「違え。結華は優秀だ。立海にはやれねぇ」


跡部君は何を言ってるのか自分で分かってるのかな?
私も藤堂さん二人ともだなんていくら跡部君でも無理だろう。
何となく柳君と幸村君の言いたいことが分かってきた気がする。


「ねぇ、藤堂さんにも例えばの話を聞いてもいいかな?」
「お前ら何が言いたいんだよ」
「私は大丈夫ですよ」
「もし椎名さんが氷帝に行ってたら君はそれでも跡部の隣に居たかな?」
「どうかな?多分留学してると思う」
「おい、結華何でだ」
「跡部、どっちも手元に置いておきたいなんて無理だよ」
「そうだよ景吾」


跡部君の答えに藤堂さんは何処か嬉しそうにも見える。
あぁ、藤堂さんはこうなるって分かってたんだねきっと。
何だか私も嬉しくなってしまう。


『そういうことだったんですね』
「椎名さんは分かったのね」
『多分、幸村君と柳君も分かってますよ』
「おい、どういうことだ」
『跡部君は藤堂さんのこと大事なんだね』
「コイツが隣に居るのが俺の日常だ」
「椎名に会いたいと言ったのも」
「きっと幼い頃の思い出の一部としてもう一度会いたかっただけだと思う」
「合宿に来たのが椎名さんだけだったから」
「天秤が傾いたのだろうな」
「私もまさかプロポーズするなんて思ってなかったからびっくりして慌ててこっちに来たの」
「跡部はほんま天然やのう」
「結華がいるのに何言ってやがるって思ったよな侑士」
「せやのう」


さっきまであんなにピリピリしてたのに両校のムードが穏やかだ。
良かった。ギスギスしたままでの夕食とか美味しく食べれないもんね。


「俺は天然じゃねぇ」
「馬鹿なのよね」
「馬鹿でもねぇよ」
「跡部、椎名さんのことはもういいんだよね?」
「あ?あぁ。そうだな、結華は手放せねぇしな」
『気付くの遅かったね』
「いいのよ。気付けたんだから」
『跡部君のこと理解してるんだね』
「ずっと一緒ですもの」


藤堂さんと顔を見合わせて二人で笑い合った。
色々あったけどちゃんと解決して良かった。本音としてはもっと早く来てほしかった所だけど。
その後は和気藹々とフランス料理のフルコースを堪能した。


「ねぇ椎名さん」
『何ですか?』
「私とお友達になってくれないかしら?」


帰り際、バスに乗り込む前に藤堂さんに呼び止められた。
私が藤堂さんのお友達?
跡部君の幼馴染みってことは藤堂さんもお嬢様だ。
そんなお嬢様の友達?大丈夫かな?


「丸井君、駄目かしら?」
「や、俺は別に気にしねぇけど」
「凛ちゃんが結華のお友達になるのー?そしたら俺と立海遊びに行こうねー!」
「ジロー気が早いわよ」
「嬢ちゃん、俺からも頼むわ。結華のお友達なってくれへん?」
「コイツ女友達って全然いねぇんだよ」
「宍戸、そんな風に言わないで頂戴」
『私でいいのなら』
「貴女と友達になりたいのよ」


そう言ってまた優美に頬笑むからなんだか気恥ずかしくなってしまう。
藤堂さんと連絡先を交換してバスへと乗り込んだ。


「あー!疲れたっすね合宿ー!」
「色々あったからな」
「まぁ良い練習にもなったし跡部のことも解決したから良かったよ」
『みんなごめんね』
「凛、多分皆が聞きたいのごめんねじゃねぇぞ」
『そうだよね、みんなありがとう』
「こちらこそ、ハードな合宿でしたが貴女のおかげでスムーズに練習出来ましたよ」
「柳生、言い方が固いぜよ」
「仁王君と一緒になさらないでください」
「来週には修学旅行があるからね」
「その後県大会だな」
「忙しいっすねぇ」
「赤也、テストもあるからな」
「げ」
「赤点取らない様にしてよ。特に赤也と仁王と丸井」
「分かってるよ」
「ブン太には椎名がいるから大丈夫だろ」
「そうだな」
「赤也の勉強は俺が見よう」
「真田副部長マジっすか!?」
「では仁王君の勉強は私が」
「弦一郎、俺も付き合おう」


赤也君の嫌そうな悲鳴がバスに響いてそれを聞いて皆で笑った。
やっと平常運転に戻れた気がする。
帰りのバスはブン太の方が先に寝ちゃったから今度は私がこっそりと寝顔を撮影しておいた。

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