深夜

ぼんやりと意識が覚醒する。
あれ?私今まで何をしてたんだろう?
ゆっくりと目を開けるとそこは室内らしい。見慣れない天井が目に入った。
確か氷帝との練習試合が終わって…そうだ!跡部景吾がその後にやってきたんだった。
そこで私は気を失ったらしい。
多分、キャパオーバーになったんだと思う。


ゆっくりと身体を起こす。
ブン太大丈夫かな?そう思った時に視界の端に見慣れた赤髪が見えた。
ここ私が泊まってる部屋だ。
そこの備え付けの一人掛けソファに座ってブン太が寝ている。
あんな所で寝たら疲れが取れないだろう。
今何時だろ?部屋の時計を確認してみると既に日付が変わっていた。
きっと皆に心配させちゃったなぁ。
ゆっくりと身体を起こしてブン太へと近付く。
ブン太にもかなり心配させただろう。


『ブン太、起きて。風邪引いちゃうよ』
「ん」
『ちゃんとベッドで寝よう』
「凛気がついたのか」
『うん、ごめんね』
「わりぃ、寝ちまってた」
『大丈夫だよ』


肩を揺らしてブン太を起こす。
良かった、直ぐに起きてくれたみたいだ。
頭を上げたブン太と目が合った。
良かった、見た感じブン太は大丈夫そうだ。


「俺はお前の代わりなんていらないからな」
『聞いたの?』
「幸村は言いたくなさそうだったけどな」
『私それ聞いて凄いイライラしてそっから記憶無いや』
「心配すんな」


気だるそうに立ち上がると安心させる様に私の頭を優しく撫でてくれた。
ブン太がせっかく安定したのに次は私がなんだか不安定だ。
あんな風に言うとは思ってなかった。
言い返すことが出来なかった。
仁王君に止められたからだけど、それでも何か一言言うべきだった気がする。


「凛、そんな顔すんなって」
『でも、一言言うべきだったと思う』
「仁王が止めとけって言ったんだろ?」
『うん』
「そのせいでぶっ倒れたかもって心配してたぜあいつ」
『色々頭がぐるぐるしちゃって』
「大丈夫だ。俺がついてるから」


私を正面から抱きしめてあやすように背中を撫でてくれる。
泣きそうだ。そう思った瞬間には視界が涙で滲んでいた。
私がしっかりしなくちゃと思ってたのに台無しだよ。


『ブン太』
「泣いてんの?」
『泣いてない』
「いや涙声だろ?」
『変なことになっててごめん』
「凛が悪いわけじゃねぇんだから謝らなくていいし泣くなって」
『うん、でもごめん』
「凛、大丈夫だって。腹減ったろ?」
『減ってない』
「赤也がキッチンまで行って頼んで作って貰ってきてくれたんだから減ってなくても少し食べろって」
『赤也君が?』
「皆心配してたんだぜ。消灯ギリギリまでここに居てさ」


やっぱり皆に心配させてしまったらしい。
マネージャー失格だなぁ私。


「凛、マネージャー失格だなんて考えんなよ」
『な、何で分かったの?』
「柳からの伝言な。起きたらマネージャー失格だとかお前が考えるだろうからって。俺達に迷惑をかけたくない気持ちは分かるがたまには遠慮せずに心配させてくれだってよ」
『やだよ』
「それも柳は想定してたぜ。椎名は嫌だって言うだろうけど心配するのはこちらの自由だから拒否権は無いってな」
『柳君は全部お見通しだね』
「過保護なんだからしょうがねぇだろ。俺達はみんな過保護だってお前が言い出したんだぞ」


確かに。私が昨日言ったんだった。
立海は身内に対して過保護で心配症だって。
ブン太の言葉に少し笑ってしまった。
涙が引っ込むと途端にお腹が減ってることに気付く。


『ブン太、お腹空いた』
「おう、食べろ食べろ。ちょっと座って待ってろよ」
『うん』


先程までブン太が寝ていたソファへと座る。
心配するのはこちら側の自由だから拒否権は無いか。ズルいなぁ。
そう言われたら何も言えない。
でもおかげで落ち着けた気がする。


「ほらよ」
『サンドイッチだ』
「赤也がお握りかサンドイッチどっちにするか聞かれてバスでサンドイッチくれたの思い出したんだと」
『サンドイッチ好きだよ』
「食べろ食べろ。あとこれお茶な」


簡易冷蔵庫からサンドイッチとペットボトルのお茶を持ってきてくれたみたいだ。
サンドイッチのお皿にかけてあるラップをブン太が取ってくれた。
その中から玉子のサンドイッチを1つ選んで一口囓る。
うん、美味しい。


『皆ちゃんとご飯食べたの?』
「おお、交代でな。ちゃんと食ったよ」
『なら良かった』
「お前、俺達の心配ばっかだなほんと」
『消灯ギリギリまでここに居たって言うから』
「ちゃんとメシも食ったし風呂にも入ったぜ」
『あ!私お風呂入ってない!』


ブン太の言葉で思い出したのだ。
部屋にもシャワーはついている。
でも大浴場でのんびりとゆっくり湯船に浸かるのが楽しみだったのに。


「今日はシャワーで我慢だな」
『そうだね』
「そんなにしょんぼりするなよ」
『湯船に浸かりたかったんだもん』
「お前起きなかったんだよ」
『え?』
「一応メシも風呂も起こしたんだぜ」
『そうなの?』
「全然起きる気配なかったからさ」
『ごめん』


起こそうとはしてくれてたのか。
私、相当ショックだったんだなきっと。
どうやら今日はシャワーで我慢するしかないみたいだ。
ささっと入って早く寝ないと。ブン太も疲れてるだろうし。


『じゃあシャワー入ってくる』
「おお」
『ブン太先に寝てていいよ』
「いや起きてる」
『眠たくない?』
「大丈夫だから。行ってこいよ」
『分かった』


先に寝ててもいいのになぁ。
待たせてるなら早く入ってしまおう。
お風呂セットと共に浴室へと向かった。
部屋に備え付けの浴室はユニットバスになっている。
ユニットバスで湯船に浸かる人っているのかな?
シャワー浴びた後に湯船を張らないといけないだろうしなぁ。


さくさくとシャワーを終えて髪の毛を乾かして部屋へと戻ると案の定ブン太はソファでうつらうつらしていた。
だから寝てていいよって言ったのになぁ。


『ブン太、駄目だよ。ここで寝たら』
「おーシャワー終わった?」
『うん、待たせてごめんね』
「んじゃ寝るか」
『うん』


私が声をかけると意識を覚醒させる様に頭を横に振ってからベッドへと向かう。
まさか2日連続でブン太と一緒に寝ることになるとは思わなかった。
昨日と同じ様に掛け布団を捲り私に先に入る様に促している。
大人しく先に入らせてもらうことにする。
やっぱり昨日も一緒に寝たけどこれは慣れそうに無い。
布団に潜り込んだ途端に心臓が凄いドキドキしてきたのだ。さっきまで普通だったのに。
ブン太も入ってくるのが気配で分かった。


「凛」
『何でしょうか?』
「まだ緊張してんの?」
『するよ!当たり前でしょ!』
「昨日も一緒に寝ただろい?」
『そうだけど』
「今日はこっち向いて寝ろよ」
『恥ずかしいからやだ』
「寝顔の写メグループラインに送っちまおうかなー」
『それは困る!』


それは絶対に困る。
どのグループラインに送るつもりなのか分からないけどクラスにしろ部活にしろ絶対に嫌だ。
渋々とブン太の方へと身体の向きを変えた。
ブン太の顔が至近距離にあって恥ずかしい。
何なら昨日のことを思い出してもっと恥ずかしくなった。
色々あって忘れてたけど私昨日ブン太とキスしたんだったっけ。
と言うか一回は自分からした気がする。
昨日は必死だったけど思い出したら顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。
おかげでブン太の顔を見ることが出来ない。


「何でそんなに照れてるんだよ」
『えぇと』
「顔真っ赤だぜ」
『何でもない』
「何でもないって顔じゃねぇし」


私の首の下に腕を入れながらからかってくる。
まさか昨日のキスのこと今まで忘れてましたなんて言えない。
と言うか腕枕のおかげでブン太との距離がほぼなくなった。
近い。近すぎると思う。


「俺さ」
『うん?』
「お前がぶっ倒れた時すげー焦ったんだけどさ」
『それはごめん』
「ちげぇって。そういう話じゃなくて。跡部からの俺に対しての言葉を聞いてぶっ倒れたんだろ?」
『う、うん。多分』
「幸村に聞いても最初教えてくれなくてさ。しつこく聞いたら跡部を殴らない。跡部と二人で会わないって約束までさせられたんだぜ?」
『幸村君も過保護だよね』
「だよなー。で、やっと教えて貰った」
『代わりを用意するってやつ?』
「幸村と約束してなかったら跡部殴りに行ってたと思う。真田なんて今からでも行ってくるとか言い出して止めるの大変だったんだぜ」
『真田君らしいね』


ブン太は何を話したいんだろう?
跡部景吾の話は正直もうしたくない。


「真田を全員で宥めた後にさ赤也が言ったんだよ」
『何を?』
「代わりをってのが凛先輩よっぽどショックだったんすねって」
『気絶するくらいだもんね。あ、私ここまで運んで貰ったの!?』
「俺が運んだぜ」
『重かったよね。ごめん!』
「それくらい気にすんな。彼女を他の男に任せらんねぇだろ。皆驚いてたけどな」
『驚く?』
「俺、力仕事とか基本やりたくねぇの」
『ごめん』
「謝るなって。俺がやりたくてやったことだしな」
『それで?』
「っと、話が脱線しちまったな。赤也の言った言葉が嬉しかったんだよ」
『え?』
「お前がさ、ちゃんと俺に執着してくれてんだなって思って」
『私ブン太のこと好きだよ』
「それは知ってるけど、お前さ俺が別れるって言ったら簡単に分かったって言いそうだろ」
『ブン太が別れたいなら分かったって言うしかないと思うんだけど』
「まぁそりゃそうだ。でもな凛は物分りが良すぎるんだよ。いつだって俺のこと優先だろ?」
『当たり前じゃない?』
「たまにはワガママ言えよって話」
『うーん』
「俺にもっと執着しろよ」
『してるよ!』
「や、俺のが絶対にお前に執着してる」


話してるうちにいつの間にかドキドキは納まっていてブン太と自然に視線が重なった。
ブン太があまりに真剣な表情をしていたから戸惑ってしまう。


「凛」
『はい』
「目瞑らないと恥ずかしくなるのお前な」
『え』
「もうちょい顎上げろ」


言われた時には既に遅くてぐいと顎を上げられると私の唇に柔らかい感触がした。
直ぐに離れるのかと思ったのにブン太の唇はなかなか離れていかない。
慌てて目を瞑ったけどそのまま啄む様に何回かキスをされた。
窒息死しちゃうかもしれない。
死因が恥ずかしくて窒息死だなんてきっと私くらいだろう。
目を瞑ったことで触覚と聴覚が過敏になってるのかもしれない。
チュ、チュと口付けの音とブン太の唇の感触がやけに生々しくて恥ずかしくて死にそうだ。


「あー駄目だわ」
『ブン太?』


ブン太の唇がやっと離れてくれた。
窒息死寸前だったけど死なずに済んだみたいだ。
何が駄目なんだろうか?ブン太の言葉にゆっくりと目を開ける。
ブン太は私の方を見てなくて何やら困ってる風にも見えた。


「幸村にも言われてるからしねぇけど」
『うん?』
「合宿終わったらな」
『何が?』
「お前に手を出すよって話」
『あ』


そう言うこと?
え?そう言うこと!?
そんな宣言されると思ってなくて、いや、昨日もそんな話はしたような気もするけど。
考えただけで頭がクラクラした。
キスしただけで窒息死しちゃいそうなのに私大丈夫かな?


『死んじゃうかもしれない』
「そこまで痛くねぇだろ」
『そういう意味じゃないよ!』
「は?お前経験あんの?」
『無いけどそういうことじゃなくて』
「なんだよ、ちゃんと言えよ」
『ブン太が初めての彼氏なんだよ』
「おお」
『き、キスしただけで窒息死しちゃいそうだから』
「お前可愛すぎ」


するりと腕枕が外されて気付いた時には組み敷かれていた。
えぇと合宿終わったらって言ったよね?
真上のにいるブン太と目が合わせると悪戯っぽく笑った。


「ちょっと痛いけど我慢しろよ」
『え?』


痛いって何が?今日はしないんだよね?
何て考えてたら首にチクリと痛みが走る。
ブン太の髪の毛が当たってくすぐったい。首にキスしたんだよねこれ?
ってことはこれはきっと。


『キスマーク?』
「そ。俺のってマーキングみたいなもん」
『え?これ見える?』
「周りから見えねぇと意味ないだろ」
『え!?』
「そろそろ寝るか」
『ブン太!待って待って』
「いや待たねぇ。ねみぃ」


再び私の横へと戻り腕枕をするとさっさと電気を消してしまった。
え、これ目立つかな?鏡で確認しておきたかったのにな。
私を抱き枕代わりにしてブン太はさっさと寝てしまった。
スースーと寝息が聞こえる。
これきっと幸村君に怒られるんじゃないかなぁ?
ファンデーションで隠れるといいけど。


今日も色々ありすぎた。
氷帝には近付かないでおこう。
もう跡部景吾とは絶対に話さない。
後五日、平穏に終われます様に。
ブン太の腕の中でゆっくりと目を閉じた。

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -