その男強引につき

朝、起きたらブン太はもう居なかった。
連絡が入ってて誰かに見つかってもマズいから早朝に部屋へと戻ったらしい。
そこにはご丁寧に私の寝顔の写メまで張り付けてあった。


また寝顔見られた!


バスに続いて二回目だ。
もう、写メまで撮るなんてズルいよ!
恥ずかしくて体温が上昇したのが分かる。
あ、いけない。早く準備をしないと。
手早く準備をすることにした。


準備を終えた所で部屋の扉をノックする音が聞こえた。
ブン太かな?迎えに来てくれたとか少し申し訳ないなと扉を開ける。


「よお、久しぶりだな」
『跡部、君?』


そこに居たのはブン太じゃなくて跡部君だった。
この喋り方。やっぱり昔聞いたことがある。


「なんだよ、その顔は」
『あまり覚えてないので』
「俺様を忘れるとはいい度胸だな」
『小さい頃だよね』
「まぁいい。立ち話もなんだ朝食に付き合え」
『は?』
「行くぞ」
『え、ちょっと!』


私の腕を掴んで跡部君が歩き出す。
この強引な感じは…あ!思い出した!保育園の年中の時に一週間だけ通ってた景吾君だ!


『景吾君だったんだね』
「今、思い出したのかよ」
『昔もこんな感じだったなぁと』
「お前のこと探したんだぞ」
『何で?』
「まさか神奈川に引っ越してるとは思わなくてな」


普通に景吾君と話してる場合じゃないことに気付いた。
今の状況は非常にマズい。
こんな所ブン太に見られても困る。


『景吾君、とりあえず腕を離してくれませんか?』
「逃げねぇのなら離してやる」
『逃げても捕まりそうだから逃げないよ』
「ならいい」


あっさりと離してくれた。
昔はもっと強引だった気がするから少し驚いた。
そのまま二人で食堂へと向かう。
スマホを部屋に置いてきたのが悔やまれる。ブン太きっと怒るよなぁ。


食堂にはまだ立海の人達は居ないみたいだった。
真田君辺りに助けてもらう予定だったのに。きっと早朝からトレーニングでもしてるんだろうな。


「跡部、朝っぱらから他校のマネージャー捕まえて何しとるんや」
「朝食に付き合ってもらうだけだ」
「そのお嬢ちゃん丸井の彼女やろ?あかんて」
「跡部、面倒なことすんなよ」


氷帝らしき二人が景吾君へと話しかける。もっと言ってあげて欲しい。
私はもう景吾君の世話係ではないのだ。


「俺がいつ面倒なことした?」
「他校のマネージャー件彼女を連れ回したら充分面倒事になりそうだけどな」
「岳人にしては珍しくまともな事言うなぁ」
「朝食に誘ったくらいで怒る様な小さい男とは別れればいいだろ」
『私、氷帝には行きませんから』


三人のやり取りを見守っていたけど、ちゃんと伝えなければ。
ブン太にも幸村君達にも心配させてしまう。


「幸村に聞いたのか?なら話は早いな」
『行きませんよ』
「まぁ、とりあえず座れ」
「跡部ここに座るん?」
「俺、幸村達から怒られたくねぇぞ」
「樺地」
「ウス」
「適当に二人分朝食を用意しろ」
「分かりました」


樺地と呼ばれた男の子が颯爽と現れて朝食のバイキングへと消えた。
自分で食べるもの選びたかったのに。
氷帝の二人が座っている四人掛けのテーブルに景吾君が座るからとりあえずその正面へと座った。


「嬢ちゃん、丸井に怒られるんとちゃうん?」
『多分。でも景吾君なので断っても意味はなさそうです』
「なんや跡部と知りあいなんか」
『五歳の時のですけど』
「おい忍足、まだ俺の話が終わってねぇ」
「へーへー。黙っときます」
『お断りしましたけど』
「うちの学校なら寮もあるぞ」
『景吾君の世話係にはもうならないですよ』
「へぇ、本当に思い出したんだな」


景吾君は楽しそうだ。
私としてはいつ立海のみんなに見つかって揉め事になるか分かったものじゃないからヒヤヒヤしてるのに。


景吾君とは保育園の時にたった一週間だけ同じだっただけだ。
なんだっけな?あの時は確か「庶民の生活を知るため」とか言ってた気がする。
あの頃は「庶民」ってのが何なのか分からなかったけど景吾君の態度で私達は自分がバカにされてるんだって分かってたんだと思う。
そんな態度だったから皆と仲良く出来るはずもなく初日から景吾君は浮いていた。
それを先生に私が頼まれただけの話なのだ。

偉そうに話す景吾君を叱り周りのこ達には謝って何とか一週間乗りきった気がする。
小さいながらに必死に頑張った一週間だったと思う。


『どういうつもりか分かりませんが』
「あーん?俺はあの時に決めたんだよ。お前を俺の嫁にするってな」
「ぶっ!ちょ!跡部!何を急に言うてんのや!」
「侑士、これで拭けよ」


隣で忍足君が吹き出したのもしょうがないと思う。
私だってきっとお茶を飲んでたら吹き出すだろう。


「別に急じゃねぇよ」
「せやかて、そんなん久々に会って言われても嬢ちゃんもびっくりするやろ」
「そうだぞ跡部。丸井に殴られるぞ」
「うちに見合う女になってもらわなきゃ困るからな。そのために氷帝に来てもらう」


強引なとこは結局変わってなさそうだ。
景吾君はやっぱり景吾君だな。
そしてこっちの意見を聞かないとこも相変わらず苦手だ。


『お断りします。私は氷帝にも行かないし景吾君とも結婚するつもりはありません』
「だろうな」
『え?』
「跡部何を言うてんの?」
「別に直ぐに氷帝に来いとは言わねぇよ。お前だって色々あるだろうしな。大学からこっちでも問題ねぇ」
『大学に行く予定も無いですよ』
「気が変わるかもしれねぇだろ?」
「跡部ほんま人の話聞かんなぁ」


このまま話してても話は平行線だ。
あぁもうやだなぁ。
こういうとこ本当に苦手だったのに。
食堂の入口に仁王君が見えた。
パチリと視線が合う。誰かと電話しながら一直線にこちらへと向かって来てくれる。
仁王君なら大丈夫だろう。
ブン太や真田君、赤也君に見付かってたら話が大きくなりそうだったから。


「大丈夫だったか?」
『とりあえずは』


開口一番仁王君が私に問い掛ける。
そのままぐいと腕を掴まれて立たされた。


「仁王、まだ俺の話は終わってねぇ」
『仁王君、私はもう自分の意見伝えたよ』
「ならよか。ブン太が探しとるぞ」
『怒ってる?』
「連絡にも出んと心配しとる」
『部屋に置いてきちゃったから』
「跡部、話は終わったんじゃろ。行くぞ椎名」
『うん』


景吾君の視線が背中に刺さってるけど私が振り向くことはなかった。
少しでも隙を見せるわけにはいかない。


ちょうど食堂から出た所で立海全員と鉢合わせた。
みんな心配そうな顔をしている。


「お前、連絡したんだぞ!」
『部屋にスマホを忘れちゃって』
「跡部に無理矢理連れだされたそうじゃ」
「あいつ!油断も隙もねぇな!」
「椎名さん大丈夫でしたか?」
『はい、ちゃんとお断りしてきました』
「跡部はお前に何と言ったのだ?」
『嫁にするって』
「「「「「は?」」」」」


みんながぽかんとしている。
そりゃそうだよね。氷帝の二人だって似た様な顔してたもんな。
ブン太大丈夫かな?そろっとブン太の表情を伺う。
呆気に取られていた表情がだんだんイライラしてる様に見えた。


「凛は俺のだし」
『そうだよ。大丈夫だよ』


イライラしてるのにその一言は予想よりも小さくて自信なさそうに聞こえた。
やっぱり心配させちゃったなぁ。


「丸井先輩!凛先輩を氷帝に渡すわけにはいかねぇっすから俺も頑張りますね!」
「赤也、跡部の挑発には乗らない様にしてよ」
「分かってますって!それ以外で頑張りますよ!」
「弦一郎、赤也はこう言ってるけど頼んだよ」
「無論だ」
「ブン太、そんな心配な顔すんなよ。椎名が大丈夫だって言ってんだぞ。お前が彼氏なことに変わりはねぇんだぞ」
「そうですよ丸井君」


みんながそれぞれにブン太を励ましている。
男の子達の友情ってやっぱりいいなぁ。


『ブン太、私ね景吾君の強引な所凄い苦手だったこと思い出したよ』
「あー、まぁ強引なのが跡部だからな」
「ブンちゃん、気にしすぎは良くないぜよ」
「さ、皆そろそろ朝食を取らないと」
「確かに腹減ったっす!」
「今日は氷帝とも試合があるな」
「全勝するよこの際ね」
「お前らありがとな」
「何言ってんすか!当たり前っすよ!」


赤也君の言葉に皆が頷いた。
やっぱり赤也君の言葉って場が明るくなるなぁ。
ぞろぞろと食堂へと皆が入って行く。
私の手を取ってブン太もそれに着いていく。


「ごちゃごちゃ考えんのやめるわ俺」
『うん?』
「お前は俺のことが好きなんだろ」
『そうだよ』
「それだけ分かってればいい気がする」
『離れないよ』
「おう。それも分かってる」


声色がいつものブン太に戻ったみたいだ。良かった。
景吾君がちゃんと諦めてくれますように。

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