消灯時間

初日から練習はハードだった。
みんなぐったりしてたもんなぁ。
夕飯の時にはもう元気だったけど。
合宿の規模が大きすぎてびっくりの連続だ。


お風呂に入って真っ直ぐに部屋へと戻った。
本当はキッチンと食材を借りれないか氷帝の跡部君に聞きに行きたかったんだけどブン太が今日は部屋に居ろって言ったから。
大人しくしてることにした。
お風呂から出てブン太に部屋に戻ったことを連絡したけど返事はない。


まだお風呂入ってるのかなぁ?


寝るには早い。
かと言って一人ですることもあまり無い。
四人部屋とか楽しそうでいいよなぁ。
マネージャーだって他校の人達と同室で良かったのにな。


ベッドにごろごろ転がりながら考えていたらブーブーとスマホが震えた。
確認してみるとそれはブン太からの連絡で今からこっちに来ると言う。
何だろ?何かあったのかな?


『はいー』
「あー俺」
『今開けるー』


ノックの音に返事をしてみればブン太の声でベッドから飛び起きて部屋の扉を開ける。
あれ?何か思ってたのと違う。
表情が暗い気がした。
もっと明るく入ってくると思ったんだけどな。


「ほんとに一人部屋なんだな」
『一人だと退屈なんだよー』
「他の学校のマネージャーと同じ部屋でも良かったのにな」
『ほんとにね』


ブン太は部屋の中を興味深そうに見回している。
一通り確認が終わったんだろう立ったまま小さく息を吐いた。


『ブン太』
「おう」
『言いにくいこと?』
「少しな」
『別れるとか?』
「馬鹿!違えよ!そういう話じゃねえ」
『それなら良かった』


一瞬嫌な考えが過ったから聞いてみた。
ブン太の反応からして本当にその話ではないみたいだ。
それ以外で話しにくいことってあるんだろうか?
ブン太の手を引いてベッドへと座らせる。
自分もその隣に座った。
手は繋いだまま。その手を握ったり緩めたりする。


『私、別れ話以外なら何でも話聞けるよ』
「別れ話はぜってぇしねえから安心しとけ」
『分かった。ありがとね』


安心させるつもりで言ったのにそれでもなかなかブン太から言葉は出て来ない。
別れ話以外で話しにくいことって…


『浮気?』
「は?んなもんする暇ねーよ。ずっとお前と一緒だろい」
『だよね。でもそれくらいしか話しにくいことって思い付かなくて』


私の思い付きの一言にブン太は少し呆れた様に笑った。
確かにクラスも部活でも一緒だ。
ブン太が浮気する暇は無いだろう。


「つーか俺に浮気して欲しいの?」
『嫌だよ。絶対に嫌』
「だろい?俺浮気もしねえから」
『うん、知ってるよ』


そうやって返事をした瞬間。
気付いたら天井を見上げて居て、どうやら私はブン太にベッドへと押し倒されたらしい。
私の上に四つん這いで跨がっている。
パチリと私を見下ろすブン太と視線が重なる。
どうしてそんな顔をしてるのだろうか?
ブン太の表情には焦りが見えた。
何を焦ることがあるんだろうか?


この状態が怖くないと言えば嘘だ。
さっきから心臓はバクバクしてるしお付き合いをしているわけだならそのうちこういうこともあるとは分かってる。
でもまだ私達はキスすらしてないのだ。
私にはそういう覚悟はまだ出来ていない。


かと言ってこんな逼迫してるブン太を拒否するわけにもいかなかった。
そんなことしたらきっと傷付けてしまう。


『ブン太?』


よしよしとブン太の頬を撫でてみる。
その手を掴まえられて手の平にキスを落とす。何度も何度も。
様になってるなぁなんて見とれていたらブン太と再び視線が重なってゆっくりと顔が近付いてきた。
何でそんなに切ない表情をするのだろうか?


「凛」
『ん?』
「すげーこっち見てるとこ悪いけどちょっと目瞑って」
『ご、ごめん』


ブン太に言われて慌てて目を閉じる。
つい見とれてしまっていたみたいだ。
切ない表情は気になるけど、そんな表情もやっぱり大好きで。
キスをする時に目を閉じるなんて考えは自分の頭に無かったのだ。


唇に柔らかい感触があってすっと離れていく。
これ目を瞑ってる方が恥ずかしい気がするんだけど。
視界が暗い分触覚に集中するからなのかなんだか物凄く恥ずかしくなった。


「凛」
『何』
「目開けろよ」
『やだ、恥ずかしい』


キスをされるって分かっていたのにいざキスをしてみたらこんなに恥ずかしいなんて思わなかった。
目も開けれないけどこの顔を見られるのも恥ずかしくて両手で顔を覆うように隠す。


「顔隠すのかよ」
『顔見られたくないけどブン太の顔もちょっと見れないかも』
「なんだよそれ」


楽しそうな声色でブン太が喋っている。
心配事がスッキリしたのかな?
すっと私を覆う影がなくなってブン太は私の横に移動したみたいだった。
そのまま私の首の下に片手を入れて横から抱きしめられる。


「このまま俺の話聞いてくんねぇ?」
『うん』


さっきの楽しそうな声色から一変真面目にブン太が言った。
多分今からが本題なんだろう。
耳元でブン太の声が聞こえる。
不謹慎だけどなんだか凄いドキドキした。


「跡部がな」
『跡部君?』
「お前昔会ったことあるんだろ」
『多分』
「部長副部長ミーティングの後に幸村と真田に言ったんだと」
『何を?』
「お前を立海から氷帝に貰うって」
『え?』


私を抱きしめる腕に力が入ったのが分かる。
私を貰うってどういうことだろうか?
頭の中が疑問符で埋めつくされる。


『私、氷帝に行く予定は無いよ』
「おう。分かってる」
『それを心配してたの?』
「相手が跡部だからな。あいつならやりそうなんだよ」
『私の意志関係なく?』
「やろうと思えばやれると思う」
『怖い人だね』
「でも俺はお前のこと手放す気ねぇから」
『何を言ってるの?』
「え?」
『ブン太、私のがずっとずーっと好きだったんだよ。せっかくブン太が好きになってくれたのに離れるわけないでしょ?』


私を抱きしめる腕が震えている。
ブン太はどうやら笑うのを堪えてるらしい。え?そこ笑うところ?


『笑ってるの?』
「いや、わりぃ。何かホッとしたらすげー笑えてきた」
『事実なのに』
「俺相当余裕なかったみてぇ。俺のがお前のこと好きだと思ってたし」
『逆だよ逆』
「ありがとな」


そんなことを心配してただなんて最近様子がおかしいなとは思ってたけどちょっと拍子抜けしてしまった。


「なんだよその顔」
『だって私がブン太大好きなのみんな知ってるし』
「お前ヤキモチ妬いたりしねえじゃん」
『だってずっと一緒だからする暇無いよ』
「斎藤のことだって何も聞いてこねえし」
『ブン太といる時は楽しい話したいもん』
「あぁ、そっか」
『聞いて欲しかったの?』
「いや、話してて楽しくねえわ」


ヤキモチを妬いて欲しいとかブン太が言うとは思ってなかった。
どっちかと言うとそういうのは面倒臭いって言うと思ってたのに。
私の知らないブン太が見れてなんだか嬉しい。


「笑うなよ」
『だって可愛いこと言うから』
「可愛いって言うなって」
『私の知らないブン太がまだまだ沢山いるんだなぁって思って、嬉しくて』


自然と笑ってしまっていたようで隣から咎める様な声がする。
どうしたらこの気持ちがブン太に伝わるんだろう?
身を捩ってブン太の方を向く。
顔が近いなぁ。大好きなブン太の顔。


視線が交錯してその唇に自らキスを落とした。


『大好きだから安心してね』
「おう」


二人で自然と笑い合う。
少し気恥ずかしいけどちゃんと私の気持ち伝わったかな?


ふとブーブーとスマホが鳴っていることに気付いた。
何だろう?


『私のスマホっぽい』
「誰だよ。ったく邪魔しやがって」


起き上がり確認すると幸村君の名前。
どうしたんだろう?


『幸村君だよ?』
「げ」
『とりあえず出てみるね』
「ん」


「椎名さん?」
『はい』
「丸井はまだそこにいる?」
『います』
「消灯時間を過ぎたんだけど」
『あっ』
「ここセキュリティがしっかりしてるから消灯時間を過ぎると自動で部屋に鍵がロックされるんだよね」
『すみません』
「赤也を仁王達の部屋にやったから今日だけ丸井をそっちで寝かせてあげてくれる?」
『分かりました』
「丸井に代わって」
『はい』


ブン太はまだそのことに気付いてなさそうだ。
不思議そうにこちらを見ている。
『幸村君が代われって』と伝えながらスマホを渡した。


「もしもし」
「マジか」
「怒るなって幸村」
「おう、ちゃんと話したよ」
「もう大丈夫だと思う」
「悪かったって」
「あー」
「いやそこまではしてねえ」
「いくらなんでもしねえよ」
「分かった。明日から気をつけるわ」
「じゃあまた明日な」


話が終わったみたいだ。
通話の切れたスマホが返却される。


「あーほんとにロックかかってんだな」


ドアノブをガチャガチャとブン太が動かしている。
本当に開かないんだな。
セキュリティにどれだけお金をかけているのだろうか?


『脱走しないためかな?』
「こんな山奥脱走した所で行く場所ねえのにな」
『部外者が入って来ないためとか?』
「どうだろな?まぁ消灯だし寝るか」
『えっ!』


ブン太が床に寝転がるから驚いた。
そんなとこで寝ても疲れが取れないでしょ!


「なんだよ」
『そんなとこで寝たら疲れ取れないよ!』
「幸村に言われてんだよ。合宿中だからお前に手を出すなって」
『でも明日もきっと練習ハードだよ?』
「だよなぁ。消灯時間のこと全然考えてなかったぜ。ついてねえよなぁ」
『ブン太、一緒に寝るなとは言われてないんじゃないの?』
「お前が寝れなくねぇ?俺は多分寝れるけど」
『頑張って寝るよ!』
「なら凛と寝ることにするわ」


私の提案に乗ってくれたから良かった。
床なんて固い所で寝たら疲れは取れないし風邪をひきそうだ。


「お前落ちるといけねぇから奥な」
『落ちないよ』
「いいからさっさと入れって」
『分かった』


ベッドの掛け布団を捲ってブン太が言うからそれに従った。
私が入ったのを確認してブン太も入ってくる。
自分で提案したけどこれかなり恥ずかしいかもしれない。
さっきまでベッドの上で二人で横になってたけど布団の中と外じゃ全然違う。
私は何てことを提案しちゃったんだろうか。
ドキドキと心臓の音がうるさい。
ブン太の方が見れなくて壁の方を向いて横になっていたら首の下にまたもや片手を伸ばされた。
これって腕枕的なやつだよね?


「凛、あんまそっち行くと冷えるぞ。もうちょい真ん中来いって」


腰に手が伸びてきてぐいっと身体をブン太の方へと寄せられた。
ブン太の言う通りもしかしたら今日は寝れないかもしれない。


「凛」
『はい』
「好きだ」
『寝れなくなっちゃうよ!』


耳元でそんなこと言うなんてズルい!
また一人で笑ってるし。


「寝るわ俺」
『おやすみ』
「おーおやすみ」


笑い終わって眠そうに欠伸をすると私を抱き締めたままブン太は寝るって言った。
その数分後には規則正しい寝息が聞こえてくる。
腕枕しながら寝れちゃうとか凄いな。
腕痺れたりしないのかな?
ブン太が先に寝てくれたおかげで少し余裕が出来た気がする。
寝顔見てみたいんだけどな。


でもがっちりとブン太の腕で私の身体は固定されている。
動いたら起きちゃいそうだ。
仕方無い、寝顔は諦めよう。
またこの先も機会はあるはずだ。


氷帝の跡部君は何で私のことを貰うだなんて言ったのだろう?
氷帝にもマネージャーはいるみたいだし。不思議な人だ。
でも何があってもブン太から離れる気は無い。
私の方が大好きなんだからね。


私にも漸く睡魔のお出迎えが来たみたいだ。
だんだん瞼が重くなっていくのが分かる。
今日は特に良い夢見れそうだな。



back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -