Call my name

言えないよなぁやっぱり。
俺はここ一週間ものすごい悩んでいる。
こんなことで悩むなんて思ってもなかったことだ。
今までの彼女はさも当然かのようにそれをしてきたから。

名前を呼んで
Call my name



この一週間、特に何事もなく穏やかに過ごしてると思う。
まぁ月曜は斎藤のことでイライラしたりもしたけどそれについて凛と揉めたりすることはなかった。
気になるだろうに聞いてくることもなかったし。
俺に気を遣ってるんだろうけど無理をしてるようにも見えなかったからとりあえずそのままにしといた。
話しても楽しい話じゃないし。
どうせなら凛といる時は楽しい話をしてたかったからだ。凛もそう考えててくれたら嬉しいんだけどなぁ。
単に気を遣ってるとかじゃなくてさ。


俺が最初にこのことを気になり始めたきっかけは斎藤だ。
付き合ってる時と変わらずにこないだアイツは俺のことを「ブン太」と呼んだ。
名前を呼ばれることを気にしたりすることは今までなかったと思う。
歴代の彼女達は俺をそう呼ぶことが彼女である自分達の義務だと信じて疑わなかったしそれが普通だと俺も思ってた。
別れてからも呼び方を変えるやつは少ない。
斎藤のように未だに「ブン太」と呼ぶやつの方が多いと思う。


でもあの時に俺は何故か焦ったんだ。
凛はそれを聞いてどう思ったのか。
嫌だなとか思ったりしなかったのだろうか?
アイツは彼女になっても俺の呼び方を変えたりしなかった。
「丸井君」のまま。
斎藤の「ブン太」を聞いても大して変化はなかったように思う。
凹んでたりしてないのなら良かったけどそれはそれで何だかモヤモヤした。


このモヤモヤの理由が分かったのはその次の日。
凛と赤也の会話を聞いてから。
赤也には凛のこと名前で呼ぶなと散々注意しておいたのにあのバカはついに本人に聞きに言った。
凛がそれを断ることもなく、ついでに赤也は自分も名前で呼んでくれっていとも簡単に言ってた。
それがすげー羨ましかったんだ。
その後直ぐに凛のとこに行ったけど赤也みたいに無邪気に名前で呼んでだなんて言えなかった。


帰りに凛がまたそのことを聞いてくれたけど、それでも自分から伝えることは出来なかった。
今まで別に呼ばれ方なんて気にしたことなかったのに、いざ彼女に名前を呼ばれないことがこんなにモヤモヤするなんて思ってもなかった。
カッコ悪いと思う。
俺だってさっさと自分で伝えればいいと思う。
けど今更どう伝えていいのかなんて分かんなかった。


「丸井ー顔がこえーぞ」
「あ?んなことねーよ。俺は悩んでんの」
「お前が悩んでるとか珍し」


今は体育の時間だ。
先生の都合で今年初の体育。
A組と合同。あ、凛は大丈夫なんかな?
今年最初の体育はバスケだった。
A組対B組で試合の最中だ。
俺の出番は終わったから隅で試合の観戦中。
さっき華麗に3ポイントシュートを決めた青木が交代で隣にやってきた。
コイツサッカー部のくせにバスケも上手いとかモテる要素しか持ってねえよな。
ま、俺には負けるけどよ。


「なんだよー、椎名さんならきっと大丈夫だって。片岡も鈴木も他の女子達も仲良しじゃん」
「その話じゃねーよ。や、それはそれで気になるけど」
「じゃあ何なんだよ」


バスケの試合をぼーっと眺めながら二人で話す。
月曜のことがあったからかうちのクラスの男子はA組との体育ヤル気満々だ。
A組も体育が得意なやつばっかだと思ってたんだけどなー。
うちのクラスのヤル気に押され気味だ。
A組の男子から「お前ら何かこえーよ」とやじが飛んでたりする。
上田が試合をしながらそれに対して「お前らに罪はないけどわりーな」と返していた。


「お前らやりすぎじゃね?」
「イライラしてんだよ皆」
「わりーな」
「お前のせいじゃねえし。気にすんな。今年初の体育だし。」
「ぼっこぼこじゃね?A組ってバスケ部居なかったっけな?」
「もう座ってんぞ。アイツ部活以外ヤル気ねーからなー」


バスケ部のやつを探すと既に交代していて試合も見ずにクラスメイトと談笑してる所だった。
まぁ俺もテニスが授業であっても本気は出さねーからなぁ。
気持ちは分からないでもない。
これはうちのクラスがバスケ勝つだろなー。


「おい、丸井」
「ん?」
「それで何で悩んでんだよ。教えろよ。別に喧嘩してるようには見えねーしさ。気になるじゃん」
「青木に話してもなー」
「おい!バカにすんなよ!」


コイツ本当に人がいいよなー。
好きだった女の彼氏の心配しちゃうんだぜ?
早く他に好きな女出来ますように。
んで幸せになれますように。
柄にもなくそんなことを思いながら渋々と自分のことを話した。
話さないとコイツ諦めそうにねぇし。


「お前もそんな風に悩んだりするんだなー」
「笑うなって」
「いやわりー。何かすげー珍しいからさ。しかもその悩みが小さい」
「うっせーな」


俺の話を聞いてゲラゲラ笑いやがった。
なんだよ、話した俺がバカみたいじゃねーか。


「別に普通に伝えればよくね?」
「それが出来たらそもそも悩んでねーし」
「何で言えねーんだよ」
「何でだろーな?俺にもわかんねぇ」
「意外と繊細なんだな丸井って」
「俺も今までこんなこと気にしたことねーよ」
「今までは普通に呼んできたからだろ?」
「まぁな」


青木と話しても大して答えは出なかった。
そのまま先生のホイッスルが鳴り試合が終わる。
バスケはやっぱりB組の圧勝だった。
お前らがちでやりすぎ。
まぁなるようにしかならねーか。
悩んでもしょうがねぇよな。


「あの、丸井先輩!これさっきの授業で作ったんです」


授業が終わり教室に帰る途中、廊下で知らない女子に呼び止められた。
あーなんかこういうの久々だな。
隣に居た青木も一緒に立ち止まる。
俺がどうするか見てんだなこれ。


「わりぃ、俺彼女からしか貰わないって決めてるから貰えない」
「結構旨そうじゃん」
「彼女さんがいるのは知ってるんです。でもどうしても丸井先輩に食べてほしくて」


面倒臭い。何で立海に彼女作ったとたんにこんな風になるんだ?
今までなかっただろ。彼女が居ても食べてほしいとか無駄じゃねぇ?


「俺もどうしても彼女からしか貰いたくないからわりーな」
「椎名さんは別に気にしないだろ」
「これは俺の問題」
「そうですか。分かりました」
「せっかく来てくれたのに悪かったな」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


下級生だろう女子は俺の返事を聞いて表情を曇らせる。
そのまま一礼すると走りさっていった。
真田が見たら怒るだろうなぁ、廊下を走るなって。
そんなことを思いながら彼女を見送った。


「お前律儀だな」
「普通だろい」
「昔は関係なかっただろ?」
「昔は昔。今は今だっつーの」
「まぁちょっと安心したわ」
「は?」
「椎名さんが気にしないようにしてんだろ」
「わかんね。でもしない方がいいんだろなとは思った。多分気にしたりしねぇんだろうけどな」
「椎名さん優しいもんなー」
「意外と頑固だけどな」
「それは意外だわ」


他愛ない会話をしながら教室へと戻る。
あの下級生の女子が丸井先輩は受け取らなかったって広めてくれると楽だよなぁ。


なぁ、凛。
いつか『ブン太』って呼んでくれねぇかな?

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