放課後プリンセス

「のう、昨日は大変だったみたいじゃの」
『仁王君?どうしたの?』


何時ものように、洗濯室で仕事をしてたらひょっこり仁王君が現れた。
昨日のこと?帰りのことだろうか?


『部活は?』
「休憩中なり。ブンちゃんは試合中じゃ」
『心配して来てくれたの?』
「昨日のこと聞きにきただけじゃ」
『全然大変じゃなかったよ。少しびっくりしたけど』
「そうか」
『何かあった?』
「何もなかよ。お前さんはほんと強いんじゃな」
『そんなことないよ』
「もっと落ち込んどるかと思ったんじゃ」
『全然だよ。大丈夫』
「ならよか」


どうやら昨日のことを聞きにきたみたいだった。
でも詳しく聞かれることはなくて結局コートへと戻っていった。
何だったんだろ?
何か聞きたそうな気もしたんだけど、うーん。
仁王君のことはまだよく分からないからなぁ。
そのうちまた話してくれるだろうと仕事に戻る。
後は乾燥機のタオルを畳むだけだ。


「椎名先輩!」
『切原君何ー?』
「凛先輩って呼んでもいいっすか?」
『うん、大丈夫だよ』
「よしっ!丸井先輩がウルサイんすよー。名前で呼ぶなって」
『そうなの?』
「だから確認しに来ました!そのかわり俺も赤也って呼んでくれていいんで!」
『赤也君ね。分かったよー』


タオルをしまいコートへと戻ると切原君が休憩中らしく近寄ってきた。
弟が居たらこんな感じなのかな?
名前で呼び合うことを了承したら嬉しそうな顔をしてベンチへと戻っていった。


「凛ー」
『丸井君?どうしたの?』
「何でもない」
『どうしたの?体調でも悪い?』
「いや、大丈夫」
『機嫌悪い時は口数少なくなるって柳君が言ってたのになぁ』
「う」


次は丸井君だった。
呼ばれて振り向くと少し不機嫌そうだ。
どうしたんだろうか?
心配して聞いてみても誤魔化される。
だから柳君が言ってたことをそのまま伝えてみると図星だったみたいで少し罰の悪そうな顔をしている。


「椎名さん!ちょっといいかな?」
『幸村君に呼ばれたから行くね。ちゃんと帰りに話してね』
「おう」


丸井君のことは気になるけど今は部活中だ。
呼ばれたら行かなきゃいけない。
帰りにちゃんと話を聞こう。
何かあったのかな?


「丸井と話してたのに悪いね」
『帰りにも沢山話せるから大丈夫です』
「ふふ、君は面白いね」
『突然何を言うんですか』
「いや、ちゃんとマネージャーやってくれてるなぁと」
『え?』
「何か困ったことはない?何でもいいからちゃんと言ってね」
『特に。あ、そろそろスポーツドリンク用の粉がなくなってきたかも。後は洗剤も少なくなってます』


困ったことと聞かれて思案する。
でも特に考えつくこともなくて。まぁこないだの洗濯室のことはあったけどあれ以来はなかったし。
昨日のことだって大したことではない。
だからスポーツドリンク用の粉と洗剤の在庫が切れそうなことを言うと幸村君は吹き出して笑い出した。
こんな風に笑うのかと呆気に取られる。
他の部員もそうだったらしく目を丸くしてこちらを見ている。


『あの幸村君?』
「あ、ごめん。ちょっと面白かったから」
『そんなに面白いこと言ってないですよ』
「うん、分かってるんだけどね。スポドリの粉と洗剤は手配しておくね」
『宜しくお願いします』
「次の試合のスコア付け宜しく」
『分かりました』
「弦一郎!次は俺と試合だよ」


真田君を呼ぶと幸村君はコートへと向かって行った。
何だったんだろう?
隣のコートで柳生君と試合が終わった柳君がスクイズボトル片手に隣に座る。


「精市と何を話していたんだ?」
『柳君もびっくりしたの?』
「お前は察しがいいんだな」
『みんな一瞬こっち見たよね。私と同じ様に驚いた顔して』
「精市が声を上げて笑うことは珍しいからな」
『私も何で笑われたのかさっぱり分かんないんだよね』
「私も気になりますね。幸村君の笑った理由」


ベンチの後ろから柳生君の声が聞こえる。どうやら二人とも休憩中らしい。
向こうは丸井君とジャッカル君が試合中みたいだ。
幸村君と真田君の試合の行方を目で追いながら柳君に先程のやりとりを話す。
ふむと隣と上から返事がきたと思ったら少しの沈黙が流れた。


「椎名さん、幸村君は多分そういうことを聞きたかったんではないと思いますよ」
「俺もそう思う」


沈黙の後に先に口を開いたのは柳生君で柳君もそれに賛同する。
少し驚いたので二人の方を向こうとしたら柳君がスコアの書き忘れを指摘してくるから慌てて視線をコートへと戻した。


「昨日のことが噂になっている」
『昨日ですか?』
「そうですね、私のクラスでも耳にしましたよ」
『心配させました?』
「お前は責任感も強そうだからな。俺達に話してくることはないだろうし」
「心配させたくないと言うお気持ちは嬉しいんですよ。ですが無理はなさらないでくださいね」
『はい』
「丸井がいるからさほど心配はしてないがな」
「貴女が私達を平等に扱ってくれてるように私達も貴女をマネージャーとして心配なんですよ」


二人の言ってることが分からないでもないんだけど…でも極力心配をかけたくないのだ。
そしてそれは私の話じゃない。丸井君の話なのだ。
丸井君の話を丸井君が居ない時に話すのは違う気がした。
幸村君が笑ったのは私が見当違いな返事をしたってことは分かった。
丸井君だけじゃなくてテニス部が過保護体質なんだなぁとしみじみ感じる。
仁王君もだしみんなに心配させちゃったなぁ。


『大丈夫ですよ。私こう見えて結構図太いですから』
「芯が強そうなのは分かっている」
「そういう問題じゃないんですよ」
『でも心配させちゃってますし』
「こちらが勝手にしていることだ」
「その点に関して気になさらないでください」
『じゃあ何で』
「俺達もちゃんと心配しているからなと言うことを分かってくれればそれでいい」
「一人で考え過ぎないようにと言いたかっただけなんですよ。幸村君もきっと」
『皆さんもっとサバサバしてると思ってました』
「私達も丸井君の変化には驚きましたから」
「丸井に変化をもたらしたのはお前だろう?」
『んー自覚はあまり無いです。私にはずっと同じ丸井君だから。クラスの皆も同じこと言ってたけど』
「その丸井君が大事にしてる椎名さんを私達は同じように大事にしてあげたいだけですよ」
「まぁそういうことだ」
『過保護ですね』


二人の言い方がまるで丸井君の保護者みたいな風に言うからそれが何だかおかしくて少し笑いながら過保護だと告げる。


「そうですね、否定は出来ません」
「丸井と赤也は危なっかしいからな」
「ついつい口を挟みたくなるんですよ」
『分かりました。何か困ったことがあったらちゃんと誰かに相談します』
「それが聞きたかったんです。良かった」
「そうだな、そう言ってくれると俺達も安心する」


二人は私の答えを聞くと穏やかに返事を告げて練習へと戻っていった。
私と丸井君ってそんなに見てて心配なのだろうか?
3‐Bにしろテニス部にしろみんな心配症すぎないかな?
丸井君に話してみようかな。


部活を終えて丸井君にうちまで送ってもらう。いつもの帰り道。
隣には丸井君。夕暮れが私達をひっそり包んでいる。


『丸井君、さっきの話なんだった?』
「ん?あーあれか。やっぱりいいや」
『凄い気になるんだけど』
「大したことなかったから気にすんな。それより幸村とか柳とか柳生と何話してたんだ?俺、あんなに笑う幸村見たの初めてだぜ」


部活の時のことを切り出すも何でもないと言われてしまった。
何だったんだろう?話まで変えられちゃったし。
またいつかちゃんと話してくれるかな?
部活の時のやり取りをそのまま丸井に話した。


『テニス部も3Bもみんな優しいねぇ』
「お前だからじゃねーの?」
『え?何で』
「凛がいつだって一生懸命で優しいからアイツらも優しいんだろうよ」
『クラスはそうかもしれないけどテニス部は丸井君がいるからだと思うけど』
「まぁ確かに俺あってのお前だけどさ、アイツら俺の彼女だからって誰にでも優しくはしねーよ。彼女がマネージャーなの初めてだからわかんねーけどさ。凛がちゃんと頑張ってんの見てるからだろ?毎日差し入れ作るのも大変だろうしさ」
『そう、なのかな?』
「心配させてるって申し訳なくなる必要はねーよ」
『うん』
「何か不満げだな」
『心配するのは勝手って言ってたけど、安心してほしいなぁと』
「だから何かあったら話せってことなんだろ?」
『丸井君とのことそう簡単には話せないよ』
「あーお前ややこしいのな」
『えぇ!』
「いいよ、アイツらには話してやれよ。俺多分去年かなり心配かけてるからさ」
『いいの?』
「アイツらには別に話したって問題ねぇよ」
『分かった』


帰り道に気になってることを話すと丸井君は簡単にそれを許可してくれた。
意外だった。丸井君とのことを話すってことは多分カッコ悪いとことか情けないとこの話をする時が出来ちゃうかもしれない。
男子ってのはそういうのを他の男子に知られるのを嫌がると思ってたんだ。
テニス部の絆みたいなものを感じた気がする。


『凄いなぁ』
「急にニヤニヤしてどうしたんだよ」
『男の子の友情みたいなものを見れた気がする』
「なんだよそれ」
『何でもない』
「何一人で笑ってんだよ」
『いいのー』


一人でそれを考えて思わず笑みが漏れる。
丸井君は不思議そうだ。
頭をくしゃくしゃと撫でられて思わず目を瞑る。
そして二人で顔を見合わせて笑いあった。


昨日の件はあれから丸井君とは話してない。
自分から聞こうとも思わなかったし丸井君から話してくることもなかった。
でもそれでいいかなって思ってる。
気にならないって言うと嘘になるけど、でも話した所で楽しい話でもない。
梨夏とちはるちゃんからその後の話を聞いたけど三人から辛辣な言葉をかけられた斎藤さんは無言でその場を去っただけらしいし。
休み時間に丸井君が青木君と話してるのを見かけたからきっと丸井君もそれは知ってる。


だったら二人のときはなるべく楽しい話をしていたいなぁと思う。
斎藤さんには斎藤さんの色々なことがあるんだろうけどそれに悩んでる暇はないのだ。
隣にいる丸井君と楽しく過ごせたらそれでいい。


『明日は何食べたい?』
「んー。フルーツタルトとか?」
『あ、美味しそう』
「だろい?」
『真田君とか食べれるかな?』
「食べれなかったら俺が食うから!」
『あ、ゼリーも作ろうかな』
「お前、頑張りすぎんなよ」
『お店の余ったフルーツで作るから大丈夫だよ』


よし、明日はタルトとゼリーに決まりだ。
明日は青木君にもお裾分けしよう。
勿論、上田君と梨夏とちはるちゃんにも。


こうやって悩むこともなく過ごせてるのは隣にいる丸井君と3Bのみんなとテニス部の人達のおかげなんだなぁとしみじみ感じた。

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