バタフライエフェクト(日向)

初めて彼を見たのは商店街のポスターだった。
名前も学年も分からない。
顔だってちゃんとは写っていない。
ただどうしようもなくそのポスターに写っている彼に惹かれたのだ。
私にはその背中に羽根が生えてるようにみえた。


その日からポスターの彼が頭の中から離れなくて私を悩ませる。
彼の名前を知ることになったのはその一ヶ月後。
夏休みに入ってからのことだった。
うちの部活は幽霊部員が大量にいる。
ちゃんと活動してるのは数人だろう。
活動するもしないも生徒の自主性にに任せられている。
夏休みにほぼ毎日部活に来るのは私くらいだったと思う。

美術室は一階にあって男子バレー部が練習する体育館の直ぐ近くにある。
きっと一回でも確認しに行けばそれが誰なのか分かっただろうけど私はそんなことしなかった。
これが恋なのか半信半疑だったしもしかしたら単にポスターの構図に惹かれただけだったのかもしれないから。
そのポスターを思い出しながら彼のことを絵に描くのが夏休みの日課だった。


ある日、昼食に一旦家に帰ってから再び登校した時のこと。
家が近いから夏休みは毎日家で昼食を食べていたのだ。お弁当を作ってもらうよりこっちのが効率的だし。
美術室に戻ったら先客が居た。
あれは確か武田先生?だったかな?
先生が私の描きかけの絵を眺めていたのだ。


『あの』
「勝手にお邪魔してすみません」
『いえ、鍵はかけてないので』
「これは日向君ですね」
『え?』
「バレー部の1年の日向翔陽君ですよ」
『そうなんですか?』
「ポスターを見てこれを描いたんじゃないんですか?」
『そうです』
「それならあのポスターに写っているのは日向君ですよ」
『名前まで知らなかったので』
「あのポスターも良かったですがこの絵もなかなか素晴らしいですね」
『あ、でもまだ完成してないんで』
「日向君もきっと喜びますよ」
『先生!あのそれは内緒にしてくれませんか?』
「分かりました。その代わり出来上がったら僕に見せてくださいね」
『それなら』
「約束ですよ。じゃあ僕はこれで」


思わぬ所から彼の名前知ることになった。
日向翔陽君か。
どんな人なんだろう?
名前を聞いただけなのに何故か彼に強く興味が湧いた。
と、同時に私は彼の顔も声も知ってるこを思い出した。
同じクラスの月島君の所に勉強を教わりに来てたのが彼だったのか。
考えてみたらあのオレンジ色の髪は日向君くらいしか居ない気がする。


日向君を好きだと意識し始めたのは1月の春高バレーの全国大会の放送を観た時だった。
うちはお兄ちゃんがバレーボールをやってる影響で両親はバレー観戦が好きだ。
私は今までそんなこと無かったんだけど烏野のバレー部が全国大会に出場するって聞いたからお母さんと二人で観戦したのだ。
結局最後まで一試合も欠かさずに全部観戦してしまった。
日向君から片時も目が離せなかったのだ。
初めてバレーをしている日向君を見たけどやっぱりその背中には羽根が生えてるみたいだった。


日向君に恋をして春がやってきた。
相変わらずクラスも違うし接点は無い。
それでも今年はバレー部マネージャーの谷地さんと同じクラスになって仲良くしてもらってる。
こうやって少しでも接点が増えたらいいなぁ。


なんてぼんやり考えてた私が甘かった。
私は日向君のことを認識してるけどきっと彼は私のことなんて知らない。
話したことも無いから当たり前だ。
谷地さんに相談してみれば良いのかもしれないけれどどうしても日向君のことを話す気にはなれなかった。
日向君と接点が欲しいから谷地さんと仲良くなったみたいで嫌だったんだ。


そんな風にうじうじしたまま春は過ぎて初夏になり梅雨がやってきた。
じとじとと気持ちまで滅入ってしまう梅雨だ。
部活を終えて帰ろうと傘をさして歩いてる時だった。
しとしとと降り続く雨の中に微かに鳴き声が聞こえる。


『猫?』


どこから聞こえるんだろう?
見渡してみても猫が居そうな場所は見つからない。
気のせいだったのだろうか?
雨音のせいでちゃんと聞き取れなかったし。
諦めて帰ろうとしたときだった。


ミャア


今度こそちゃんと聞こえた。
弱々しい鳴き声がしたのだ。
再び姿を探す。
そんな遠くに居ないはずだ。
雨だからきっと怪我でもして弱っているのだろう。聞こえたからには助けてあげたい。


『どこにいるの?』


鳴き声は聞こえるのに一向に姿が見えない。
急がないと暗くなってしまう。
雨のせいでどこから聞こえるのか全く分からなかった。
ふと目の前の大きな木が視界に入る。
もしかすると…下じゃなくて上だったのかもしれない。
そう思って頭上へと視線をやると見付けた。
枝の根本に小さな子猫がいたのだ。
きっと降りれなくなったのだ。
子猫はよくこういうことをやらかす。
近寄っていくと木の下は雨が降ってこない。
葉っぱが雨避けの役割をしてくれてるんだろう。
傘を閉じてそっと子猫へと手を伸ばす。
当たり前だけど全然届きそうに無い。


『どうしよう』


『おいで』と子猫へ声をかけてみても降りてくる様子は無い。
そうだよね、こんなんで降りれたらとっくに降りてるよね。
私が登るしかないのかな?
雨の中、木に登るとか絶対に変な子だよね。
ちらほらと帰ってく生徒がまだいるのだ。
それでもこのこを放って帰れそうにもない。
よし!登るしかない!


「あの、何してるの?」


一番近い枝へと手を伸ばした時だった。
背中へと声をかけられて振り向いた。
不意に話しかけられたこととその相手が日向君だったことで二重に驚いた。
伸ばした手をそろりと降ろす。


『あの、その変な意味じゃなくて』
「木登り?」
『や、木登りが目的とかじゃなくて』


こんなタイミングで日向君と話せるとは思ってなくて上手く話せそうにもない。
何て説明したらいい?木と雨と傘と梅雨と日向君と私。頭の中は軽くパニックだ。
自転車を止めて日向君がこちらへと近付いてくる。
えぇ!?何で?どうして?
私の隣へと並んで木を見上げた。


「雨の日に木登りって普通する?」
『えぇとそうじゃなくて』


ミャア


「猫?」
『そ、そうなの!猫!猫がいるの!』


ものすごい良いタイミングで子猫が鳴いた。
パニックになったせいで一番肝心な猫のことが頭から抜け落ちてたのだ。


「降りれなくなっちゃったんだなアイツ」
『そうみたいなの』
「あ、だから木登り?」
『うん、置いて帰れないし』
「木登り得意なの?」
『分かんないけど』
「おれが行ってこようか?」
『え?』
「多分おれのが木登り得意だと思うし」
『でも悪いよ』
「へーきへーき!ちょっとこれ持ってて」


そうやって言うと着ていた雨合羽と学ランを脱いで渡してきた。
ひょいひょいと木を登っていく。
雨なのに身軽だなぁ。
枝が濡れて滑ったりしないか心配で仕方無かった。


「ほら大丈夫だからチビこっち来いよ」
『大丈夫?』
「多分。っと!よし!捕まえた!」


危なげなく子猫を捕まえて日向君が木からするすると降りてきた。
片手で子猫を抱いてるのに本当に器用だ。


「はい…ってこの猫渡してもだいじょーぶ?」
『何で?』
「別にこの猫飼ってるわけじゃないんだろ?」
『そうだけど連れて帰るよ』
「そっか。それなら良かった。お前うちが見付かったんだなぁ」


日向君の腕の中でぷるぷると震える子猫へと優しく話しかけている。
あ、いけない。きっと寒くて震えているのだ。
何かくるむ物と探してみても見付からない。
今日は体育も無かったからジャージすら持ってないのだ。


「使った後のタオルならあるけど」
『えっ?』
「何か慌てて探してるからさ。きっとコイツのためでしょ?」
『うん。でも何にもなくて』
「使用済みのタオルで良ければ使ってよ」
『いいの?』
「チビがいいのならいいよ」


子猫を抱えたまま自転車へと移動してタオルを持って私の元へと戻ってきた。
子猫は既にタオルへとくるまれてるみたいだ。


「大丈夫だったみたい」
『良かった』
「あ!おれ日向翔陽!2年な」
『日向君のことは知ってるよ』
「えっ?初対面だよな?」
『1年の時に私は月島君と同じクラスだったから』
「あー!そういうこと?」
『今年は仁花ちゃんと同じクラスだよ』
「ってことは特進クラスなんだよな?」
『そうだね』


子猫をくるんだタオルを手渡され私は雨合羽と学ランを日向君へと返した。
そのまま何故か並んで帰ることになったみたいだ。
日向君は自転車をわざわざ押して私に合わせて歩いてくれている。
昨日まで話したことすら無かったのに。
この展開の早さに頭の中はぐるぐるしっぱなしだった。


「なぁ!良かったらおれに期末テストの勉強教えてくんない?」
『え?』
「中間はなんとか乗り切ったんだけど期末テストはちょっと自信なくて」
『私で良ければ』
「谷地さんは影山教えなきゃなんないからさ」
『そうなの?』
「おれも谷地さんに教わるってなると大変だろーし」
『確かにそうかもね』
「んじゃテスト週間になったら宜しくな!」
『うん』
「あ!なぁ!名前聞いてもいい?」
『え?』
「おれまだ名前聞いてない」
『あ!ごめん!椎名凛です』
「じゃあおれこっちだから」
『うん、日向君ありがとう』
「日向でいいよ!また明日な!」
『ばいばい』


まさかのまさかの展開だ。
頭がクラクラしてしまう。
話せただけでも嬉しかったのに日向?でいいのかな?いいよね?
日向から勉強を教えてって言ってくれるなんて。
これも全部この子猫のおかげだよねきっと。
谷地さんの負担を減らしたいからってのが日向らしいなって思ってしまった。
初めて話したのにだ。
でも私が思ってたままだったなぁ。


家に帰ってお母さんに子猫を拾ったことを報告する。
うちには既に二匹の先住猫がいるから反対はされないだろう。
二匹とも私の腕の中の子猫に興味津々だけどまだ近付けるわけにはいかない。
先に獣医さんに診てもらわないとね。
お風呂場で嫌がる子猫を洗っていく。
段々と鳴き声に力が入るようになってきたみたいだ。
これならきっと大丈夫かな?
お風呂から出たらお母さんとが子猫のためにとご飯を用意してくれてた。
それを受け取って子猫と自室へと向かう。
ケージが既に用意されていた。
預かったり猫を拾ったりした時の隔離部屋が私の部屋なのだ。
あ!日向から借りたタオルも洗ってもらわないとだ。


子猫にご飯を食べさせるとケージに用意したタオルにくるまって寝てしまった。
その合間にリビングへと向かう。


『お母さん、タオルだけ先に洗ってー』
「あらどうしたの?」
『子猫を助けた時に借りたの』
「そう。分かったから洗濯機に入れておいて」
『うん』
「うちで飼うの?」
『いい?』
「いいわよ。名前は決めたの?」
『うん。ミカンにする』
「あら食べ物の名前なんて珍しい」
『いいの』


それ以上追求されたくなかったからさっさとタオルを洗濯機に放り込みに行った。
日向のオレンジ色の髪の毛から名前をとったなんてお母さんには絶対に言えない。


「へえ、そんなことがあったんだ!」
『そうなの。だからこのタオル仁花ちゃんから日向に返してもらえる?』
「いいよ。でも凛ちゃんから返した方がいいんじゃないかな?」
『え?』
「日向のことだから猫がどうなったか知りたがると思うし」
『そうかな?』
「うん、だからやっぱり昼休みにでも自分で行ってくるといいよ」


焦った。すっごい焦った。
仁花ちゃんが私の気持ち知ってるのかと思ったんだ。
そうじゃなかったみたいでホッとした。
昼休みに日向の所へ向かうことにする。
仁花ちゃんに買ってくなら牛乳だよって教えてもらったから購買に寄ってから向かう。


日向のクラスへと到着して中を覗き込むと居た。
日向はどこに居ても目立つなぁ。
和気藹々と周りと楽しそうに談笑している。
話しかけづらいなと思ってまた今度にしようと思った時だった。
日向の視線がこっちに向いたのだ。
周りに一言二言告げて日向がこっちへとやってくる。


「おれに用事?」
『うん。あのこれタオルありがとう。後はお礼に良かった飲んでください』
「おれに用事なら良かったー!違ったらおれ恥ずかしいよな。お礼とか全然気にしなくて良かったのに!」
『でもおかげで助かったから』
「んじゃ貰っとくな。猫は?だいじょーぶ?」
『うん、お風呂はかなり嫌がったけどご飯食べたらすやすや寝ちゃってさ。今日お母さんが獣医さんに連れてってるとこ』
「どっか悪かったりしたのか?」
『違うよ。至って元気だけど一応獣医さんには診てもらわないとね』
「獣医ってどこも悪くなくても連れてくんだな」
『パッと見元気そうでもほんとは違うこともあるからね』
「猫は具合が悪くても喋れないもんな」
『だから私達人間がちゃんと見てあげないとね』
「そうだな。名前決まったら教えてな?」
『う、うん』
「あ!おれの連絡先谷地さんに聞いておいて」
『分かった』


そこで予鈴が鳴ったので自分のクラスへと戻った。
出逢って二日目にして日向の連絡先が聞けるなんて!
明日槍でも降らないかな?大丈夫かな?
日向が仁花ちゃんに言っておいてくれたのだろう。
戻ったら直ぐに日向の連絡先が書いてあるメモを仁花ちゃんがくれた。
仁花ちゃんに私の連絡先を日向に教えてあげてって伝えたらやんわりまたもや断られてしまった。
私から連絡した方が早いらしい。
あれ?私の気持ちって仁花ちゃん知らないよね?…うん、知らないはずだ。
何なら誰にも話したこと無いと思うし。
気のせいかな?


帰ってからゆっくりと連絡すればいいかなとそのメモを大事にしまいこんだ。
今月の作品はミカンを題材にしようかな?
生き物を描くのは難しいけどミカンだったらチャレンジしてもいいかもしれない。
帰ってから沢山遊んであげよう。


美術部は幽霊部員が大量にいる。
真面目に活動してるのは数人だろう。
その数人も梅雨だとあまり顔を出さない。
毎日美術室にいるのはきっと私くらいだ。
美術室は一階にあって直ぐ横に男子バレー部の練習する体育館がある。
誰かがここを通ることは滅多に無いけれど体育館から響くバレーボールの音や喧騒を聞いてるのは好きだった。
梅雨が終わったら自分の描いた絵を一回整理しないとなぁ。


ミカンを描くのは決まったけどまだ全然頭の中にイメージが出来ない。
今日はもう帰った方が良さそうだな。
獣医さんに診てもらった結果どこにも異常は無かったらしい。
既に先住猫と顔合わせを終わらせたらしく今はリビングで寛いでるってお母さんから連絡があった。
先住猫はおっとりさんだし心配してなかったけど私もその場に居たかったよ!


家に帰るとミカンは先住猫の間でスヤスヤと寝ている。
起こすのも可哀相だからその寝姿だけ写メに撮って自室へと向かった。
日向とのに連絡しなくちゃ。
写メと獣医に診てもらった結果どこにも異常がなかったよと報告をする。


部屋着へと着替えて宿題を終わらせてベッドでゴロゴロしていたらスマホが着信音を告げた。
こんな時間に誰だろう?
確認をしてみたらそれは日向で私はまたもや驚いてしまった。


『もしもし?』
「おれ日向だけど」
『どうしたの?』
「急にごめん!写メ見た!」
『帰ったら先住猫と爆睡してたよー』
「お腹出してたな」
『二日目にしてすっかりうちのこだよ』
「椎名さんに見付けてもらって良かったな」
『ミカン本当に可愛いよ』
「ミカン?あ!名前決まったのか!」
『うん』
「あ、そうだ!急に電話した理由!」
『何かあった?』
「谷地さんと影山と話したんだけど土日に勉強会しようってさ」
『部活は休みだもんね』
「椎名さんのうちでもいいかな?」
『うち?』
「谷地さんが椎名さんの家が一番集まりやすいって言うから」
『学校からは近いかも』
「それと猫の写メ見せたら影山がすげー乗り気でさ」
『影山君猫好きなんだね』
「いつも逃げられてるんだけどな」
『うちでいいよ。お父さんも単身赴任で居ないしお兄ちゃんも県外の大学だから』
「良かった。ありがとな!」
『大丈夫だよ』
「じゃあ土日は宜しくな!」
『うん。今まだ帰り?』
「そうだよ」
『気を付けて帰ってね』
「おう!また明日な!」
『うん、また明日ね』


通話が切れたことを確認してスマホを置いた。
あぁもう!びっくりしたびっくりしたびっくりしたよ!
自分のことなのに展開が本当に速すぎてついていけないよ!
二日目で電話してうちに来ることが決まっただなんて。
自分の頬をぎゅっとつねってみたらちゃんと痛かった。


『あれ?日向一人?』
「うん、明日は大丈夫らしいけど二人とも予定が出来たみたいで」
『テスト前なのにねえ。じゃあどうぞ』
「お邪魔します」


土曜日の約束の時間にうちに来たのは日向だけだった。
仁花ちゃんも影山君も来れなくなったらしい。
影山君明日だけでテスト勉強大丈夫なのかな?


『二人なら私の部屋でいっか』
「え」
『駄目かな?』
「いや、大丈夫」
『麦茶でもいい?』
「うん」
『あ、ついでにミカン連れてこうか』
「お前がミカン?ふっかふかになったなぁ!」


リビング寛いでるミカンを日向が持ち上げている。
それを横目に私は二人分の冷えた麦茶を用意した。
日向がうちにいる。
子猫を拾うまでそんなこと無いと思ってたのに。
ほんと小さなことがきっかけで何かが変わったりするんだろな。


「なぁ!猫ってこんな人懐っこいもんなのか?」
『うちのこが珍しいのかも』


日向がミカンを抱きあげてる下で先住猫二匹が日向の足へとすり寄っているのだ。
初対面でここまでおもてなしをするのも珍しいけど。


『クロとミケも来る?』


ニャーンと二匹から返事がきたので二人と三匹で私の部屋へと向かう。
何とも自然に日向を部屋へと案内したけれど自室に男の子を案内したのは初めてだ。
最近はお兄ちゃんだってお父さんだって部屋に入れないんだった。


『どうぞー』
「あ」


部屋の扉を開けて中に入るように促したら中を覗いて日向の動きが止まった。
別に部屋の中に日向が困るようなものは置いてないと思うんだけど。


『あっ!』


思い出した!
去年の夏に描いた日向の絵がそのまま飾ってあったのだ。
今日は四人で勉強会だから自分の部屋に三人を通す予定じゃなかったから別にそのままでいいかなって思ってたんだった。
どうしよう?見られてしまったからどうにもすることは出来ないけれど。
出来ることなら五分前まで時間を戻したい。
日向はこの絵を見て何を思うんだろう?
ちらりと日向の横顔を伺う。
やっぱり引いちゃうかな?
普通はそうだよね。そうやって一人落ち込んだ時だった。


「やっぱりこれ椎名さんが描いてたんだな!」
『え』


隣から響いたのはいつも通りの日向の声色で私が心配してた様なことにはならなさそうだ。
それに安堵したかったのに日向が言った言葉に疑問が生まれる。
やっぱりってどういうことなんだろう?


「おれ去年の夏に1回これ見たことあるんだよ」
『どうして?』
「教室に忘れ物取りに行くのに美術室の横から入ったんだけどさ。珍しく扉が開いてたから」
『そうなんだ』
「その時はあんまりちゃんと見れなくて。でもおれが描いてあるってのは分かったから」
『ごめんね』
「なんで椎名さんが謝るんだよ。おれかなりかっこ良く描いてくれてあるよな!むしろサンキュ!」


ミカンを抱えたまま日向が絵へと近付いていく。
その絵をまじまじと眺めた後にこちらを向いて屈託なく笑った。
あぁ本当に日向は日向だなぁ。


『日向は凄いね』
「何が?」
『普通はさ、びっくりしたり引いちゃったりしないかなって』
「しないだろ。おれ探してたし」
『何を?』
「あの日武ちゃんが探しに来てさ、早く練習に戻れって言われたんだけどおれもちゃんと完成したやつ見たかったんだよ」
『あの日だったんだ』
「武ちゃんに聞いたら秘密ですとか言うしさ」
『私が先生に口止めしたんだ』
「おれの周りに美術部のやつ居なかったから大変だった」
『美術室に来れば良かったんじゃないの?』
「それその時は思い付かなかったんだよ」
『結局どうしたの?』
「同じ学年でちゃんと活動してる美術部は一人しか居なくてそれが椎名って名前の女子なのは分かったんだけどそっからすっかり忘れてた。で、今全部思い出した」


「まさかこんなとこで絵を見られるなんてな!すげーよなー!」と日向はミカンに話しかけている。
日向が嬉しそうにしてくれているから描いて良かったのかもしれない。


『日向、ありがとうね』
「え?おれお礼言われるようなことしてないよ」
『いいの。よし英語からでいいかな?』
「あ!そうだ!勉強しにきたんだったな」
『猫と遊ぶのはその後ね』
「ミカン、お前はクロとミケと遊んでもらえよ」


促すようにテーブルに座ると日向も一緒に座ってくれた。
ミカンも下におろしている。
遊んでほしそうに日向の膝をカリカリとしてたけど日向が反応しないから諦めてクロ達の所に行ったみたいだった。


まだ好きだよなんて絶対に言えないけど、ゆっくり仲良くなっていけたらいいな。
日向もそうやって思ってくれてたらいいな。


あの時日向のポスターを見てなかったら
昼食を食べに帰った時に美術室の扉を閉め忘れていなかったら
ミカンの鳴き声に気付いてなかったら


きっと今の私は居ないんだと思う。
些細なことの繰返しで今があるってことはきっとこの先日向と居られる未来もあるんだろうな。
そうなれますように。
選択肢を間違えませんように。

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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