マリッジ珍道中(日向)

これはお題の恋人に「してあげる」10題の10.添い寝の続きです。キャラ視点がコロコロ変わります。


Her side

ヤバい。かなりこれはヤバい。
翔陽のとこに遊びに行って3ヶ月。
元々生理不順だったのもあって気にしてなかったのもあるけど3ヶ月来ないのは珍しくて、友達が生理来なくて妊娠検査薬で試して陰性だったら安心して生理きたよって話してたのを思い出していざ検査してみたら大当たりだったわけで。


私は独り陽性の検査薬を見つめて途方にくれた。


どうしよう。確かにあの時避妊しなかったけど。
翔陽の勢いに流されちゃったのが悪いけどまさかその一回で当たってしまうとは。


お母さん泣くかなぁ。
お父さんに怒られるだろなぁ。


そっとお腹に手を当てる。
ここに赤ちゃんがいるなんてまだ実感はない。
でも翔陽との赤ちゃんなら産みたい。
一人でも産みたい。
私に堕胎するなんて選択肢は全くなかった。


翔陽に迷惑はかけらんないなぁ。
元気にしてるかなぁ?
せめてもう一回くらい会いたかったなぁ。




影山side
「おいボケェ!練習中にぼさっとすんじゃねぇ!」
「うん、ごめん」
「!!!」


なんだコイツ。
昨日と態度が全然ちげぇ。
昨日まで全日本男子バレー代表のレギュラー貰うとか言って張り切ってなかったか?
今日は練習に全く集中出来てない。


誰に何を言われても見当違いな返事しかしねぇし。
何か変なもんでも食ったのか?


「あのノヤさん」
「おうどうした影山!」
「日向今日おかしくねぇっすか?」
「翔陽か?まぁ確かになー」
「このままだとせっかく代表に残ったのに直ぐに落とされる気がすんですけど」
「お前ってなんだかんだ翔陽のこと心配してるんだな」
「違っ!」
「分かった!分かった!俺に任せとけ!」


練習の休憩中にノヤさんに気になってることを伝えてみた。
心配なんかじゃねぇけど俺が一番日向のことを生かせる自信はある。
だからあいつにやる気がないのは困るんだよ。
高校時代と変わらずにノヤさんは頼もしいことを言ってくれた。
先輩に任せてみようと思う。




西谷side
影山が言ってた通り今日の翔陽は動きにキレが全くなかった。
失敗ばかりだ。そのせいで監督、コーチにも怒られてたし。
翔陽がこうなる原因なんて1つしかねぇ。
多分凛さんと何かあったな。


「翔陽!」
「はい?」
「メシ食って帰るぞ!」
「でもノヤさん、おれ食欲なくて」
「食わねぇと明日の練習もたねぇぞ」
「でも」
「いいから行くぞ」


半ば強制的に翔陽を連れて体育館の近くの居酒屋へと向かう。
ここは安くてメシもツマミも旨い!
席に通されて生ビールを2つ頼む。
翔陽は酒弱いからあんまり飲ませるなと凛さんに言われてるけど練習終わりだし一杯だけ付き合ってもらうことにした。


生ビールと適当に頼んだツマミがあらかた並び終わってから俺は話を切り出すことにした。


「凛さんと何かあったんだろ?」
「ノヤさん何で知ってるんですか!?」
「知ってるんじゃなくて翔陽がそんな風になるの凛さんのことくらいしかねぇだろ」
「あぁ」
「何があったんだよ。皆心配してたぞ」


俺の問いかけに食い付いてきたのも一瞬でまたさっきみたいな腑抜けた顔に戻った。


「おれ昨日フラれました」
「は?」
「もう会わないっていきなり連絡きて」
「それ本当に?」
「電話も着信拒否されました」


翔陽大好きの凛さんがいきなり別れ話とか意味がわかんねぇ。
それでコイツ今日こんな腑抜けだったのか。


「浮気でもしたのか?」
「してませんよ!そんなのしてる暇もないしする気もないです」
「翔陽は凛さん一途だもんなぁ」
「そうです。理由も教えてくれなくて」


翔陽の空気がますます暗くなっていく。
まぁ腑抜けた理由は分かった。
かと言って練習に身が入らねぇのも困る。
コイツのテンションに釣られて全員のテンションが上がってくのが今のうちの代表だ。


「なぁ理由は分かった。でもな練習に集中出来ねぇのなら代表辞めろ」
「え」
「ここ目指して何百人、いや何千人?もっとか?沢山の人がいるんだよ。代表に選ばれたお前がそんなんでどうすんの?」
「でもおれ凛さんと別れたくないっす」
「お前なぁ、何のための先輩だよ」
「?」
「今直ぐに宮城には行けねぇだろ」
「はい」
「じゃあ宮城にいるスガさんにでも凛さんのこと相談すればいいだけだろうよ」
「でも」
「俺も凛さんが翔陽と別れたいって言うなんて信じられねぇし。スガさんなら凛さんと上手く話してくれるからさ。大丈夫だって。だからお前は今頑張れることを一生懸命やれ。チャンスを棒に振るな」
「っす!」
「せっかく影山に追い付いたんだろ。離されんなよ」
「ノヤさん!あざっす」


翔陽の顔に生気が戻った気がする。
俺も潔子さんに連絡してみるとすっかな。
電話出てくれるといいんだけどなー。
二人で乾杯してビールを飲み干した。
二杯目を注文しそうになった翔陽を止めてウーロン茶を注文させる。
お前酒弱いんだから先輩に付き合おうとするの止めろよほんと。
そういうとこ凛さん心配してんだぞ。


スガさん、後は頼みます。




菅原side
あー今日もほんっと大変だった。
高校男子は何であぁもやんちゃかねぇ。
俺は今、母校で教師をやってる。
勿論バレー部の顧問だ。鵜飼さんがコーチを今でもやってくれている。
なんか高校時代とやってること変わらないな。
うちに帰って着替えるとスマホが着信のライトを光らせていた。
確認すると懐かしい名前。


着信一件 日向翔陽


あいつから電話とか珍しいな。
直ぐに折り返しの電話をする。


「はい、日向です」
「もしもし?日向?」
「スガさんお久しぶりです!」
「おー、久しぶりだな。どうした?」
「あのおれ相談があって」
「ついに椎名にプロポーズする気にでもなった?」
「いやそうじゃなくて。あ、それはそのつもりなんですけど」


なんだ?日向からの相談なんて椎名のことしか浮かばない。
でも少し歯切れが悪い気がする。
冷蔵庫から缶ビールを取り出しリビングへと向かいながらプルタブを鳴らず。


「どうしたべ」
「昨日、凛さんからいきなり別れるって連絡きて」
「は?」
「おれ全然意味がわかんなくて」
「いやちょっと待て。俺も意味がわからん。つい一週間前に会ったべ」
「どんな感じでした?」
「そんなこと全く言ってなかったぞ」
「おれも一昨日まで普通に連絡取ってたんですけど」
「別に何か喧嘩したとかじゃないんだな?」
「おれ凛さんと喧嘩なんてしたことないです」
「だよな」


椎名と日向が喧嘩したなんて一度も聞いたことない。
駄目だ情報が少なくて全然分からない。
こないだ会った時は代表の試合見に行くって嬉しそうに話してたんだぞ。
何があったんだよ。


「なぁ日向」
「はい」
「俺もちょっとそれは分かんない」
「ですよね」
「だからちょっと椎名に会ってみるわ」
「いいんですか?」
「大事な後輩と友達だべ。俺に任せといて」
「ありがとうございます」
「宮城でも代表の試合あるんだろ?」
「はい」
「ちゃんと頑張ってレギュラー取れよ。俺達見に行くから」
「っす!」


じゃあなと日向との電話を切った。
椎名と日向が別れるとか地球がひっくり返っても無いと思ってた。
でもあいつこの状態で俺と会ってくれるかな?




清水side
西谷:潔子さん!ちょっと話したいことがあるんす!凛さんのことで!


西谷から久しぶりに連絡が来たと思ったら凛のことだって言うからいつもはスルーするんだけどそのまま電話をしてみた。


「潔子さん!?」
「凛がどうしたの?」
「俺、初めて潔子さんから電話貰った気がする!」
「西谷、いいから早く話して」
「今日翔陽から聞いたんすけど凛さんにフラれたって」
「え?」
「翔陽全然元気なくて。スガさんに相談してみろって言ったんですけど。一応潔子さんにも伝えておこうと思って」
「分かった。ありがとう」
「宜しくお願いします!」
「うん。西谷、代表頑張ってね」
「あざっす!」
「じゃあ」
「潔子さんの声が聞けたので頑張ります!」
「うん」


ツーと通話の切れた音が聞こえる。
日向と別れたとか凛それ本気で言ってるの?
菅原に連絡をしたら凛と会う約束をしたって言うから私はその後で合流することにした。
なんとなく凛が日向と別れるって言った理由は予測出来た。
多分他の皆は分かんないと思う。


菅原頑張れ。
多分菅原の頑張り次第で流れは変わると思う。




Her side

「椎名!迎えに来たべ」


幼稚園での仕事が終わって園を出た所にスガが居た。
一週間前に連絡があって、今度の烏野会のことで話したいことがあるって言われて正直今は会いたくなかったんだけど話を押し通された。


『スガはこの時間大丈夫だったの?』
「うちも最近青城見習って週1は練習休みにしてるから大丈夫だべ」
『そっか』
「何処かでメシでも食うか」
『うん』
「じゃあこないだの居酒屋でも大丈夫?」
『あそこのご飯美味しかったもんね』
「今度の烏野会もあっこでいいかもな」


二人から多くて50人までの個室が取れる居酒屋だ。
こないだのいつもの同級生五人の飲み会もそこでやった。
値段の割に美味しくて良い所だ。


「予約してた菅原です」
「お待ちしてました。こちらへどうぞ」


相変わらずこういうとこスガはスマートだな。
わざわざ予約しておいてくれたみたいだ。
通されたのは四人個室。
あぁそうか、二人個室はカップルシートしかなかったから。
そういうとこもちゃんと気を遣ってくれてるんだと思う。


「何飲む?」
『じゃあウーロン茶で』
「俺車だけど椎名飲んでもいいよ?」
『大丈夫』
「お酒好きだったのになー珍し」
『今日はそんな気分じゃないだけだよー』


そりゃそうなるよね。
今までだってスガが車で二人でご飯に行っても私がお酒を頼まなかったことはなかったもんな。
でもお酒はもう当分飲まない。
赤ちゃんに良くないから。


さくさくと手際良くスガが料理を注文していくのをただ眺めていた。


「んじゃ2週間ぶりの再会ってことでかんぱーい!」
『ノンアルで乾杯!』


料理とドリンクが揃った所でカチンとグラスを合わせる。
大丈夫かな?我慢するしかないよねこれ。


「仙台でバレーの試合あるだろ?」
『うん』
「その時に烏野会やろうって大地と話しててさ」
『西谷と翔陽と影山と月島はしばらく参加してないもんね』
「そーそー。そしたらあいつらも参加出来るだろ?」


何とか吐き気をこらえて食事を咀嚼していく。
もはやウーロン茶で流し込んでいると言ってもいいだろう。
秋田県産の比内地鶏のつくねを食べてる時だった。
急な吐き気に襲われたのだ。


『ちょっとごめん!』
「椎名?」


ハンカチで口を押さえてトイレへと向かった。
まだ消化されてないさっきまで目の前に並んでた料理達が次々に吐き出されていく。
目尻に涙が浮かんだ。
吐くつもりはなかったのに。
勘の良いスガのことだから気付くかもしれない。
口をゆすいで通された個室へと戻った。


「椎名?大丈夫か?」
『ちょっと体調悪くて』
「妊娠してるんじゃないの?」
『違うよ。最近胃腸の調子が悪くて』
「椎名」
『妊娠じゃないよ』
「じゃあ何で日向と別れるなんて言ったべ」
『なんだ、知ってたのか』


スガは私の返事に怪訝そうな顔をする。
あぁ疑ってる。何なら翔陽と別れたこと聞いてたのか。
そしたら烏野会のことで話したいってのも多分きっかけみたいなもので。
やっぱり断っておけば良かったかもしれない。


「日向には言ったの?」
『翔陽は関係ないから』
「日向との子供だろ」
『違うよ』
「椎名」
『違うから』
「違わないだろ?お前何考えてんの?日向以外に居ないだろ。何で日向に言わないんだよ」
『だって大事な時期だよ』
「それで迷惑かけたくないからって勝手に別れるって決めたのか?」
『一人でも育てられる』
「あのなぁ、じゃあ日向の気持ちはどーすんだ?お前に別れるって言われて着信拒否されてそれであいつがバレー頑張れると思ってんの?」


スガに妊娠してないなんてもう嘘はつけない。
あの顔はもう確信してる顔だ。
観念して話すことにした。
どうせそのうちバレることだし。
スガの声に怒気が混じっている。
ビリビリと空気がひりついてきたのを肌で感じた。


『いらないって言われたらどうするの?そしたら私辛い。せっかくここにいるのに』


そっとお腹に手を当てる。
まだ小さな小さな命だ。
でもいらないだなんて翔陽の口からは絶対に聞きたくない。


「そんなこと日向が言うわけねぇべ」
『分かんないよ』
「なぁちゃんと日向と話せよ」
『嫌だ』
「俺が話しても一緒だべ」
『それでも嫌だ』
「あいつ絶対に椎名から聞きたいと思うぞ」
『でも』
「あのな、男が女と生でヤる時なんてそいつとの子供が欲しい時だろ」
『あの時は勢いだったから』
「勢いでやったって日向に聞いたの?」
『違うけど』
「とにかく、日向と話せよ。日向が椎名との子供がいらないって言うなら俺が父親になってやるから」
『は?』
「子供に父親は必要だろ。大地は彼女いるから駄目だけど旭でもいいぞ」
『何言ってるのさ』
「あぁ、やっと笑ったなお前」


スガの提案に思わず笑みが溢れて場の空気が一瞬で和んだ。
さっきまであんなに緊迫してたのにだ。


『スガ、ありがとう』
「おう」
「失礼します。お連れ様が到着しました」
『え?』
「おお、通して通してー」


外からの突然の声に驚いた。
今日は二人だったはずなのに。
襖が開くとそこには潔子の姿。


『潔子?』
「話は終わった?」
「ぼちぼちかな」
『どうして』
「西谷から連絡あったから。菅原と話してここで待ち合わせたの」
「日向に話せよちゃんと」
『でも』
「やっぱり妊娠だった?」
『何で知ってるの?』
「食べ物の趣味変わってるの気付いてなかったの?」
「清水は知ってたのかよ」
「何となく。甘いものなんて全然食べなかったのにチョコレートばっかり食べてたから」


言われて初めて気付いた。
確かに前は甘いものなんて全然食べなかったけど最近はチョコレートばっかり目がいく。
潔子は薄々気付いてたのか。


『怖い』
「何が?」
「話すのが怖い」
「じゃあ私が話してくる」
『え』
「おい清水」
「大丈夫よ凛」
『でも』
「大丈夫だから。ハイボール注文しといて」


そう言って潔子はスマホだけを持ってさっさと個室を出て行った。
私とスガはそれをぽかんと見送る。


『どうしよう』
「清水が大丈夫って言ってるんだから大丈夫だべ。ハイボール注文しとくか」
『うん』


潔子は翔陽に何て言うんだろう?
本当に大丈夫なんだろうか?


「椎名、いざとなったら俺か旭がお父さんになるから。気にせずに待っとけ。
『うん』
「チョコレートアイスあるぞ」
『食べる』
「んじゃそれも頼むか」


スガは何もなかったかのように穏やかに笑っている。
この安心させる様な顔はずるいなぁって思った。
でもそれに釣られてさっきまで緊迫してた私もなんだか穏やかだった。


「椎名、日向の着信拒否解除しといてな」
『うん』




清水side
店員に声をかけてお店の外へと出る。
そして日向へと電話をかけた。


「はい、日向です」
「久しぶり」
「清水先輩!」


何やら後ろががやがや騒がしい。
練習が終わった所だろうか?
後ろから西谷や青城の及川の声も聞こえる様な気がする。
「烏野の美人マネちゃん?かわってよ!」と及川の声が聞こえて内心少しイライラした。


「日向、単刀直入に言うから」
「はい!」
「凛が妊娠してるの」
「え」
「思い当たるとこあるでしょ」
「マジですか?」
「責任取るよね」
「勿論です!及川さん!及川さん!」


後ろがさらに騒がしくなった。
何でこのタイミングで日向は及川を呼ぶんだろう?


「凛さんが妊娠したみたいです!」


電話の向こうで日向が誰かに報告しているのが聞こえた。


「チビちゃんやるなぁ」
「及川さんの言う通りにして良かったです!」


………まさか日向は確信犯だったの?
しかも及川に相談したって言うの?
頭がクラクラしてきた。
これはもう烏野会全体で説教しなくちゃいけない事案だ。


「日向、及川さんの言う通りにって何をしたの?」
「清水先輩?何か怒ってますか?」
「早く話して」
「凛さんと結婚したくてでもおれまだまだ子供だって凛さんに良く言われてたから」
「及川に相談したの?」
「はい。そしたら及川さんが既成事実を作っちゃえばいいよって」


及川に相談した所でろくなことにはならないだろう。
現にろくなことになっていない。
誰か他にも相談に乗れる人居たんじゃないの?


「じゃあ日向は凛と結婚したいってことよね」
「はい!絶対に結婚したいです!」
「分かった。そこに岩泉はいる?」
「岩泉さんですか?あ、います」
「ちょっとかわってくれる?」
「分かりました」


岩泉がいるなら良かった。
この電話は最初から録音してある。
凛が話を信じなかった時のために。
その録音を一旦ここで切った。
電話の向こうで日向が岩泉を呼ぶ声が聞こえる。
及川の声も聞こえるけどもうあいつとは絶対に一切話さないことにする。


「かわりました。岩泉です」
「言いたいこと分かる?」
「椎名が妊娠したってのは聞こえたけど」
「及川が日向に変なこと吹き込んでその結果凛は妊娠して。日向に迷惑をかけたくないからって一人で産むって話にさっきまでなってたのね」
「あーわりぃ」
「うん、後は宜しく」
「あいつ一回殺しとくわ」
「ついでに日向にも説教しておいて」
「分かった」
「宜しく」


そう言って私は電話を切った。
まぁ岩泉ならちゃんと及川を締め上げて日向に説教もしてくれるだろう。
この話をして凛が呆れないといいけど。
呆れたとしても日向が凛と結婚したくてしたのなら凛は結局許すんだろうけどね。
早く二人に報告してあげよう。




岩泉side
ブツっと電話が切れた。
クソ及川が隣でワーワーうるせぇ。
どうやらこいつが余計な世話を焼いたせいで椎名に迷惑がかかったらしい。


「おい、クソ及川そこに正座しろ」
「何でさ!」
「いいから早く座れ」
「痛いよ岩ちゃん!」
「おい、日向!お前も隣に座れ!」
「えっ?おれ今から凛さんに電話しようと思って」
「お前のスマホは俺が持ってるから返して欲しかったら早く及川の隣に座れ」


ぶちぶち文句を言う及川を蹴りあげて座らせる。
その隣にまだ何も分かってない日向を正座させて座らせた。
他のメンバーもこちらを興味深そうに見ている。


「岩泉さん!翔陽何かしたんすか?」
「おお。西谷、今から言うことちゃんと聞いておけよ」
「っす!」
「日向はなぁ、椎名と結婚したくてそれを何故かこの馬鹿に相談したらしい」
「馬鹿とは酷いよ岩ちゃん!」
「うるせぇ!お前は少し黙ってろ!」
「で、このクソ及川は日向にプロポーズの仕方じゃなくて既成事実を作っちゃえばいいだなんて無責任なことを言ったわけだ」
「あー、それは無いっすね」
「なぁ、日向。お前はそれで良かったかもしんねぇよ。でもな女からしたらプロポーズもされてねぇのに妊娠しただなんてな不安にしかなんねぇんだよこの馬鹿が!」


俺の声がロッカールームにびりびりと反響する。


「す、すんません」
「お前も西谷とか黒尾とかに相談すれば良かったんじゃねぇの?」
「黒尾さんはその時及川さんと一緒に居ました」
「あぁ?おい黒尾はどこ行った!」
「ここにいまーす」
「ツッキー!ちょ!黙っててよ!」
「黒尾!お前もちょっと来い!」
「や、俺達は冗談のつもりだったんだって」
「この純粋馬鹿に言っていい嘘とわりぃ嘘があるだろうよ!座れ!」
「黒尾さん残念でしたね。プークスクス」
「ツッキー!覚えてろよ!」
「黒尾!早くしろ」
「はい」


まさか黒尾も一緒になって日向に変なことを吹き込んだとか。
頭が痛くなってきた。
月島が黒尾の場所を教えてくれたのでこっちに来るように顎で促した。
大人しく日向の隣に正座して座ったのでまぁとりあえず良しとする。


「他には?」
「居ないです」
「じゃあお前は今から何をするか分かってんな」
「プロポーズしてきます!」
「おお!行ってこい!ちゃんと謝っとけよ」
「っす!」


日向にスマホを返してやるとそのままロッカールームを出て行った。
及川と黒尾の前に俺と西谷。
さっきから西谷は黙ってるけど少し顔が怖ぇな。




黒尾side
まさか烏野のチビちゃんに冗談のつもりで言ったことがこんなに大事になるとは。
俺ついてねぇな。
目の前には岩泉と西谷。
そして木兎のスパイク練にさっきまで付き合ってた夜久までいる。
三人とも怖ぇ。


「黒尾、そこまで馬鹿だとは思ってなかったんだけど」
「いや、まぁそういうのも有りかなと」
「でしょ?別に最終的にまとまりそうならいいじゃん!」
「良くないっす及川さん!あいつが練習ボロボロの時あったでしょ?あれ凛さんにフラれた日なんですから!」
「確かにこの馬鹿二人に相談した日向もわりぃ」
「そこは俺も同意っす」
「及川と一緒に馬鹿にされたくねぇ」
「黒尾、同罪だよ」
「お前ら二人ともしばらくトイレ掃除な」
「「えぇ!」」
「主将に言われたらしょうがないっすよ」


マジですか。
あぁでも三人とも目が怖ぇ。
及川の提案に乗るんじゃなかった。
バレー部きっての男前三人衆に怒られちまったもんなぁ。


「分かった。来月仙台行った時にも椎名に謝っておくわ」
「おう」
「俺もちゃんと椎名ちゃんに謝る!」
「あ、及川さんは駄目っす」
「え?何で?」
「潔子さんが二度と近付くなって言ってます」
「美人マネちゃん酷いー」
「及川、てめぇが今回一番わりぃからな」
「黒尾も止めなかったのは悪いよ」
「大地さんとスガさんからの説教あると思うんで」
「爽やか君怒ると怖そうじゃんー」
「お前らもう少し相手見てアドバイスしろよ」
「岩泉さん男前っすね」
「岩泉だからこの曲者揃いをまとめられるんだよなぁ」
「今日はこれで解散な」
「チビちゃんにも謝っておきなよ」
「「はい」」


二人で頭を下げて三人に謝っておいた。
それをリエーフがムービーに撮ってるのを俺は見逃さない。
あいつ後から覚えてろよ。ツッキーもな。




日向side
岩泉さんに解放されてカバンとスマホを持ってロッカールームを飛び出した。
言われるまで全然気にしてなかったんだ。
凛さんの気持ち。
アドレス帳から凛さんの番号を呼び出して電話をかけた。
着信拒否直ってるといいけど。


『はい』
「凛さん?」
『翔陽?』


二週間ぶりに聞く凛さんの声。
何だか緊張してるみたいだ。
おれの声も凛さんの声も。


「おれ、おれ!」
『うん』
「ずっと凛さんと結婚したかったんです!けど言えなくて」
『うん』
「だからずるいことしました。及川さんに言われたこと間に受けて」
『既成事実を作れって?』
「そうです、すみません。凛さんの気持ち考えてなくて」
『うん』
「あの、おれちゃんと凛さんもお腹の赤ちゃんも幸せにします!」
『ほんと?』
「はい!絶対に幸せにします!」
『うん』
「だからおれと結婚してください」
『分かった。でもね』
「はい」
『ちゃんと翔陽も幸せになってくれなきゃ嫌だよ』
「おれ、二人が居たら絶対に幸せですから!」
『分かった。翔陽、別れたいなんて言ってごめんね』
「それはおれが悪かったから」
『岩泉に怒られた?』
「かなり」
『今度から岩泉とかスガとか西谷に相談しなよ』
「はい!」


クスクスと電話の向こうで笑う声が聞こえる。
あぁ笑ってくれて良かった。
なんだ最初からこうやって普通に言えば良かったのか。
及川さんにバレー以外のことで相談するのは二度としないと決めた。


「あー日向?」
「スガさん?」
「とりあえず来月試合でこっちに来るだろ?」
「はい!」
「お前はその時説教だから」
「え」
「及川に聞いた後に俺達に相談してくれても良かったんじゃないの?」
「すんません」
「覚悟しておいてよ。大地のが多分怖いから」
「っす!」


代表選考会の合同練習最終日、凛さんが東京に来る前日の話だ。
及川さんと黒尾さんとたまたま帰りが一緒になってその流れでなんとなくご飯を食べに行くことになってその時に貰ったアドバイス。
こんなに拗れるとその時のおれは思ってなくて。
多分、必死だったんだと思う。
凛さんに会えなくて、バレーは楽しかったけど圧倒的に凛さん不足で。
それを酔っぱらって二人に話した気がする。


他の誰かの意見を聞く前に凛さんが東京に来てそのまま実行しちゃったわけで。
今考えるとおれすげー酷いことした。
でも凛さんが産むって選択をしてくれてたことがそれ以上に嬉しかった。
ちゃんとおれとの子供産みたいって思ってくれた。


スガさんとの電話を切っておれは一人夜道でぐっと拳を握りしめた。


1か月後、仙台。
無事にレギュラーを貰って試合に挑む。
試合の前日練習の合間に監督に無理を言って抜け出してきた。
凛さんの両親に挨拶に行くためだ。
岩泉さんに殴られるのは覚悟しとけよと言われた。
それでもお前が出来るのは相手が了承するまで頭を下げ続けることだと。


岩泉さんはほんとにかっけぇ。
殴られるのは痛いから嫌だけどお前は殴られる様なことをしたんだって言われたらなんかすんなり納得出来た。
おれもああいう人になれたらいいな。
凛さんとはまだ会ってない。
これも岩泉さんが両親に許可貰うまでは会うなって言われた。けじめだって。
だから会ってない。凛さんには先に一回会っておこうかって言われたけど我慢した。
東京土産を持って凛さんの実家へと向かう。


「凛さんをおれのお嫁さんにください!順番を間違えたことはお詫びします!でもおれ凛さんしか居ないんです!凛さんにお嫁さんになって欲しいんです!」


「不束な娘ですが宜しくお願いします」
「幸せにしてやってください」


凛さんの実家で応接間に通されてテーブルを挟んで反対側に凛さんのお父さんとお母さんと凛さんが並ぶ。
お母さんにお茶を出されて東京土産を渡してからおれは土下座した。
殴られても仕方ないことをしたと言うくらいだからこれくらいしなくてはいけないだろうとこれまた岩泉さんからの教えだ。


結果殴られることはなかった。


「日向君、顔を上げてくれんかね」
「はい、あ、いやでも」
「いいから。もう大丈夫だ」
「おれ凛さんのこと傷付けて」
「幸せにしてくれるんでしょう?うちの娘を」
「はい!それは約束します!」
『翔陽、ちゃんと二人に向かってそれ言って。二人にも約束して』


凛さんに促されて顔をゆっくりと上げる。
二人は目尻にじんわりと涙を浮かべている。でも表情は穏やかだ。


「おれ絶対に凛さんも子供も幸せにします!」
「宜しく頼んだぞ」
「ありがとうね」


練習を抜けてきてるから慌ただしくその場を後にした。
凛さんのお父さんに送って貰う。
三人はそのままうちの実家へと挨拶に行くらしい。
おれも本当は行きたかったけど練習がそこまではどうしても抜けれなかった。


「お任せしてすみません」
「大丈夫ですよ」
「もう話は済ましてるからな」
「は?」
『翔陽が居ない間に何回か皆でご飯に行ってるの』
「え?」
「明日は試合の打ち上げもあるだろうから明後日またみんなで食事をしよう」
「は、はい」


まさかもう皆で面識があるとは。
確かにうちの母さんにも話はしておいたけど。
ちょっと知らない所で話が進んでいてびっくりした。


あぁでも反対されなくて良かった。
岩泉さんに報告しなくちゃ。


凛さんがおれのお嫁さんになる。
それだけで何でも出来ちゃいそうな気分だった。

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